第1847話 天覇繚乱祭 ――最終ブロック・開幕――
それぞれがそれぞれの一夜を過ごして、翌日カイトは改めて天覇繚乱祭に出るべく、宿屋を後にする。
「ま、分かってちゃいたが。結局はこの面子か」
『私の方もまだまだ負けていられません』
カイトの言葉に、セレスティアが応ずる。結局として、カイトが居たブロックの最終ブロック出場者はソラを除けば妥当と言い切れた。
カイトをして格が違うと言わしめるセレスティアも勿論、最終ブロックに残っている。ここ二人の負けは余程のくじ運がなければないだろうと言うのが、カイトの正体を知る周囲の下馬評だ。まだ余力を残しての最終ブロックだった。
「取り敢えず……色々と当たりたくない奴は多いんだがなぁ」
「それ、俺が言いてぇよ……」
カイトのぼやきにソラが応ずる。兎にも角にも彼は現状で全力全開は出来ない。一応全力は出せるだろうが、それでもどれだけ保つか、という状況だ。
「あはは……ま、当たったら全力でやってやる」
「やめちくり……お前の全力とかまじ死ねる」
とはいえ、だ。精神的な面ではまだまだ大丈夫なのか、ソラは言葉の面では元気だった。そうして、そんな彼らは最後の舞台へと向かうことにする。
「……ほぅ」
これが、最後まで残った面子か。最後のくじ引きに備えて控え室に入ると、そこには彼と同じく最終ブロックに残った武芸者達が何人も詰めていた。が、誰も彼もが最低でもランクB以上という猛者揃いで、すごいのだとランクSもちらほら見受けられた。伊達に世界最強を決める大会ではないのだろう。
ランクSの母数を鑑みれば、間違いなく複数人のランクSが居る――カイトとセレスティアもランクS級だがそれ以外にもという意味で――というのは、明らかに尋常ではない事態だった。と、そんなわけで部屋に入って思わず立ち止まったカイトであったが、そんな彼に声が掛けられた。
「やぁ」
「ん?」
「いや、失礼。昨日茉莉花を倒したのは、貴方で間違いないかな?」
カイトに声を掛けたのは、昨日丁度見掛けた眉目秀麗な剣士だ。どうやら彼も最終ブロックに残っていたらしい。と、そんな彼の体捌きを見て、カイトは訝しむ。
「……無明流の剣士が天紋流の剣士の仇討ちか?」
「ああ、いや……ああ、こちらから声を掛けておいて名乗らないのは失礼だな。私は無明流の黒羽丸だ」
黒羽丸。そう名乗った青年の差し出した手を、カイトが握る。それに黒羽丸が笑った。
「ありがとう」
「ああ……それで、どうした?」
「ああ、いや……やはり無明流の剣士。常に比較される天紋流の剣士とは是非に戦いたかったんだが……まさかあの茉莉花が負けてしまうとは思っていなくてね。ぜひとも君と戦いたい、とね」
「そればかりは神のみぞ知る、だ。くじ運に左右されてしまうからな」
「勿論、それはわかっているさ。君が私と戦う前に誰かに負ける可能性はあるし、逆に私がそうなる可能性だってある」
笑ったカイトの言葉に黒羽丸も同意して笑う。その風はまさに優雅。眉目秀麗というに相応しい剣士と言い切れた。まぁ、この大会で最も黄色い声を浴びている者と断じてよく、カイトも噂には聞いていた。一日で彼の耳に届くぐらいには、有名人だったらしい。
「それははてさて、という所かね……黒羽丸。オレも聞いた事はある……黒鉄背負いし黒羽丸。その斬撃は魂をも切り裂かん、とな」
「あはは……恥ずかしい限りだ」
カイトの賞賛にも似た言葉に、黒羽丸が恥ずかしげに頭を掻いた。その姿には妙な愛嬌もあり、ある意味では子供っぽさが見え隠れしていたと言っても良いだろう。とはいえ、ここに居るのは容姿ではなく武芸こそを最大の強みとする武芸者達。それ故にカイトの興味はそんな彼の容姿でも態度でもなく、彼の背負う黒刀にあった。
「……名刀<<黒牙>>。木蓮流の最上大業物の一振りか」
「……興味、あるかい?」
先程までの優雅な笑みとは一転、黒羽丸がわずかに闘士の笑みを見せる。それに、カイトが笑った。
「無いわけがない。これでも刀使い。名刀利刀の類に興味が無い道理がない」
「確かに……そちらは……大業物、という所だろうか。抜かなくてもわかる。かなりの力作だろう」
「そんな所だ。色々とあって金は使わなくてね。溜めた金で買った」
「あははは。それはそれは」
