第1851話 天覇繚乱祭 ――槍使い達の戦い――
エネフィア全ての武芸者達が見守る中行われる天覇繚乱祭。その決勝戦に続く最終ブロックの第一回戦最終戦。それは瞬とリィルの戦いだった。そうして気配だけで試合運びを見ていたカイトが起き上がったと同時に、二人もまた舞台に上がっていた。
「……」
こうやって相対するのは何度目だろうか。瞬は舞台上に上がりながら、久方ぶりの戦いにそう思う。
「すぅ……はぁ……」
舞台に上がり、数瞬。瞬は呼吸を整え、逸る気持ちを抑制する。相手はリィル。アルの影に隠れがちだし、今であれば更にルーファウスの事もあり注目はされにくいが、彼女もまた英雄の子孫だ。
それも戦闘力であれば随一と言われるバランタインの子孫である。カイトをして化け物や色々とぶっ飛んだ存在と言わしめる大英雄にして、時として武神としてさえ崇められる男の子孫。それだけで油断なぞ出来るわけがない。
「……」
油断するわけにはいかない。瞬は一瞬先に槍を作れる様に準備をしながら、小さく頷いた。が、槍は構えない。彼にとって槍は出すだけ持久力を失わせるのだ。相手が相手だ。一秒どころか一瞬が惜しい。なれば、出すのは試合開始と同時だ。そしてそんな彼の頷きに対して、リィルもまた無言で頷いた。
「第一回戦最終戦……開始!」
審判が試合開始を告げた直後。二人は同時に地面を蹴る。どちらも性質は一緒だ。故に行動はほぼ同じだった。そうして地面スレスレを飛ぶ様に一息に駆け抜けて、瞬は接敵の瞬間に槍を生み出す。
「「はぁ!」」
両者同時に、槍を突き出す。が、お互いにこのままでは必殺を理解して、同時にお互いの槍を絡め取る様に軌道を逸した。
「っ」
「ぐっ」
絡み合う二本の槍。その勝敗であるが、これはリィルが若干押し負けている様子だった。これは致し方がない側面はある。現在、身体的な話に限ってしまえば素のスペックでは瞬が若干上回っている。
これはやはり祖先帰りとしての力が大きく目覚めていたからだろう。なので単なる力比べになると、瞬が勝てた。が、これはあくまでも力比べに限った話で、瞬に力があるのならリィルには年単位で培った技があった。故に一瞬で押し負ける事を理解した彼女は、即座に力を抜いて擬似的な鍔迫り合いを終わらせる。
「ちっ」
鍔迫り合いに勝った筈の瞬が舌打ちし、その場に留まって放たれた火炎を槍の薙ぎ払いで振り払う。リィルは自身の不利を悟ると、槍の先に火炎を生み出してそれを噴出。反動でその場から急速離脱したのである。瞬が薙ぎ払ったのは、その余波という所だろう。とはいえ、それが余波だったのは、一瞬だけだ。即座に余波だった筈の火炎が、瞬へと攻撃として襲いかかった。
「<<炎上網>>!」
「っ」
瞬が薙ぎ払って分裂した火炎を操り、リィルはそれを網目の様にして瞬を取り囲む。それに、瞬が吼えた。
「おぉおおおお!」
「っ……この程度ではだめですか」
「当たり前だ。何十回と受けた。この程度で、と思ってくれるな」
鬼族としての力と火の加護を使い火炎を吹き飛ばした瞬は、リィルの言葉に一つ笑って再度槍を構える。とはいえ、攻撃を防がれた筈のリィルの顔にも笑みが浮かんでいた。
この程度は当然の様に防がれる。そうわかっていた。わかっていたが、あの時の最適解があれだった、というに過ぎない。そうして、二人はこれで準備運動は終わりとばかりにそれぞれの強化を展開した。
「「はっ!」」
二人が同時に<<雷炎武>>と<<炎武>>を展開する。そうして再度同時に地面を蹴ったわけであるが、この勝敗は見えている。速度であれば<<雷炎武>>が上だ。故に紫電を纏う瞬がリィルの脇をすり抜けて、彼女の背後に回り込んだ。が、そう見えたのは観客と瞬だけだった。
「っ」
「やはり、私が想像したより随分速くなっていますね」
「ちぃ!」
