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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第78章 天覇繚乱祭編

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第1834話 天覇繚乱祭 ――暦の愛刀――

 天覇繚乱祭の本戦に出場する事になって武器の新調を考えた暦。そんな彼女に師として助言を与えるべく武器の買い替えに同行したカイトであったが、そんな彼が見つけ出したのはまさに穴場とでも言うべき隠れた名店だった。そんな店に入った彼は、店主の知人の子という睡蓮なる少女の案内を受けて、店の蔵にて名品の数々を拝んでいた。


「おいおい……これ、まじで無銘か……? 正気かよ……並の鍛冶屋なら、名品として銘を入れられるぞ……? いや、ここの平均レベルなら、さもありなんか……」


 そんな品を軽く選ばないで欲しいんですがっ。暦は楽しげなカイトに対して、心底そう叫びたい。間違いなく日本円にすればどれもこれもが数百万円はするだろう名品達だ。手にしたいはずがなかった。が、そんな彼女の心情をカイトが斟酌してくれるわけがない。


「ふむ……暦。こっちを持ってみろ」

「ま、またですか……?」

「当たり前だろ。自分の命を預ける大事な相棒だぞ。持ってみて感覚を得てみないと」

「そんなの感じられませんよぉ……」


 まずカイトは一切に遠慮もなく数百万はするだろう品々を、ぽいぽい取っ替え引っ替えするのだ。彼らしいと言えばそれまでだが、それに付き合わされる暦の精神はすり減る一方で、まともに何かを感じられる状況ではなかった。


「うぅ……」

「ふむ……これでもないか。睡蓮ちゃん。次のを見て良いか?」

「あ、はい」


 カイトの申し出に対して、睡蓮はどこか緊張に取れた様子で頷いた。どうやらここの品々を、そしてそれを集めた水仙の目利きを褒められたからだろう。若干だがカイトに対して心を開いてくれている様子だった。


「よし……さて、次は……」

「ま、まだやるんですか?」

「当たり前だろ。まだ一本も決まってないし」

「一本も!? 一本も、って言いませんでした!? 何本買うんですか!?」

「あ、悪い。一本。自分も買うつもりになってた」


 心底、ここの品が欲しいらしい。一応それでも暦の愛刀探しを忘れていない様子だったが、自分も買うつもりの様子だった。恥ずかしげに言葉を訂正していた。


「と、というか先輩!? ここの相場わかってます!?」

「うん……一本最低でも大ミスリル云十枚はするかなと」

「わかってた!? そりゃそうでしょうけど!?」


 なにせエンテシア皇国最大の大富豪である。その癖案外庶民的だったりといろいろとする彼であるが、ティナやウィルに鍛えられた目利きは確かだ。ここの品々の相場がわからない彼ではなかった。


「私払えませんよ、そんな額!」

「あ、オレが出すから」

「「「……」」」


 この男、流石だ。暦だけではなくアリス、睡蓮の二人さえ、一切の迷いなく断言したカイトに呆気に取られる。確かに現時点では師匠の上に恋人なのであるが、それでも額が額だ。にも関わらず、即断である。とはいえ、ここでクズハが居ればこう言っただろう。これがお兄様だ、と。

 彼女の為に中津国から直輸入の呉服屋を建てようとする――結局弥生の仕事や桜の私服の事などもあるので建てたらしい――彼である。職務としての利益も得られるというのに、たかだか数百万の出費を厭うわけがなかった。


「まー、蓄財も良いが、あまり蓄財しすぎるのもな。適度に使わんと、経済も回らんし。特にオレはな」

「特に自分は?」

「オレは武器に金が掛からんからな。冒険者で最も金が掛かるのが武器と防具。どっちも青天井に高くなるからな。高位の冒険者の依頼料が高いのは、その関係もある。その両方に金が掛からん時点で、オレは貯まる一方なんだよ」


 やはりここらアリスがカイトの懐事情に詳しくないのは、こういった経済関連の話には疎いからだろう。これは彼女だけでなく兄のルーファウスも同様だった。彼女らの場合は家として懇意にしている鍛冶屋があるから、というのもあるだろう。仕方がなくはある。と、そんな彼であったが、一転して告げた。


「ま、それはともかく。弟子のせっかくの門出だ。これぐらいは出すさ……だから、ま……一番良いのを選べ。もちろん、この一番良いの意味はわかるな?」


 カイトは一度照れ臭そうに頭を掻いて、改めて暦に告げる。この意味ぐらい、彼女にもわかる。そしてせっかくカイトが出してくれる、と言っているのだ。ならば、と暦も気を取り直して、改めて真剣に選ぶ事にした。


