第1862話 閑話 ――測る者と出る者――
カイトが『八岐大蛇』の攻撃を一身に引き寄せ、仲間達の陣形の構築ができる時間を稼いでいた一方、その頃。遠くマクスウェルでは、ティナが作ったとある魔導具を使用した支度が行われていた。
「これがねぇ」
そんなとある魔導具の前で、灯里は興味深げにそれを見ていた。が、その顔にどこか呆れがあったのは、否めないだろう。
「三百年前。ティナが封印した技術の一つ……古代文明が試作していた<<転移門>>。その技術を用いて作られた試作品……中津国との間で試験運用を行おうとしてて設置したんだけど……まーさかこんな形で試験運用を行うとは、ってティナが言ってたよ」
「時々思うけど、本当にクラークの三法則は至言よねぇ」
ユリィの解説を聞きながら、灯里は心底呆れたようにため息を吐いた。クラークの三法則というのをここでは詳しくは述べないが、よく知られている言葉がここにはあった。それは『高度な科学は魔法と見分けが付かない』というものだ。<<転移門>>の存在を見た彼女は心底そう思ったのである。
「<<転移門>>って言ってしまえばワープゲートでしょ?」
「それで合ってるねー」
「まさかワープ技術まで出来てるかー……いや、別に不思議はないのかもしれないけどさ」
灯里はふと、カイトから聞いた話を思い出す。これは灯里をして想定外と言い得た話だったが、どうやらワープ航法というものは可能らしい。
それを何故カイトが知っているかというと、この技術を持つ存在を知っているから、だそうだ。どうやら彼が地球で外なる神々と戦っていたのは、その技術も関連しているそうだった。
なのでどういう技術かはわからずとも存在そのものは把握している彼女にとって、魔術による転移とワープ航法の差は根本が魔術か科学か、の差に過ぎないと感じられたようだ。
「で、これを使って一気に中津国まで移動ねぇ。そりゃ、こんなのやられりゃ世界滅びかけるわ」
「そりゃね……ティナも一時封印するよ」
この利便性は、と言われれば今見た通りだ。ほぼタイムラグ無しで戦力を遠隔地に送れるのである。相手が中津国だから良いものの、他の国なら受け入れてくれる可能性は皆無に等しかった。と、そんな事を話していた二人であったが、雑談もそこそこに灯里が本題に入った。
「で、それは兎も角。私はなんで呼ばれたわけ? まぁ、大体は察してるけどさ」
「ああ、うん……じゃ、案内するねー」
灯里の要請を受けて、ユリィが公爵家地下の研究所を案内していく。<<転移門>>の研究もあって<<転移門>>そのものが公爵邸地下にあり、ここから飛空艇が発進できる形になっていた。
というわけで、公爵邸地下にある秘密ドッグへと灯里は案内される。そこにあったのは、とある飛空艇の試作機だ。とはいえ、その存在を灯里は知っていたので、特に驚く事もなかった。
「やっぱりこれ?」
「うん。これも流石に使わないと駄目かな、ってティナが」
「駄目なんでしょうね……私はそこらの詳しい事、わかんないけどさ。カイトがあの人達率いて前線で戦ってる、って時点でやばいんでしょ」
灯里は厄災種がどれほど危険な存在か、というのは実感としてわからない。が、それでも。カイトが正体の露呈と天秤に掛けて前線に部隊を率いて出るというだけで、その危険性は理解出来た。それ故、格納庫の一番中央にある巨大戦艦を彼女は見上げる。
「やっぱりカイトの旗艦になると、初陣もぶっ飛んだ戦いになるのかねぇ」
「それねぇ……」
本気でそうとしか思えないのだから、ユリィとしてもため息しか出なかった。カイトの旗艦。そう。そこにあったのは、カイトが本格的に公爵に復帰した時に使われる事になる彼の艦隊の旗艦となる飛空艇の試作機だった。そこには、灯里の技術も惜しみなく使われていたのである。
「重力場砲搭載超ド級戦艦。ぶっちゃけ、アニメかゲームの話じゃん。いや、乗っけたの私だけどさ」
灯里は改めて飛空挺を見上げる。見た目はアニメやゲームで出てくる宇宙戦艦という所だ。実際の船に似た形で、それを近未来的にした格好と言える。
まぁ、これはベースの設計者が同じである以上、現行の飛空挺と大差がない。が、そこに使われている技術は桁違いだった。
「次元航行機能の試作機に、科学と魔術のハイブリットスパコン。というかぶっちゃけ量子コンピュータ。相転移砲に数機までだけど魔導機搭載が可能とかエトセトラエトセトラ……これ、完成した暁には全員乗っけて地球帰れんじゃない?」
「まー、そのせいで全性能フルに発揮しようとすると、カイトが必須って代物だけどねー」
「はぁ……」
とどのつまり力技。技術の拙い部分については全て戦艦の魔導炉にカイトの出力と戦艦のスパコンにホタルとアイギスの演算処理能力、魔術の行使にカイトの魔導書二冊があって初めて全性能を発揮出来るらしい。
言ってしまえばカイトが居てはじめて、この戦艦はフルに性能を発揮してくれるのである。マクダウェル艦隊の旗艦として、そしてカイトの旗艦として、彼が乗艦している事を前提とした設計だった。
「けどその代わり、あの子が揃えば最低五人で操艦出来ちゃうんでしょ? 本気で未来の産物だわー」
