第1865話 八岐大蛇討伐戦 ――持久戦――
カイトが各所を転戦し『八岐大蛇』目指して進む魔物の群れを討伐していた一方、その頃。ソラ達はというと、部隊を率いて『八岐大蛇』との戦いを行っていた。
その中でもソラは賢者の弟子――どうやらあの事件を知っていた者が居たらしい――という事もあって、防衛隊の一つを任されていた。そこに、アルとルーファウスも所属していた。防衛隊の主力を任されていたと言っても過言ではなかった。
「トリン。現状は?」
『うん。あまりよくはないけど……最悪にはなってないよ』
自身の要請を受け街に臨時て設けられた作戦司令室に入っていたトリンより、ソラへと報告が入ってくる。どうやら事態を受けて大規模な討伐戦になるとあって、トリンもティナに同行していたらしい。そしてその采配は確かだった。
「そか……とりあえず、って所か」
『うん。カイトさんが各地を転戦しているからね。おかげで各地の戦線が耐えられているし、何より……』
「どした?」
『あ、あははは……一応、街の計器類でカイトさんの動き、伝わってきてるんだけど……すごいよ、これ……』
少なくとも自分は見たことがないほどの戦績。トリンは報告される戦況の中でカイトの物と思しき報告を抜き出してまとめ上げ、思わず頬を引き攣らせる。まぁ、それも仕方がない。なにせ彼はこの数十分で足掛け東京大阪間を往復出来るだろうほどの距離を移動していたのである。
戦闘中の近接系の戦士が長距離を移動する事はままある、とは聞いていたトリンであるが、それでもここまでは寡聞にして聞いたことがなかったらしい。
「ま、まぁ……カイトだし」
『だね……』
さすがというかなんというか。二人は揃ってカイトだから、と片付ける事にする。とはいえ、そのおかげで『八岐大蛇』と相対する面々はそれだけに注力出来る。前線に出ては最強の鉾として。支援に回れば一切合切の敵を通さない最強の盾として機能してくれるのである。
「そういや、あいつ。今回どんな言い訳で通してるんだ?」
『ああ、それなら仁龍様が自分の使い魔という事で通してるよ。仁龍様の使い魔だからね』
「なーる」
それなら誰も疑えない。なにせ相手は古龍。大精霊達と同じく、システム側の存在だ。これだけの戦闘力を発揮しようと、誰も不思議には思わない。
というより、本来は本気で戦えるのなら『八岐大蛇』だろうと倒せるのだ。ただ世界の管理者側として手を出せないだけだ。その道理を色々とだまくらかして支援が貰えるだけ、有り難いのである。
「とはいえ……俺達は俺達に出来る事をしないとな」
『そうだね。とりあえず、現状の被害状況』
「ああ」
ひとまずは報告を受ける段階。ソラは輪番制で休息を取る事になっているその休憩時間を利用して、トリンからその他の報告を受ける事にする。
「……そか。ってことは、もう来るか」
『うん。一応、半分ぐらいはさっきと同じく街の魔導砲でなんとか出来るけど……流石に全部は無理かな』
「わかった。各所にそれを連絡しとく」
『お願い』
ソラが聞いていたのは、丁度カイトが聞いていた源次による戦線の崩壊の報告だ。と言ってもトリンにはそこまで詳細はまだ入っていない。なのでソラが聞いたのはあくまで戦線の一つが崩壊し、再構築の間に魔物が少し入り込むという要点だけだった。そしてそれで十分だ。というわけで、ソラは通信機を介して四つの陣形全てに報告を連絡する。
『わかった。北側の陣営と東側で三つ目を引き受ける』
「頼んます。南側の陣営と西側の陣営で魔物はなんとか食い止めてみせます」
『任せる。が、無理はすんなよ』
「うっす」
ソラは北側を統率する冒険者の言葉に、一つ気合を見せる。そうして程よく休憩が出来た所で、立ち上がった。
「第一大隊、戦闘再開用意!」
「「「おう!」」」
「準備、出来てんな!」
「「「おう!」」」
