第1827話 天覇繚乱祭 ――王女と女王と二人の勇者――
レジディア王女セレスティアとラエリア王国最後の女王シャーナ。この二人の乗る飛空艇に乗り込んだカイトはというと、ひとまずのんびりと飛空艇の中で休息を取っていた。とりあえずセレスティアとシャーナの会談には同席せねばならないが、先に彼が述べた通りまずはセレスティア側にお色直しが必要だ。
すでにシャーナも彼女が異世界の王女である事は聞き及んでいる。その立場を慮るのは必要な事だった。いや、彼女の立場を鑑みれば、誰が相手でもそうするべきではあるだろうが。
「ふぅ……」
「ふぅ……は、構いませんが」
「おわ! 居たのか!?」
「はい」
驚いた様子のカイトに、シェリアが平然と頷いた。どうやら気を抜いてしまった、という事なのだろう。幾らカイトとて、何時でもどこでも気配を読めるわけではない。というわけで、シェリアがそんなカイトに少しだけ柔らかな笑顔で問い掛ける。
「……カイト様のお色直しは如何がなさいますか?」
「オレのか? 流石に必要ねぇな。シャーナ様へのお目通りで化粧なんてしてないし、セレスティア王女相手の化粧もせん……流石に肌荒れにせよ魔力で体調を整えている身としちゃ、関係がない事だし。したらしたでシャーナ様に不敬になる」
「そちらではなく。お召し物の方ですが」
「ああ、そっちか」
シェリアの指摘に、カイトがなるほど、と頷いた。確かに相手は一応は婚約者となっている。が、それはあくまでマクダウェル公カイトという立場で、冒険部のカイトとしては下手な服装では出られるわけがない。今の旅装束を使えるわけがなかった。
「確かにそうだな。着替えておく方が良いか……居るってことは手伝うってことか?」
「ふざけないでくださるのでしたら。シャワー浴びてる時間、ありませんので」
「流石に主人に会いに行く前にその従者に手を出すほど、オレも礼儀知らずじゃねぇよ……」
「わかっております」
「あのな……」
呆れた様に、しかしどこか楽しげにカイトが笑いながら肩を落とす。このやりとりは在りし日のハンナを思い起こすし、無理に真似ているわけではなくシェリアらしさも見え隠れしている。
それをカイトは気に入っているらしかった。彼と同じく、去った者の何かしらを受け継いでいるからだ。というわけで、カイトは手早く着替えを終わらせる事になる。
「よし……そう言えば、シャーナ様には?」
「シェルクが一緒です」
「そうか。なら、問題無いか」
シェリアとシェルクは異母とは言え姉妹かつ同じ主人に仕えているので常に一緒に居る様に思えるが、実は案外一緒に居ない事も多い。なので今回も従者が同伴しないカイトの補佐にシェリアが付き、シャーナにはシェルクが付くのだろう。そして案外ドジに思えるシェルクも、ああ見えてしっかりとしている事をここまでの付き合いでカイトは理解していた。
「さて……じゃあ、そろそろ行くか。あ、そうだ。一応聞いておくんだが、セレスの方は?」
「あちらには案内の者が。世話については側仕えが居る以上、こちらが手を出すのは礼を失する行為かと」
「そうだな。それで良いだろう」
イミナは側仕えではないのだが、従者である事に違いはないらしい。正確な所は護衛の騎士との事だ。もう一人のカイトの時代から色々な物が変わっている上、現在は異界との戦争の真っ只中。レジディアの姫の所にマクダウェル家の騎士が増援として差し向けられていたとて、不思議はない状況らしかった。
とまぁ、それはさておき。着替えを終えたカイトは部屋を後にして、シャーナの待つ謁見の間へと向かう事にする。元々が女王の専用機なので、謁見の間はそのままにされていたのである。
「っと……これはオレが最後だったパターンか」
「「カイト」」
「ああ……シャーナ様。久方ぶりです。しばらく顔を見せられず、申し訳ありませんでした」
