第1828話 天覇繚乱祭 ――遅れた到着――
カイトがシャーナの飛空艇に乗って中津国へ出発して一日。彼はセレスティアやシャーナらと談笑したり、天覇繚乱祭に向けた最終調整を行ったりして時間を過ごしていた。そうして、出発して翌日の昼。飛空艇は中津国の中心。首都『暁』から少し離れたとある街に着陸する事になる。
「「……これは……」」
艦橋にて外の光景を目の当たりにしたセレスティアとシャーナの二人が揃って目を見開いた。外はまさにお祭り騒ぎ。昼日中だというのに花火は打ち上げられているし、そこかしこでパレードが行われていた。圧倒されても不思議はない。そんな光景を見ながら、カイトが口を開いた。
「天覇繚乱祭は世界最大の武の祭典の一つ。ここでの優勝者が世界最優の武闘家の名を戴くとさえ言われる大会……街もまた、これぐらいの規模のお祭りになります。人が集まれば、というわけですね」
「最優?」
「最強は流石に出力の問題とかがありますから。かつての勇者カイトの事もあり、最強ではなく最優と言われる様になっているらしいですね」
シャーナの問いかけに、カイトは半ば苦笑気味に所以を語る。これは改めて言うまでもないだろう。カイトの最も強い点は何か、と言われるとそれは言うまでもなくその出力だ。
やろうとすれば世界そのものをも滅ぼせる彼と戦闘力を比較する、というのはまず不可能だ。月とスッポン。そんな程度ではなく、天と地よりも離れている。最強は、と言われればカイトと断言される所以はそこにある。それ故に力を競うではなく、技を競う。故に最強ではなく、最優なのである。
「さーて……セレスはこんな場所で戦うのは初めてか?」
「は、はい……一応、その……実は大会に出たのもあの時が初めてですし……」
首を慣らし手を振って準備運動を行うカイトの問いかけに、セレスティアは僅かに気圧された様に頷いた。それに、カイトは僅かに苦笑した。
「当然か……王女様だもんな……ま、ここの大会なら思う存分戦って問題はない。おそらくだが……セレス以上の猛者は居る。オレ以上も、な」
「「……」」
自身やカイト以上の猛者。カイトの言葉に、セレスティアは僅かに気を引き締める。そもそもセレスティア自身、自分以上の存在が居る事は知っている。なにせ彼女の義兄や義姉の時点で彼女より強い。油断出来るわけがなかった。
「だから、全力でやれ。全力でやって、及ばない可能性のが高い」
「……楽しそうだな」
「ああ、楽しいさ。強い奴が一杯居るんだ……一方的なワンサイドゲームは、見ていてもやっていても面白くない。対等の相手が、格上の相手がいればこそ、勝負ってのは楽しいもんだ」
僅かに呆れた様なイミナの言葉に、カイトは闘士の様に獰猛に、そして少年の様に楽しげに笑う。そうしてそんな話をしている内に飛空艇は緩やかに降下していき、いつの間にか着陸してタラップの接続まで終わっていた。
「さて……オレは仕事だな」
「ごめんなさい。こんなタイミングまで……」
「行きがけの駄賃、という所です。それに、今回は目立たない。他国だし」
『……』
カイトは笑いながら、大鎧を着込んだセレスティアを見る。演技に入ったとでも言うべきか、セレスティアは彼の言葉に対して無言だ。が、やはりその大鎧は目立つし、何より他にも皇国でも看板の一枚であるアル、教国の天才騎士と名高いルーファウスの二人が居る事も大きい。視線は分散された。というわけで、その目立つ一人であるアルがカイトへと問い掛ける。
「それで、カイト。これからどうするの?」
「とりあえず、ホテルだな。まずはシャーナ様を送り届けないと……そろそろ迎えが来るはずなんだが」
「もう来ております」
カイトの言葉に応ずる様に、一人の陣羽織を羽織る偉丈夫が現れる。腰には刀。眼は布で覆われている事を除けば、異世界風ではあるが侍に見えた。が、ここは異世界。人間以外の方が多い。そして女性も侍になれる。なのでこの彼女の頭には、二本の角があった。そんな彼女を見て、カイトが目を見開く。
「これは……驚いた」
「……別に驚く必要は。シャーナ様は元とは言え、女王。その出迎えである以上、私が来る事に不思議は無いかと」
「まぁ……それはそうか」
言われてみれば確かにそうだ。カイトも偉丈夫の言葉に思わず納得するしかなかった。とはいえ、そんな彼女を知るのはカイト以外にはアルだけで、ルーファウスが小声で一人驚きを浮かべていた彼に問い掛ける。
「誰だ?」
「『幻燈の里』……<<鬼剣隊>>の芍薬。<<鬼剣隊>>は知ってる?」
「名前ぐらいなら、だが」
やはり教国は今の今まで鎖国していたのだ。故にか他国でも中津国ほど離れてしまうと、ルーファウスの耳には届いていなかったらしい。ルードヴィッヒが名前を出していたのを聞いた事がある、という程度だった。
「<<鬼剣隊>>は酒呑童子が率いる戦闘集団の一つ。酒呑童子の親衛隊だよ」
「酒呑童子……ああ、その名は聞いた事があるな」
「それは多分、瞬の方だと思うけど……」
エネフィアの酒呑童子を知っていれば必然として<<鬼剣隊>>も知っている。故にそう告げたアルであるが、一転して気を取り直す。
「酒呑童子は鬼の一族の長の称号。<<日輪>>は流石に知ってるよね?」
「ああ。以前の折り、カイト殿から聞いた」