自らの背後に立つリィルに対して、瞬は紫電の速度を以って地面に槍を突き立てる。そうして、彼が槍を支えとして逆立ちをした直後。火炎を纏いソニックブームを生じさせてリィルの槍が迸った。
「ぐっ!」
ソニックブームを生じさせるほどの突きだ。音速なぞ軽々超過し、その衝撃は当たらずとも雷化により軽量化してしまった瞬を軽々と吹き飛ばした。
「っと!」
突風に揉まれる様に回転して吹き飛ばされた瞬であったが、軽量化と実体を半ば消失していたが故に気流の影響もまた受け難く、結果として大きく吹き飛ばされたもののさほどダメージもなく地面に着地。即座に紫電のみを残してその場を離脱した。そして、直後。リィルが彼が居た場所へと槍を突き立てた。
「と……外れましたか」
「ふぅ……危ない所だった」
地面を大きく砕く一撃を間一髪で回避して、瞬はわずかに流れた額の汗を拭う。直線であればリィルの速度も侮れない。紫電には及ばずとも、音速ぐらいなら超過する事は容易だった。そうして、なんとか仕切り直しを図れた瞬は再度槍を構えて紫電を纏い消える。
「速い……ですが!」
確かに瞬の速度は正しく紫電の速度で、音はすでに置き去りだ。が、同時にまだまだ動きには未熟さは残っていて、直線だけならまだしも曲線的な動きも織り交ぜなければならない戦闘中だ。十分にリィルでも追い切れた。故に彼女は瞬の姿をしっかりと捉え、瞬の槍を振り払う様に槍を横に薙いだ。
「ぐっ!」
やはり出力であれば<<炎武>>が上回る。故にその姿を捉えられた瞬は鍔迫り合いを行う事もままならず、大きく吹き飛ばされる事になる。そうしてそんな彼を追撃するべく、火炎を纏ったリィルが地面を蹴る。
「来い!」
地面を蹴ったリィルに対して、瞬は即座に自身の不利を悟って無数の槍を投げ放つ。が、それに対してリィルは一度その場に立ち止まると、思いっきり火炎を纏って地面を踏みしめた。
「はぁ!」
「っ! だが!」
一息に吹き飛ばされた自身の槍に思わず顔を顰めた瞬であるが、これで追撃は防げた。そうして彼は<<雷炎武>>を更に上にする。このままでは勝てない事なぞ自明の理だ。今までは言うなら暖機。本気になる為に身体を慣らしていただけだ。十分に身体が温まった以上、参式の出番だった。
「<<雷炎武・参式>>!」
「っ」
自身を上回る出力を放出して一直線に自身に肉薄した瞬に、今度はリィルが押し込まれる。そうして吹き飛ばされた彼女であったが、即座に槍を地面に突き立て停止。即座に立て直して、瞬に呼応する様に<<炎武>>の段階を更に上に上げる。
「おぉ!」
「はぁ!」
片や火炎と紫電。片や業火を纏う両者は同時に槍を突き出す。それは一直線に相手の槍の切っ先に衝突し、両者の纏う力の余波により、その場でぶつかり合う事となった。が、これはやはり出力であれば上回る<<炎武>>を使うリィルに分があった。
「ぐっ……」
「どうしました!? この程度ですか!?」
「言って……くれるな!」
槍の切っ先と切っ先での鍔迫り合いという常識外の押し合いにおいて、わずかに押し込まれた瞬がリィルの発破に対して意地を見せてなんとか押し戻す。が、このままやればお互いに勝負が付かない事は見えていた。故に両者はほぼ同時に、一気に力を込めた。
「「はぁ!」」
同時に吼え、槍の先端から極光が迸る。お互いに考えている事は一緒だった。そうして、二つの強大な力がぶつかり合い爆発が起きた。
「っ」
「ふむ……」
空中を吹き飛ばされながらも、瞬もリィルも次の一手をわずかに考える。そうして次の一手を決めたのはほぼ同時だったが、行動に移ったのは瞬が先だった。
「来い!」
「む」
瞬の号令に合わせて、彼の持つ槍の長さが変わり短くなり、その左手にも槍が生み出される。今のまま一振りで戦っていても勝ち目がない事を理解した瞬は、二本の槍での速度を中心に戦う事にしたらしい。
