第1864話 八岐大蛇討伐戦 ――戦線拡大――
『八岐大蛇』討伐戦。厄災種の一体であるこの魔物との戦いは、正真正銘大陸一つの命運を賭けた戦いだった。そうして『八岐大蛇』との戦いを仲間達に預けたカイトであったが、そんな彼は単身周囲から集結しつつある魔物を撃破し回っていた。
「よし。これでここの救援も完了と」
『助かりました!』
「良いさ! 補給とけが人の手当てを終わらせたら、すぐに次を頼む!」
『了解です!』
カイトの支援を受け戦線を立て直した魔導機――正確には半魔導機――の部隊を率いる部隊長が、カイトの言葉に一つ気合を見せる。そうしてここの戦線の崩壊を防いだカイトは、地面を蹴って中心となる『八岐大蛇』へとゆっくり向かいながら、ティナへと連絡を入れる。
「ティナ。南西の戦線は持ち直した。これで問題無いだろう」
『うむ。そちらには皇国より飛空艇の艦隊がいくつか向かっておる。次はなかろう』
「もう到着しそうなのか?」
『余らの、というべきじゃろうな』
「なるほどね」
カイトはティナの返答に納得を示す。彼が思ったのは、少しどころではなく早くないか、という所だ。が、マクダウェル家の艦隊ならそれも納得だった。
「で、本隊は? そろそろ二十分ぐらいは戦ってる気がしなくもないんだが……」
『うむ。それぐらいは経過しておるな。『八岐大蛇』と戦う者たちもよく堪えておる。本来なら、何時崩壊してもおかしくない』
「そりゃ、『八岐大蛇』一体だ。ここで逃げてもらっても困るし、逃げた所でどこに逃げるんだか、って話だ」
『八岐大蛇』は厄災種だ。国一つを軽く滅ぼしたと言われる厄災種。それを前にして、今から逃げられる場所なぞどこにもない。真に安全を得たければ、『八岐大蛇』を倒すしかない。それはティナにもわかりきった話だった。
『ま、そうじゃな。こここそ、死ぬ気で戦う場じゃ……で、それは兎も角。こちらは幸いな事にまだ他の魔物は出ておらん……が、何時まで保つか、という話じゃろ』
「はぁ……流石にオレ一人じゃどうにもならんか」
『そもそも『八岐大蛇』……いや、厄災種と戦いながら周囲の魔物を食い止められる余裕がある時点で可怪しいんじゃがのう』
「オレは伊達じゃねぇさ」
ティナの指摘に対して、カイトは少しだけ余裕を滲ませる。如何に彼とて厄災種相手に余裕はさほど無い。が、彼が余裕をなくせばその時こそパニックが生まれかねない。彼得意の底力や火事場のクソ力、空元気だろうと、それを見せるしかなかった。
「一度戻るべきか?」
『そろそろ、戻ってもらいたい所ではあるかのう』
どうせ敵なぞ四方八方から無数にやってきているのだ。そろそろ少し倒した所で毛ほどの意味もない領域に到達しつつあった。これ以上はカイト一人が頑張って転戦した所で無意味。そうなってくるのに、もうそう時間は必要なさそうだった。
「わかった。そろそろオレも帰還する。で、本隊は?」
『すでに中津国に到着しておる。が、こちらで面倒になっておる』
「りょーかい。本隊と合流後、本隊を支援しながらそちらに向かう」
『頼む』
どうやら各地を転戦している間に、気付けば二十分が経過していたらしい。カイトはティナの報告よりそれを理解し、中津国に設けられた『転移門』がある場所へ向かう事にする。
そうして駆け抜ける事しばらく。彼の視界に後の彼の旗艦となる戦艦の試作機とそれを中心とした飛空艇の艦隊が入ってきた。とはいえ、その周囲には無数の魔物達もまた屯していて、足止めを喰らっている様子だった。
「ちっ……些か編成を間違えたかな? とりま、挨拶代わり!」
やはり相手が厄災種という事で、編成もそれに向けた編成を行っている。それ故に主力は各地に散って中心へ向かう魔物たちの阻止を行っていたり、万が一討伐に失敗して皇国に渡る事があった場合に備えて海上に控えていたりした。
故に中津国の強大な魔物に手をこまねいてしまっても仕方がない側面はあっただろう。特に今回は試作機を出した事もあり、そちらに技術班が掛り切りになってしまっていた事も大きかった。と、そんな攻撃を見て通信が入る。
『総大将。来てくれたのか』
「オーアか。お前も艦内か?」
『というより、艦上だね。砲塔が一個やられたってかやっちまったから、そいつの修理してた所』
「やっちまった?」
