第1835話 天覇繚乱祭 ――企み――
暦の新たなる刀を求めて武器を扱う一角へとやって来ていたカイト達。そんな彼らが出会ったのは、水仙という商人とその知人の子という睡蓮が運営する万屋だった。そんな万屋で見付けたのは、<<秋水・燈>>という最高級の一振りだった。そうして、<<秋水・燈>>を破格の値段で手に入れた後。カイトへと暦が頭を下げる。
「あの……先輩。ありがとうございました。大切にします」
「ああ、それで良いだろう。それは間違いなしの名品だ。間違いなく、お前の長い相棒になってくれる。それに、オレは金を払っただけだ。礼を言うのなら、アリスにした方が良い」
「あ……アリスもありがとう」
「あ、いえ……」
暦からの礼に、アリスは少しだけ恥ずかしそうだった。格安とは言っても大ミスリル五十枚。安価というわけではない。アリスとしてはこれで良かったのだろうか、と内心で思わないでもなかった。というわけで、大切そうに<<秋水・燈>>を抱える暦を横目に、彼女はカイトへと問いかけた。
「あの……カイトさん」
「ん?」
「あれ……本物ですか?」
やはり格安で譲渡されたのだ。アリスとしてはどうしてもそこが気になったらしい。が、これにカイトははっきりと頷いた。
「ああ、本物だ。<<秋水・燈>>……ホタル」
「はい……中津国が発刊している秋水の図鑑の中に、<<秋水・燈>>の名もありました」
カイトの言外の要請を受けて、ホタルが彼女自身のデータベースの中にあった情報を映像情報として提示する。すると確かに、今暦が抱えている<<秋水・燈>>と同一の情報が収められていた。が、これでアリスが信じるわけがなかった。
「いえ、ですが、その……名品になれば贋作も多いかと」
「それはもちろん、わかっている。が、あれは喩え偽物でも秋水の領域にある一振りに間違いはない。その時点で、腕の値段としてオレは先の値段を出せる。名や称号なぞ、それに付随するというだけだ。秋水に違いない時点で、そこに本物も偽物も一切の区別は不要だ」
「……確かに、それはそうですが」
カイトの言っている事は尤もではあった。なのでアリスもその言わんとする所には同意したい所であるが、同時に何か釈然としないものを感じている事もまた事実である。
「偽物だから、安値で売ったのでは? それで言うと値段の多くは名に依存しているとも言えます」
「そうだな。それもまた事実だ……だが、それでも。あの一振りは本物だ。いや、本物偽物という枠を越えて、すでに本物の粋に到達している」
アリスの言葉を認めた上で、カイトははっきりと暦が手に入れた<<秋水・燈>>が本物であると明言した。そうして、彼ははっきりと明言する。
「アリスに言う必要は無いと思うが……オレが物の記憶を読み取れる事は知っているな?」
「はい」
「それで読み取ったが……間違いなくあれは数百年以上の月日を重ねている。そして燈に相応しい光も持っている。この時点でもしあれが偽物だったとて、偽物と判別する事は専門家にも無理だろう……お前は読み取れなかったか?」
「……まだ少し自信はありません」
やはり練習が物を言うのは、何事も一緒だ。今回の様に物の記憶を読み取る能力で重要なのは霊力などの霊的な力となるわけであるが、カイトの下で学び始めたばかりのアリスでは完璧に読み取れるとは言い難かったらしい。
「そうか……まぁ、こればかりはな」
「……」
確かに、そうだろう。アリスはカイトの言葉にそう思う。そもそも、彼が古美術品などを集めているのは何も来客対応の為だけではない。ああいった古い美術品に宿る意志などを読み取る事で、それはひいては本物を見抜く目を鍛える事にもなるからだ。あれもまた修行の一環だったのである。
「とはいえ……」
アリスに一頻り本物であるだろう理由を語ったカイトであったが、その実。実はまだ一つだけ、本物であるだろうという理由を隠していた。こちらについては語れない理由があったからだ。
(……まさか、<<秋水・燈>>とまた出会えるとはな)
とまぁ、こういうことだったらしい。実はカイトは一度<<秋水・燈>>を見た事があったのである。そして同様に、武器の側にもカイトの記憶があった。いや、正確に言えばカイトに出会った持ち主の記憶が、という所だろう。それで本物と確定したのである。が、これは流石にアリスには言えないので黙っていた。しかしだからこそ、カイトは内心で訝しみを得ていた。
(……これは本当に本物だ。水仙は確実にこれが本物である事を理解している……なのに何故、これをこんなはした金で売る? 間違いなくオークションに出せば、目玉の一つとして目玉が飛び出る様な値段が付く。オレだったらさっき水仙に言った更に倍は出しても買う……)
なのに、何故。カイトが倍は最低でも出す、というのはあくまでもプレミア価格を抜きにして、鍛冶師の腕だけに付けた値段だ。素材の費用やそこに費やされただろう月日、経験しただろう年月には一切の値段を付けていない。
(これを、こんな値段で……っ)
まさか。カイトは水仙の思惑を理解して、思わず目を見開いた。そんな彼を見て、暦が首をかしげる。
「どうしたんですか?」
「いや……なんでもない」
おそらく、これは暦達には聞かせる必要の無い話だろう。カイトは水仙の思惑を僅かながらに理解して、一転して首を振る。が、そんな彼に対して、影が小さく蠢いた。
「……」
