第1841話 天覇繚乱祭 ――飛躍した者――
ついに始まった天覇繚乱祭。この初陣をなんとか勝利で飾ったカイトは、相手選手に頭を下げていた。そんな彼に、相手選手は自身も頭を下げると一つ手を差し出した。
「ありがとう。やはり他の流派との実戦は良いものだ」
「ええ……私も常に他流派と戦いをしているようなものですが……それ故に、自流派だけでは見えぬものが見える。良いものですよ」
「ああ……そうだな。私も一つ旅に出てみるか」
カイトの言葉に、相手選手は一つ笑う。後にカイトが少しの故あって彼の話を聞いたところによると、やはりこんな大会に出るのだから彼も腕に自信はあったらしい。
が、今まで自流派だけで戦っていたので井の中の蛙というところで、自分が外でどれだけ通用するのか、と試したくてやって来たらしかった。ある意味では向上心に溢れていた彼はカイトとの戦いによる敗北を得て旅に出た、との事であった。
「先輩。お疲れ様です」
「ああ、ありがとう……次は暦か。ソラは……まだ先か」
「おーう。で、今のが初戦かよ……予選とはやっぱ段違いなんだな……」
やはり予選と本戦では出場選手達も格が違うのか、初戦から繰り広げられた激戦にソラが思わず僅かに気圧されため息を吐いている様子だった。そんな彼へとカイトが告げる。
「今の人はお前なら楽に勝てた相手ではある」
「まぁ、今の人なら、なんとかかもしれねぇけどさ……」
ソラとしても今の一戦を見て、今の相手なら勝てたとは思っていた。無論、これはカイトが戦った相手選手が弱い、というわけではない。彼は冒険者として見ればランクBとCの中間。壁の上あたりに居た。
力任せに戦えない大会であれば、十分にランクBの冒険者も下せる可能性がある力量と言える。なら何故勝てると言い切れたのか。それは簡単で、相性の問題だった。
「今の相手の人……俺とは確かに相性良いだろうけどさ。今の戦い方……多分、止まらない事が一番の強みなんだろ? で、常に自分のペースを掴んで、って戦い方」
「そ……だからオレは最後の一幕、敢えて距離を取ったわけだな」
自分のペースを掴んで戦う。そう述べたソラの言葉に同意したカイトは、笑いながら先程の一幕に解説を入れる。
「自分のペースを掴んで戦う、という事は逆説的に言えば自分のペースを崩されるのが嫌、もしくは極度に不利になるということだ」
「それ……どの流派でも当然では?」
カイトの解説に対して、暦が思わずツッコんだ。これは確かにそうであるし、カイトもまた笑ってその言葉を認めた。
「そうだな。それは認める……が、彼の戦いは特にそうなんだ。踊る様に戦う彼の武芸にとって、戦いとは舞に等しい。つまり、彼にとってペースを乱されるという事は舞の音程を外されるようなものなんだ。その時点で、彼にとって自分の戦いが出来なくなる」
「へー……じゃあ、先輩が敢えて距離を取ったのは……」
なるほど。確かにカイトの相手選手の戦いは舞っている様で、独特の拍子のようなものがあった。舞はよくわからない暦であったが、それでも何が嫌か、というのはだいたいは理解出来たらしい。
「敢えて逃げる事で強制的に彼のペースを乱してやったのさ。とはいえ、やはり彼もそれは理解していて、些か強引ではあったが流れを途絶えさせない様にそのままオレに攻撃を仕掛けたってわけ」
「で、先輩はそれを見越して動いた、と」
「そういうこと」
流れを読み、流れを見切る事はカイトの神陰流にとって基礎中の基礎と言える。なので舞う様に戦う相手は敢えて言えば彼からしてみれば戦いやすい相手と言ってよかった。ある特定のリズム、拍子の様な物を見抜ければ簡単に流れが掴めるからだ。
「懐かしい……その昔、信綱公に舞う様に遊ばれた事があってな。一つの道が極まればよろずの事に通じる、だの言われてたが……あの方の場合はそれが事実に感じられるから、恐ろしい」
「あ、あははは……」
そもそも出て来る名前が可怪しいんですがっ。暦は師の更に師となる存在について、頬を引き攣らせ曖昧に生返事をしておく事ぐらいしか出来なかった。
