第1852話 天覇繚乱祭 ――第一回戦・終わり――
長きに渡り行われた天覇繚乱祭。全ての武芸者達の頂点を決める戦いは、ついに最終ブロックの第一回戦の最終戦になっていた。そんな最終戦を戦うのは、瞬とリィルの恋人二人だった。
が、二人はそんな事を微塵も感じさせず本気で戦い、瞬が<<雷炎武・参式>>を展開し全力での戦いを挑んだ事に端を発し、リィルもまた全力全開を見せるに至っていた。
「……それは見たことがないな」
「見せた事はありませんので」
自身を上回るほどの圧力を見せたリィルに対して瞬が苦笑する様に告げれば、リィルもまたあっけらかんと見せた事がない事を明言する。まさにこれは恋人にも見せた事がない正真正銘の切り札。そう瞬も理解する。
「……」
さぁ、どうするか。瞬は次の一手を思案する。相手は間違いなしの格上だ。勝てるとすれば潜在能力のみだが、それは眠ればこその潜在能力。都合よく目覚めることなぞ無い。
(いや……答えなぞ最初から決まってたな)
数瞬の思案の後。瞬は自嘲する様にどうするべきか、と考えた自身を笑う。どうするべきか、なぞ問われてわかる様な頭は持っていない。何時も何時でも本能に従うだけだ。そしてその本能がなにを告げているか。それは言わずとも理解出来た。
「……」
「……」
覚悟を決めて槍を構えた瞬に、リィルもまた槍を構える。そうして、瞬が地面を蹴る。
「おぉおお!」
「っ」
速度であればやはり自分が上か。瞬は一直線に向かって行って槍を突き出して、それを理解する。やはり紫電だ。体内の炎の活性化は確かに力は増すが、速度は増してくれないのだ。が、それはリィルもわかっている。故に、彼女はその力を利用する。
「はぁ!」
「ぐっ!」
数度の槍と槍の激突の後。あまりの力に堪えきれず、瞬は大きく姿勢を崩す。相手が速度を得手として連続攻撃を放つのなら、強力な一撃をぶつけてそれを強引に中断してしまえば良い。そんな考えだった。そうして瞬が姿勢を崩した所に、リィルが蹴りを叩き込む。
「ごふっ!」
「はっ!」
蹴りをモロに受けて肺腑の空気を零し吹き飛ばされる瞬に対して、リィルが容赦なく地面を蹴って追撃に入る。が、その直前に明滅する意識をなんとか繋ぎ止めた瞬が地面を蹴り、蹴られた勢いをも利用して距離を取る。
「行け!」
「っ」
自身の追撃を躱され方向転換の為に一度立ち止まったリィルに向けて、瞬は無数の槍を編み出して牽制する。痛みは無視できるが、そのためにもまずは意識をしっかり繋がねばならない。であれば、必要なのは時間だった。
「はぁあああ!」
そんな瞬の槍による牽制に対して、リィルが一つ吼える。すると彼女の背後に翼の様に展開していた炎が勢いを増して、放たれる様にリィルが消えた。
「っ!」
まずい。瞬は自身の槍がすべて避けられた事を、雷の加護で加速した意識で知覚する。そして反応速度であれば、やはり瞬に分があった。
「つぅ!」
間一髪、瞬はリィルの刺突を回避する。それは本当にすんでの所で、後一瞬判断が遅ければ危険だった。が、ここで。彼は改めて苦境を脱していない事を思い出す。
「!?」
どんっ。まるで特大の爆弾が爆発した様な轟音が鳴り響く。そうしてなんとかバックステップで逃れた筈の瞬は、リィルが地面を蹴る事なくこちらへと一直線に突進してくるのを、目の当たりにした。
