第1860話 天覇繚乱祭 ――合流――
天覇繚乱祭の終わりを見計らい行われた、石舟斎と源次による襲撃。それは厄災種が一体にして、かつて月花に致命傷を負わせた『八岐大蛇』を用いた襲撃だった。
そうして厄災種の出現ににわかにパニックが起きようとしたその時。仁龍の一撃により『八岐大蛇』は大きく吹き飛ばされ、それを受けた武芸者達が奮起。合わせて仁龍が前後不覚に陥った燈火に代わり陣頭指揮を執り、となんとか大混乱による被害は避けられていた。
「ふぅ……」
街の前面に構築された防衛線の一角。そこの中央に、カイトは立っていた。そんな彼は暴れ狂う双龍紋を一時的に不活性化しながら、動きを見せない『八岐大蛇』を見る。
『……何やったんだ?』
『単なる時間稼ぎよ。実はあそこらには水脈が走っておってのう。それを利用してバインドを仕掛けた』
『この国の事なら何でもお見通し、か』
『伊達にいつも寝てるわけではないぞ? きちんとこの星全体の調律も行っておる』
カイトの言葉に、仁龍はどこか自慢げに告げる。かつてフリオニールにも言われていたが、彼らはどこかの星に留まりながら世界全体の調律を行っている。
が、それだけではなくこの様に星の調律も行う事があった。別に世界全体で行えば良いだろう、とも思うがやはり範囲が狭い方が調律は細やかに行える。そしてどうしても生命として一つの星に拠点を置いている以上、自分の住処周辺――と言っても規模が星全体となるが――ぐらいは住みやすく整えたとて、不思議はないだろう。と、そんな仁龍との間で念話を交わしていたカイトへと、瞬が駆け寄った。
「……カイト!」
「ん?」
「街に散っていた全員を集めた。何時でも行ける。状況は?」
「見ての通り、って所か」
カイトは瞬の問いかけに、防衛線の構築状況を指し示す。それを見て、瞬は少しだけ驚きを浮かべた。
「えらく防衛体制が整っているな」
「三百年前の教訓だ。あの時の戦いを知ってるのなら、こうもなる」
カイトは一度だけ目を閉じて苦笑する。あの三百年前の折り、街の防衛線は厄災種を前にしては有ってないが如くだった。それを受けて復興の折りには並大抵の魔物に攻められても大丈夫な様に各種の工夫がされていたのである。
その一端はカイトというかマクダウェル家も担っており、特に設計の部分にはティナの案が広く採用されていた。なので彼にとっては最もやりやすい形に構築されていると言って過言ではなかった。
「大砲に……重機関銃? そんなものまであるのか」
「元々が元々だからな。魔物の大軍勢に攻められても大丈夫にはしてあるらしい……流石にこれほどとはオレもびっくりだが」
元々街の外周に大砲などを埋め込む事を提案したのはカイト達であったが、それでもここまで豪勢になったのは想定外だったらしい。後に聞けば燈火が主導したとの事で、姉の死を受けての事だった。とはいえ、その結果、これだけの装備があった。
「並大抵の国なら、正規軍が攻め込んでも攻め落とせん。中には無数の武芸者も居る。相当……それこそエネフィアであれば即応出来る戦力としては現状最高と言うしかない」
「……だが」
「……ああ。それでも、どれだけ保つか。流石に今回の事態だ。即座にウチのバカ共も動かした。近くて幸いしたな」
カイトが言うが早いか、街の上空に数隻の飛空艇が飛来する。その全てに彼が率いる部隊の紋様が刻まれていた。
「にぃー。少し早めに合流ー」
「おっと……そだな。で……ティナ」
「うむ。流石は余と褒めよ」
カイトの言葉に応じたのは、部隊を率いていたティナだ。元々即応体制は整えていたが、ここまでの速度で応じられたのは間違いなく彼女の手腕が大きかった。
「……いや、早すぎないか? まだ三十分も経過していないぞ」
「はっ。余を誰と心得ておる。この程度、造作もないわ」
「お、おう……」
そんなものなのか。瞬はティナの返答に呆気に取られながらも応ずる。
「あー……まぁ、気にするな。どーせ、聞くだけ無駄だ。で?」
「で、のう……余としてはお主の腕のが気になるが」
「そっちゃどーでも良いわ」
