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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第78章 天覇繚乱祭編

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第1861話 八岐大蛇討伐戦 ――囮――

 天覇繚乱祭の終了を見計らって行われた石舟斎達の襲撃。それは『八岐大蛇(やまたのおろち)』という厄災種の一体を駆り出すというとんでもない襲撃だった。

 そんな『八岐大蛇(やまたのおろち)』と対峙する中津国に集った武芸者達の軍勢に対して、武蔵と石舟斎はというとそんな軍勢を横目にまだ戦いを始めていなかった。というのも、この二人だ。邪魔が入らない様に場所を移したのである。


「……のう、石舟斎殿。一つ、戦う前に聞いておきたい」

「なんじゃ、宮本殿」

「武蔵で構わぬ。お互い、そうかたっくるしい事が得意では無い様子じゃからのう。何より、敵同士でへりくだるのもおかしかろう」


 どうやら石舟斎を前に、武蔵は敢えて何時もの風を振る舞う事にしたらしい。これは彼に余裕が無い事の顕れだった。それほど、相手は強敵だとわかっていたのである。それを石舟斎は笑って許した。この程度を認められぬほど度量の狭い男ではない。


「かかか。構わん構わん。生まれであれば儂が年上じゃが、実際に生きた時であればお主の方が圧倒的に年上じゃろう。年上を敬うのなら儂が敬わねばなるまいからのう」

「かたじけない」


 何時も通りの飄々とした姿勢を崩す事のない石舟斎に、武蔵は彼自身でも理解出来ぬほどに僅かな緊張があった。彼と石舟斎の間には一世代分どころか二世代分の開きがある。それ故にこそ、彼もまた石舟斎の名は聞き及んでいた。敵として立ちはだかろうと、偉大な先輩なのだ。緊張もやむなしだった。そんな彼に石舟斎が改めて問いかけた。


「それで、武蔵殿。問いとは如何に」

「うむ……彼奴らの思惑。何か知ってはおられぬか」

「む……せがれに聞いておったかつての武蔵殿とは異なる、というのは事実な様子じゃのう」


 この質問が飛んでくるのか。石舟斎は少し楽しげに武蔵の問いかけに笑う。これに武蔵もまた笑う。


「ほっ。儂をご存知であったか」

「知らぬ方がおかしかろう。すでに儂は隠居しておったが、おったが故にあれ(宗矩)の手紙で各地の武芸者は聞いておる。そこに、お主の名が無いわけがあるまい」


 確かに戦う事の無かった両者であるが、関ヶ原の戦いの頃にはまだ石舟斎も生きていた。その頃の武蔵は丁度父の新免無二が黒田家に仕官していた為、それに従軍していた。

 なのでこの当時にはまだ無名に近かったが凄腕の剣士が居る、という程度で宗矩も聞き及んでいたそうだ。そこで、宗矩が手紙をしたためた折りに武蔵の事を石舟斎に伝えていたそうである。


「さて……それで道化師殿らの思惑じゃったか。これは儂は知らぬよ。が、殿は何かを掴まれたご様子」

「ほぅ……石舟斎殿が殿というと。松永のか」

「うむ……どうやら裏切る気は満々という所らしくてのう。せっせこせっせこ色々と情報を集めておる様子じゃ」


 武蔵の問いかけに石舟斎は隠すこと無く明らかにする。別に隠せとは言われていないらしい。


「ふむ……確かカイトの奴も久秀が何かを考えている、と言うておったか……いや、かたじけない」

「構わん構わん……冥土の土産には良かろうて」

「はっ……生憎、冥府の橋渡し役には先客がおってのう。貴殿のせがれ殿じゃが」

「さてさて。儂でも問題はあるまいて」


 先ほどまでの好々爺という様な二人はどこへやら。武蔵の闘士としての風格に刺激されるように、石舟斎もまた闘士としての顔を覗かせる。そうして『八岐大蛇(やまたのおろち)』との戦いが開始されるとほぼ同時に両者が同時に踏み込んで、こちらの戦いもまた開始される事になるのだった。




 さて。武蔵と石舟斎が戦いを始めたとほぼ同時。カイトもまた先陣を切って戦いに臨んでいた。


「っぅ」


 ただひたすら突っ走っていた彼であるが、前面で巻き起こった爆発に思わず足を止めて身を庇う。後方支援の者達による砲撃が炸裂したのである。


「さぁて……ここからが本番だな」


 爆風に煽られながら、カイトは閃光の中を緩やかに――山の様な巨体からそう思えるだけだが――動く『八岐大蛇(やまたのおろち)』を感覚だけで掴んでいた。そうして、直後。純白の閃光を切り裂いて、鮮緑色の光条が放たれた。


「「「……」」」


 迸った鮮緑色の光条は、閃光の中から放たれたが故に明後日の方向に飛んでいった。が、その一撃はたしかで、余波だけで空間がねじ切れていた。それは見る者全てにこの山の様な大蛇の魔物こそが厄災種であると知らしめ、思わず絶望を催しかねない威力だった。が、それを前に一切の恐れを見せなかった者たちが居た。


