第1870話 八岐大蛇討伐戦 ――拡充――
『八岐大蛇』討伐戦の最中に行われた、酒呑童子の復活劇。それは彼の復活を企んだ源次綱の撤退により、彼もまた瞬の内面へと引っ込む事で終わりを迎える。というわけで、酒呑童子が身体の支配権を投げ渡した事を受け瞬が戦線へと復帰することになる。とはいえ、それですぐに戦闘に復帰出来るかというと、そんなわけがなかった。
『ふむ……』
「と、いう感じだ」
『……』
瞬からの報告を受け、ティナは僅かにどうするか悩む。瞬は確かに現状では巨大戦力の一つと数えて良い。特に彼が保有する数多の武器技は有用だ。それは『無冠の部隊』の本隊が到着したとて変わらない。伊達にカイトが切り札として授けたわけではないのだ。
「どうすれば良い? 一応、体感としては現状に何か不足がある様には思えん」
意味深な言葉を告げて自身の内側へと引っ込んだ酒呑童子を思いながら、瞬はティナへと改めて報告する。それどころか彼が使わなかった魔力が与えられたからか調子が良いぐらいでさえある。それを鑑みれば、今から戦線に復帰する事は十分に可能だった。
『少し、考えさせよ。お主は一度本陣に帰陣し、身体の検査を受けておけ』
「わかった。一分以内に帰還する」
ティナの指示に瞬は素直に従って、即座に臨時に設けられている野戦司令部に戻る事にする。その一方、街の中央に設けられた総司令部に詰めるティナは、即座に思考を開始した。
(現状……ランクAの冒険者にも匹敵し得る瞬の力は必要じゃ。これを欠くのは冒険者や戦士達に数十人の死人を増やすに等しい。が……先のあの力がもし暴発してみよ。その時点で数百人の犠牲者を生みかねん)
ティナが何より気にしていたのは、この点だった。ティナ自身、酒呑童子を瞬が御しきれるかと言われれば首を振るしかない。あれはあまりに強大な存在だ。
そのあまりに強すぎる力は彼の転生に対して世界が封印を設けるほどだ。本来なら神々ぐらいにしか行われない事を彼はされているという。その封印が解けたのだ。下手に力を解放させてしまうと、瞬そのものの存在が消し去られてしまう可能性があった。
(にしても……単なる祖先帰りと思うておったが。まさか祖先帰りに加え祖先の魂まで宿るとは。しかも面倒なのは、一人間に挟まってしまっておった事か。いや、考えれば道理ではあったが……)
基本、人一人の魂が生まれ変わるのに必要なのは平均して三百年から五百年という。酒呑童子が死んだとされているのは、丁度源頼光が活躍した時代と考えて良い。であれば、それは西暦1000年中頃だ。
それに対して島津豊久の生まれは1570年と言われている。転生に約六百年と些か長いが、あれはあくまでも平均値。平均値からずば抜けて離れているわけではない。封印という措置が施されたと鑑みれば、道理にはそぐわない。
(面倒な事になってしまった、と言うしかあるまいな。あれの性質はたしかに悪党側と言えよう。カイトはさほど警戒する必要はない、と言うておったが……)
あれはあれで問題じゃのう。ティナはカイトの性質を思い直し、僅かな苦味を浮かべる。酒呑童子は一族を率いたというし、討伐の折りには一切抵抗せずに運命を受け入れていたという。
しかも、自身が滅んだ後を考え一族の力無い者を避難させ、それを副頭領である茨木童子に任せるなど先見の明らしいものも見受けられた。
なのでもう少し話が通じる相手と思っていた。無論、あれは確かに話が通じるが、同時にこちらの道理が完璧に通じ得る相手とも考えにくかった。そうなると、些かやり難い。
(あれの性質は謂わば戦闘狂。それも見境なしと言える。報告によれば、興味が無いという事で引っ込んだ様子じゃが……気になるのは、そう思っておけという言葉じゃのう)
確かに、見るからに主導権は瞬には無い。が、それだけで酒呑童子があんな言葉を言う事は無いだろう、というのがティナの見立てだった。一体瞬の身に何が起きているのか。それを知る必要はあった。と、そんな事を考えている彼女の所に、部隊の隊員が報告を入れた。
「姉さん。医療班からの報告が。さっきの小僧のです」
「うむ……むぅ……」
報告書を一読し、ティナは僅かに苦味を浮かべる。結論から言えば、問題と言い得る何かは見受けられなかったらしい。が、同時に平常とも言い得なかった。
(まぁ、道理ではあろうが……完全に鬼族側に肉体が偏っておるのう。しかもこの数値は……)
ティナが着目していたのは、異族が異族足り得る因子の部分だ。元々祖先帰りと言われている様に、瞬の異族の因子に関する数値は一般の者たちに比べてずば抜けて高かった。それこそ色々と事情のあるカイトと比べても負けていないぐらい、と言える。その値が、大幅に変化していたのである。