声を張り上げるソラの掛け声に、戦士達もまた声を張り上げる。相手は正しく化け物。一瞬でも気を抜けば、死に繋がる。常に全力で戦う必要があった。
「ソラ。あんまり気負い過ぎると、すぐにへばるよ」
「ああ……この戦いはフルマラソンと同じだ。それも、重武装でのな」
「わかってるよ」
ソラはアルとルーファウスの指摘に、僅かに入り過ぎていた肩の力を抜く。油断すれば死だが、同時に気負い過ぎるとそれもまた死。この相手を一息に討伐する事なぞ不可能だ。世界中から戦力をかき集め、それでようやくだ。
「これ考えると、『転移門』って本当に便利なんだなって思うな」
「「へ?」」
「いや、だってこんな場合に直ぐに戦力融通できるだろ? まぁ、それやられて三百年前痛い目に遭ったわけだけど……悪用さえされなけりゃ、今回みたいな時はより素早く展開できるしさ」
「「……」」
なるほど。どうやら、賢者の弟子というのは伊達ではなかったらしい。アルとルーファウスの二人は主力を任されても不思議のないだけの知性を得たソラの言葉に納得させられる。
もし相手が厄災種の場合、間違いなく展開速度が生死を分ける。それも国としての、だ。間違いなく重要だった。
「……ルー」
「ああ、気合を入れ直そう」
「は?」
唐突に何かを理解し合い頷き合った二人に、ソラが僅かに目を見開いた。どうやら確かな成長を見せている仲間に発破を掛けられたらしい。
「ソラ。行くよ」
「お、おぅ……第一大隊第一班から第二班! 左舷から来る魔物の軍勢を叩くぞ!」
「残りの班は奴の頭を抑える! 三つ目は他が引き受けてくれる! 攻撃はせず、防ぎ切る事だけを考えろ!」
ソラの号令に合わせて、また別の冒険者が声を上げる。彼には残りの戦士達を預けていた。ソラ達三人は、西側こちらの背後を狙う魔物の群れの迎撃だった。
そうして、ソラを中心とした数十人の冒険者達が西側へと向かい、更に西側に展開する冒険者達から数十人の戦士達が合流する。ソラが本隊から離れたのは、この合同軍の指揮があったからだ。
「一条先輩。聞こえてますか?」
『ああ。最前線に居る』
「そっち、どうです?」
『すごい状況……だろう。数十……いや、百は下るまいさ』
こんな状況で血の滾りを抑えられないあんたがすげぇよ。ソラはただ一人の戦士として戦う瞬に、素直な尊敬を抱く。とはいえ、そんな会話の最中にも敵影は近付いており、ソラの目でも敵の影が視認できる様になった。
「……アル」
「うん……流石にこの規模は拙いね。第一波は魔導砲で勢いを殺すべきだと思うよ」
「だよな……その後、お前も頼む」
「了解。任せておいて」
ソラの要望にアルが応ずる。相手の射程距離がどれだけかは不明だが、こちらが有利な内に可能な限り敵数は減らしたい所だった。
「総員、斉射準備! 最低でも魔導砲の斉射があったら、何時でも撃てるように準備を整えてくれ! その後は合図があるまで待機!」
「「「?」」」
ソラの指示に冒険者達は僅かに訝しむも、とりあえずはその指示に素直に従った。そうして燈火が運用する街の魔導砲が、火を吹いた。
「まだか!」
「おい、撃ち始めたぞ!」
「まだだ! まだ撃つな!」
冒険者達の声に対して、ソラもまた声を張り上げてそれを制止する。
「後もうちょい……後ちょい……」
狙うタイミングなら、ブロンザイトが教えてくれた。その意味も効果も全てだ。そうしてこちらに向かう魔物の群れが軌道を変えて街へ向かった時、丁度側面を真正面に捉えた時点で、ソラが声を張り上げた。
「今だ!」
「撃て撃て撃て撃て! あんだけいりゃ、猿でも当てられる!」
「おっしゃ! 土手っ腹に風穴空けてやれ!」
ソラの号令を待ってましたとばかりに、冒険者達が攻撃を開始する。それは魔物の群れの側面に直撃し、その数を減らしていく。そして同時に側面へと攻撃を受けた魔物の群れは僅かではない混乱を生み、そこに街からの砲撃が直撃してその数を減らしていく。