「何!?」
「呆けている場合ですか!?」
「つぅ!」
そうだ。瞬はリィルの指摘に慌てて槍を振るう。が、そもそも色々と圧倒的に不利な状況だ。
故に彼はなんとか刺突を弾く事が出来たものの、大きく吹き飛ばされる事になった。そうして大きく吹き飛ばされあわや場外かと思われたが、彼は咄嗟に槍を投げた。
「伸びろ!」
投げた槍へと、瞬は雷を伸ばす。この雷は彼の加護の力で出来ており、自由自在に動かせた。そこに更に瞬が半ば雷化している事が相まって、結果場外への脱落は防ぐ事ができた様子だった。
「ふぅ……」
「器用ですね」
「……」
正直、ぶっつけ本番だ。出来る事さえわかっちゃいなかった。瞬はリィルの言葉に対して、内心そう思う。が、これでなんとか仕切り直しは図れた。後はどうやって攻めに行くか、だけだ。
「……っ」
瞬は一度だけ深呼吸をして精神を研ぎ澄ませると、再び紫電を纏って地面を蹴る。直線ではもうどちらが勝ってもおかしくないだけの速度に到達している。<<雷炎武・参式>>でのこれ以上の加速は瞬も厳しい。であれば、彼が取るべき手は一つだ。
「……」
ぱちんっ、という音と共に自身の周囲を回る瞬に対して、リィルは動きを見せない。いや、動きを見せないというより、動けない。
(実は案外……これキツイんですが)
リィルは身体の内外で暴れ狂う炎を制御しながら、内心で冷や汗を掻いていた。実のところ、彼女が直進しかしていないのは、そうでなければ瞬の速度に追い付けないからではない。彼女自身がこの力をコントロール出来ないからだ。下手に動くとそれだけで暴発して自爆しかねないのである。
(<<炎武>>の第六段階発展型・<<紅翼天翔>>。浮遊能力と加速能力を兼ね備えた移動特化型……ではないでしょう、どう考えても! なんなんですか、この暴れ狂う炎は!)
元々、リィルがこれを習得する気になったのはアルが飛空術の習得を目指していたからだ。同じ様に飛空術を学んでいる中で、この<<紅翼天翔>>の存在を知ってこちらの方が自身に合っている、とこちらの習得を選んだのである。
が、蓋を開けてみれば実態は虎の巻にある様な移動特化型などでは到底なかった。攻撃力も今瞬が体感している通り、馬鹿にならないほどに高まっていたのである。
なお、後にこれを話されたバランタインやカイトに言わせれば十分に移動特化型、とのことで単に彼らの基準が可怪しいというだけの話であった。とはいえ、それ故にこそ、加速度と飛翔能力については十分に高く、瞬が自身の背後に立った瞬間に、リィルは即座に振り向けた。
「っ!?」
速い。瞬は自分の予想を遥かに上回る加速を見せたリィルに瞠目する。とはいえ、ここで少しだけ彼に有利な点があった。それはリィルがこれを十分にコントロール出来ていない、という所だ。
速すぎる速度をコントロール出来ず、彼女は正確な場所では止まれない。それが微少な距離になれば尚更だ。故に、彼女が出来たのは薙ぎ払いだけだった。
「くっ!」
攻撃しようとしていた自身の身体を強引に停止させ、瞬は屈んでリィルの薙ぎ払いを回避する。そうして頭上を業風を纏った槍が通り過ぎ、その衝撃で瞬は思わず吹き飛ばされそうになった。
(ちぃ! 火力特化か! らしいといえばらしい!)