興味津々なティナの問いかけに対して、カイトはさっさと本題に戻る様に告げる。彼の腕は地球で手に入れた魔導書二冊があって初めて使えるものだ。故にティナも存在は聞いた事があったが、直に見た事はほとんどなかった。結果、興味があったらしい。が、彼女が興味を優先するには優先するなりの理由があった。
「知らんわ、んなもん。そもそも彼奴らの大本命が読めん以上、なんとでも言い得る。それこそ、バカ正直に大会を狙った可能性とてありえるからのう」
「あり得るか、それ……」
「無い。無いが……先にも言うたが、大本命が読めん。何が目的か、と言われバカ正直こそが答えである事もあり得るのよ。特に相手が道化師じゃからのう」
「それなぁ……」
実際、有り得てしまうから面倒だ。ティナの指摘にカイトもまたがっくりと肩を落とす。あの道化師のすごい所というか厄介な所は、本当に本当の事を言っている事があり得る事だ。一度ならず真実を語った事があった為に疑心暗鬼を生ず、となってしまうのである。と、そんな彼にティナが告げる。
「とはいえ、戦力を摩耗させたいのは事実じゃろうて」
「ん?」
「そーでなければあんなもん持ってこんわ。厄災種じゃと? ふざけるのもいい加減にせんか。国一つ簡単に滅ぶぞ」
「さてなぁ……それこそどうだか、ってレベルだが」
なにせ中津国には仁龍が居るのだ。今はまだ自分が標的ではない、という事で支援程度で終わっているが、もしこれが彼の逆鱗に触れていればいくら厄災種だろうと跡形もない。
しかもこの国には今、カイトを筆頭にして猛者達が勢揃いしている。しかも、マクスウェルにも近いという地理的な要因もある。十分勝ち目はあるのだ。戦力を減衰させたければ、いっそここから遠いラグナ連邦やカイト達の地理的優位が一切得られないマギーアでも狙えば良い。なのになぜここを狙うのか。それが気になった。
「知らん。先から言うておろう。大本命がわからん以上、何も掴めぬのよ」
「ま、そうだがね……で、ティナ。後方支援はよろしく」
「うむ」
相変わらずこの二人は何が相手でも軽いな。瞬はあまりに何時もと同じ二人に、内心で感心さえ得ていた。彼でさえ、あの『八岐大蛇』は見たくもないとしか言い得ない。何キロ離れているかはおおよそでしかわからないが、それでもこの場まで壮絶なまでの威圧感が漂っているのだ。常人なら近付くどころか、近付いただけで頓死しかねなかった。
「まー、あの阿呆の呆けた面でも見ながら悠々遠距離から砲撃でも加えておるよ」
「呆けてなぞおらんよ」
「む?」
ティナの言葉に応ずる様に、燈火の声が聞こえてくる。それに二人が振り向いてみれば、そこには燈火が立っていた。
「はぁ……三百年前のトラウマが刺激されたが。流石にもうそれも終いじゃて」
「なんじゃ。せっかく泣き喚く姿でも見てやろうかと思うたのに」
「心配無用じゃ」
ティナの冗談めかした言葉に、燈火がこここと笑う。どうやらもう大丈夫らしい。とはいえ、大丈夫なら大丈夫で気になる事があった。
「で、それならなぜお主が前線におる。どうせなら爺様と一緒に後ろにおればよかろう」
「あぁあぁ、単なる時間稼ぎ。展開の関係上、ここが良いと思うただけじゃ」
「ほーん……ああ、あれか」
何かあったかな。そう考えたティナであるが、即座に思い当たる節があったらしい。それに、燈火が胸元から呪符の束を取り出した。
「うむ……さて。では、<<万軍招来>>」
バサバサバサ。燈火の口決に合わせて弾け飛ぶ様に呪符が飛翔して、陣形の前面に無数の鎧武者が出現した。そんな光景に、瞬が思わず呆気に取られた。その数は正しく無数というしかなく、まず間違いなく陣形を構築する武芸者達の数を数倍で上回っていた。
「……これは」
「<<万軍招来>>じゃ。疲れるのでやりとうはないが……久方ぶりにたらふく魔力の融通が来たからのう。出し惜しみなしに行こう」
「魔力の融通、ですか?」
そう言えば先に垣間見たより随分と圧が増している。それに気付いた瞬が不思議そうに問い掛ける。これに、燈火が何時もの様子で答えた。
「こここ……当然、そこにおる男の事じゃ。あれからたらふく魔力をもろうたからのう」
「……お前。流石に俺も引くぞ」
