第1855話 天覇繚乱祭 ――第二試合・決着――
水仙こと<<百合水仙>>よりの密告を受け、黒羽丸の正体を掴む事に成功したカイト。そんな彼は黒羽丸ことイズナに事の次第を申し伝えると、彼もまた自身がイズナその人である事を認めていた。そうして、そんな一幕から少し。カイトは刀を構えて一瞬、目を閉じる。
『サンキュ。これで後腐れなく戦える』
『構わん構わん。にしても、酔狂な主様じゃ』
『そりゃ、ま。変に話してちゃマズいでしょ』
カイトは自身の脳裏に響く時乃の声に、わずかに笑った。割と長く話していたし、実感としてもそこそこ話をしていた様に感じられたわけであるが、実際の時間経過としてはものの数分も経過していない。一分足らずという所だった。言うまでもなく、時乃に頼んで時間を歪めてもらったのである。戦闘中だ。後のイズナも案外話してなかったのか、と素直に受け入れていた。
「さて……」
後はイズナを倒して第三回戦に向かい、そこで負ければ良いだけだ。カイトはそう決めて、とりあえずこの試合を終わらせる事にする。が、相手は間違いなく腕利きだ。それは理解できていた。と、そんな彼であるが、ここで一つ勘違いをしていた。それは今までのイズナについて、である。
「はぁ!」
どんっ、という強力な踏み込みと共に、イズナがカイトへと切り込んだ。それはやはり素を出せる事への喜びや久方ぶりの自身本来の本気という事もあって先ほどの比較にはならないほどの速度だった。それに、カイトは自身の誤解を理解して慌ててその場を蹴る。
「!?」
「おぉ!」
「っと!」
続くイズナの追撃に対して、カイトは剣戟を放って対応する。が、そうして肉薄して、イズナの剣が唐突に一変した。
「ふっ」
「!?」
これは。今までのイズナの剣技が彼本来の剛の剣であるのなら、今放たれているのは柔の剣。彼本来の物では無いだろう太刀筋だ。言ってしまえば先ほどまでの黒羽丸の剣技と言えた。
「なるほど……こいつぁ……」
面白いぞ。カイトは思わず、獰猛な笑みを浮かべるのを抑えられなかった。
(魂が鍛冶師としてのイズナを覚えているのなら、肉体は黒羽丸の剣士としての動きを覚えていたのか。なるほど。確かに道理ではある)
肉体の記憶と魂の記憶。それがある事はカイトもまた知っていた。なのでイズナが黒羽丸の剣技を使えたとて、一切の不思議はない。が、だからこそカイトは面白かった。
(どれだけ自分の魂を黒羽丸の身体に馴染ませた? なーにが不良少年だ。クソ真面目じゃねぇかよ)
これが木蓮流の下手人であるわけがない。カイトは今はっきりと、イズナは下手人ではないと理解する。もしよしんば彼が黒羽丸の肉体を目的として事に及んでいたとて、それは彼の身体目当ての事だ。
黒羽丸の力を手に入れて力に驕っただけなら、ここまで馴染むのは相当先だったと思われる。それを彼は執念で仕上げてきた。何故彼がここまでの執念を見せるかはさっぱりだが、それでも並々ならぬ努力がそこにあった事だけは事実だった。
「……」
これは中々に楽しめそうだ。カイトは刻一刻と迫りくる刃を見ながら、獰猛に笑う。が、そんな彼は一切の迷いなく、行動に出た。
「何!?」
「はっ……驚くなよ、このぐらいで」
「……」
いやいや、ありえないから。犬歯を見せるカイトに、イズナは内心で盛大に呆れながら突っ込んだ。カイトがしたのは簡単だ。あのタイミングでの回避が間に合わないと見るや、素手でイズナの刺突を引っ掴んで食い止めたのである。そうして彼は右手の刀を放り投げ、そのまま徒手空拳で殴りかかった。
「おらぁ!」
「ぐっ!」
みぞおちを殴りつけられ、くぐもった声が響く。が、それでもイズナは刀を手放さなかった。そして彼はカイトの殴りに対して大きく仰け反りながらも、笑っていた。
「はっ……これ、避けられるか?」
「!?」
カイトは自分が掴んでいた刃の切っ先に灯った光に、思わず瞠目する。が、そんな彼が何か対処をするより前に、光が彼を飲み込んだ。
「はぁ……ふぅ……」
「ぐっ……」
極光に飲み込まれたカイトであったが、やはり障壁の内側かつゼロ距離というのは効いたらしい。流石に彼もボロボロになっていた。
「はっ……流石にお前もこれにゃすまし顔は出来ねぇだろ」
「なんの、まだまだ。この程度で音を上げてちゃ、冒険者なんぞやってられんさ」
「抜かせ……って、マジ堪えてねぇな」
ボロボロになりながらも何時もの風であるカイトに、イズナは思わず半笑いを浮かべていた。今のは間違いなく直撃だ。咄嗟に手放して距離を取って大ダメージは避けていた様子だが、ダメージは受けている様子だった。が、それでも。カイトは何時もの様子が崩れていなかった。そうして、今度は両者同時に地面を蹴った。
「はぁ!」
先手を取ったのは、イズナだ。彼は自身の剛の剣でカイトへと襲いかかる。これに、カイトは左手の太刀で迎え撃つ。そうして左手一つでイズナの攻撃を受け止めると、そのまま横へ地面を蹴って右手の太刀でイズナへと斬りかかる。これに、イズナは無明流の技を見せた。
「無明流……<<冥身>>」
「ちっ」
