第1868話 八岐大蛇討伐戦 ――千年の再会――
渡辺綱。源次と呼ばれた男は、自身がそうであると明言する。そんな渡辺綱の攻撃により瀕死の重傷を負わさせた瞬であったが、その彼の名乗りを受けて豊久により自身の内面へと引きずり込まれていた。
自身の内面へと引きずり込まれた彼が見たのは、自身の中に眠る二つ前の自分。あまりに強大な力と意思により世界でさえ封ずる事しか出来なかった鬼の頭領。酒呑童子だった。そうして瞬の制止も虚しく、酒呑童子が瞬の身体を乗っ取っていた。
「……」
「……」
風格が変わった。二本の角を頭に生やし、着流しの着物に黄金の髪を棚引かせる瞬が姿だけでなくその全てが変質したのを、源次綱を含めたその場の四人は本能的に理解した。そしてそれ故にこそ、源次綱は僅かに目端に涙を浮かべる。
「……久方ぶりか、鬼の頭領」
「……顔貌は些か変わったが……綱か」
「源次綱だと何度言えばわかる。略するな」
源次綱の言葉には、心底の親愛があった。幾星霜を経てようやく再会出来た友。その様子があった。
「特にどうでも良いといえば、どうでも良いが。何故、俺を目覚めさせた」
「……さて、な」
「……そうか。生真面目な貴様の事。ただ俺を待つ主人を慮ったか……それとも、茨木の奴を思ったか」
どこか自嘲する様な源次綱の返答に、酒呑童子は一つ笑う。先に言っていたが、彼にとってこの問答は心底どうでも良かった。単に目覚めさせたのだから何かしらの理由があるだろう、と思っただけの事だ。流石に自分の事なのでそちらには聞いておく必要性があった。
「にしても……くっ。鬼か。貴様が鬼か。いや、似合うぞ」
「……俺も好き好んで鬼になったわけではない。道化師殿がそうしただけだ」
どこかムスッとした様子で源次綱は肩を震わせる酒呑童子の言葉に拗ねた様子を見せる。そんな和気あいあいとした様に見える両者であるが、しかし決して和気あいあいとした様子では決して無かった。事実、ソラ達三人が一切動けない様子こそが、それを何より事実足らしめていた。
当たり前だ。源次綱は先ほどの圧力が準備運動だと言わんばかりに濃密な力を漂わせているし、酒呑童子に至っては何も言う必要さえなかった。彼がただそこに佇むだけで、ソラ達三人は動く事さえ出来なくなってしまっていた。それほどまでに、酒呑童子という鬼は圧倒的だった。
「そうか……そこに興味は無い。久方ぶりにもう少し話したい所であるが」
「貴様がおしゃべりなぞ……似合わん」
「くっ……まったくだ。俺自身そう思う」
酒呑童子は一つ笑い、源次綱の言葉に同意してゆっくりと手をかざす。すると、彼の手に二振りの鉈の様な大太刀が現れる。
「……便利だな。俺もこういうのを覚えるべきだったか」
「貴様……そう簡単にそれを使いこなすな」
「身体が勝手に覚えているのでな」
楽しげに、酒呑童子が笑う。言うまでも無い事であるが、豊久の力を瞬が使える様に逆もまた然りだ。故にこそ酒呑童子もまた瞬が体得した魔力による武器の創造が可能なのである。そうして、両者の間で膨大な闘気が渦巻き、可視化する。
「「「っ」」」
あまりに強大な闘気のぶつかり合いに、ソラ達三人はもはや傍観者となるしか無かった。そのままでは嵐に飲まれる落ち葉の船も同然だ。とはいえ、どうしてか戦闘が始まる事は無かった。
「……どうした? 何時ものはやらんのか?」
「くっ……どうやら些か読み違えを生じさせてしまっていたのでな。約束は守るさ」
「? ああ、なるほど」
楽しげに笑う酒呑童子の様子を見て、源次綱もまた楽しげに笑う。お互いに闘気は一切衰えていない。何時戦闘が始まってもおかしくないのだ。なのに、酒呑童子は動けなかった。
「この身体の持ち主……どうやらやるようだ」
「貴様の血はまだしも、頼光様の血だ。貴様を足止め出来ても不思議はあるまい」
「なのだろうな」
おそらく酒呑童子は興が乗ったというだけなのだろう。後の瞬は自身の内面に沈められながらもソラ達が巻き添えにならない様に必死で抵抗していた時の事を、そう語る。そうして、直後。二人の闘気が自分を呼んでいる事に気付いたカイトが、三人の真横に舞い降りる。
「……酒呑童子か」
