第1856話 天覇繚乱祭 ――落着――
天覇繚乱祭第二回戦第一試合。その戦いは、カイトと無明流にして黒羽丸の身体を乗っ取った様な形で生き延びた木蓮流の生き残りイズナの戦いだった。
そんな戦いももう終わりを迎え、無明流奥義となる<<無冥閃>>を突破したカイトを受けて自らの敗北を受け入れたイズナを受け、試合はカイトの勝利で終わりを迎える事となっていた。そうして、試合直後。なんとか立ち上がったイズナとこちらも若干だが肩で息をするカイトが一礼を交わす。
「「ありがとうございました」」
何度目かにはなるが、これはあくまでも試合だ。礼に始まり礼に終わるのである。こういった所作についてはイズナはどうやら黒羽丸の肉体の記憶に引きずられる様子で、優雅な様子が見て取れた。そうして舞台を後にする間際。カイトはイズナへと問い掛ける。
「これからどうするんだ?」
「……木蓮流を再興するつもりだ。元々、そのつもりで来たしな」
カイトの問いかけに対して、イズナは少し強い口調ではっきりと明言する。
「? それなのに大会に出たのか?」
「自分なりのけじめと、もし優勝出来たら仁龍様に木蓮流の再興を申し出るつもりだった」
「必要なのか、それ?」
別に言わずとも技さえ受け継がれていれば木蓮流の再興と見做してもも問題は無い。そう判断していたカイトは、仁龍の性格なども鑑みてそう問い掛ける。それに、イズナが事情を語ってくれた。
「……木蓮流の秘伝書なんかは国が管理してるんだよ。一応、黒羽丸がウチの弟と懇意にしてたんで、申請は通るだろうがな。それで鍛冶の勉強ってのは流石に難しい」
心底むかっ腹が立つ。そんな様子であるが、イズナはどうやら黒羽丸の表向きの顔を最大限利用してやるつもりらしい。
後に聞けば兄に殺された亡き友の想いを継ぐというお題目を掲げ、技を習得した事を示す事で木蓮流を売り込みつつ、再興を目指すつもりだったそうだ。イズナという名の悪評を捨て、黒羽丸として生きてきたのもそういった思惑だったそうだ。
「そうかい。そりゃよかった」
「あ?」
「そんな顔すんなよ」
笑う自身にしかめっ面なイズナに向けて、カイトは楽しげだ。そんな彼が、その理由を告げた。
「滅んだはずの木蓮流が再興するんだ。嬉しくない訳がない。これでも剣士。優秀な鍛治師が一人でも増えれば、それだけ命脈が繋がる可能性に繋がるからな」
「……はっ。随分と期待してくれてるもんだ」
「お前なら出来るさ」
ぽかん。カイトの言葉に、イズナは思わず足を止めて間抜け面を晒す。
「お前、なんだ?」
「あ?」
「……いや、なんでもない」
おそらく、こういう男の事を英雄と言うのだろう。イズナは自身に根付く鍛治師の本能で、カイトが数千数万に一人の英雄だと悟る。故に、不思議そうな顔のカイトに、何も言わないことにする。
「……そか。ま、それは良いさ。けど、何をするにしてもお前はまずはやらないといけない事がある」
「あん?」
何をするにしてもやらないといけないこと。それを言われたイズナであるが、どうやらさっぱりらしい。それに、カイトは敢えて今まで遮っていた『それ』を彼に見せた。
「っ、何があった!」
「あっはははは! お前がそれを言うか!」
イズナが見たのは、泣き喚く睡蓮の姿と、それに慌てふためくソラ達の姿だ。一応魔術で事態は観客からは隠されている様子だが、大鎧を身に纏うセレスティアさえ慌てふためくその姿はある種の滑稽なものだえあった。
どうやら、いくら武芸が冴えようと泣く子の前にはなんら意味を持たないらしい。そうして、少し急ぎ足で舞台上の結界を抜けたイズナへと、睡蓮がタックルじみた動きで抱きついた。
「兄様!」
「ぐぇ……は?」
はじめ潰れたカエルの様な声を上げたイズナであったが、一転困惑を顔に浮かべる。そうして困惑する彼が、カイトを見た。
「あはははは……お前の剣を見て、理解したんだろう。黒羽丸の姿ではあるが、兄だとな」
「なっ……え、だけどよ」