「いや、誤解だ! 盛大に誤解だ!」
「誤解ではあるまい。何晩、閨を共にした?」
「誤解じゃないけど誤解がある言い方すんな!」
どうやら、燈火は本当に復帰していたらしい。何時もの彼女らしい冗談を口にしていた。というわけで、カイトは少し口を尖らせながら事情を話す。
「元々あるレイラインを開いただけだ。てーか、お前もさっさと後ろに戻って全軍の指揮しろ。こっちはこれから前に出る」
「こここ……さて。此度は妾も思う存分、やらせてもらう」
「「お?」」
ごうんごうん、という起動音を上げて、各所にある魔導砲の類が起動していく。その後ろを見てみれば、砲撃手として彼女が召喚した無数の鎧武者達が砲撃手として動いている様子だった。
「この街から万軍を以って支援しよう。雑兵は任せよ。で、ティナ。そちらには軍の統率を任せる」
「なーる」
「うむ。それは良い手じゃな」
燈火の要請を聞いて、カイトとティナが一つ頷いた。この街に備え付けられている無数の魔導砲などについては全て、燈火が操ってくれるという。下手な自動操縦や砲撃手達より遥かに彼女の方が精密に狙撃できる。
そうして、そんな万軍を一人で動かす彼女は改めて、『八岐大蛇』を見る。『八岐大蛇』もすでに拘束を抜け出しつつあった。後幾ばくの猶予も無いだろう。
「三百年前、無様を晒したが……此度はそうはいかん」
「……そうだな。三百年前は手酷い被害を受けたが……今回はそうはいかん」
どこか決意を漲らせる燈火に対して、カイトもまた強く拳を握りしめる。かつての時は街一つが壊滅するという被害を被ったが、あれでさえ奇跡的な被害と言い切れる。今はあの頃より更に強くなっているのだ。なら、より被害を抑えられる。彼はそう自らに課した。というわけで、彼は気合を漲らせて号令を下す。
「さぁて……総員、攻撃用意!」
「「「おぉおおおお!」」」
せっかく先手を取れる状況だ。今を逃す道理はない。勿論、戦闘開始となれば『八岐大蛇』も今以上にもがくだろうし、力も増してくる。そうなればすぐに拘束を抜け出してしまうだろうが、こちらも準備が整っている以上問題はないだろう。
「良し……はーい、フロド。応答」
『うん。何時でもどうぞー』
「よろしい……じゃ、号砲頼むわ」
『あいさ!』
カイトの要請を受けて、一時間ほど前までカイト達が戦っていた試合会場に立つフロドが矢を放つ。それは一筋の光条となって、一直線に『八岐大蛇』へと向かっていく。
『総員、戦闘開始!』
「「「おぉおおおお!」」」
フロドの一矢に続くように、無数の魔術や矢が飛翔する。無論、こんな程度で『八岐大蛇』の障壁が破れるわけではない。それでも、少しは削れるのだ。やれる事をやるしかなかった。そうしてそれを上に見ながら、カイトを筆頭にした近接戦闘を行う武芸者達が鬨の声を上げる。
「総員、戦闘開始!」
「「「おぉおおお!」」」
カイトの号令に合わせて、『無冠の部隊』の隊員達が雄叫びを上げる。そうして、彼らが先陣を切って一直線に『八岐大蛇』へと向かっていく。そしてそれに続くように武芸者達が突き進んでいくわけであるが、それを横目にカイトは少しだけ目を閉じる。
『月花。お前もリベンジするか?』
『是非とも。ええ、ぜひともお願い致します』
「りょーかい。ま、移動した後でな」
月花にとって、『八岐大蛇』とは自身が使い魔に成り下がる原因とも言える相手だ。リベンジマッチという所であった。そうしてそんな彼女に応じたカイトは、ゆっくりとだが地面を蹴る。
「さて……なら、やっぱこいつを使わないとな」
カイトが取り出したのは、柄だけの武器。かつてカリンが言っていた<<零>>である。これを使って、かつての『八岐大蛇』を倒したのだ。なら、今回の始まりもこれにするつもりだった。
「さぁ、起きろ! そして疾走れ、<<零>>!」
カイトの言葉を受けて、柄の先から魔力の蛇腹剣が伸びていく。そうしてそれを振りかざし、カイトは一気に加速して仲間たちさえ追い抜いて、先陣を切って戦いに臨む事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




