第1846話 天覇繚乱祭 ――最終ブロック前夜――
天覇繚乱祭の第三試合。最終ブロックへ続く試合も折り返しを過ぎた戦いは、アルの敗北という波乱万丈の幕開けを見せていた。
そんな波乱万丈な事態に対してカイトは気配を読み特段驚く事もなく、自身の第三試合へと挑んでいた。が、そんな彼の第三試合の相手は茉莉花と呼ばれる優勝候補の一人で、さすがのカイトも苦戦を強いられる事となるも、なんとか勝利を収める事に成功し、最終ブロックに続く最後の戦いに備えて英気を養っていた。
「先輩。おめでとうございます」
「ふぅ……流石に、今の戦いは楽じゃなかったな……ああ、ありがとう。が……流石に今のは疲れたよ」
暦の賞賛に対して、カイトは若干ではない苦笑を見せる。これは決して演技ではない。先にも述べられていたが、茉莉花という女剣士は決して弱い相手ではなかった。
間違いなくもう何年も修行を積み、今の様に気持ちが逸らねば最終ブロックにも普通に残れる腕になれただろう。が、それは言うまでもなく、今ではなかった。まだなんとか精神の側面でカイトに分があり、勝てたという所だった。
「見てわかったことはわかったんですけど……それほどですか?」
「ああ……ソラを見てみろよ。それでわかる」
「え?」
「……」
カイトの指摘を受けて、暦はしばらくぶりにソラを見る。そんな彼の顔は真剣そのもので、次の自分の戦いに向けてすでに精神を整えている様子だった。そんな彼がふと、口を開いた。
「今の……多分、俺より下手すると強いよな」
「ああ。身体スペックだとまだ微妙にお前が上。技術だとあちらが圧倒的に上か。エルネスト殿の剣技を含めれば、微妙に追いすがれはするだろうが……さらに精神の側面でもあっちが上だな。心技体の三要素の内、二つがお前の負けだ」
「……」
だろうな。カイトの発言に対して、ソラは一切の反論が出来なかった。最後こそ若さがにじみ出てしまいはしたものの、それ以外はほぼ平静の状態で戦えていた。
あくまでも彼女が崩れたのは、カイトが思わぬ実力を垣間見せたからだ。あれさえなければ、ソラも追いすがれはするだろうが勝利は危ういだろう。そして更に言えば、相性も悪い。
「……俺、素直に彼女の相手が俺じゃなくて良かったと思ったわ」
「だろうな……守りに徹しさえすれば、お前も負けはしないだろう。が、それは勝てるわけではない。彼女は速かった。あの速度だ。お前では到底捉えきれん……無論、お前が何か策を思いつかなければ、の話だけどな」
「……」
少し笑うカイトの言葉に、ソラはいくつか頭の中に彼女の攻略法を見つけ出し、しかし首を振ってそれを追い出した。
「……ま、やれるだけやってみろよ」
「……おう」
カイトの言葉に、ソラは改めて静けさを取り戻す。今回はあくまでも彼が問いかけてきたのでカイトも答えてきただけだ。故に会話が途絶えたなら、そこで会話は終わりだった。
そしてソラもあまり長々と話すつもりはない。緊張を飼いならすにしても、緊張で多弁になれば逆にそれに振り回されかねないからだ。
(……こっから先は、全員が俺より上か最低でも同等……本当に運が良ければ、俺より少し下と戦えるぐらい、か)
今までの数戦を見て、ソラは如実に理解した。もうこの時点で自分が勝てるかどうかは、くじ運次第だと。確かに彼はランクA相当だ。が、それは冒険者として見た場合でさえ、最上位のランクではないのだ。
彼より上が居ても不思議はないし、その下とてランクB。壁は越えている。そしてランクBと言ってもピンきりだ。瞬の様にランクBでも上位であれば、ここまで残れていても不思議はない。そうして、そんな事を考えながらソラは改めて精神を研ぎ澄ませ、自身の戦いに備える事にするのだった。
さて。それから更に数時間。大会の各ブロックに分かれての戦いは、終わりを迎えていた。そんな中、ソラは正しく疲労困憊だった。