「へー、やるもんだ。これを読んでやがったか」
「流石賢者の弟子ってだけはあるな」
「切り込み隊! 一気に行くぞ! 奴らが右往左往している間に一気に切り刻んでやれ!」
「「「おぉおおおお!」」」
冒険者の一人の号令に、近接戦闘を行う戦士達が鬨の声を上げて応ずる。そうして一気に彼らが突撃していくのを、ソラはその場で見る。
「アル、ルーファウスもその場で待機……そのまま頼む」
「ああ」
「うん」
とりあえず魔術で減らせるだけは減らしたし、近接戦闘を行う戦士達は決して弱くない。街からの支援があれば、十分になんとか出来るだろう。
「後は何時までこいつが、だけどな」
「「……」」
振り向いたソラの言葉に、二人もまた振り向いた。その視線の先には、九つの頭を持つ大蛇が居る。こいつの頭ががもし一つでもこちらを向いたなら、その時はここで立ち止まっている重武装の戦士達の出番だ。と、そんな風に振り向いたソラに、トリンが通信を入れた。
『ソラ。聞こえる?』
「ああ。どした?」
『第二観測機からの情報。更に来るよ』
「ちっ……」
やはり僅かな間とはいえ、戦線が崩壊したのだ。こうなってしまっては魔物は入りたい放題だ。後はこちらでなんとかするしかないだろう。それを受けて、ルーファウスが一歩前に出る。
「俺が行こう……急げば、第一波と第二波の合流を防げるはずだ」
「……」
どうするべきか。ソラはルーファウスの実力などを鑑み、一瞬だけ状況を精査する。が、やはりボトルネックになったのは、『八岐大蛇』だ。
あの攻撃を耐える場合、ルーファウスという巨大戦力を欠いてしまうと突破されてしまう可能性があった。しかもソラの試算では、彼の助力が無いと今回の秘策が使えない。
「……駄目だ。もし『八岐大蛇』がこっちに少しでも意識を向けたら、あっちもこっちも全滅する」
「む……」
だがしかし。そう反論したいルーファウスであるが、ソラの言う事が尤もである事は彼も認識出来ていた。故に、彼は踏み出そうとしていた足を止めて立ち止まる。
「悪い。けどどう考えても、後ろのあいつの方が前に何体来ようとやばい」
「わかっている。あれの危険度は俺達の方が、な」
確かにルーファウス達は厄災種を相手にした事はない。親世代もまた無い。が、その更に親の世代になると、口伝の形では厄災種を聞いていた。その更に上になれば、実際に戦った者も居る。最後に現れたのはまだ五十年前だ。当時を知る者は、まだ現役にも居たのである。
と、そんな風に『八岐大蛇』に注意を向けた瞬間だ。それをまるで狙い定めたかの様に、魔物の軍勢と戦う部隊の側面に強大な攻撃が迸った。
「「「なっ!?」」」
唐突に感じた背後の気配に、三人だけではなく周囲の重武装の戦士達が思わず振り向いた。あまりに強大な一撃。それが、迸ったのである。
「……嘘だろ、おい……」
思わず、ソラがそう呟いた。攻撃が放たれた場所。そこに居たのは、源次だ。彼が魔物諸共戦士達を横合いから攻撃したのである。そして彼の一撃だ。この場のランクSの猛者達の一撃をも上回る一撃だ。それに、『八岐大蛇』が気付かない筈がなかった。
『ソラ! 『八岐大蛇』が君達に気付いた!』
「っ! ちぃ!」
もし『八岐大蛇』の攻撃が直撃してしまえば、生き残れるのは間違いなく源次ただ一人だろう。あちらもなんとかしたい所であったが、それ以前の問題として『八岐大蛇』をなんとかしなければならなかった。
「アル! ルーファウス!」
「「了解!」」
背後の危機を感覚で理解しながらも、ソラ達は『八岐大蛇』に向き直るしかなかった。そうして、直後。『八岐大蛇』の頭の一つの口から強大な光条が迸ったのだった。
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