「それと同じ長の名が、というわけ。だから正確には酒呑童子・何々が酒呑童子様の本来の名だね。今代だと酒呑童子・太輝様。<<日輪>>の燈火様と同じ考えかな」
「なるほど……」
確かに瞬の祖先と言われている酒呑童子と、エネフィアの酒呑童子では意味が違うらしい。名前が同じなのは何かしらの影響がある可能性はあるが、それはわからない事だ。
が、カイトは地球で酒呑童子の関連と関わる様になった為、今は紛らわしくない様にこちらの酒呑童子は酒呑童子と呼ばず本来の名で呼ぶ様にした、とのことであった。とまぁ、閑話休題。そんな戦士達の事を聞いたルーファウスは、現状をしっかりと理解した。
「ということは、中津国はシャーナ様の護衛に有数の戦士を差し出した、ということか」
「そうだね」
ルーファウスの理解にアルは一つ頷いた。これについては一切の間違いなく、中津国はシャーナを上客としてもてなす意志を持つ、と示していると言って過言ではなかった。
「で……どれぐらい強い?」
「……そうだね。多分、今の僕らより強い。素の状態だと、だけど。皇国と教国の精鋭部隊よりここの精鋭部隊の方が強いぐらいだから……確実だと思う」
「……」
どうやら、伊達にエネフィア最大の過酷さと言われるわけではないらしい。戦士団にせよその精鋭たちにせよ、一筋縄ではいかない様子だった。と、そんな事を話していた二人に対して、カイトも芍薬との話を終わらせつつあった。と言ってもこちらは雑談ではなく、しっかりとした真面目な打ち合わせだ。
「わかった。ではこちらが内部を守れば良いんだな?」
「そうだ……ただ、そちらは外に出る事が多いと聞く。もし出る場合には一言告げてくれ」
「わかっている。それにこちらも最低一人は残る様にしている」
カイトはこの場の面子で唯一戦闘に出ないイミナを見る。彼女は大会に出場しない為、シャーナの護衛として常に付き従う事になっていた。更に言うと、同性なのでその点でも安心だ。実力も考えれば、問題はまずないだろう。
「わかった……では、案内する。こちらへ」
「ああ……では、シャーナ様」
「はい」
先程までの真剣な顔とは一転して何時もの柔和な表情を浮かべたカイトに促され、シャーナは馬車へと乗り込んだ。そうして同じ様にカイトが乗り込みシェリア・シェルクの姉妹が乗り込んで、他の面子も各々それぞれの馬車に乗り込むことになる。
「にしても……えらくしっかりとした作りなのですね」
「この街か……ああ。三百年前に一度壊滅した事があってな。そこで作り直す際にしっかりと防備も考えて作られたんだ」
「三百年前……ということは、大戦で?」
「いや、違う」
カイトは少しばかり苦笑気味に、シャーナの問いかけに首を振る。ここら、現代ではこの街の住人にさえ誤解されてしまう事らしく、彼女の誤解は仕方がない事ではあった。が、カイトはその事件の当事者の一人なので、詳しく知っていたのである。
「……この街に以前、厄災種が襲いかかったんだ」
「厄災種が?」
カイトの言葉に、シャーナ以下シェリアとシェルクまでぎょっとした様子で目を見開いた。厄災種。このエネフィアでは最大最悪の魔物とされる存在。冒険者のランクEXに匹敵する、規格外の魔物。それが、この街へと襲いかかったのだという。
「ああ……当時この間の温泉街で療治を行ってたんだが……そこからの帰り道で偶然にここに来てな。オレも戦闘には参加した」
「カイトが?」
「ああ……と言っても、当時はそこまで強かったわけじゃない。だからかなりの死傷者が出た……今の<<日輪>>の燈火の姉妹である月花も、その戦死者の一人だ。それほどの戦闘だった」
「月花……それは、確か……」
「ああ。<<月天>>の月花。この国最強だった女剣士。それも死んだ。伊達に、厄災種じゃない」
厄災種に襲われ街が跡形を残しているだけ、まだマシ。三人はカイトの語ったこの街の歴史を聞いて、それを理解する。厄災種が襲いかかったら街が跡形もない、本来は国さえ跡形も残らない事だってあるのだ。故にかカイトの言葉にも僅かな畏怖が滲んでおり、相手が並々ならぬ存在であった事を如実に知らしめていた。そんな彼が、この街に襲いかかったという厄災種の名を告げた。
「厄災種……<<八岐大蛇>>。竜種の厄災種……今のオレなら倒せるだろうが……それでも、被害が馬鹿にならんだろう厄介な相手だ」
「それほど……」
勇者カイトでさえ、今でも犠牲は避けられないだろう相手。それを聞いて、シャーナは僅かな恐れを滲ませる。そんな彼女に対して、カイトは一転して笑いかけた。
「あはは。安心してください。御身は、私が守りますので」
「私だけですか?」
「もちろん、二人も皆も守りますとも」
どこか冗談めかしたシャーナの問いかけに、カイトが笑いながらはっきりと請け負った。確かに犠牲は生むかもしれないが、それでも自分の手の中にあるものぐらいは犠牲一つ無く終わらせる覚悟が、彼にはあった。そしてそのために数多の力を手にしたのだ。なら、なんとかなる。そう自身に言い聞かせるだけであった。そうして、そんな四人を乗せた馬車は祭りの街をかき分けて、ホテルへと一同を導くのだった。
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