蠢いた影に対して、カイトは二人に気付かれない様に後ろ手に小さく手を振った。居るとは思っていたが、案の定居てくれたらしい。そうして、彼は自身の庇護者に自身の思惑が正しいかどうかの確認を任せて、自身は再び買い出しに戻る事にするのだった。なお、そんな彼であるが、密かに尻ポケットにおつかいのリストが入っているのに気がつくのは、この後少しなのであった。
さて、カイトが買い出しに戻った一方、その頃。睡蓮と水仙の二人はというと、カイト達が去った事で一気に人気の少なくなった店の中で話をしていた。
「……良かったのかい? あれは君の一族においても有数の品だ。それを売る決断をするなんて、珍しいじゃないか」
「……あの人達は、あれが良い品と本当に認めてくれました。父様も母様も何時も言ってました。自身の作品が真に優れた品と理解してくれる人に献上する……それは鍛冶師として普通の事だ、と。なら、<<秋水・燈>>も満足してくれるはずです。良い主に巡り会えた、と」
「そうかい」
少しさみしげではあるがどこか誇らしげな睡蓮の反応に、水仙は微笑ましげに頷いた。とはいえ、この会話は少し不思議に思える。なにせ単なる小間使いであるはずの睡蓮が売る決断をした、という。だがしかし、それは本来は店主である水仙の仕事のはずだ。
「まぁ、君が良いなら私としても良い。私は言うまでもなく、君の道具。君が良しといえば、それを補佐するだけだ」
「はい」
「ああ……」
主が満足しているのならそれで良い。そう言った睡蓮であるが、一転して僅かに目を細める。
「で……睡蓮。気付いていたかい? あの男……カイトという男」
「……凄腕……でした」
水仙の問いかけに対して、睡蓮は僅かに険しい顔をする。それに水仙もまた頷いた。
「違うさ。凄腕なんてものじゃない……私は三百年前、彼と共にこの街の戦場に立った」
「……『八岐大蛇』討伐戦?」
「ああ……無論、彼が私の事を知っているわけがないけれどもね」
一方的に見知っただけ。水仙は自身に問い掛ける睡蓮に対して、自身がカイトも参戦したという『八岐大蛇』討伐戦に参戦したという。とはいえ、これに不思議はないだろう。カイト自身が言っていたが、あの戦いには大勢の武芸者達が参戦したという。
カイトもまたその一人であった以上、彼もまたその一人であったとて不思議はない。どれほどの戦いかはわからないが、相手は厄災種だ。間違いなく激戦となり、幾千幾百の冒険者が参戦したとみて良い。
なら、どちらかが一方的に見知っていても不思議はなかった。もちろん、最終的に討伐したとされるカイトの側が一方的に見知られる側だろうが。
「時の我が主はあの戦いの事を生涯、誇りになさった。あの勇者と共に戦った、と。喩えそれが一方的だろうと、だ」
「……父様から寝物語には聞いた事があります」
「そうかい……そうだ。その勇者が、彼だ」
どこか懐かしげな睡蓮に対して、水仙ははっきりとカイトこそが勇者カイトだと明言する。これは流石にかつてのカイトを見知っていた以上、バレていたとて無理はない事だ。しかもカイトは中津国とレインガルドの両方を最も懇意にしている。その分、かつての彼を知る知り合いも多かった。
と、そんな事を語った水仙は改めて、睡蓮へと問い掛ける。その顔は、柔和な表情を湛える彼らしくない真剣さを湛えていた。
「彼に、勝つつもりかい?」
「……勝ちます」
「……常人が聞けば、狂気の沙汰を疑われるよ?」
「それでも……それでも、勝たなければならないんです」
覚悟のほどを問うた水仙に対して、睡蓮は強い眼差しではっきりと明言する。それに、睡蓮は一つ頷いた。
「……わかった。君の指示に従おう」
「はい」
水仙は睡蓮の言葉に従う姿勢を見せ、話はこれで終わりとなったらしい。睡蓮はカイト達が物色した事でばらばらになった倉庫の片付けに戻り、水仙は水仙で再び店番に戻る事にする。が、そうして一人になって水仙は小さくだが呟いた。
「……君は、勇者カイトの事を甘く見ている」
先に水仙自身が言っていたが、彼は三百年前のカイトの戦いを見ていた。そして更に言えば、見たのを一度だけとは決して言っていない。
「三百年前は猪武者の若武者だと思っていたが……まさかあそこまで仕上がるとはね。男子三日会わざれば刮目して見よ、とは言うが。まさか、ここまで仕上がっていたか」
水仙が最初に見たのは、まだまだ若く勢いだけで突き進んでいたカイト。それがウィルらという竹馬の友を得て勢いを緩め知恵を付け始めていたのが、最後に見た彼だ。それが、三百年経過して気付けばもはや一端の総大将と言って過言ではないだけの知性を感じさせたのである。
「……おそらく、彼なら私の策に気付いてくれているだろう……そうだろう?」
『……あら。私に気付いたのね』
「気付けるさ。私は常人とは異なっていてね。常人……いや、睡蓮でも気付けないだろうが、それでも私なら気付ける」
楽しげなアルミナの言葉に、水仙は笑って机の引き出しを開け放つ。そうして彼はその中から、一つの丸まった紙を取り出した。
「これを、彼に頼む。これで彼なら全てを察してくれるはずだ」
『あら……私を遣いにするつもり?』
「なってくれるさ……そのために来たんだろう?」
『ふふ……』
水仙の言葉に対して、アルミナは楽しげに笑う。それは言外の同意。そもそもカイトの為に情報収集に来たのが、彼女だ。その彼女がカイトに情報をくれる、という相手の望みを断るはずがなかった。そうして、アルミナは水仙から紙を受け取って、まるで来た事なぞ誰にもわからない様な感じで去っていくのだった。
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