「ぎ、ギリギリのギリギリだった……無茶苦茶つよいでやんの……」
「あっははは。だが、それでも勝った。大金星じゃないか」
「そりゃ、勝つには勝ったけどよぉ……ぶっちゃけ、なんで勝てたか分からん」
結果から言ってしまえば、第四試合までソラはなんとかたどり着き、そしてなんと第四試合も勝ってしまった。冒険部では妥当と言われたカイトと並ぶ快挙だった。
「後は妥当っちゃ妥当か。先輩まで生き残ったのは驚きだったが……」
「くじ運が良かった。幸い、大半が同格の相手だった」
「それ、全然幸運じゃねぇっすから……」
瞬の返答に、ソラは盛大にため息を吐く。同格が相手と言うことは、後は純粋に腕一つだ。それを相手に全て勝ち抜いたと言うのだから、彼の才覚はやはり冒険部全体どころか、エネフィアと地球全土を見回しても有数だろう。それに、瞬は首を振る。
「いや、実際運だ。あの後のルーファウスの試合を見たが……あの相手だったら、俺も即座に負けていた」
「いや、それでも瞬殿なら、十分に食い下がれただろう。それに、相手選手はくじ運も恵まれていた。今回は運が悪かったと思うしかない」
瞬の言葉を受け、ルーファウスは首を振る。こちらもどうやら4回戦で敗戦だとの事で、こちらも優勝候補の一人が相手だった。と、そんな彼が、アルを睨む。
「で……貴様は子供に負けた、と」
「うぐっ……そうだけど。あれはそんなんじゃないよ」
一瞬息を詰まらせたアルであるが、拗ねた様に口を尖らせる。どうやら事実らしい。
「あはは。そう言ってやるなよ。アルの相手は二戦連続で優勝候補だった。三回戦まで残れただけ、十分大金星だ」
「それとこれとは話が違う」
一応のカイトのフォローに対して、ルーファウスが若干眦を上げる。まぁ、これについては彼の考え方だし、カイトとしても何かを言うつもりはない。と、そんな彼の言葉に、ソラが思わず目を丸くした。
「ん? 子供?」
「……子供だよ。そうだよ、子供に負けたんだよ」
「あ、悪い、悪いって」
むっすー、と更に拗ねたアルに、ソラが慌てて若干笑いながらも謝罪する。そこまで拗ねるか、と思ったらしい。というわけで、彼は慌てて話を変えた。
「でも子供に負けたって……ハーフリングじゃなく?」
「あれは子供だよ。物凄い才能と練度はあるけど……僕より四つ……五つは下じゃないかな。まぁ、流石に一桁は無いと思うけどね」
「はへー……」
世界はやっぱり広い。ソラは思わず唖然となる。一応これでも若くして天才と言われ、そしてここまで勝ち残って来たアルを下したのだ。確かに彼にはくじ運が無かったという不利がある。だがそれでも、まだ並の戦士なら勝てたはずだ。それを、下したのだ。凄まじい能力と言わざるを得ないだろう。
「ほら、会場で見たでしょ? あの小さな剣士。彼か彼女かはわからなかったけど……そいつにね」
「……なる。確かに、納得」
あれが子供だというのには驚くしかなかったが、あれは間違いなく優勝候補に匹敵するだろう隠れた猛者で間違いなかった。あれに負けたのなら、ソラとしても合点がいくというものだった。そして改めて相手の詳細を言われて、ルーファウスも納得を示した。
「あれか……なるほど。確かに、あれなら厳しいか……ハーフリング族だと思ったが、まさか子供か。どうやって知ったんだ?」
「体付きだよ。ハーフリングでも大人になれば、体格に若干の差は出て来る。肌に硬さが出たりね。でもあの子の手にはそれが無かった。子供特有の未成熟さがあった」
「ふむ……」
やはり閉鎖された教国に居たからか、ルーファウスは異族についてはさほど知らない。それに対してアルは皇国においても最も多種族が共存しているマクダウェル領の出身だ。故にハーフリング族は多く見てきており、戦って間近で見た事でこれが若いハーフリング族ではなく幼い子どもだと気付いたのであった。
