第1857話 天覇繚乱祭 ――暗躍する者たち――
天覇繚乱祭の最中に起きた、木蓮流を巡る一幕。それはカイトの活躍により、なんとか一件落着という所で落ち着いていた。そうして、イズナがその場を去ってしばらく。第二回戦第二試合となるセレスティアの試合が行われている最中に、睡蓮は目を覚ましていた。
そんな彼女は当初イズナが居ない事に困惑しオロオロとしていた睡蓮であったが、カイトの説明を聞いて一頻り納得したのか、素直に頷いていた。
「……わかりました。そういうことなら、兄様の判断に従います」
「……えらく素直に従うんだな」
「兄様は一度これと決めたら譲らない方ですから。下手をすると手紙さえ送ってくれないかもしれません」
ソラの意外そうな言葉に対して、どこか困った様にしながらも睡蓮ははっきりと前を向いて微笑んだ。兄弟姉妹という事で、彼女にしかわからない事があるのだろう。そんな彼女に、カイトも一つ笑って頷いた。
「そうか……なら、後でオレ達の泊まる宿に来い。後の事はその時話そう」
「はい……あ、どこへ?」
一つ告げるだけ告げて立ち上がったカイトに、睡蓮がいぶかしげに問い掛ける。それに、カイトは笑った。
「ちょっとやる事があってな。試合開始までには戻る」
「また暗躍か?」
「うるせぇよ……あたりだけどな」
どこか茶化すようなソラの言葉に、カイトは苦笑の色を深めて笑う。そうして彼は急ぎで試合会場を一度後にして、大会の貴賓席に入る。ここにはカイトの事を見知った警備兵も居る為、顔パスで入る事が出来た。そうして向かうのは、この会場の中で一番の席にして一番酒の匂いが強い所だった。
「これ、爺様。あまり飲みすぎると……」
「わかっとるわかっとる。この程度まだ飲んだ内にも……」
響いた二つの声に、カイトは自分の目的二人が居る事を理解する。そうして彼は何時もの様に部屋に入った。
「おーう、仁龍の爺と燈火。おはようさん」
「おぉ、カイトか。ほれ、駆けつけ三杯」
「おう」
「お主な……」
駆けつけ三杯、と渡された盃を平然と口にしたカイトに、さしもの燈火も呆れ返る。とはいえ、カイトとしてもイズナとの戦いで少し飲み物は欲しかった所だ。ありがたく頂いておいた。
「あははは……さて」
「む?」
気軽に酒を飲んで口を潤わせ、カイトは少しだけ真剣な顔で燈火を見る。それに、燈火も暇だから彼が来たわけではない、と理解したらしい。
「お前さまがその様な顔をする所を見ると、中々に面倒か中々に面白い話か。どちらかであろうな」
「ああ、中々に面倒……ではあるが、利益もでかいぞ」
「ほっ」
楽しげなカイトの顔に、燈火も何かがあると悟って楽しげな顔を浮かべる。そうして、カイトは先ほどの一幕を彼女へと語った。
「……というわけだ。<<諸刃>>。その一振りが、今回の事件を引き起こしたとの事だ」
「なるほど……それは中々に。妾も伝説では聞いたが。まさか実在していたとは」
「ああ。オレもてっきり単なる偽りだと思っていたが……少なくとも死神の力で視たが、確かに肉体と魂に若干の齟齬があった。といっても、その齟齬ももう順応が進んでいて、後一年もすればオレでも見抜けなくなった可能性は高い」
<<諸刃>>による魂の入れ替え。それであるが、これについてはカイトも想定外というか想定以上だったらしい。本来は無茶な事なのでどこかで齟齬が出てしまったり、何かしらの不具合が出てしまうのが通常だ。
にも関わらず、イズナの入れ替えはほぼほぼ完璧と見做して間違いなかった。詳しくはそれこそシャルロットの領分になるのでカイトもはっきりとした事は言えないが、少なくとも彼が視た限りでは不具合は出ないらしい。
「で、妾は何をすれば良い。なんじゃ。あの事件の真犯人を詳らかにし、その上でイズナとやらを無罪放免。今は黒羽丸として生きておる事を認めよと?」
「おいおい……わかっていながらそんな子供の様な無知を言ってくれるなよ」
「こここ。狐が戯れねば狐にあるまい」
カイトの苦言に対して、燈火が楽しげに笑う。まぁ、燈火自身も認めている様に、何をどうしてくれ、とカイトが言いたいかは彼女自身も理解している。単に冗談を言っただけだ。というわけで、彼女が改めて問い掛ける。
「そのイズナとやらを手助けせよ、と」
「そーいうこと。利益、あるだろ?」
「無論あるとも」
カイトの問いかけに、燈火は笑って頷いた。この利益なぞ、改めて言うまでもない。木蓮流の再興。しかも再現ではなく、本当に木蓮流の一門が再興するのだ。木蓮流の壊滅という国としての損失に頭を抱えていた燈火にとって、これは朗報だった。
「木蓮流の壊滅は確かに妾にとっても頭の痛い問題ではあった。であれば、確かに国として手助けする理由には成り得よう」
「だろう? 木蓮流の再興が叶えば、オレとしても有り難い」
やはり木蓮流は名刀として知られている。またゼロからのやり直しで時間は掛かるだろうが、受け継がれた技はあるのだ。百年先、二百年先にはおそらくまた名刀作りとして知られる事になるだろう。
イズナはその中興の祖となってくれる可能性があった。それを支援するのは剣士として、国の統治者として自然な事だった。