「……総大将。あいつ、マズいぜ」

「おいおい……オレ達の戦いでヤバくない相手なんて居たか?」

「違いねぇや」


 一切の恐れを見せなかった者たち。それは言うまでもなく、カイトを先頭にした<<無冠の部隊(ノー・オーダーズ)>>の面々だ。彼らは山の如き厄災種を前に、只々獰猛な笑みを浮かべていた。


「盾部隊は?」

「姉さんの指示通りに」

「じょーとう!」


 カイトは隊員達の返答に、一つ吼える。当然だが、彼らだ。厄災種との交戦歴であれば、おそらくこのエネフィア上で最大だろう。どうやって戦い、どうやって勝てば良いか。その基本なぞ知り尽くしていた。


「『八岐大蛇(やまたのおろち)』はとりあえず頭が多い! 一個一個潰せ! 再生力も侮るなよ!」

「第三連隊! 右舷回るぞ!」

「第二、第五連隊は背後に回り込む! 遅れんなよ!」

「第四連隊! 左舷行くよ!」

「残り各隊は総大将を先頭に一気に行くぞ! 魔王様の指示、聞きそびれるなよ! 死ぬぞ!」


 『八岐大蛇(やまたのおろち)』。そう言うように、この厄災種の頭は八個ある。その一つ一つから、先の鮮緑色の<<竜の伊吹(ドラゴン・ブレス)>>が放たれるのだ。それを一方方向に集めるのはあまりに危険すぎる。それ故、いくつかの部隊に別れて四方八方から取り囲む事にしていた様だ。


「さて……じゃ、やるかね」


 カイトは一つ笑うと、その場から消える。幸い今回は仁龍が隠蔽に尽力してくれるという。であれば、思いっきりやっても問題無いだろう。何より、厄災種相手には彼も本気を出す。というより、出さないと国が簡単に滅びる。


「行くぜ、<<(ゼロ)>>」


 消えたカイトであったが、彼は『八岐大蛇(やまたのおろち)』の眼前に立つや蛇腹剣を一振りする。すると蛇腹剣が無数に分裂して無数の刃となり、蒼き光を纏い超高速で飛翔する。

 それは如何に八対十六個の目を持つ『八岐大蛇(やまたのおろち)』であろうと、到底追いきれない速度と数だった。故に一切の邪魔が入る事なく、『八岐大蛇(やまたのおろち)』の周囲には無数の刃が滞空する。


「さぁ……久方ぶりにやるか。我が娘アル・アジフよ、その力を解放せよ」

『承った』


 ゆったりとした純白のローブを身に纏ったカイト――スタイルチェンジを使った――の指示に、アル・アジフが一つ応ずる。相手は厄災種。最上位の魔物だ。彼らが本気で戦うに相応しい相手だ。故に、この場こそカイトの切り札である彼女らの出番に相応しく、今回ばかりはその力を遺憾なく発揮するつもりだった。


「『<<ニトクリスの鏡>>!』」


 主従が声を揃え、地球で生み出された地球外の魔術を展開する。それはカイトが操る無数の刃を媒体として、無数のカイトへとその姿を差し替える。


「……総大将。年々器用になってんなー」

「一応剣士よね、あの人」

「魔術師で良くね、もう」


 上空に現れた無数のカイトの姿を見て、隊員達が心底呆れたように口を開く。が、これで囮は十分だ。接近するだけの時間は稼げる。その一方、カイトは無数の分身を操りながら次の一手を繰り出していた。


「さぁ……厄災種。無数の外なる神の力から逃れられるか」


 傲然と、神の如く。カイトは傲慢さを滲ませ笑う。そうして、彼は無数の分身に向けて無数の指令を送りつける。


「ナコ。イタクァ、ツァトゥグァ、クトゥグァ、ハスター……えーっと……ロイガー、ツァール……ああ、もうとりあえず全部使え。大盤振る舞いだ」

『いえっさー。とりあえずニャル』

「そいつは却下だ却下。そいつだけはマジでこっちまで来かねん」


 とりあえずニャルラトホテプ。そう言おうとしたナコトに向けて、カイトは大慌てで口を挟む。どうやらニャルラトホテプには良い思い出が無いらしい。

 まぁ、地球で一度は彼を殺している、というのがこのニャルラトホテプなのだ。しかも現在進行系で地球でも色々と暗躍している、との事である。可能な限り厄介事になり得る可能性は排除しておきたかった。


『ん……とりあえずニャルラトホテプ』

「使うな言うとんに!」

『もう遅いな……』


 カイトのツッコミに、アル・アジフがため息を吐いた。どうやら主従と言ってもわりとフランクな関係らしい。とはいえ、そんな彼らを他所にナコトの知識がカイトの力に加えられ、二冊の魔導書により世界最強の男の分身には地球のある世界の外なる神と呼ばれる力が宿る事になる。


「まぁ、良いか……とりあえず、一発行ってみよー!」

『外なる神の力の掃射……開幕の号令には良いな』

『花火は派手なほどきれい』


 好き放題言ってるな。聞く者が聞けばそう思うしか無いカイト達の言葉に反して、その威力は確かだ。おそらく並の魔物なら軽く群れ単位で消し飛ぶだろう一撃が、全てのカイトの手のひらから迸った。