「見せたことない、か? それなら思い違いだ。お前は一度確かに見せてたんだろうさ。死ぬ前にな」
数年前、イズナと黒羽丸が戦った際、黒羽丸は当然無明流を使った事だろう。一方のイズナは何を使ったかと言うと、こちらも当然無明流であった筈だ。
詳しい事の経緯はもはやわからないが、家族を惨殺されたイズナは本気で黒羽丸を殺しにかかった事だろう。先と同じく、自身の剛の剣で挑んだ事は想像に難くない。それが、睡蓮の目に焼き付いてたとて、不思議はない。
「……そうか」
本当は、知られたくは無かったのだろう。イズナの顔には複雑な色が浮かんでいた。当然だ。なにせ親を、兄を殺した仇の肉体なのだ。
睡蓮にとっては、見るのも辛い筈だ。その姿で生きる事の苦痛がイズナにあるように、睡蓮にも痛みがある筈だ。イズナはそれでも大人として、そしてそれさえ利用してやるという気概を以って乗り越えたが、睡蓮はまだ子供だ。イズナが気遣っても無理はない。
「……」
泣き喚く妹の頭を、イズナは優しく撫ぜてやる。そんなイズナの目にも光るものがあったのは、間違いでは無かっただろう。そうして、暫くの時間が流れる事になるのだった。
さて。それから暫く。睡蓮は泣き疲れて再度眠ってしまった一方で、イズナは照れ臭そうにしていた。
「あー……なんってか。すまねぇな。世話、掛けちまった」
「言ったろ? 仕事だって。対価は貰った。で、店主。これで依頼達成で良いか?」
『無論だとも。まぁ、後はこの子らの判断という所だが……』
敢えて店主と呼んだカイトの問い掛けに、水仙は半透明で実体化しながらもはっきりと頷いて明言する。そんな彼は、改めてイズナを見た。
『本当に、ゼロからやるんだね?』
「ああ……それが俺なりの弔いだ。何より押し付けちまった様なもんだし、一族壊滅の咎は俺にもある」
どこか悔やむ様に、イズナは強い決意を口にする。どうやら黒羽丸だが、彼は裏で相当な数の悪行を行っていたらしい。
睡蓮に会わなかったのには、そういった輩と手を切るのに手間取っていたからもあった。下手に会ってしまうと巻き込まれかねない、と思ったのである。
無論、会って話をしようにも今のイズナは黒羽丸の姿だ。まともに話をしようにも一苦労だっただろう。
「こいつの優雅な面に騙されて、木蓮流の話をしちまった。しかも事もあろうに、紹介状なんかも書いちまった……」
ぎりっとイズナが奥歯を鳴らす。とどのつまり、そう言う事だったらしい。木蓮流はやはり著名な鍛治師だ。剣士なら一振り欲しいと思っても無理はない。
黒羽丸が元々イズナが木蓮流の出と知っていたかはもはや定かではないが、それでも黒羽丸と木蓮流を引き合わせたのは、何をどう言い繕ってもイズナだった。
「……だから、俺がきっちりけじめつけねぇとな。木蓮流は決して、俺の代で終わりにゃしねぇ」
『そうかい……それで、睡蓮は?』
「……なぁ、カイトさん。一度は剣を交えた仲だ。一つ頼まれてくれねぇか」
水仙に問われたイズナは、少し考えた後にカイトへと改まって切り出した。
「ん?」
「こいつ、暫くで良いんだ。預かっちゃくれないか。元々そういう話で進んじゃいたんだろう?」
「オレは別に構わんが……」
どうせ貴族として幾つも孤児院も経営している身だ。今更子供一人拒む道理もない。が、告げるべき道理が一つあった。
「絶対、泣かれるぞ?」
「うっ……わ、わかってる。一応、手紙は出す。出すから」
やはりこれにはイズナも弱かったらしい。しどろもどろになりながら、そう告げる。そうして、そんな彼が続けた。
「……面倒だし嫌な話だが、まだ黒羽丸の件が全部は片付いてない。足手まといってわけじゃあないが……これは俺がしょいこむと決めたもんだ。こいつまで巻き込みたくはねぇ」
「居場所は、こちらに伝わるんだな?」
「ああ。それは断言する。だから、頼む」
カイトの念押しに、イズナは深々と頭を下げる。これに、カイトも意を決した。
「わーった。一月に一通、睡蓮ちゃんに手紙を出す。それが条件だ」