どこかおどけてみせたカイトに対して、黒羽丸が楽しげに笑う。なお、カイトの刀であるが、これは当然何時もの二振りだ。が、ティナが封印処理を施している為、大業物程度と偽れていた。
これについては大会の最高責任者である燈火が元々依頼した側なので、使わないという条件で密かに認められていた。無論、カイトもこの二振りを本気で使うつもりはない。
「……さて。君がこの大太刀を抜かせてくれる事を祈るよ。今の所、これを抜いたのは教国の天才騎士くんだけでね」
「善処しよう、というかそれこそ本当に神のみぞ知る、だな。くじ運に祈ってくれ」
黒羽丸の言葉に、カイトはこちらもまた闘士の笑みを浮かべて会話を終わらせる。そうして去っていった黒羽丸の背を見送るわけであるが、そんな彼の背にソラが口を開く。
「……あれが、ルーファウスを倒した奴なのか」
「ああ。わかろうものだが、相当な猛者だな。平常時ならルーファウスも勝ち目はあったかもしれないが……流石に消耗してた状況ではどうにもならんかった、というわけなのだろう」
「……納得」
優雅に見えるが、同時に一切の無駄のない体捌きだった。ソラは黒羽丸の体捌きを極まればこそ優雅に見えているのだ、と理解する。と、そんな彼であったが、ふとカイトがあらぬ方向を見ていた事に気が付いた。
「……何見てるんだ?」
「いや、視界の端でちょろちょろ動く小さな影を見付けたもんでな……あれが、アルを倒した子供だな」
「……マジかよ。本当に子供じゃん」
ソラもあの時は背負う大太刀に目を引き寄せられ気付かなかったが、よく見てみれば体付きには未成熟さが見え隠れしており、確かに子供だった。そんな彼はあまりの幼さを見て、よもや、と口にする。
「……種族として子供、ってわけじゃないよな……?」
「無いな。あの子はガチで子供だ……惜しいなぁ」
「あ?」
唐突に惜しい、と断言したカイトに、ソラが思わず目を丸くする。これに、カイトが苦笑気味に笑う。
「半端だ、あの子はまだ。後十年……いや、二十年あれば、この大会で優勝出来ただろう。だが、まだ早い。早すぎる。この先にたどり着くには、まだ早い」
「いや……昨日も見て思ったけど、あの子多分俺より強いぞ……?」
「微妙だな。昨日お前の試合を見て思ったが、互角程度だろうさ」
「いや、俺と互角でも十分やべぇよ……」
ソラは間違いなくランクAでもかなりの猛者と言える。彼がここに残っているのは妥当と言えば妥当なので、その意味で言えばあの仮面の子供がここに残っていても不思議はない。が、それを成しているのがあの子供だという事を考えれば、如何にそれが可怪しいかが理解できた。
「……ま、あの子に当たったらオレが潰す。あの子はまだ子供だと知らねばならないからな」
「? どういう事だ?」
「気にするな」
「いや、気にするなって……」
意味が理解できない。そんな顔のソラに対して、カイトは一つ笑う。と、そんな彼に更に突っ込んだ事を聞こうとした丁度その時。部屋の扉が開いて、係員が入って来た。そんな彼は一度部屋を見回して全員が揃っている事を確認すると、一つ頭を下げた。
「……皆さん、お集まり頂きありがとうございます。最終ブロックの対戦順を決めますくじ引きの準備が整いましたので、こちらへ」
「あ……後でどういう事か教えろよ」
「後でな」
流石にソラもこの状況で長々と話をする事は出来ない、とわかっていたらしい。カイトと並んで試合会場へと入る事にする。
『さぁ、皆さん! 本日の最終ブロックにまで勝ち残った選手が入ってまいりました! もはや逐一の紹介は不要でしょう! それでは、先生。本日の最終ブロック。その中でも注目選手といえば?』
『うむ……まぁ、これは身内贔屓じゃが、まずはカイトじゃな。これを外す事は出来まい』
『カイト……天音選手ですね』
のっけからオレを出すなよ。カイトは今はくじ引きという事で普通に聞こえてくる実況と解説の声に、深い溜息を吐いた。別に後にしてほしい、というわけではない。紹介しないで欲しい、と思っていた。
『うむ。この神陰流は間違いなく地球では儂が地球で作った武芸を上回っておったと断言しよう。それを使う剣士を注目せぬわけがあるまい』
『って、先生自身のご事情ですか』
『かかかかか! それも一興であろう!』