まぁ、ここまでの火力の増加だ。瞬が勢いの増加と含めて、この勘違いをしたのも無理はない。なにせ使うリィルその人も絶対に火力特化だと思っているぐらいだ。が、それ故にこそ、瞬は懐に潜り込めばまだなんとかなると考えており、そのまま斜め上方向へと槍を突き出す。
「はぁ!」
「っ!」
「ぐっ!」
嘘だろう。瞬はリィルが背後に飛んだ衝撃で自身が思いっきりよろめいたのを受けて、内心でそう思う。その一方、急加速で斜め上へと飛んだリィルは大きく飛んで大きく弧を描いて、瞬へと急降下した。
が、やはり速度と反応速度であれば瞬に分がある。故に彼はリィルが自身へと突っ込んできたのを見るや、即座に距離を取った。
「はは……これは、流石に……」
嘘だろう。再度、瞬はそう思う。彼の目線の先には地面へと落着したリィルの姿があり、そこはまるで巨大な隕石でも落下したかの様に大きな穴が生まれていた。
「……」
どうするか。瞬は今の加速と破壊力を見て、一瞬だけ思案する。が、そうして思いつけた答えに、彼は思わず笑うしかなかった。そんな瞬を、リィルが訝しむ。
「……どうしました?」
「後で怒られるな、と思っただけだ」
「怒る? 誰が誰にですか?」
「お前が俺に、だ」
もうこれしかない。そう決断した瞬は、少し自嘲気味に笑っていた。が、ここでもしお互いがお互いの思考が読めていたのなら、お互いがお互いに笑いあっただろう。思考回路がそっくりだ、と。瞬が決めたのもまた、リィルと同じく未完成の技だった。
「行くぞ……<<雷炎武・禁>>!」
「!?」
瞬の使用した<<雷炎武・禁>>を見て、リィルが思わず目を見開く。言うまでもなくこれは瞬がかつてラエリアでの戦いでグリムを前に使った禁じ手だ。その存在は彼女も把握しており、これを使うとは想定外だったらしい。
「貴方、それは!」
「ぐっ……わかっている!」
自壊する可能性のある技。言外にそう告げたリィルに対して、瞬は先程より更に圧倒的な速度を以って彼女へと肉薄していた。
が、その顔には笑みが浮かんでいたものの、同時に脂汗にも近い汗が浮かんでいた。とはいえ、伊達に十数秒だろうとランクSでも上位層に位置する冒険者に届くのだ。その威力と速度は十分で、<<紅翼天翔>>を展開したリィルをも遥かに上回っていた。
「はぁあああああ!」
「つぅ!」
今度は、リィルが雄叫びを上げた瞬の剛力により吹き飛ばされる番だった。想定外ということで不意打ちじみた一撃を受けた彼女は、地面へと一直線に叩き落される。
が、地面に叩きつけられる直前、彼女は<<紅翼天翔>>を展開させて爆発じみた急制動で停止。即座に上を見上げて、そこに瞬が居ない事を理解した。
「はぁ!」
「っ!」
速い。リィルは空中で急加速して一気に自身の側面に回り込んだ瞬に対して、思わず目を見開く。が、<<紅翼天翔>>を展開した彼女なら、なんとか瞬の攻撃に間に合えた。
「ふっ!」
「はっ!」
両者は同時に槍を突き出し、しかしその強力な力のぶつかり合いでどちらも一切進まない。しかも今度はどうやら爆発が起きる事もなく、奇妙な鍔迫り合いが行われる事になった。
「ぐっ……」
「くっ……」
リィルの身体から業火がまるで火山の噴火の様に迸り、一方の瞬の身体からは雷が無数に迸る。そうしてしばらくの押し合いの後、両者はお互いに持久戦が自身の不利になると判断していればこそ、ほぼ同時に鍔迫り合いを終わらせる。
「はぁあああああ!」
「たたたたたたたっ!」
鍔迫り合いを終わらせた両者は、一直線に相手だけを狙い定めて連撃を叩き込む。そうしてお互いの攻撃を自身の攻撃で相殺しながら相手を狙う両者であるが、やはり刻一刻と魔力は削られ精神力は失われていく。故に、先にこのままでは厳しいと踏んだリィルが距離を取った。が、それに対する瞬の動作は何時もと違い、一瞬の迷いを生んでいた。
「っ」