とはいえ、カイトは先に見た通り、並大抵の腕利きなら軽く一捻りに出来る男なのである。逆説的に言えば、そんな彼を軽く遊べる信綱がどれだけ凄まじいのか、と如実に理解出来る一幕なのであったが、暦には実感が沸かなかった様だ。と、そんな事をしているとあっという間に時間は経ち、暦の前の試合が始まっていた。
「っと……暦。先にアドバイスをしておく」
「はい」
いつまでもお気楽極楽な会話を繰り広げているわけにもいかない。そう思い直して改めて真面目な表情を浮かべたカイトに、暦もまた気を引き締める。
「まだお前はそんな感覚は無いかもしれないが……日本の試合より明らかにこの場の方が戦いやすい。何も気にせず、そして一切を無視し相手のみに集中しろ。そうすれば、初戦の相手ぐらいなら突破出来るさ」
「はい」
「良し……じゃあ、行って来い」
「はい!」
自らの背を押して送り出してくれるカイトに、暦はしっかりと頷いて立ち上がる。そうして、カイトの助言を受けた暦の初戦は彼女の勝利で終わる事になるのだった。
さて、暦の本戦初戦からしばらく。セレスティアの戦い――当然だがこちらは圧勝――も終わり開会からおおよそ二時間ほど経過した頃合いに、ソラが試合に出る番となっていた。彼はどうやらブロック最後の試合を引き当てたらしく、本当に最後の最後の試合となっていた。
「……ふぅ……」
どうやら他のブロックの試合経過は、かなり早く終わったらしい。ソラは前の試合の終了を見ながら、横目に観客達の流れなどを垣間見る。
「なーんか、懐かしいってか……実際にはそんな時間経過してないんだけどさ」
「ん? お前にとっちゃ学園でのトーナメントも皇都での御前試合もかなり昔だろ?」
「いや、そっちじゃなくてさ。ミニエーラでの一件。あれ」
小首を傾げるカイトに、ソラが懐かしげに笑いながら告げる。
「あそこで何度か喧嘩やってるんだけど……その時は色々と野次馬とか居たから、こういう感じに近いなー、ってふとな」
「なるほど……でも、それとは大きく違うだろ」
虜囚として捕らえられて野次馬達に囲まれ戦った喧嘩と、このしっかりと観客と選手が分けられた場。全然違うが、ソラにとっては観客が居るか居ないかという点が似ていたらしかった。
「ま、そうなんだけどさ……そう思うと戦いやすくなった」
「なるほどね……なら、そう思って戦うと良い」
「おう。じゃ、行って来るわ。流石に暦ちゃん初戦勝利で俺が負けるのは格好付かないしな」
カイトの激励に、ソラが後ろ手に片手を振って一歩を踏み出す。そうして一つ気合を引き締めて、彼は試合会場へと足を踏み入れる。
「うっし……やるか」
今のソラの肉体のスペックはランクAの冒険者のそれと言って過言ではない。なので彼は数度飛び跳ね指を握りしめ、として感覚を整えると、一度息を吐いて身体を戦闘へと順応させる。そうして彼が頷いたのを見て審判が一つ頷いて、口を開いた。
「では、はじめ!」
審判の合図と共に、ソラと対戦相手は一つ礼をする。やはりここまで勝ち残っているのだ。よほどの強運かはたまたよほどの天才か、それともよほどの身体スペックの持ち主でなければこの場まで残れる事はない。どこかの流派でしっかりとした武術の稽古を積んでいる、と見て良いだろう。
とはいえ、カイトとは違いソラにはそういう方面での知識は無い。あれは各地を転戦したカイトだから得られる知識だ。マクダウェルに留まっている彼には得られない。なので彼に出来るのは、武器を見て相手の戦闘方法を推測する、という所までだった。
(……普通の両手剣……スタンダードな剣士タイプって所か)
助かった。ソラは相手が速度重視のスピードファイターではない事に内心で安堵を抱く。これは言うまでもない事であるが、今の彼の鎧の機能は大半が封印されている。大半、なのは本気になった際に使える発光についてはそのままになっているからだ。
あれは別に目立つだけでそれ以外の意味はない。封印する意味はない、と判断されたらしかった。それ以外にも盾に備え付けられている仕込み刀もそのままだ。あれは暗器。武器の一つで、ソラもしっかり登録している。とはいえ、仕込み刀は仕込み刀。ソラはそれを早々に明らかにするつもりは毛頭ない。
(やっぱ、警戒してるよな……なら!)