「えっと……一度だけ深呼吸して良いですか?」

「ああ、もちろん」

「はい……」


 すぅ、と暦が息を吸い、平静を取り戻す。そうして、彼女は一度だけ周囲の気配に気を配る。


「……」


 この場にある数々の品々が名品だ、というのは暦にもなんとなくであるが理解できた。一度平静を取り戻してしっかりと周囲に気を配ってみると気配が違うのだ。明らかに、存在感が違う。そう理解できた。


「はい」

「良し……さて、選び直すか……そうだ。アリス。何かお前も見える物がないか?」

「見えるもの……ですか?」

「ああ。オレが探しても見付からない時は、別の奴がやったら案外良い縁が結ばれる事もあるかもしれん。それに、ここにお前が居るのも何かの縁かもしれないしな」


 唐突に水を向けられ怪訝そうなアリスに向けて、カイトが探索の交代を申し出る。確かにカイトはもう十数本見繕っていたが、これは彼の主観的な評価や興味などもあったからかあまり結果は芳しくない。

 もちろん、逆に暦の側も緊張していたり焦りがあったりしてまともに反応出来ていなかった事もあったが、それでもそういった物を含めても縁といえるだろう。


「……わかりました」


 カイトの指示を受けて、アリスは一度自身も意識を集中し、訓練の様に霊力を研ぎ澄ませる。そうして返ってくる反応から、これはと思った所へと歩いていく。


「……これ……です」

「ふむ……睡蓮ちゃん。これも売り物で間違いないか?」


 アリスが手に取ったのは、紅葉に似た秋の色が特徴的な鞘に収められた一振りの刀だ。幾つかの刀と一緒に置かれていた物で、特徴的な鞘の拵えもあってカイトも少し気になっていた一振りではあった。


「はい」

「良し……って、おい……待て、これ……」

「どうしたんですか?」

「……まずかった……ですか?」


 カイトが手にするなり目を見開いたのを見て、暦が訝しみアリスが若干だが不安そうな顔を覗かせる。それに、カイトは逆に首を振った。


「いや、違う。そうか。アリスは刀を持たないから、わからないよな……本当にマジか、これ……これ、本気で売り物か?」

「……わかるんですか?」


 若干だが驚いた様に、睡蓮がカイトへと問い掛ける。それは言外に、これがどれだけすごい品かを彼女が理解している事に他ならなかった。


「わからないはずがないだろう。これでも剣士の端くれ……暦。お前も持ってみろ。アリスが大当たりを引き当てやがった」

「はぁ……!?」


 暦はカイトに言われるがまま、彼が手にしていた刀を手に取る。すると、カイトが言わんとする事が理解できた。


「これ……すごい……」

「軽いだろう? まるで澄んだ水の様な透明な軽さだ。女の子である暦にぴったりな一振りだろう」


 当たり前の話であるが、刀とは金属の塊だ。故にどれだけ軽く見えようと、実際には数キロはある。実際には誰もが想像するより重いのだ。が、これはその軽い想像にぴったりと言って良い塩梅の軽さで、軽く振り抜けて何でも一刀両断出来てしまえそうな風格があった。


「おそらく中津国で秋水(しゅうすい)……刀の雅称(がしょう)を戴けるだけの代物だな。まさかここでお目にかかれるとは……銘は何ていうんだ?」

「<<秋水・燈(しゅうすい・ともしび)>>です……秋水の認定もされています。抜いて見てください」

「……わっ」


 睡蓮に言われるがまま、暦は刀を抜いてみる。すると、(ともしび)の名に恥じぬ淡く輝く様な美しい刀身が露わになった。とはいえ、それは妖刀にありがちな妖しい光ではなく、見るものを惹き付ける様な美しさだった。美麗というのが相応しい一振り、と言えるだろう。


「なるほど……良い一振りだな。誰の作だ?」

「……そこまでは私には。ただ、名だけは知っています」

「そうか……暦。どうだ?」

「これ……が良いです。うん。これがぴったり来ます」


 どうやら暦も流石の一振りに思わず値段の事は忘却の彼方へと飛んでしまったらしい。あまりの軽さに感動し、そして自身にしっくりくる事を感じている様子だった。


「良し。これで決まりだ。アリス……お前、良く見付けられたな。大当たりだ」

「は、はぁ……あの、どういう事なんですか?」

「まぁ、帰ってから教えるよ。とりあえず、こいつを先に入手しちまわないと」


 何がなんだかさっぱりなアリス――先にカイトが言った通り、アリスは刀を使わないのでわからない――に対して、カイトは一刻も早くこの<<秋水・燈(しゅうすい・ともしび)>>を手に入れたいらしい。それほどの名品らしかった。