躱された。カイトは自身の太刀が空を切ったのを、手応えで把握する。そうして即座に気配を読んで、彼は前へと飛んだ。
「!?」
後ろに目でも付いてんのかよ。気配も全て断った状態でカイトの背後に回り込んだ筈のイズナは、自身の斬撃を一切見る事もなく避けられて驚きに包まれる。<<冥身>>とはあの世に居る存在かの様に自身の発する音と気配を消す技だ。本来なら読める筈がない。が、それはカイトの使う神陰流とは相性が悪かった。
「……」
一方の前に飛んだカイトは、跳びながら意識を一瞬だけ研ぎ澄ませる。そうして、彼は振り向きざまに軽く空間を薙いだ。
「っ!? どんな技だ!」
軽く薙いだだけなのに裂けた空間に、イズナが既の所で立ち止まって回避する。それに対して、カイトはまるで流れる様な動きで剣戟を連続させた。
「……」
化け物かよ。イズナはカイトが生み出した無数の空間の裂け目を見て、思わずそう思う。とはいえ、カイトも何も無意味にこんな事をしたわけではない。
無数の空間の裂け目を隠れ蓑に、彼は一つだけ別の場所に通じる切れ目を作ったのだ。そうして、舞う様に空間に無数の裂け目を作った彼は、舞う様に動きながらその裂け目に飛び込んだ。
「!?」
何をしようとしているのか。警戒と興味で思わず魅入っていたイズナであったが、カイトが消えたのを見て慌てて後ろを振り向く。この状況だ。回り込むのなら後ろだと思ったのである。が、そもそも。後ろにあるのなら流石に彼も跳ばれる前に気が付いた。故に、カイトが転移したのはまったく別の所だった。
「居ない!? っ! 上か!」
「御名答!」
背後を見てカイトが居なかったのを見て、イズナが即座にその向かった先を察したらしい。そうして彼が見上げた先では、カイトが自由落下の速度を利用して襲いかかろうとしていた。
「……」
どうする。一瞬、イズナは対応に苦慮する。この威力をまともに受ければ厳しい。かといって、現状だ。避けるのも難しい。
「……ちっ。はぁあああああ!」
結局、イズナはカイトを迎撃する事にしたらしい。舌打ちした彼は地面をしっかりと踏みしめ可能な限り攻撃を受け流せる様にすると、雄叫びを上げてカイトを迎え撃つ。そうして金属同士がぶつかり合う巨大な音が鳴り響いて、わずかに地面がめくれ上がる。
「はぁ!」
「……」
気合一閃、カイトを大きく打ち上げたイズナに対して、カイトは空中で軽やかに回転する。そうしてそんな彼は地面に着地するや、即座に地面を蹴った。
「……」
来る。イズナは一直線に迫りくるカイトをしっかりと見据え、刀を構える。しかしそこで、カイトが唐突に消えた。が、これに対してイズナは一切焦らず、即座に反応する。
「甘い!」
どうやら今度はイズナも彼を見失っていなかったらしい。消えた筈のカイトが側面に回り込んだ事を把握するや否や、即座に振り向いて斬撃を叩き込む。
が、これもまたやはりカイトには読まれており、これを敢えて見せ札として利用していた。そうして剣戟の交わる音が響いて、カイトが滑る様にして懐に潜り込む。
「ふっ」
「はっ」
カイトの突きに対して、イズナは上体を可能な限り反らしてリンボーダンスの様にカイトの刺突の下を潜る。そうして地面に接するほどにまで屈んだ所で、彼は反転。地面に手を着いて、カイトへと足払いを仕掛けた。
「はぁ!」
「っ」
あの状態から足払いを回避するのは、カイトにも難しかったらしい。姿勢としては丁度伸び切った状態だ。仕方がない。そうして姿勢を崩した彼に対して、イズナが足払いの勢いを利用して回転斬りを叩き込んだ。
「もらった!」
「はっ!」
「っ!?」
びりびりびり、と周囲が吹き飛ぶ様な圧力が放出され、カイトが一気に急浮上した。総身から魔力を爆発させその反動で強引に上へと飛んだのである。そうして宙へと舞い上がった彼は、そこで再度一刀流へと変更。急降下して地面へと着地すると、一気にイズナへと襲いかかる。
「おぉおおおおお!」
イズナが雄叫びを上げて、カイトを迎え撃つ。それに対してカイトは静かなまま、それを迎え撃った。そうして瞬く間に無数の斬撃が両者の間で交わされ、それが数十を超え百に届こうかという所でひときわ大きな音が鳴り響いて、両者が弾かれる様に吹き飛ばされる。
「「っ」」
吹き飛んだ両者であるが、地面に着地するや否や即座に地面を蹴って距離を詰める。が、今度は両者その途中で消えて、相手の裏を取る様に消えては現れを繰り返した。
「っ」
この超常の読み合いであるが、先に手を変えたのはカイトだ。ある瞬間イズナが自身の背後を取るのを把握すると、そこで敢えて止まって背後へと振り向いたのである。そうして振り向いた彼に対して、イズナは迷いなく斬撃を叩き込む。
「はぁ!」
「ふぅ……はっ!」
イズナの剣戟に対して、一瞬だけ呼吸を整えて気合を込めて総身から力を放つ。それにより、イズナの剣戟が食い止められた。
「!?」
「はぁ!」
食い止められた自身の太刀筋に驚きを浮かべたイズナに対して、カイトは容赦なく斬撃を叩き込む。が、これに対してイズナは再度無明流の技を見せた。
(<<豪震脚>>!)