こちらは重武装のタンク型の剣士。そうである以上、相手は迂闊には攻め込めないだろう。そう読んだソラは、どう攻めるべきかと考える相手選手の悩みを読み取って敢えてその想定を外す事にする。
「<<走追閃>>!」
「!?」
口決と共に、相手選手の胴体を横薙ぎに薙ぐ様な線が現れる。ソラが受け継いだエルネストの武芸だ。その速度はやはり並大抵のものではなく、相手の意表を突いた事も相まって回避は厳しそうだった。
とはいえ、相手とてここまで生き残っているのだ。線と共に走った殺気を感じ取ったのか、相手選手は即座にその剣戟に合わせるべく両手剣を動かした。
(良し)
乗った。ソラは相手がこの一撃をしっかり認識したのを見て、内心でほくそ笑む。ソラがブロンザイトとの戦いで得たのは、何も戦略だけではない。戦いの最中に考えて戦う、という事も教えられていたのだ。
故にカイトほどとまでは行かなくとも、ある程度なら相手の行動の先を読む、更にはその先。相手の行動を誘導してやる様な事も出来る様になっていた。故に、彼は次の一撃は敢えて普通に打つ。
「はっ!」
「っ」
「はぁ!」
やはり初手で意表を突かれたからだろう。相手選手はソラの連撃を防ぐだけしか出来なかった。とはいえ、剣技であればやはり相手が上だと言ってよかった。故にソラの攻撃のリズムを掴んだ頃合いで、ゆっくりとだが攻守が逆転する事になる。
「はぁっ!」
「っ」
相手選手の剣戟に対して、ソラが盾で防御する。そうして攻撃を防いだ彼に向けて、相手選手は即座に剣を引いて次の一撃を繰り出そうと両手剣を振りかぶった。が、その瞬間を狙い定めて、ソラが即座の攻撃に入った。
「<<走追閃>>!」
「そう何度も食らう手と思うな!」
やはり出の速さであれば、<<走追閃>>は中々のものだ。防戦一方に追い込まれた時点でソラはこれを使って仕切り直しを図っていた。
とはいえ、それが何度も続けば、相手選手とてこの技の特性を掴ものものだ。そしてこの技はどこに来るか、というのがわかっている。わかっている以上、どれだけ速くともそこに居なければ良いだけの話となる。故に、彼はバックステップで距離を取って屈む様に地面を強く踏みしめて、ソラの攻撃が通り過ぎた直後に地面を蹴った。
「はぁああああ!」
決めに来た。ソラは雄叫びを上げて自分へと突っ込んでくる相手選手を見て、内心でほくそ笑む。そうして、直後。相手選手が突っ込んできたのを迎え撃つ様に、いくつもの筋が生み出された。
「!?」
「アーブル流……<<無塵連閃>>」
迸った無数の剣閃に、相手選手は思わず目を見開く。が、この状況だ。どうする事も出来なかった。故に体中にソラの連撃を受ける事になり、彼まであと一歩の所でばたり、と倒れ伏す。
「ぐ……無念……」
「ふぅ……せ、成功してよかったー……」
どうやらこの流れが成功するかはソラ自身も測りかねたらしい。僅かに流れていた額の汗を拭う。なお、成功して良かった、というのは彼曰く策略ではないらしい。成功して良かった、というのは<<走追閃>>から<<無塵連閃>>までの流れだ。
あの一年の鉱山での訓練の中でエルネストの記憶を読み解いていたわけであるが、実践は殆ど出来ていなかった。出来る、とは思えていたが本当に出来るかどうかは、試してみなければわからなかったらしい。この流れはその一つらしかった。
「ありがとうございました」
汗を拭ったソラが、倒れ伏し担架で運ばれていく相手選手に頭を下げる。そうして、蒼ブロックに出場した冒険部の面々は揃って一回戦を突破する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