セレスティアに一つ頷いたカイトであるが、一転してシャーナの前に跪いて頭を下げる。何度と無くシャーナの所に顔は見せているカイトであるが、あれはあくまでもマクダウェル公カイトとしての立場で謁見している。本来のシャーナの立場は元とは言え女王である為、マクダウェル公カイトよりも上だ。
冒険部のカイトがそう足繁く通って良い相手ではなかった。なのでそう頻繁に会っているのではなく、今回の渡航に合わせて打ち合わせを行った、程度にしてあったのである。
「はい……それで、セレス。貴方の世界について、もう少し聞かせて頂けますか?」
「はい」
わー。すっげぇお上品な空間。カイトは元女王と王女の会話を聞きながら、自分が場違いでしかない気しかしなかった。とはいえ、曲がりなりにも彼とて護衛任務を請け負った立場の観点から会談には参加しなければならないのだから、仕方がなかった。
「それで、私達の世界ですが……今、その世界は侵略を受けています」
「侵略?」
「はい……我々の世界に隣接する異界に、魔界という階層があります。そこからの侵略を」
「魔界……?」
聞かない名だ。幸か不幸か、エネフィアには魔界と呼ばれる様な異界は存在しない。というより、エネフィアは少し特殊らしく、セレスティアが言う様な隣接した空間の階層は見つかっていなかった。
無論、これはまだ見つかっていない、であってある可能性は十分にあり得る。が、一般的には無いとされているため、シャーナも知らなかったのだろう。それ故に、カイトがその解説を付け加えた。
「異界……異空間の一種です。但し、異空間よりもさらに大きく、規模は大元となる星と同等か少し小さい程度になる事が多い。特徴としては、見える星空が一緒とか……という所でしょう」
「よ、よく知ってますね……」
「カイトは博識ですから。私以上にこの世界の事も、地球の事も知っています」
思わず呆気に取られたセレスティアに、シャーナが笑う。この彼女の言葉に、セレスティアは疑問は得なかった。シャーナが籠の鳥だった事なぞ周知の事実。しかも新聞にも載ったことがある。
それ故、異世界人であるカイトの方が詳しくとも、無理はない。そして知能指数であればカイトの高さはセレスティアも知っている。不思議はないかな、と思ったのである。
「あはは……そこまで持ち上げられても、な。実際、オレが知れる事なんて学説で出されていることが大半。それをティナが把握し、オレが知るだけです」
「ふふ……それでセレス。その魔界に行った事があるんですか?」
「私ですか? いえ……行けたのは唯一、七百年前の勇者と我が祖達のみ。私達では、彼らの様にはとても……」
シャーナの問い掛けに気を取り直したセレスティアであるが、一転してわずかに無念そうに首を振る。その横のイミナもまた、わずかではない程に苦々しげだった。それに、カイトは思わず口を開いた。
「そうではないだろうさ……そのもう一人の勇者達とて、決して楽に勝てたとは到底思えない。違うのか?」
「はい……おそらく、ですが。ですが、我が一族には祖の言葉が伝わっています。友が居なければ為し得なかった偉業と」
「なら、そうだろう。彼らとて一人でなし得た偉業じゃない」
語るカイトに目には、数多の姿が去来していた。その中にはアルとルーファウスの姿もある。それら全てに支えられて、そして今ここに立っているのだ。決して一人でなし得た偉業とは思っていなかった。そして何より、彼の横には常に一人の英雄が立っていた。そんな彼の言葉に、セレスティアが思わず問い掛けた。
「……貴方は、勝てると思いますか?」
「勝てるか? さぁ……だが、一度は勝てた世界だ。その英雄たちの子孫達というのなら、勝てない道理はない……というか、勝てない方が可怪しいだろう?」
「勝てない方が可怪しい?」
