第1867話 八岐大蛇討伐戦 ――真の名――
『八岐大蛇』討伐戦の最中に起きた、源次による横槍。その横槍を受けて危うく死にかけたソラ達であったが、それを受けて急行したカイトの一撃により事なきを得る。
が、状況そのものが何か変わったわけではなく、カイトが来た事でソラ達もまた前線へと出る事になっただけだった。そうして、ソラとアル、ルーファウスの三人は瞬と共に相変わらず瞬狙いで動いていた源次に相対していた。
「はぁ!」
やはりこの四人の中であれば、速度に優れているのは瞬だ。故に彼が先陣を切り、源次へと襲いかかる。そうして突き出された槍に対して、源次は刀を使い軌道を逸らす。
「っ」
「まだまだ!」
振り払われた槍を横目に、間髪入れずにアルが前に出る。そうして彼は突き出される刀に盾を突き出し弾いて、その場でそのまま剣戟を繰り出した。
「遅い」
「っ」
速過ぎる。アルは繰り出される源次の次の一撃を見て、顔を顰めつつも即座に繰り出そうとしていた剣を合わせて防ぎ切る。が、そうして打ち合った直後、源次が蹴りを繰り出して彼を吹き飛ばした。
「おぉおおお!」
「はぁ!」
「何っ!?」
気合一発で押し留められた自分を見て、ルーファウスが思わず瞠目する。動く事もなく、ただ気合だけでランクAの猛者である彼を食い止めたのである。圧倒的な実力差だった。そうして、源次が振り向きざまに刀を横になぎ払う。それは遠心力が乗った一撃で、鎧諸共に斬り伏せかねん威力だった。
「っぅ!」
「させるかっての!」
あわやの所で剣戟は防いだものの、ルーファウスの姿勢は崩れてしまっていた。それに大上段から刀を振り下ろそうとした源次であるが、少し強引にルーファウスをタックルじみた動きでソラが吹き飛ばし割り込んだ。
「<<輝煌装>>!」
「つぅ!」
ソラは全身に守護の力を漲らせ、源次の強撃を防ぎ切る。どうやら両者の差は圧倒的とはいえ、追いすがる事が不可能な程度ではないらしい。四人でなら、なんとかなる可能性は僅かながらに存在していた。無論、<<原初の魂>>を使った四人でなんとか追い縋れる程度だ。これ以上の秘策がもし源次にあったり、どこかで崩れれば一環の終わりだった。
「ここだ!」
「まだだっ! この程度で!」
自身の強撃を防がれた反動で動きが鈍った所に、立て直した瞬が切り込む。が、それに対して源次は気迫を漲らせ強引に体を動かして、直撃を回避する。
「「おぉおおお!」」
崩れた。源次が強引な姿勢で回避したのを受けて、瞬が即座にその場を引いてそこにアルとルーファウスが突っ込んでいく。が、次の瞬間。源次が何かを呟いた。
「「っぅ!?」」
行ってはならない。二人は咄嗟にそう判断し、同時に転移術で本能的に距離を取る。
「……まさか、こうも早々にこいつを解き放つとはな」
ゆらりと立ち上がった源次の手にあったのは、一振りの刀。しかしそれは先ほどまでとは異なり、禍々しい妖気とでもいうべきものが可視化したかの様な黒々とした何かを纏っていた。
それは源次をも喰らい尽くさんとしているのか、彼の腕をも飲み込まんほどであった。が、それに源次は一瞬、気合を入れた。
「ふんっ……ふん。気を抜くと俺ごと食らってやると浸食してくるのでな。あまり易々抜きたくはない」
それを気合だけで押さえ込むのか。四人は今まで見ていた源次が氷山の一角、その頭の部分だったのだと理解して戦慄する。胆力、気力、腕力などの全てが自分達を上回っていた。
「何者……なんだ。貴方は」
思わず、アルが問い掛ける。間違いなく源次は武の道に一生涯を捧げて死んだ者だ。その名を知らぬままには、同じく戦士として許容できなかった。
「……それを語る事は出来ない。俺が何者か。それは……お前が知っている筈だ」
「俺が……? っ」
言われ、瞬は脳の片隅がずきりと痛んだ。何かが、目覚めかかっている。それも自分では到底御しきれない何かが、だ。
「……そうだ。それに身を委ねろ。ようやく帰って来た貴様の血だ」