それに対してリィルが出来る事は何も変わらない。槍一つで戦い抜くだけだ。故に、彼女はひとまずは瞬の出方を伺う事にする。そして彼女がその場に留まった事を受けて、瞬が一直線に切り込んだ。
「はっ!」
「良い筋です! が、軽い!」
「わかっている!」
弾き飛ばされた左手の槍を引き戻しながら、瞬は右手に持つ槍を突き出す。これに対してリィルは先に槍に込めた力をわずかに抜いておいた事で、普通に反応する事に成功する。
が、リィルが技を見せた様に、瞬もまたここで技を見せた。彼は左手に雷の加護の力を増大させると、引き戻す動作を高速化。即座に突き出せる状況に持っていったのである。無論、弾かれる事も想定内で、リィルが手を抜いているだろうというのも想定内だった。
「おぉ!」
「っ、ちぃ!」
自身が一枚上手に行ったと思った所にこれだ。リィルが思わず舌打ちする。故に彼女は身体を捩って瞬の突きを回避すると、そのまま強引に地面を蹴ってその場を離れる。
このままでは遠からず姿勢を崩し、敗北を喫する。そう踏んだのである。そうして地面を蹴って仕切り直しを図ったリィルに対して、今度は瞬が追撃に入った。
「っ、<<火尖槍>>!」
「!?」
放たれた炎の槍を見て、瞬は思わず目を見開いた。<<火尖槍>>。それは地球のとある英雄が使う武器の名だ。それを模した武器技をリィルは使用したのである。これに、瞬はわずかに逡巡する。
(っ……行くしか、ない!)
このまままともに戦った所で、自身の敗北は見えている。もとより、後の事なぞ考えていない。なら、この一戦に勝つ為には。そう考えた彼は、敢えて業火の中に突っ込んだ。
「っ!?」
流石にリィルもこれには驚きを隠せなかった。なにせ防ぐでも躱すでもなく、自身の攻撃の中に一直線だ。当然だろう。が、それ故にこそ彼女は次の加速を忘れ、瞬の追撃を許す事になった。
「っ……抜けた! おぉ!」
「っ!」
かなりのしかめっ面を浮かべた瞬であったが、彼が鬼族としての頑強さと火の加護も使えるというこの二点により、辛くもリィルの<<火尖槍>>を突破する事が出来たらしい。それに、リィルが思わず声を荒げる。
「貴方、馬鹿ですか!?」
「死中に活あり! こうでもしなければ勝ち目なぞ掴めん!」
ここはまだ最終ブロックも第一回戦なのだ。この後も考えるのであれば、到底こんな策は取れるわけがない。故にあまりにふざけた行動に声を荒げたリィルに対して、瞬は逆にそれ故にこそ気力を漲らせて再度地面を蹴る。
これが、ソラと瞬の差だった。ソラは一戦一戦を本気で戦いつつも、次の戦闘に対しても目を向けている。故に全力は出す必要がある時にしか出さない。特に一年に渡るブロンザイトの下での修行により、それが顕著になっていた。それに対して瞬は、元々が陸上選手という事もあるからか一戦一戦に全てを賭けて次の一戦にも全力を出す様な戦士だった。
「きゃあ!」
自身の攻撃を抜けて追撃を仕掛けられては、流石にリィルも堪ったものではない。何より仕切り直すべく背後に飛んだのだ。それが立て直す前に追撃を受けては吹き飛ばされるしかなかった。
が、やはりリィルは英雄の子孫。そして性質であれば瞬に似通った似た者夫婦だ。故に、彼女は飛ばされながらもわずかにくすりと笑う。そして、次の瞬間。吹き飛ばされていた彼女の身体から、今までで一番の火炎が迸った。
「っ!」
「さぁ、続きです」
「……ああ!」
業火をまるで羽の様にして急停止したリィルに、瞬が獰猛に牙を剥いて応ずる。こんな形態は瞬でさえ見たことがなかった。とどのつまり、リィルも本気で戦うという事なのだろう。そうして、第一回戦最後の試合はついに佳境に入る事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