(もはや純粋な異族達と比べて遜色ない……どころか上回ってさえおるのう。完全に肉体は鬼族の一員と言ってよかろう。この割合ではおそらく……リーシャの報告によるカイトをも上回っておるか。まぁ、あの数値は些か信憑性に欠ける数値ではあるが……)
基本的にカイトの肉体の物理的な側面はリーシャが管理している。ティナも医学は若干専門外となる為、彼女らの報告を受けるだけに近い。なので自分で計測する事は無い、というかカイトがリーシャがやるだろ、と拒否するので彼女が検査を行える道理が無いのだ。
というわけで彼女は報告を受けるだけであるが、そこに記される情報ついては患者の守秘義務という形で大きく削られていた。その中に、カイトの因子に関する記述も含まれていたのである。
(おそらく、あそこは龍族以外の数値も含まれておるのであろうな。今にして思えば、おそらく神族などの高位種族の数値が含まれておるんじゃろうが……)
やはりこの一年、様々な状況に変化が生まれたからだろう。ティナもカイトの肉体や精神、魂について知らなかった事を知れる様になっていた。その中で、カイトの現状などを考えた時神々や精霊などのシステム側に近い因子を保有していると考えたのである。と、そんな事を考えた彼女は、一転して首を振る。
「……いや、これはどうでも良いか。さて、どうするかのう」
「姉さん! 第三防衛隊、被害甚大! マズいです! このままじゃ外側の防衛線が破られます!」
「ちっ! <<鬼剣隊>>は!?」
瞬の処遇をどうするか。そう再度思考を始めたティナであるが、時間はやはりなかった様子だ。思考を切り上げ声を張り上げる。
「<<鬼剣隊>>は現在、北西部の防衛線にて交戦中! 間に合いませんよ!」
「ちっ! <<紅塵>>は!」
「<<紅塵>>も駄目です! 第一防衛隊の穴を埋めています!」
「そうじゃった……ちぃ……」
やはり相手は厄災種だ。総戦力をかき集めて本来はなんとかなるのだ。中津国の各地から集まった各頭領の特殊部隊も大半がすでに交戦中で、動かせる所なぞほとんどなかった。
『オレが行こう。本気で行って帰れば、多少は保つだろうさ』
「すまん。頼めるか?」
結局、最強は伊達ではなかった。無論それ故に欠けた穴を埋めるのは容易ではないが、それでも持久戦ならまだ分が悪いわけではない。が、それでも何時まで持ちこたえられるか、という所であった。と、そうして苦い顔でカイトへと依頼を出そうとしたティナの所に、連絡が入った。
『いえ、それなら私におまかせを』
「クラウディアか! 間に合ったか!」
『申し訳ありません、魔王様。相手が厄災種という事で人員を集めるのに手間取ってしまいました』
「いや、良い! 早いぐらいじゃ! そちらは任せる! 情報は旗艦より送る!」
『はい!』
言うまでも無い事であるが、クラウディアも大将軍級の巨大戦力だ。それが来たという事は、魔族の本隊がやってきたという事なのだろう。魔族の本隊。それは本来ならティナが指揮する腕利き達ばかりだ。十分に特筆するべき戦力だと言える。防衛線を立て直す事なぞ容易だった。
「良し……これでなんとか、勝機が見え始めたのう……」
随分と押し込まれてしまったが、これでなんとか持ち直しが成功した。ティナはクラウディアという自らの腹心の到着に、僅かにほくそ笑む。これで後は他の巨大戦力が一つでも来てくれれば、勝負を決めに行けた。そしてその勝機は存外、早々に訪れた。
「っ!」
唐突に響いたひび割れに、ティナが思わず上空を見上げる。そうして見上げた上空には、空間のヒビが入っていた。これが何なのか。それは言うまでもない事だろう。そうして、古代の巨大戦艦が現れる。
「来たか!」
戦闘開始から、およそ二時間。連絡はすでに大陸全土へと伝わり、各地では連合軍も結成されている。それに合わせて各地で冒険者達も緊急招集がされていた。
当然であるが、厄災種だ。どのギルドも優先的に行動しており、クオンらもまた優先的に集合したのだろう。そうして、その飛空艇の甲板にはクオンが立っていた。流石に彼女も今回ばかりは最初から剣姫モードらしく、何時もより風格が遥かに研ぎ澄まされていた。
『ティナ……聞こえてる?』
「うむ。すまぬが、頼めるな?」
『ええ……剣姫の刀の錆にしてあげましょう。それと、ウチのクソ親父を連れてきた』
「ほっ……あのむさ苦しい男も来ておったのか」