「……アルフォンス。一つ問う」
「無いよ。流石にそれは無い。あの刀は戦った僕が一番わかる。あれが妖刀という事は無いね」
「そうか。なら、その剣士の腕という事か」
「うん……悔しいけど、剣だけで言えば僕や君を超えてるかもしれないね。負けた身でこんな事を言うのは負け惜しみにしか聞こえないけど……万全で一回戦から戦えれば、という所な腕だよ」
叶うのなら一戦ぐらいはしてみたかったか。ルーファウスは縁の無かった猛者に、そう思う。ここらは彼らしさという所なのだろう。
「で、そういう君は誰に負けたんだい?」
「……俺か。俺は無明流という流派の剣士だ。こちらも、優勝候補だそうだ」
「無明流……え? 待って。もしかして君。無明流を知らないの?」
聞いた事があるか、と顔で問いかけていたルーファウスに、アルが驚き問い掛ける。が、これはやはり他国のお国事情という所なのだろう。
「知らないで悪いか」
「ああ、いや……仕方がないのかもね。無明流は中津国二大流派の一つ。かなり大きな流派だよ。そこの筆頭クラスになると、たしかに相手が万全なら負けるのも詮方ないのかもね」
「なるほど……」
本来は母数が多ければ、それだけ腕利きも増えていく。こればかりは人口比率なのだから仕方がなくはある。それが数百人規模になれば、必然時としてランクSにも届き得たとて不思議はなかった。
特に中津国は武芸者の平均値が非常に高い。必然腕利きも多くなりここで遭遇していたとて、不思議はなかった。
「どうやら、もうここからは勝てるか否かは賭けになりそうだな」
「俺はもう負ける気でやる」
「おいおい……せめて気迫ぐらいはなんとかしろよ」
情けないソラの言葉に、カイトがため息を吐いた。とはいえ、これも無理はなかった。
「魔力が明日までに全回復してくれりゃ、そう言うけどさ。現状ですっからかんだ。流石に無理」
「あー、うん。そりゃそうだろうが」
先にカイトも言っていたが、ソラは最後の最後で優勝候補の一人と戦い勝つという大金星を挙げている。が、同時にそれゆえに戦闘後はまともに歩けないぐらいには疲労困憊で、魔力も空だった。
ここから完全復活にはどうしても数日を要してしまう。早くても一日は無理だ。明日の朝一番は厳しい。現実はゲームの様に寝れば全ての怪我が癒え、魔力が快復するわけではない。精々体力と気力ぐらいなものだった。
「ま、やれるだけはやるけどさ。それだけだ」
「それで良いだろう。すでにここまで残ったんだ。それで十分だ」
名を挙げると言うのであれば、すでに十分に達成されている。が、ソラの目的はあくまでも腕試しだ。ここまでやれているのであれば、十分だろう。一年間の修行の成果はあった、と言い切れた。
「で……それは兎も角。先輩はどうなんっすか?」
「俺か? そうだな……俺は行ける所まで行くだけだが……魔力も悪くない程度だしな」
ソラに問われ、瞬が一度だけ拳を握りしめる。今回、冒険部で最終ブロックにまで残ったのはカイト以下瞬とソラだけだ。が、冒険部外で残った者が一人いた。
「まぁ、叶うのなら久方ぶりにリィルと手合わせしておきたい所か」
「……まぁ、たしかにそうですね。ここ暫く、お互いに戦えてはいませんでしたし」
瞬の言葉にリィルが応ずる。これについては単なる希望という所だろう。ここから再度のくじ引きが行われるので、それもあり得る。が、それ故に全ては神のみぞが知る、という所だった。
「ま、各々最後まで頑張れば良いさ。オレもやるだけやるだけだしな」
「「「……」」」
そう言うお前とだけは絶対に当たりたくない。カイトの正体を知らないルーファウスさえ、何時もの調子で言い放ったカイトにそう思う。そうして、そんな冒険部の夜は更けていくのだった。
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