「道のりは険しく、困難だが……ま、そこまではオレの関知し得る事ではないな」
「こここ……さて、お前さま」
「お前がお前さまという時は決まって良くない事しかないから、完全スルーを決め込んでいたが。やっぱり続けんのね」
はぁ。カイトは深くため息を吐いた。それに、燈火が今日一番の笑みを浮かべた。
「こここここ。当然であろう。狐は狙った獲物は逃さぬというに。かよう狙った獲物が自分から飛び込んできてくれているのに、それを逃がす道理はあり得なかろう」
「はいはい。好きになさってください。中津国に来てお前に襲われない未来は最初から考えてなかったんだ。なんなら月花もおまけに付ける」
「ほぉ、言うたぞ」
「ああ、言った」
『ちょ、ちょっと!? 私まで巻き込まないでくださいませんか!? ええ、巻き込まないでください!』
楽しげなカイトと燈火の笑い合いに、月花が大慌てで口を挟む。が、当然この二人である。彼女の申し出なぞ聞いてくれるわけもなかった。そうしてしばらくの楽しげな笑い合いの後、カイトは告げるべき事を告げたとその場を後にするのだった。
さて。カイト達が楽しい酒盛りをしていた一方、その頃。試合会場からそんな彼らの試合を見ていた者が居た。いや、これについては不思議はないのであるが、それはそれとして、である。
「……中々に良き腕よ。で、お主の想い人も中々な腕。随分と腕を上げた。儂も叶うなら久方ぶりに刃を交えたく思うが……」
「好きにしろ。俺はそこらには興味はない……が、まずは俺が先だ」
試合を見ていたのは、石舟斎と源次の二人だ。宗矩は今回は遠慮する、と試合会場にまで来たのは二人だけだった。無論、ここに来たのが二人だけで中津国に来ているのが二人だけというわけではない。
「にしても、これは中々。腕利き揃いの中津国とは聞いていたが……」
石舟斎はどうやら、腕がうずくという所らしい。叶う事なら自分も出てみたかったな、と顔が告げていた。
「で、それはともかく。なるほど、確かに道理ではある」
「中津国に集う武芸者を襲撃せよ……楽しみか?」
「うむ。これだけの猛者。流石にあのクオンとやらはおらぬが……あの若年寄以外にも楽しめる相手はおろうな」
楽しみだな。石舟斎は武蔵を見ながら、他の猛者達に思い馳せる。この中に何人自分を唸らせる猛者が居るのか。今から楽しみで仕方がなかった。
「……で、奥方様。そちらのご様子は如何に?」
『はい。こちらは万事つつがなく。何時でもかつての悪夢を呼び起こして差し上げられます』
「……奥方。時折、儂は思うのであるが。実は貴殿、弟弟子の事を嫌っておらんか」
『あらあら。嫌ですよ。大好きです』
石舟斎の問いかけに、吉乃はからからと楽しげに笑ってはっきりと明言する。まぁ、これについては一切の嘘偽り無い言葉だ。というわけで、彼女は少女の様に笑って告げた。
『良く言うでしょう? 好きな子ほどいじめたくなる、と。些か殿を虐めたく存じます』
「……左様で」
随分ご機嫌だな。何があったかは定かではないし興味はないが、石舟斎は楽しげで上機嫌な吉乃にそう思う。まぁ、それでやろうとしている事がやろうとしている事なのでそれで良いのか、とは思わなくもないが、当人が良いのならそれで良いのだろう。そんな彼の一方、吉乃は上機嫌ゆえにか饒舌だった。
『それに、この程度。今の殿には苦にもなりますまい』
「それは同意する……さぁ、弟弟子よ。儂に今お主がやっている事をわずかばかりにでも見せてみよ」
何かをカイトがやっている。それを道化師より聞かされて、石舟斎は居ても立っても居られないとここにやってきたのだ。それが何か、というのはわかりきった話だ。自分対策にほかならないだろう。
それが僅かにでも見たくて、来たのである。なので彼も今回は少し本気で『遊ぶ』つもりだった。そんな戦国の出の戦士と妻の笑い合いに、源次がため息を吐いた。
「……理解出来んな」
「かかかかか! それで言えば儂の方こそ、お主の心胆は理解出来ん。お互い、生きた時代が違うからのう。平穏の時を生き、平穏を守るべく戦った貴殿。戦乱の世を生き、剣の道を極めんと生きた儂ら。思考が違うのは道理であろう」
「……然り、か」
なるほど。確かにそれはそうだ。源次は石舟斎の言葉に道理を見て、思わず苦笑を浮かべた。そしてそれを理解してから、彼は少しばかり感慨深げに呟いた。
「思えば、色々と違うものだ」
「当然であろう。儂らは所詮、過去から今に呼び戻されただけの旅人。ここで去る事もあろうし、そのまま生きる末路もあり得よう」
「……俺は、去るがな」
石舟斎の言葉に、源次がわずかに自嘲する。が、そんな彼は内心で僅かな呆れも得ていた。そんな彼の内心を見透かした様に、石舟斎が告げた。
「かかか。自分勝手なものよ。その勝手さ。儂らにも通じよう」
「くっ……大義もなく小義もなく……勝手に去るのは自分勝手とは思うが。それでも、可能性を得られたのならそれに縋りたい」
石舟斎の苦言にも似た言葉に対して、源次は瞬を見る。そうして、彼らは彼らの目的の為、行動を開始する事にするのだった。
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