「あ、あははは……で、でも今は無理だから」
「で、私と」
「そいうこと」
灯里の言葉に、ユリィもまた軽く応ずる。まぁ、先には灯里も完成した暁には、とは言ったものの、その完成の目処は立っていない。これは取り敢えず乗っけれる技術を乗っけてみようという思考で作られた物で、決して戦闘行動をはじめとした実戦は想定されていなかった。なので各種の試作品の間には互換性が無いものや操作系が確立していないものもあり、決して運用出来ると言えたものでは無かった。
「……ぶっちゃけさ。厄災種はマジでヤバいの。こんなのでも使わないといけないぐらいには」
「わかるわよ。『ポートランド・エメリア』の一件知ってるから」
あの時の魔物は、決して厄災種ではない。それなのに皇国の全軍と切り札が動いたのだ。本当の厄災種が相手なら、どうなるのか。そんなものは灯里でなくてもわかろうものである。本当に、全ての国が共同戦線を張るぐらいの事態だった。
「……さて、じゃあいつまでも駄弁ってても仕方がないし。やる事やりますかね」
「お願い。私は私でやる事まだまだあるし」
「あいよー」
どちらも目的は一緒なのだ。そして可愛い弟の為である。気軽に答えながらも、灯里はやる気を見せていた。その一方、彼女と別れたユリィは直ぐに次の行動に入る。
「さて……次は……」
何をしようか。するべき事は多く、時間は限られている。どれを優先してどれを切り捨てるのか。それは逐一考える必要があった。故に彼女はここで一度、現状を見直した。
「本隊……クズハとアウラが大急ぎで準備中。問題無し。皇国の艦隊……はどうなってるっけ。おーい、ユハラー」
『はいはい』
「皇国の艦隊とかから伝達は?」
『正式な伝令はまだですねー。ただ現場の判断ですでに幾つかの艦隊が出発済みとかは来てますけど』
「サンキュー……」
相手が相手だ。誰が向かうか、なぞ意味のない議論だ。向かえる者は全員向かえ。それしかない。なので結局指示があろうがなかろうが出る事に変わりがない。
「補給船は?」
『そちらはすでに。ただ、あのドデカイのだけは、現在補給中で後三十分は動けないでしょうねー』
「あー、そういえばそうだっけ。まー、こっちあれあるから問題ないでしょ」
『あ、そだ。そっちの案内はどうだー、ってクズハ様から』
「あ、終わったよ」
『りょでーす。そう伝えておきます』
やはりどこもかしこも大慌てだ。伝達は上手くいくわけがない。とはいえ、それがわからぬティナではない。その為に専門の部署を設けており、そこが各所の連絡やらを統括していた。
「ふぅ……あ、誰が通達出すか決めないと。あ、メルで良いか」
一応はお飾りとはいえ、現在の総司令官はメルになっている。それを考えれば彼女が国民への通達を担うのは悪くないだろう。何より、今はこちらに時間が無い。
「となると……」
次は何をして、その次は何をするか。ユリィはそう考えながら、また別の場所に向かい大急ぎで支度を整えていくのだった。
さて。こうしてカイト達陣営が準備を整えているわけであるが。それを遠くから見ながらストップウォッチを見ていた者が一人。
「さてさて……先遣隊出発から三十分が経過……そちらはどうですか?」
『こっちはあいかーらずどえらい事になってんぜ』
道化師の言葉に、中津国で遠くからカイト達の戦いを観察する巨漢が豪快に大笑する。改めて言うまでも無いが、今回の襲撃は彼らの指示だ。何かしらの意図があって当然である。
「あははは。まぁ、そちらはそうでしょう。こちらも大慌てだという所ですが」
『どこもかしこも、か』
「ええ、皆さん頑張ってくださっていますよ」
やらせているのはお前らだろう。そう言われれば誰も返す言葉がない。が、そもそもそう突っ込む者も居ない。
「さて……流石はユスティーナ殿というべき所で先遣隊の早さは目を見張るものがありましたが……さてさて」
道化師は仮面の下の顔を僅かに楽しげに歪める。が、だからといって何かをするつもりは一切ない。いや、今回はしてはならないとさえ言い切れた。
「どれぐらいの速度で出発の準備が整うか。距離と物量……その二つから計らせてもらいますよ?」
今回の道化師の目的。それは言ってしまえば威力偵察という所であった。どれだけの速度でカイト達が対応できるか。それを測る為だけに、ここまでの事をしたのである。それで一国を軽く滅ぼせる程度を繰り出すのだから、始末に負えない。が、相手がカイトだと考えれば、納得も出来ようものではある。
「さて……次はどうしますかね。いっそ緊急で開かれるだろう大陸会議を襲うのも良いですが……流石にこちらはここからしばらくを考えれば警戒態勢が厳重になりますかね。そうなると支度は急がれるでしょうから……」
測る以上、道化師のすべき事は待ちが大半だ。それ故、彼は次の一手を考えながら、灯里を含めた本隊の出立を見送り、誰にも知られる事なく、そしてどこともなく消えていくのだった。
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