「……茨木が世話になった。おそらく茨も」
「……」
ぽかん。カイトは酒呑童子の口から出た第一声に、思わず呆ける。今の言葉は誰がどう聞いても、自分の部下が世話になった礼の言葉に他ならなかった。ここまで荒々しく禍々しい闘気を纏う男から出た言葉とは到底思えなかったのだ。が、同時に納得も出来た。
「なるほど……名にし負う酒呑童子。大度量を持つとは聞いていたが。単なる戦闘狂というわけではないらしい」
「……」
少し楽しげなカイトの言葉に、酒呑童子はくすりと笑う。そうして、そんな彼の背にカイトが問いかけた。
「一つ、どうしても聞かねばならんことがある。この場を整える礼として答えてくれ」
「……必要はない。貴様の性格はこの身体の持ち主を通して俺も理解している」
「ほぅ……」
「あれは俺が選んだ俺の妻だ。理解している……故に別れは一切不要。故に送る言葉も一切不要」
「くっ……ははははは!」
酒呑童子の返答に、カイトは思わず大笑いする。茨木童子から聞いていた通りの男。そう思ったらしい。そしてそれ故にこそ、カイトは少し口惜しかった。
「ちっ……おっしいなぁ……あんたが生きててくれりゃぁ、美味い酒を飲めたのに」
「……生憎、生涯最高の美酒を味わった後だ。酒には間に合っている」
「そうかい……ま、それなら本当に何かを言う必要も無いか。要らぬ手間を掛けた」
「いや、心遣いは感謝しよう」
酒呑童子は相変わらず禍々しい気配を纏ったまま、カイトの謝辞に礼を述べる。酒呑童子という男は一言で言えば間違いなく悪党だ。それも大悪党と言える。
だが、決して道理を損なった男ではなかった。かつて瞬が彼の記憶で見た通り、一本の筋とでも言うべきものが確かにあった。だからこそカイトもまた、彼が時代や状況が異なれば英雄になれたかもしれない、と思った。ただ状況や時代が悪かった。それだけの事なのだろう。それ故、カイトはこれ以上自分が立ち入るのは無粋と判断した。
「ユリィ」
「はーい、すでに終わってまーす」
カイトの要請を受けて、ユリィが彼の肩に舞い降りる。酒呑童子との僅かな問答の間に、彼女が三人の足元に魔法陣を刻んでいたのだ。流石に三人を引っ張ってこの場を離脱出来るほど、時間的な余裕があるわけではない。魔法陣で拠点に強引に転移させるつもりだった。
「……酒呑童子」
「……なんだ」
「あまり、一条瞬という男を侮るな」
「くっ……知っている。俺なのでな」
酒呑童子はカイトの警告に、一つ笑う。そんなものは言われなくても知っていた。なにせ今もまだ彼の中では瞬が必死の抵抗を見せており、戦闘を押し留めていたのだ。これで侮れる筈がなかった。
そして何より、カイトと『もう一人のカイト』が同一人物である様に、彼と瞬もまた根を同じくする同一人物だ。瞬の事なら他の誰でもなく、彼自身がよく理解していた。そうしてその言葉を聞き届け、ソラ達と共にカイトとユリィもまた消える。
「……」
「……」
行ったか。残された両者は、消えた五人の気配が近くには無い事を理解してそう理解する。そしてそれを理解したのは、酒呑童子の中で必死の抵抗を行っていた瞬もまた同様だった。そしてそれは即ち、戦闘開始の合図に他ならなかった。
「おぉおおおおお!」
酒呑童子の口から、<<戦吼>>が迸る。それは彼の力に見合った力を有しており、世界の壁を越えて遠く地球でも確かに聞いたという者が居るほどだった。
そしてそれだけの力だ。近くで聞いていた『八岐大蛇』さえ、一瞬動きを止めていた。そうして、全ての時を止めた酒呑童子が悠然と地面を蹴った。
「……」
超高速でこちらへと向かってくる酒呑童子を見ながら、源次綱は感慨深い物を感じながら刀をしっかりと握りしめる。そうして、直後。両者の太刀が交わった。
「「「!?」」」
あまりの威力の衝突に、全ての者が振り向いた。まるで次元が裂けたかの様。その場の全ての者が後にそう証言するほどの力の衝突だった。が、それはたった一発だ。そしてこの二人だ。またたく間に、一撃一撃が数百キロのTNT爆薬にも匹敵する剣戟が交わされる。
「これは……」
「マズい! 全員、この場から離れろ!」
「魔物は気にするな! 奴らに引き寄せられる!」