クオンの言葉に、ティナが僅かに笑う。クオンの父。それは言うまでもなく先代<<熾天の剣>>のギルドマスター。闘鬼と呼ばれた男だ。その戦闘力はクオンには劣るが、ランクSでも上位層に位置する猛者だった。と、その直後。『八岐大蛇』の頭の一つが地面に大きくめり込んだ。
「いっつも思うが、あのむさい男からようもお主らの様な女が生まれたもんじゃ」
『それ、私になんと言って欲しいの?』
「別に答えんで良いよ。単なる独り言じゃ」
少しだけ楽しげに、ティナは画面上で戦う一人の大男を見る。それはクオンとは似ても似つかぬほどの巨漢かつむさ苦しい大男で、拳一つで戦っていた。が、その一撃一撃は軽く山を砕き海を割くほどの威力で、いくら『八岐大蛇』だろうと大きなダメージは避けられない様子だった。
そんな彼は数度『八岐大蛇』の頭の一つを殴りつけると、勢いよく飛び上がって力任せに再度、地面にめり込ませた『八岐大蛇』の頭の一つへと拳を振り下ろした。
「うっわー……」
「ていうか、グロ注意……うえぇ……」
そんな大男を見ながら、カイトとユリィは僅かに頬を引き攣らせる。あれだけの一撃だ。本来並のランクSの魔物ならひとたまりもないし、おそらく城塞だろうと一撃で吹き飛ぶだろう。さすがの『八岐大蛇』も堪えきれなかったのか、頭一つがひしゃげて潰れたトマトの様になっていた。と、そんな彼の真横に、自由落下していたクオンが通り過ぎる。
「お。久方ぶりに見れるか?」
「……」
通り過ぎる一瞬。カイトの言葉にクオンが僅かに微笑みを浮かべる。天の王がそれを望むと言うのなら。披露するのは吝かではなかった。そうして、自由落下で降下する彼女に、『八岐大蛇』の八個の頭が襲いかかる。
「「「……は?」」」
襲いかかった瞬間。何が起きたかを理解出来たのは、おそらくカイトら極少数の猛者だけだった。故に戦場には困惑が舞い降りて、『八岐大蛇』さえクオンの姿を見失う。八個の頭がクオンに襲いかかった瞬間、彼女の姿がまるで幻だったかのように唐突にかき消えたのだ。
「舞い散りなさい」
そんなクオンであるが、別に彼女は何をしたわけではない。単に落下の速度を加速して、普通に地面に落下しただけだ。が、その速度と気配のあまりの自然さに、誰もが彼女に気付けなかったのである。そうして、頭の半数を飲み込む様な斬撃が放たれた。そうして残る四つの頭の一つに、アイシャが突撃を仕掛けた。
「美月!」
『はい!』
「はぁ!」
美月の加速を乗せて、そこから更に自身で跳躍する事で一気に加速したアイシャの一撃。それは『八岐大蛇』の喉を安々と貫き、頭を弾け飛ばす。そうして自由落下を開始した彼女を即座に美月が回収し、大きく旋回する。
「あれが……」
「最強……」
厄災種を前にして、圧倒的。紛うこと無き最強のギルドの更に頂点。それを、この場の者たちは垣間見る。が、それは今は人類の庇護者として振るわれているのだ。故に。
「「「おぉおおおお!」」」
現れるなり頭の過半数を叩き潰した三人に向けて、戦士達が鬨の声を上げる。が、これに当のクオンとアイシャはというと、苦笑気味だった。
「これで勝てると思う、というのはまだまだ鍛錬が足りてないわね」
「仕方がありません……人類はここ五十年、厄災種を知りませんから」
「はっははははは! 善き哉! 凹むより良い!」
どうやら闘鬼その人は潰走するより良い事と笑い飛ばす様な性質らしい。豪快と言えば豪快な男だった。そんな三人の所に、カイトが現れる。
「二人共久しぶり……それと、クラン殿も久しぶりです」
「おぉ、カイトではないか! ははははは! 久しく見ぬ内にまた男前度を上げたではないか!」
「え、ええ……」
いったぁ。カイトはバシバシと一切の遠慮無く自身の肩を叩く――ユリィが危うく潰されそうになったので慌てて逃げていた――クランに、僅かに頬を引き攣らせる。
このクランという男。色々と豪快な男で、武芸者というよりも豪傑だった。更に言えば服装もボロボロの浮浪者に近く、クオンとアイシャという美姫の父親には到底見えなかった。
とはいえ、その戦闘力は本物だ。間違いなくこの場での特筆するべき戦力と言えるだろう。そうしてそんな彼らの前で、『八岐大蛇』は一瞬の内に潰された全ての頭を回復させる。が、それに対してこちらも戦力は整いつつあった。
「良し……じゃ、そろそろやるか」
カイトの号令に、残る四人が闘気を漲らせる。そうして、『八岐大蛇』を討伐するに十分な戦力が整った事により『八岐大蛇』討伐戦が本格的にスタートする事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