「わかった」
「良し。もし出さなかった場合……」
「出さなかった場合?」
楽しげに笑って言葉を切ったカイトに、イズナが小首を傾げる。これに、カイトが楽しげに物騒な事を告げた。
「暗殺者ギルドに依頼出すからな。あ、半殺し程度で、にしておいてもらうが」
「……笑顔で物騒な事言うんじゃねぇ!」
こいつなら本当に出来かねない。イズナは本能的にそう察したらしい。カイトの言葉に一瞬固まり、その後に告げていた。とはいえ、その言葉で彼は今自分が為すべき事を思い出したらしい。やれやれ、という感じで立ち上がった。
「どこへ行く?」
「このままここに居たら、そいつが起きた時にめんどくせぇ。居なくなった方が色々と諦めも付くだろ」
「そうか……手紙、忘れるなよ」
「……ま、月イチだ。忘れない様にはするさ」
カイトの言葉に、イズナが苦笑気味に笑いながら後ろ手に手を振った。と、そんな彼の背に、何かがぶつかった。
「いてっ! 誰だ!」
『私だよ』
イズナの背中にぶつかったのは、睡蓮が携えていた<<百合水仙>>。彼がイズナの背にピッタリと張り付いていたのである。
『鍛冶の勉強をする、は良いけれど。何をどうするかはわからないはずだ。歴代の鍛冶師達を見てきた私が助けてやろう』
「……頼む」
どうやら鍛冶師の一門の出と刀の間には何か分かり合う物があったらしい。水仙の言葉にイズナはわずかに感じ入った様に無言になったが、しっかりと<<百合水仙>>を背負い直す。
後の水仙曰く、曲がりなりにも自分の生まれた家。故郷にも等しい。それを立て直すというのだから、自分も助けてやろうと思ったとの事だ。と、そんなイズナの背に、カイトがふと思い出して問いかけた。
「そうだ。イズナ」
「あ? てめぇもかよ」
「いや、これは意外とのっぴきならん」
ここに来てのカイトの声に顔を顰めたイズナに対して、カイトは少し真剣な顔をしていた。そんな彼は、そののっぴきならん事情とやらを口にする。
「<<諸刃>>は?」
「ああ、あれか」
言われ、イズナも確かにこれは重要だと理解したらしい。得心が行った様に頷いていた。そうして、彼はわずかにだがその末路を明かしてくれた。
「あれなら、封印して隠した」
「隠した?」
「あれだけはあっちゃならねぇとは思うが……曲がりなりにも初代様の最大の一振りだ。それが失敗作だろうと、俺にはどうやっても破壊出来なかった」
あれは失敗作。イズナ自身もそう思う。が、曲がりなりにも初代が作った名刀なのだ。それ故、彼も歴代の当主達と同じくこの<<諸刃>>の扱いに困り、結局は歴代の当主達と同じ結論を下したのであった。
「そうか……そりゃ、仕方がないな。だがもし万が一、扱いに困るのならマクダウェル家に頼め。どうにでもしてくれる。封印だってお前以上になるだろう」
「……ま、もしもの時はな。が、俺以外に在り処は知らねぇよ」
カイトの言葉に一応の応諾を示したイズナであったが、取りに行く事でバレてしまうかもしれない、と考えてこれを答えとした様だ。そうしてそんな彼は一度だけ、睡蓮を見る。それはまるで当分は会えない妹の姿をまぶたに焼き付けるかの様であった。
「……ま、そいつ頼むわ。月イチで手紙は出す」
「ああ……もし忘れたら、お前がなんと言おうと睡蓮ちゃんを押し付け……いや、いっそウチで貰うからな」
「あぁ!?」
名残惜しげに顔を背けたイズナであったが、カイトの冗談に思わず眦を上げて振り向いた。が、そんな彼に、カイトが笑う。
「あはははは! さ、行って来い。お姫様が寝てる内にな」
「ちっ……やっぱ、俺はお前が嫌いだ」
楽しげに笑うカイトに、イズナはしかめっ面ながらも笑って再度一同に背を向ける。そうして、睡蓮が目覚める前にイズナは会場を後にして、月に一度約束通り睡蓮宛に手紙が届く事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