この場に居ては巻き込まれる。全ての戦士達が、その場からの離脱を判断する。とはいえ、これが問題になる可能性は皆無と言えた。あまりに強大な力のぶつかり合いだ。魔物の群れが『八岐大蛇』に引き寄せられる様に、魔物の群れは二人に引き寄せられる。
そして彼らは人だ。結果、魔物達は二人を優先的に狙うわけであるが、同時にこの二人の攻撃のぶつかり合いに巻き込まれて無事で居られるわけがない。この場を離れた所で問題が無いどころか、彼らからしてみれば厄介な源次綱は足止め出来るし、魔物の群れまで勝手に討伐してくれるのだ。
その分『八岐大蛇』に注力出来るので良い事しかなかった。そうして蜘蛛の子を散らす様に散っていく戦士達を横目に、二人は一際強大な力を込めた一撃を交えた。
「はぁ!」
「おぉ!」
強大な一撃が衝突し、大気が鳴動する。それは周囲の魔物の群れを飲み込んで、一切合切を消滅させた。その震源地では、酒呑童子と源次綱が鍔迫り合いを行っていた。
「ほぉ……まさかお前がこれほどの一撃を放つとは。誇りを捨てて来たまでの事はある」
「……それが、今の俺の生き様だ」
「……」
源次綱の言葉に、酒呑童子は何を思うのか。それは誰にもわからない。だが、しかし。彼はそんなものを無意味と切り捨て、鬼に相応しい雄叫びを上げる。
「おぉおおおお!」
「っ」
雄叫びと共に増した圧を身近に感じ、源次綱は僅かに気圧される。そうして僅かに押されたのをきっかけとして、少しずつ源次綱が押され始める。
「……どうした?」
「いや……何。少しお前の力が落ちていてはくれないか、と期待していただけだ」
「ふむ……」
源次綱の指摘に、酒呑童子もそういえば、と疑問を得る。これは随分と先。カイト達が地球に帰還し時間と自由に動ける状況を得た後の調べでわかる事であるが、どうやらこれは偶然か必然かは不明なものの酒呑童子が瞬に転生していたことが原因だったらしい。
瞬は言うまでもなく酒呑童子の子孫でもある。そして同時に、彼の祖先帰りでもある。そこに、酒呑童子の魂が宿っているのだ。結果として世界側は今のこの状況下を酒呑童子当人の復活と認識し、彼が出せる本来の力を使える様にしてくれていた。
そして同時に、肉体的な相性も抜群だ。結果、彼は生前の力を十全に使え、その上に瞬と豊久の力さえ使えるという事態が起きていたのであった。言ってしまえばこの場に限ってしまえば、酒呑童子は生前より遥かに強かったのである。が、同時にそれ故にこそ、弱点も明確に存在してしまっていた。
「……む」
「……」
自身が鍔迫り合いする源次綱の刀から漂う<<鬼殺し>>の力に、酒呑童子が僅かに瞠目する。両者共に強大な力を宿す鬼だ。しかも鬼として見れば酒呑童子の方が遥かに強大だ。故に<<鬼殺し>>の力は酒呑童子により強く働いており、黒いモヤの様な妖気が彼へと伸びていく。
「……ちっ」
別にこの程度気にする必要がある事ではないが、同時にこの力に飲まれた状態で源次綱とは戦いたくないらしい。酒呑童子は舌打ち一つでその場を離れた。そうして、彼は地面を二振りの刀で四方に切り裂く。
「……やはり、それを見なければ貴様と戦っている気がせん」
「そうか……なら、久方ぶりだ。存分に奮えよ」
源次綱の言葉に、酒呑童子は切り裂いた地面に手を突き立てる。そうして彼は切り裂いた地面の全てを押し固め、山の様な地面を持ち上げた。
「<<大山投げ>>」
「おぉおおおお!」
<<大山投げ>>。酒呑童子が得意とした、山を放り投げるという力技だ。それに対して、源次綱は鬼殺しの力を持つ妖刀に全力を込める。そうして、酒呑童子は超音速で『山』を投げつけた。
「……」
一瞬で摩擦により超高熱を発した『山』を見ながら、源次綱は大願成就を心底実感する。そしてだからこそ、彼は迷いなくただ一太刀で火炎を纏う『山』を切り裂いた。そうして切り裂かれた『山』の合間から、酒呑童子が現れる。
「「おぉおおおおお!」」
二人の鬼が、雄叫びを上げる。そうして、悪鬼だった者と悪鬼に成り下がった者の戦い。『悪鬼の戦い』は近づく者全てを破壊しながら、激化していくのだった。
お読み頂きありがとうございました。