ここら、やはり年の功か武蔵は中々に話の持って行き方がうまかったと言える。カイトに注目している理由をあくまでも彼の剣技にある、としてしまったのだ。これで若干は注目が彼自身ではなく、彼の使う剣技に行く事だろう。
まぁ、そんな事を言ってしまえば最初から出すな、というのはカイトの言葉である。とはいえ、剣士として触れないわけにもいくまい、というのが武蔵の言葉ではあった。と、そんな会話を聞きながらもくじ引きの用意が整えられる事になっていた。
「さて……ではくじ引きを行いたいと思います。この順番ですが、例年通り一番最初に引かれました番号札の順番に従って引いて頂きます」
「では、私からか」
係員の言葉を聞いて、どこかの異族出身らしい女拳闘士が番号札を提示する。そこに記されていた番号は3番。確かにかなり早い番号だった。
「はい……では、どうぞ」
「……十番」
「はい」
係員は女拳闘士の言葉に一つ視線を向けて、また別の係員にホワイトボードへの記述を行わせる。このホワイトボードは大会のメインモニターに映し出されており、観客たちにも見える様な状況になっていた。
「カイト、何番だっけ」
「なななな」
「七十七か……ってことは、俺のが先か」
最初の時点で言われていたが、番号が若い順に試合をしていくわけではない。予めトーナメント表の番号は決められていて、そこに当て嵌められていくだけだ。最終ブロックのトーナメント表もまた、ランダムに番号が振られている。
ランダムなのはそちらの方が自分がどこに入るかわからず、予想が出来ないから、という理由らしい。ここまで少ない――最終ブロックは各ブロック四人で総計十六人――とというわけで、ソラの方が番号が若いにも関わらず試合が後という事が起きたのである。なお、ソラは三十四番だそうだ。そしてそんな若い番号なので、ソラも早々に呼ばれる事になった。
「次……天城選手」
「あ、はい……六番」
「はい、六番……次、黒羽丸選手」
「ええ」
どうやらソラの次は黒羽丸だったらしい。彼もまた名を呼ばれて箱に手を突っ込んで、番号札を探る。なお、やはり地元選出という事もあり黒羽丸が前に出るなり相当な黄色い声援が起きていたが、会場の誰もがもはや気にしてもいなかった。それは当人である黒羽丸さえそうで、彼は一度目を閉じてこれだ、と思う札を引き抜いた。
「十一番」
「はい……次は……」
黒羽丸の番号をホワイトボードに書き記させた係員は、ついでリストを見て名前を呼び上げる。とはいえ、流石にそこまで詰まっては居ないらしく、早々にカイトの名前が呼ばれる事になった。
「天音選手」
「はい……おっと……ラッキーセブン」
「七番ですね」
どうやらこの場においてもこの男は余裕があるらしい。係員は内心で僅かな感心を懐きながら、どこか楽しげに番号を書き留めさせる。そうして少し。十二人の最終ブロック出場者の番号が全て、ホワイトボードに書き記される事になった。が、そうして起きたのは、どよめきだった。
『これは……』
『かかかかか! いやさ、これは面白い!』
『いえ、先生……これは中々物凄い事になりましたね……』
『かかかか! だからではないか! かようなくじ運、滅多に見られんぞ!』
あまりのくじ運に思わず頬を引き攣らせた実況に対して、武蔵は相変わらず笑うだけだ。そしてその原因となるカイトもまた、笑っていた。
「これは酷い」
「……いや、お前……そのレベルか?」
「だからじゃねぇか。こっちのが面白い」
「……」
こいつ、本題忘れてるんじゃないか。ソラは獰猛に笑うカイトに、思わずそう思う。そんな姿を遠目に見ていた武蔵が、更に声を大にして笑った。
『そうじゃそうじゃ! そうでこそ、面白い!』
「のっけからアルを倒した子に、次が黒羽丸。その次がセレスティアで……最後は決勝戦。面白いどころの騒ぎじゃないな」
それはもう笑い話ではない。ソラは改めて、そう思う。なにせ全てが優勝候補との戦いなのだ。カイトとしては仕事にとっても有利だし、武芸者としても楽しめた。そうして、見る者全てが敗北を確信する中、カイトはどこまで勝ち進むかを楽しげに考える事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