「やめ……ろ!」
どんっ。何かに弾かれる様に、瞬が地面を蹴る。その速度と力は、ソラ達が思わず反応出来かねた程だった。
「……え?」
「どうした? この程度か? 違うだろう。こんな、俺でも出せる程度の速さが貴様の本気では無いはずだ」
「ぐっ!」
背後から刀の柄で殴打され、瞬の意識が明転する。が、それに抗うかの様に、瞬の脚に力が籠る。そうして、更に彼が加速する。
「!?」
先の自らの速度を上回る加速を見せた瞬に、源次が思わず目を見開いた。が、それでも。彼は真正面からの突きに合わせていく。そうして突きを受け流した彼は、更に加速。瞬の鎧に刀の峰を叩き込む。
「ごふっ!」
「瞬! ルー、ソラ!」
「あ、ああ!」
「おう!」
あまりの急転劇に呆然となっていた三人であるが、源次の峰打ちで鎧を砕かれ吐血した瞬を見て、気を取り直して即座に支援に入る。が、そんな三人に、源次が一喝した。
「邪魔を、するなぁ!」
ビリビリビリ、という様な大音声が響いて、三人が動きを縫い止められる。あまりに強大な力の奔流。それは三人の動きを止めるに十分だった。
「ぜっ……ぜっ……」
「いつまでも黙っていては、ここで死ぬぞ。どうした? 何故まだ前に出ん」
内臓を破損し呼吸もままならない瞬へと、源次が問い掛ける。いや、彼が見ていたのは、瞬ではなかった。その更に奥。そこに何者かが居る事を彼と瞬当人だけは、知覚していた。
「駄目……だ。おまえは……目覚めるな……」
この力の持ち主は自分では到底御しきれない。それを自覚していればこそ、瞬は死んでも意識を手放すつもりはなかった。
もしこの何者かに意識と身体を明け渡せば、その時は自身こそが厄災種にも比する厄災になりかねない。そんな直感があった。それだけは、正真正銘死んでも御免だった。そんな瞬の様子で、源次も理解を得た。
「……そうか。貴様も、貴様の奥に眠る奴を理解するか」
なるほど。これは本当に瞬を甘く見ていたらしい。源次は自身の思い違いを理解して、どうするべきか逡巡する。とはいえ、諦めるつもりはない。
厄災にもなり得る何者か。それを目覚めさせる事こそ、彼が蘇った理由だった。それを諦められるわけがない。
「ふむ……殺す事は容易い。連れ帰る事も容易い。負かす事も容易い」
「ぐっ!?」
「ん?」
自身の呟きに妙な反応を示した瞬に、源次が思わず目を瞬かせる。何が何だか彼にもさっぱりらしい。
「どうした? 俺に負けるより、奴に身体を明け渡す方が良いとでも思ったか?」
「ぐっ!? がっ!?」
そんなわけがない。瞬は源次を睨み付ける。それで、源次は何が起きているかを察して笑った。
「……ああ、そうか。なるほど。確かにそれだけは、貴様は許容できないのか。それこそ、自分で俺を叩きのめすというぐらいには」
「駄目……だ!」
敗北。死よりも軽くそしてどうでも良い筈の言葉に、何故か瞬は悶え苦しむ。自身の中の何かは、誰に負けようとも決して源次への敗北を許容できなかった。
「なるほど。それなら、俺の名を告げても良い。お前がより一層、自身の敗北を認識出来るのであれば」
「ごふっ……」
腹を殴りつけられ、瞬が血の塊を吐く。が、まだ意識は落ちていない。そんな彼を、源次が蹴っ飛ばす。殺さない様に細心の注意を払いながら、だ。
「くっ……」
「ちぃ!」
「ぐっ……」
ただ一方的になぶり殺しにされる瞬を見て、源次の気迫により一切の動きを縫い留められる三人の顔に苦渋が滲む。
「は……は……」
「ほぅ……まだ意識を失わないか。あっぱれ、と賞賛は述べておこう」
意識は朦朧としながらも、まだ意識を手放さない瞬に源次は心の底からの賞賛を贈る。が、このままでは瞬が死んでしまう。そう、彼は判断する。
「だが……俺としても困るのだ。貴様に死なれては。貴様には生きて日本に帰ってもらわねばならない」
「……」
血が流れすぎて朦朧としながら、瞬はまだ米粒ほどに残る意識で源次の言葉に笑う。
「はっ……はは……」