「これを買いたい」

「はい」


 カイトの申し出に対して、睡蓮は二つ返事で了承を示した。まぁ、彼女は単なる倉庫番に等しいのだ。欲しい、と言われればはいと頷き、後はそれを主人に伝えるだけだろう。というわけで、ひとまずは安全対策として<<秋水・燈(しゅうすい・ともしび)>>の鯉口を紐で縛り睡蓮に預け、一同は水仙の所へと戻る事にする。


「水仙」

「ああ、睡蓮。終わったのか?」

「はい……これをお買い上げだそうです」

「これは……」


 やはり水仙も<<秋水・燈(しゅうすい・ともしび)>>の事はわかっていたらしい。睡蓮が持ってきた一振りを見て、思わず目を見開いていた。


「<<秋水・燈(しゅうすい・ともしび)>>……これが欲しいと?」

「ああ……幾らだ」

「……」


 はっきりと断言したカイトに、水仙は冗談で彼が言っているわけではない、と理解する。カイトがこの値段をわかっていないとは思えない。そして逆にカイトもまた、この水仙がこの<<秋水・燈(しゅうすい・ともしび)>>の値段をわかっていないとは思えない。

 なのでカイトは今ある懐にある金を全て手付金として払ってしまうつもりだった。金を取りに戻らねばならなくなるので些か手間だが、これにはそれに見合う価値があった。そんな彼に対して、水仙はまるでその奥の奥まで見通す様に、目を僅かに見開いて彼を見据えた。そうして、少し。水仙は何かを決めた様に、一つ頷いた。


「睡蓮。少し倉庫の整理を頼むよ」

「はい」

「ありがとう」


 おそらくこれから金の話をするからだろう。水仙は睡蓮を下がらせる。そうして彼女が裏へと消えた後、改めてカイトへと<<秋水・燈(しゅうすい・ともしび)>>の価格を告げた。


「……そうだな。大ミスリル五十枚でどうだろう」

「……は?」

「え?」

「え」


 水仙の述べた金額を聞いて、三人は思わず呆気にとられる。が、この反応はカイトとアリスと、暦で全くの別物だった。前二人は困惑が多大に乗っており、後ろ一人は今になって金額を思い出した、という所だ。というわけで、流石に大ミスリル五十枚――日本円にして五百万円――はダメだろう、と思った暦はおずおずと口を開いた。


「え、えーっと……」

「待て……正気か? もう一度聞くぞ? 五百枚の間違いじゃないだろうな? 五百枚なら、オレも納得だ」

「え?」


 水仙の述べた金額の十倍。それをまるでさも当然の様に口にしたカイトに、思わず暦が驚きに包まれる。が、これに水仙は微笑みを浮かべた。


「五十枚。一切の嘘偽り無く、それだよ」

「……」


 何を考えているんだ、この商人は。カイトは水仙の出した金額を聞いて、一瞬自分の耳が信じられなかった。故に、カイトは敢えてこちらから金額を釣り上げた。


「オレはこれにその倍は出す。いや、出させてもらう。これを五十枚で買えば、一端の剣士としてオレが刀匠に申し訳が立たん。喩えこれが何かしらの偽物だったとしても、秋水に違いはない。そこに使われた腕は本物だ。もしそちらが望むのなら、三倍までは即決して良い。ビタ一文過不足なく払う」

「それは良い話だ……だが、それを聞いて安心した。やはり君達なら今の金額が適正価格だ」


 三倍までは即座に払う覚悟がある。そう述べたカイトに対して、水仙は逆に柔和に笑って手を差し出す。それに、カイトが問いかけた。


「何が目的だ?」

「もちろん、何も考えていないわけじゃない。君が言う相場が正しいというのは私もわかる。だが、その損失に見合うだけの補填が得られると踏んだ」

「? どういう事だ?」


 大ミスリル百枚分。日本円にして一千万の補填の見込みがある、と言った水仙に、カイトは思わず首を傾げた。


「色々とね。私にもあるんだ。大ミスリル百枚に見合う、と理解できた」

「……聞いても語っては?」

「語らないよ。必要ではないからね」

「……そうか」


 何を考えているかはわからないが、どうやら水仙にも事情があるらしい。これだけの名品を相場より格安どころか激安で譲る、と言うからには何かがあるというわけなのだろう。


「わかった。それなら、あんたの気が変わらない内に買おう。少し待ってくれ。人を寄越してもらう」

「気は変わらないと思うが……まぁ、待っているよ」


 疑り深いのは仕方がないか。水仙はこの場で支払うというカイトを見て、僅かに苦笑する。これは自然な反応だろうし、当然の反応でもある。そうして、カイトは宿に連絡を入れてホタルを寄越してもらい、その場で大ミスリル五十枚を支払う事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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