イズナが使用したのは、<<震脚>>という地面を揺らす技を無明流が独自に改良した<<震脚>>の改良型だ。効果範囲こそ狭いものの、至近距離であれば相手の行動を阻害するのに十分な振動を生み出す事が出来るとの事であった。
「つぅ!」
「はっ……<<大崩撃>>!」
この距離は自分にとって得意な間合いではない。そう認識していたイズナはカイトの姿勢を崩したわけであるが、そのまま掌底の様な一撃を彼へと叩き込む。
これに、カイトが弾かれる様に吹き飛ばされた。が、その直後。カイトが地面に刀を突き立てて急制動。追撃を仕掛けんと地面を蹴っていたイズナに再度二刀流に切り替え相対する。
「ちっ!」
これでも駄目か。イズナは本来なら必殺になっただろうタイミングの攻撃でも押しきれないカイトに、思わず舌打ちする。そうして、今度は二刀流のカイトとの間で無数の剣戟が交わった。
「はぁ……はぁ……」
無数の剣戟が交わり、これまた百を数えるかという所で両者が弾かれる様に距離を取る。が、やはり今までに数百、下手をすると一千にも届こうかというほどに剣戟を交えたのだ。イズナの息はかなり上がっていた。
「お前……どんな体力してやがる」
「普通な訓練はしてねぇよ」
イズナの問いかけに対して、カイトはほとんど息を切らさず平然とした様子で答えた。とはいえ、カイトとしても些か想定以上という所で、イズナがここまで食い下がるとは思いも寄らない事だったようだ。
後のカイト曰く、彼本来の剛の剣だけでも、黒羽丸が習得していた柔の剣だけでもこうはならなかっただろう、との事だ。良くも悪くも、黒羽丸の肉体を得たイズナだからこその結果だった。そうして、意を決したイズナが一度だけ大きく息を吸う。
「……」
次が最後。カイトはイズナの様子から、そう理解する。馬鹿げた体力と魔力を持つと言われるカイトに、いくら相当に手加減をされたとはいえ十数分も食らい付けたのだ。十分すぎるほどだろう。
「我が声に答えよ、<<黒牙>>。無明流・奥義……<<無冥閃>>」
意識を研ぎ澄ませ<<黒牙>>の力を開放したイズナは、静かにその技の名を告げる。それで何が起きたかわかったのは、一部の武芸者だけだった。そうして観客達の大半が気付いた時には、イズナがカイトの背後に背を向けて立っていた。
「……駄目か」
どうやら勝敗はカイトの勝利という所らしい。イズナはこの上での奥義の使用という事で疲れ果てたのか、ふらりと倒れ込む様にして膝を屈する。それに対して、カイトは背を向けたまま残心の様に刀を鞘へと納刀した。
「名にし負う<<無冥閃>>……見事だった」
「不可視の斬撃を平然と受け止めるなよ……」
<<無冥閃>>。それは強大な威力を持ちながらも、一切の気配も存在も相手に悟らせないという無明流の奥義に位置する必殺技だった。
が、敢えて言うがこれは神陰流の様に世界さえ悟れないほどに高度な技術が使われているわけではない。更に上の武芸を使うカイトに読まれても、無理はなかった。
ある意味では、最初からカイトの神陰流とイズナの無明流は相性が悪かったと言えたのだろう。カイトが勇者である云々を抜きにしても、最初から勝敗は見えていた。そうして、膝を屈して立ち上がれないイズナを受けて、試合はカイトの勝利と相成ったのであった。
お読み頂きありがとうございました。