一応言えば、オーア達とて腕利きの戦士でもあるのだ。ランクこそ高低があるが、それでも固定砲台に向けてフレンドリーファイアをするほどではない。それがやっちまった、というのはカイトには少し信じられなかった。そして勿論、彼女らが破壊したわけではない。いや、彼女らの責任ではあるが。
『いくつかの砲塔、乗っけるだけ乗っけてみたってのが多くてさー。出力調整甘いんだよね』
「あっぶねぇな! んなもん乗っけんな!」
『大丈夫大丈夫。万が一ぶっ飛んでもそんときゃそん時でなんとか出来るから』
カイトのツッコミに対して、オーアが呵々大笑とばかりに笑い飛ばす。
「てーか、お前ら。その所為で攻め込まれたわけじゃないよな?」
『『『……そんなわけないじゃん』』』
「そのとおりなんだな!? そのとおりなんですね!?」
技術班全員が一斉に否定した事を受けて、カイトが再度声を荒げる。これが自分の未来の旗艦だというのだから、彼としても泣きたくもなる。旗艦とは一体なんぞや、と思うばかりであった。そんな会話を交わしながら、カイトはそんな技術班が砲塔を修理する甲板へと舞い降りる。
「はぁ……次の群れまでには?」
「直す直す……で、総大将の所の姉さんが待ってるって。しばらく次の群れまで時間あるから、会ってきたら?」
「あいあい。場所は?」
「艦橋。重力場砲の調整やってる」
「りょーかい。次の群れまでにそれ直しとけよー」
「あいよー」
なんで厄災種との戦闘中に戦闘以外で疲れにゃならん。そう思いながらも、カイトは旗艦内部に入っていく。流石に彼も自分の旗艦だ。基本的な構造は覚えていた。と、そうして入ったと同時にユリィが現れた。
「あ、カイト」
「おう。とりま準備は?」
「オールオッケー。何時でもどうぞー」
「良し」
ふわりと舞い降りたユリィを自身の肩に座らせ、カイトは再び歩いていく。そうして旗艦の艦橋へとたどり着いた。
「灯里さーん」
「あ、カイト。ちょい待ち。今主砲の調整やってるから……これを一人でやっちゃうんだから、アイギスちゃんもホタルちゃんも物凄いわ」
「あの二人の演算能力を人間と比べちゃならん」
カタカタカタ、とコンソールを叩きながら二人への賞賛を述べる灯里に、カイトは少しだけ笑いながら自身専用の椅子に腰掛ける。
「さて……艦隊の状況を報告してくれ。ああ、被害状況と艦隊の編成などで構わん。現在地などは不要だ」
「はっ……旗艦以下各艦艇に搭載されている魔導機に一切の被害は無し。しかし艦隊の一部に被害が。艦隊の攻撃力が5%ほど低下しています」
「主要な機関と最重要となる防御装置に問題がでなければ問題にならん。攻撃なんぞオレ一人でどうにでも補える」
「そう言えるのは閣下だからですよ」
カイトの返答に、艦隊の状況を報告していたオペレーターの一人が思わず笑う。実際、攻撃なぞカイト一人でどうにでも補えるのだ。なら、カイトにとって重要なのは守るべき者たちを如何にして守るか、という所だ。その為には盾が重要なのである。
「まぁ、それは良い。人的被害は?」
「それについては特に問題はなく。ただ、戦闘の衝撃で数名けが人が」
「その程度なら問題は無いな。回復薬でも送っておけ」
「すでに手配済みです」
良し。これなら十分に厄災種との戦闘に耐えられるな。カイトはそう判断する。そうして一通りの報告を受けた所で、カイトは改めて灯里へと話を振った。
「で、灯里さん。重力場関係の調整は?」
「もうちょい。重力場砲については問題無いけど、重力場シールドは若干手間取ってる」
「そっちを優先してくれ。艦隊の守りの基点だ」
「姉使い荒いー」
「生憎、貴族様なんでな……それに一番忙しいのオレだ」
艦隊の状況を聞くだけ聞いて、指示を残したカイトは再度立ち上がる。単に自席があるのに立ちっぱなしで聞く意味が無いと判断しただけだ。というわけで、立ち上がった彼は再度一つ気合を入れる。そんな彼の背に、灯里がぽつりと声を投げかける。
「行くの?」
「当たり前だろ? オレはこういうのと何十と戦った。この程度で負けてちゃいられない」
「そか。ま、怪我無い様にねー」
「あいよ」
灯里の敢えて何時も通りの言葉に、カイトもまた何時も通りの様子で返す。そうして彼はユリィと共に再び甲板へと向かう事にする。
『総大将。別に報告要らないだろうけど、敵影。数は必要かい?』
「要らんな、マジで……」