 そうして、無数の攻撃が『八岐大蛇(やまたのおろち)』の巨体を乱打する。とはいえ、これでダメージが与えられるとは、カイトは毛ほども思っていない。相手は厄災種。一息でランクSの魔物の群れを消し飛ばす様な正真正銘の化け物なのだ。


「……ま、この程度じゃな」

『本気で一撃で消し飛ばしたければ、本来の父に戻るべきだな』

『所詮、今の父様は半端者』

「お前らな……曲がりなりにも厄災種相手なんだから本気でやれよ」

『『本気ではやってる』』


 この父にしてこの娘あり、というべきなのかもしれない。カイトの言葉に対して、二冊の魔導書達は全く緊張している様子がなかった。


「はぁ……誰に似たんだか」

『父だ』

『父様』

「……ですねー。っと」


 自身の娘とも言える魔導書達の返答に嘆きを滲ませ、カイトはその場を蹴る。その直後、八個の鮮緑色の光条が上空へ向けて放たれた。その一つは彼が先ほどまで立っていた場所を通り過ぎており、神陰流の応用でそれを察知したカイトは先んじて避けていたのであった。


「……もうちょい、時間は掛かるかな」


 カイトは『八岐大蛇(やまたのおろち)』の周囲を見て、部隊の展開には今しばらくの時間が必要だと判断する。この場で彼が為すべき事。それは犠牲を減す事だ。

 無論、相手は厄災種。今はまだ他の魔物の襲撃こそ無いが、強大な魔力に引き寄せられ遠からず魔物の群れも現れるだろう。ゼロには出来ない。

 が、それでも。せめて手の中にある分ぐらいは、守り抜くつもりだった。そのためには、彼らが戦える万全の体制を構築する必要がある。その為の時間稼ぎこそ、彼の役目だった。そしてそれ故、彼は八個の頭が一つでも自分から視線を外したと察知した瞬間、即座にこちらに引き付ける。


「<<深淵に巣食う蜘蛛(アトラック・ナチャ)>>!」


 数十の分身から、カイトは無数の純白の蜘蛛の糸を放つ。それは下を向いた『八岐大蛇(やまたのおろち)』の頭を強引に上に向かせ、更に締め上げる。が、これはあくまでも拘束。締め上げの効果はさほどではないし、この程度で頭を引き千切れる様な相手ではない。


「っ、だが」


 鮮緑色の閃光が糸の隙間から溢れぶちぶちぶち、と音を立てて弾け飛んだ蜘蛛の糸に、カイトは僅かに顔を顰める。とはいえ、これで再度八個全ての頭の注意を自身に引き寄せる事が出来た。そんな彼に、ヘッドセットを介してティナより報告が入った。


『カイト。聞こえとるか?』

「ああ、問題無い。些か手が放せん。そのまま話してくれ」

『うむ……周囲の広域を警戒している飛空艇よりの報告じゃ。魔物の群れが周囲五キロからこちらに集結中。一葉達にも魔導機を出させて対応はさせておるが、全ては支えきれんのう』


 幸いといえば幸いか。カイトは内心でそう判断する。ここでもし石舟斎らが何時もの宝玉を使って魔物を呼び寄せていれば、被害は馬鹿にならなかっただろう。それが無いだけ儲けものだった。

 だからといっても、中津国の強大な魔物達が集まっている方がよほど厄介ではある。が、こちらは避けられない以上、楽になったと喜ぶべきだろう。そんな彼は無数の分身を操りながら、並列に起動させた思考回路の一つで確認していた事について問いかけた。


「ホタルは?」

『シャーナ達を保護して、その飛空艇の操縦に就いておるよ。アイギスはその補佐じゃな』

「ホタルとアイギスの配置を変更。合わせて飛空艇の操作は艦隊で行ってくれ。ウチは間に合うとは思うが、冒険者や武芸者達の陣形が間に合わん可能性がある。敵を減らし、侵攻を少しでも遅らせてくれ」

『アサルトじゃな。わかった。ああ、そうじゃ。魔導機の部隊は全て周辺の敵を食い止めるべく動いておる。こちらへの増援は第二陣になるじゃろう』

「わかった……ユリィもそっちか?」

『うむ。第二陣が本隊じゃ』


 いくら超速度で到着した、と言っても全員を集める事が出来たわけではない。なのでティナは即座に必要なだけの物資と人員のみを高速で輸送し一時的に防衛線を構築。後で本隊を迎え入れ、そこから討伐に移る計画を立てていた。そちらはクズハらが指揮しており、ユリィもそちらに加わっていたのである。


「わかった……それまでは耐えるしかないか」

『うむ。耐え凌ぐ事。それが一番キツイ……ぬかるなよ』

「あいよ……良し。やるか」


 カイトはティナの激励に一つ頷いて、再度一つ気合を入れる。そうして、彼は単身仲間達が万全に戦えるようになるまで、『八岐大蛇(やまたのおろち)』の攻撃を一身に引き付けるのだった。

 お読み頂き有り難うございました。

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