「……良いだろう。なら、思い出させてやる。俺の名を……そして我が主人の名を」
「……」
聞いてはならない。瞬は本能的にそれを理解しながらも、もう腕を持ち上げる事さえ出来なかった。そうして、源次が己の真の名を口にする。
「……源綱……またの名を渡辺源次綱」
「っ」
どくんっ。その名を聞いた瞬間。瞬は自らの意識を内側から掴まれた事を理解する。が、それは感じている何者かのものではないとも、理解した。
「……ここは」
「……儂の場所よ」
「豊久さん?」
瞬が引き寄せられたのは、以前死の直前に彼が呼び寄せられた豊久の居場所。関ヶ原だ。そこに、彼は呼び寄せられたのである。そうして彼を呼び寄せた豊久であるが、その顔は何時になく真剣だった。
「……時間は無い。手短に言う。お主も感じておろう。お主の……そして儂の中に眠っている何者かを」
「……」
豊久の言葉に、瞬は無言で応ずる。あの教国での戦いの後から、ずっと何者かの気配を感じていた。それを明確に自覚したのは、中津国へ来る直前。あの猛烈な殺気を感じた瞬間だ。
何者かが時々、自分の傍に居て自分を観察している。そう彼は悟っていた。そんな彼に対して豊久は上の月を見上げた。それは瞬が過去世の力を使う様になったからか幾ばくか地面に近付いており、その詳細をはっきりと見せていた。
「……あれが何か。お主ならもうわかろう。いや、見える様になっておろう」
「あれ……は……」
月に似た魔力の塊を見て、瞬は思わず絶句する。そこにあったのは、単なる魔力の塊ではなかった。ただ一人の人物が、あそこに浮かんでいたのである。とどのつまり、あの力の塊は唯一人の瞬の過去世だった。
「死んだからこそ、わかる……あれは世界をして消し去る事が出来ず、封ずるしかなかった存在。あまりに強大な鬼。正真正銘、儂の前世よ」
「……」
言われなくてもわかる。なにせあれも自分だ。それ故、あの力の塊の中心に封じられている何者かが何かを、瞬は言われなくても理解できた。そしてこちらが認識した、否、認識してしまったからだろう。あちらもまた、目を開いた。
「……」
目覚めてしまった。目を覚ましてしまった。瞬は本能的に、目覚めさせてはならない者が目覚めてしまった事を悟った。そうしてあれだけ強固に見えた封印が、いとも簡単に砕け散った。
「……」
「……困るな、奴に負けて貰っては」
あまりに格が違う。瞬は大学生程度に成長し金髪になった様な自分の声を聞いて、そう悟らされた。
「誰に負けようと、どこで死のうと俺はさほど興味はない。それもまた一興……だが」
「……」
だが、何なのか。瞬は言われるまでもなくそれを理解していた。そして思った通りの答えが返ってくる。
「奴に……源氏の武士にだけは負けてもらっては困る。それは何があっても許容出来ん。それが、俺の血を引くのなら尚更だ。俺の血を引く以上、奴らへの敗北はあり得てはならない」
「……」
引き止めれば、己が食われる。瞬は自らの横を歩き外へと歩いていく二つ前の自分を見送るしか、出来なかった。が、彼はなんとか振り返る。
「待て!」
「……」
「何をするつもりだ」
「くっ……なるほど。さすがは茨木の奴が認めた男の訓練を受けた事はある」
食われるとわかりながらも、気丈に自身を引き留めようとする瞬に二つ前の瞬は笑う。が、そんな彼は笑いながら、しかし一切振り向く事はなかった。
「弱者に選択肢は無い……が、今の言葉に免じて食わずにはおいてやる。貴様の大切な物を守りたければ、俺を止めてみせろ」
「っ」
圧倒的なまでの存在感。間違いなく英雄やそれに類する存在、それも豊久以上の存在だと理解する。そんな彼に気圧され、しかし瞬は再度口を開いた。
「待て……待て、酒呑童子!」
「……」
酒呑童子。それこそ、瞬の二つ前の前世。そして同時に、彼の祖先でありもう一人の祖先の宿敵だった。そうして、およそ一千年ぶりに酒呑童子が現世へと舞い戻るのだった。
お読み頂きありがとうございました。