聞かなくてもわかる。ここから先は味方の影を見付けられる方が珍しい。というより、まず敵影しかないのだ。まぁ、敢えていうのなら地上に敵が居るのか空中に敵が居るのか、の差でしかない。そして見敵必殺しかないのだ。なら、数がどうだろうと関係は無い。ただ見つけ次第倒すだけだ。
「さて……あ、そうだ。ユリィ。クズハとアウラは?」
「あ、二人なら流石に来てないよ。というか、来れるわけもないし。今回ばっかりはワガママ抜きにしないとまーじマズいし」
「わかってる」
なにせ相手は厄災種だ。この二人とてまともに戦って勝てる相手ではない。しかも言えば、この二人には万が一に備えた皇国の第一防衛線と第二防衛線を守ってもらう必要があった。この二人が居てこそ、カイトもまた前線で思う存分戦えるのである。
「こちらに連絡が取れるか、って意味だ」
「それなら出来ると思うよ」
「そうか……クズハ、アウラ。聞こえてるか?」
『はい』
『おー』
カイトの呼び出しを受けて、二人が何時もの様子で答える。これにカイトは一つ頷いた。
「良し……今回、まだ敵の思惑が見えてこない。万が一そちらに奴らが出た場合、即座に連絡を入れろ……シャル」
『何?』
「万が一は即座にオレを召喚してくれ。そちらへ移動する」
『そうならない事を願うわ』
カイトの言葉に、シャルロットが万が一の可能性に対してそう告げる。ここで有用だったのはやはり彼女との間でなら両者が自由自在に移動出来る事だろう。カイトという巨大戦力を自由自在に移動させられるのは有益だった。しかもシャルロットとて神話においては死神として名を馳せた女神だ。多少の時間稼ぎどころか、並大抵の相手なら勝てる。心配は無用だった。
「万が一には備えとかないとな……さて」
話しながら歩く事少し。カイトは甲板の上に立っていた。そんな彼の視線の先には、無数としか言い得ない鳥型の魔物の群れが飛翔していた。このまま行けば遠からず、こちらに気付く事だろう。
「オペレーター」
『はい』
「前方に艦隊から斉射三回。その後、遠距離攻撃が可能な者で掃射。近接戦はせず、一気に敵陣を突破しろ」
『若干残ると思いますが』
「それについては後方に攻撃しつつ、オレが残りは片付ける」
『了解しました。命令を伝達します』
カイトの指示を受け、艦隊が一気に行動を開始する。そうして数分後。艦隊の各所に備え付けられた魔導砲が火を吹いた。
「……さて」
「久々に超長期戦になりそうかな」
「だな……スタミナ配分は考えるべきだろう。まだ謎の剣士さんも動きを見せてない。どう出るか、気を付けないとな」
今回は相手が相手だ。しかもまだ源次は動いていないという。彼が何を考え何をしてくるか。それが気になる所ではあった。と、そんな事を危惧していた彼であったが、そこに案の定の報が舞い込んだ。
『カイト様。ユスティーナ様より緊急の報告です』
「何だ?」
『剣士が動いた、と』
「ちっ……」
やはりそろそろ動いてくるか。現状、どうしても戦線は伸びてしまう。下手に縮めると魔物の群れが『八岐大蛇』に合流してしまい、せっかく整えたこちらの陣形がズタズタに切り裂かれてしまいかねなかった。が、これは同時に各所での連携が出来なくなってしまっていた。そこを狙い打たれると、防ぎ様がなかった。
「どこだ?」
『街より北東10キロの所中津国所属第六艦隊の守護する所です』
「支援は?」
『現在<<鬼剣隊>>本隊が戦線の再構築に向かっていますが、かなり入り込まれた様子』
「ちっ……」
面倒になったか。カイトは舌打ち一つで、いらだちを流す。源次も所詮は敵だ。しかも久秀や石舟斎とは違い、カイトには正体がわからない事で何が狙いかさっぱりな所が大きい。そういうものと受け入れるしかないだろう。
「それで、その後は?」
『不明です。第六艦隊を戦闘不能に陥れた後、対象は再び行方をくらましたとの事』
「……」
嫌な予感がするな。カイトは戦場で過ごした者ならではの勘が働いている事を自覚する。故に彼は即座に指示を下した。
「艦隊の速度を上げろ。嫌な予感がする。前方の敵については些か取りこぼしが生まれても仕方がない。今は目標地点への到達を優先しろ」
『了解しました』
カイトの指示を受けて、艦隊が再加速していく。そうして、彼を乗せたマクダウェル家旗艦艦隊は一気に『八岐大蛇』目指して進んでいく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