追うべきか、追わざるべきか。自身の状況を鑑みれば、一度は立ち止まらねばならない筈だ。が、止まればマズいとも思っていた。故の逡巡だ。そうして瞬が出した結論は、このまま一気に押し切るだった。
「はぁ!」
「くっ!」
そもそも、<<紅翼天翔>>を先に展開したのはリィルだ。しかもかなり前の段階で展開していた。幾ら地力が彼女の方が高いとはいえ、消耗率であれば彼女の方が高い。
どちらも、もう後数分保つか保たないかという所だった。故に追撃に出た瞬に対して、リィルもまた苦々しげだった。そうして、再度紫電と業火が交わった。
「はぁ!」
「ぐっ!」
このまま追われては不利。そう判断したリィルは瞬の追撃に対してその場に急制動。向かってくる瞬に向けて槍を突き出す。それに瞬は雷の反射神経を活かして身を捩り、なんとか回避した。が、その次の瞬間。瞬が攻撃を移るよりも前に、リィルが槍に力を込めた。
「広がりなさい、<<炎嬢>>!」
「!?」
そもそもリィルの槍は武器技を持つ一級品だ。故に耐えられる力も出来る事も単に自身で編んだだけの瞬の槍よりも遥かに多く、炎を纏わせて炎刃を持つ鎌の様にする事だって出来た。
「ちぃ!」
これでは後ろに下がる事も出来ない。瞬は自身の背後に生まれた三日月の炎刃に苦い顔で前に跳ぶ。が、そうして前に跳んだ所で、リィルが蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ……だが!」
「!? そういう」
事ですか。リィルは蹴った時の感触で瞬が<<雷炎武・禁>>を使いながらもなんとか耐えられている理由を理解する。彼は鬼族の血を覚醒させて強引に回復力を増大させ、更には<<雷炎武・禁>>の出力を調整する事でなんとか自壊しない程度に落とし込んでいたのである。そうして驚きに包まれたリィルの足を瞬が受け止め、そのまま一気に前へと投げ飛ばす。
「うぉおおおお!」
「くっ!」
どんっ、という音と共に音の壁を突破して、リィルが大きく投げ飛ばされる。が、これは単なる投げだ。故に彼女は即座に急制動を掛け、瞬へと突進する。
「はぁああああ!」
「おぉおおおお!」
突進してきたリィルに対して、瞬もまた体勢を立て直して一直線に向かっていく。そうして三度、両者の槍が激突した。
「ぐっ!」
「くっ!」
三度の拮抗状態に、両者の顔に苦いものが浮かんでいく。片や禁じ手。片や未完成の大技。これを使う事は両者にとって精神的にも多大な消耗を強いており、三度の拮抗はそれだけでかなり厳しいものがあった。そしてそれ故、衝突する力にもかなりゆらぎが見えており、限界が近い事を如実に知らしめていた。
「っ、おぉおおお!」
「っ、はぁあああ!」
このままでは競り負ける。そう判断した瞬が吼えて力を込めたと同時に、それに呼応したリィルが吼えて力を込める。そうして、揺らぐ力のぶつかり合いにより三度の衝突は爆発により両者吹き飛ばされる結果で終りを迎えた。
「くっ……」
「ぐっ……」
吹き飛ばされた両者であるが、なんとか地面への着地は成功する。が、やはり限界に近い所での戦いだったのだ。どちらも即座に立ち上がる事は出来そうになかった。
「……」
駄目か。瞬はこのままの戦闘続行は不可能を悟って、わずかに苦笑する。相手はリィル。諦めたくはないが、どう足掻いてもこれ以上は駄目だった。何より、あまり恋人の邪魔にはなりたくない。そんな意識が潜在的にあった事には、彼は気付いていなかった。そうして彼が珍しくこれ以上は戦わない、と決めた。
「「……降参」」
「「……はい?」」
同時に告げた一言に、同時にお互いに顔を見合わせる。そう。瞬がそう考えた様にリィルもまた、同じ様に考えていたのである。そうして両者が同時に降参を宣言した事により、第一回戦最後の試合はドローゲームで勝者無しの決着となったのだった。
お読み頂きありがとうございました。