「ああ……この間聞いたが、確かその大剣。本来は義理の兄の物なんだろう? そして、かつての英雄が持った武器だった、とも」
「はい」
カイトの確認に対して、セレスティアははっきりと頷いた。彼女の持つ大剣。それはかつてもう一人のカイトが親友と頼み、そして唯一彼が互角であり対等と認めた戦士の持つ武器だった。それが何の因果かこの世界にあるのであるが、それはさておいてもその由来と力は失われていなかった。
「武器があり、技は受け継がれ、血は紡がれている。それでの敗北は紡がれた血を、託された想いを否定するに等しい。祖先がやってのけたのなら、セレス達も必ず出来るさ。だってそうだろう? 何が彼らに劣っている? 何も劣っていない。いや、勝ってさえいる……どこに負ける要因があるんだ? 何も無いさ」
「「……」」
朗らかな微笑みで問いかけられたカイトの言葉に、セレスティアもイミナも揃って思わず飲まれてしまう。そんな彼女らを前に、カイトは古い記憶を視ていた。
『……かつて。お前のご先祖様は仲間達と共に、奴らを追い返した。なら、俺達でもやれるさ』
『……二人だけで、か?』
『仲間がここに居る。その時点で条件は対等。仲間の数なんて問題にはならないだろ。なら、負けたらお前はマクダウェル家の騎士なんて名乗れないぜ? 子孫がご先祖様に負けてちゃ、世話ねぇよ』
『……最後かもしれないから、はっきり言っとく。オレ、養子。親父と血の繋がり無い』
『……マジで?』
『マジで……というか、気付いてると思ってたぞ。オレだけ蒼い髪の時点で気付けよ』
かつてまだもう一人のカイトとして、彼がセレスティア達の世界に居た頃のことだ。カイトへ向けて、セレスティアのご先祖さまはそう告げた。子孫がご先祖様に負けるわけがない、と。が、そんな彼も思わぬカイトの暴露により、彼はしどろもどろになっていた。
『……え、えーっと……ま、まぁ……い、一応俺は子孫だし。お前のご先祖様の仲間のだけど……』
『……ぷっ……』
『くはっ……』
『『あはははは!』』
これだけの絶望を前に、なんだか楽しくなってきた。二人の少年は開いた魔界への扉を前に、笑い合う。そうして、勇者と英雄のたった二人の人類の存亡を賭けた戦いが、開始されたのだ。それを、カイトは思い出していた。そしてだからこそ、彼女らへとはっきりと断言した。
「ま、セレス達より強い戦士が最低でも二人は居るんだろ? なら、二人が帰れれば、勝機は十分にある」
「……不思議だな。君はまるで見てきたみたいに話す」
「……さぁな……名があり、血があり、媒体がある……その影響で語らせたのかもな」
イミナの言葉にカイトは自身とセレスティア、そして彼女の大剣を指し示す。が、このカイトの言葉に嘘偽りはなかった。この三つがあればこそ、カイトの過去の記憶が呼び起こされたのだ。そしてだからこそ、この無責任にしか思えないカイトの言葉は、二人の子孫達にも響いた。そうして、そんな彼は大剣を見ながら告げた。
「その大剣は間違いなく、神仏が作った品……太古の祖先の言葉を今に伝えていても、不思議はないさ」
カイトの言葉に、大剣は何も言わない。物言わぬ大剣。それだけだ。が、あの大剣にはわかっている。カイトこそがかつての主人が唯一対等と認め、親友と頼んだ男なのだと。
「……ま、所詮こんなものはオレが思っただけの事だ。無責任な言葉と思ってくれ。現実がどうなっているかは、わからないからな」
「「……」」
本当にそうなのだろうか。今のカイトの微笑みには、確かに得も言われぬ徳が滲んでいた。二人の子孫達は、カイトの無責任な言葉である事を肯定する言葉に対して、そう思う。そうして、彼が本物なのか偽物なのかはわからぬまま、時は流れ行く事になるのだった。
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