第1826話 天覇繚乱祭 ――出立――
天覇繚乱祭。それはエネフィア最大の武術の大会だ。そんな大会に中津国の統治者の一人である燈火の申し出を受けて出場する事になっていたカイトは、その後すぐにラエリアに向かうべく支度を整えつつ大会に備えた調整を行っていた。
そうして、予選大会に出場するべく先行したソラ達から遅れる事およそ一週間。カイトも出立する日となっていた。そんな彼であったが、出立に同行するのはアルとルーファウス、シャーナの護衛として冒険部に所属する唯一の女騎士であるアリスだけではなかった。
「さて……そろそろ来ると思うんだがな」
空港の一角にある個人所有の飛空艇の発着場にて、カイトは時計を見ながら待ち人を待つ。すでにアルとルーファウスは中に入っているし、シャーナ達に関してはカイトが送り届け、今は一葉らと共に中で待っている。なので待っているのは全く別の人物達だった。
「ああ、来た」
『……』
「いや、別にオレの前だし大鎧状態でなくても」
『わ、わかってますけど……で、でも外だとこれでないと歩けないので……』
カイトの言葉に、セレスティアが大鎧の中で恥ずかしげに顔を背ける。前の予選大会において、カイトとセレスティアは同着一位という形でともにシード権を得ていた。というわけで、中津国の本戦に出場となるわけなのであるが、その渡航の為にシャーナの飛空艇に乗せてもらう事になっていたのである。
「そうか……ま、それはともかく。今回は貴人と同席……と、言いたかったんだが。よく思えばお前も貴人か」
『……一応、そうなります』
このエネフィアの属する世界では無意味なものであるが、セレスティアその人もまた王女様だ。しかもカイトとしてもよく知る国の王女と来ている。というわけで、カイトは別に気にする必要も無いか、と中へと通す事にする。
「妙な事に元女王と王女様の二人を乗せた飛空艇だが……性能はマクダウェル家……まぁ、こっちのマクダウェル家が保証するとの事だ」
『はぁ……』
「ま、そう固くならなくて良いだろう、って所だ。とりあえず乗ってくれ。時間はあんまり無いからな」
『あ、はい』
カイトの求めを受けて、セレスティアが飛空艇の内部へと乗り込んでいく。そうしてそれにイミナもまた続き、最後にカイトが乗り込んだ。と、そんな一同を待っていたのは、アルとルーファウスの二人だった。が、少しだけそんな二人の様子は異なっていた。
「「王女殿下」」
「『……』」
ぽかん。アルとルーファウスの敬礼――それもエネフィアではなく、かつて彼らが属したシンフォニア王国の物――を見て、二人が思わず呆気にとられる。というわけで、やはり年の功か一足先に復帰したイミナが問い掛ける。
「え、あの……お二人は……」
「過去の記憶を少し得ました……こいつも同時とは心底心外ですが」
「僕もそうだよ……君と前世で双子の兄弟とか……悪夢だよ」
「「……」」
「はいはい、やめろやめろ。とりあえず今と昔は別だ別」
もうめんどくさい。そんな様子でカイトがアルとルーファウスに告げる。あの教国でのルーファウスの覚醒の際、どうやら時同じくしてアルもまた目覚めたらしい。
まぁ、ここの二人の因縁も深い。なのでどちらか片方が目覚めた時点で、それに影響されて目覚めたとて不思議は無かった。と言っても現世の因縁もあるからか、どちらも悪夢でも見たかの様にそれについては頭を抱えていた。
「双子……では……もしや……」
『ウィンディア家の……双騎士……』
かつてのカイトが率いた部隊においてもやはり、多種多様な人物が居た。が、そんな中でも氷炎を操る双子の騎士となると、それは一組しか居なかった。それ故に知っていた二人に対して、アルが笑う。
「それは過去です……ですがそれでも、レジディアの姫を前に無礼は働けません」
「ええ……今の我らはウィンディア家の騎士ではなく、シンフォニアの騎士でもない。ですが、それでも」
「「我らシンフォニアの騎士なれば。かの赤き英雄の子孫に、敬意を」」
ざんっ、という音さえ聞こえるほどしっかりと、二人が再度の敬礼をセレスティアに捧げる。これにセレスティアは心底反応に困る事になる。
『あ、あの……ありがとうございます』
「いえ……ひとまず、ここでは邪魔になります。中へ」
『はい』
どうすれば良いんだろう。確かに二人がかつての祖国を救った英雄だとはわかっていた。が、それでもここまではっきりと出てこられる事は彼女も想定していなかったのだ。というわけで、困った彼女はとりあえずカイトへと話を振る事にした。
『あ、そ、そうだ。カイト』
「んぁ?」
『この間、天馬を救ったと新聞に』
「ああ、<<導きの天馬>>か。色々とあってな」
あのエドナの一件であるが、これはやはり地方執政官の逮捕と大規模な襲撃であった事が相まって新聞沙汰になっていた。この結果、カイトは更に名声を高める事になってしまったが、そこは気にしない事にしている。更に言えばグリムが新聞に載るのを嫌がった為、基本はカイトが中心になる事になってしまっていた。
『どの様な存在でしたか?』
「どの様な、か……」
カイトは一度思い出す様に目を閉じて、かつての自らの愛馬を思い出す。そうして思うのは、数百年の月日を経てなお美しい純白の姿だ。
「綺麗だった……かな。純白でただ清らかで……」
彼女は自身の誇りにして家族なのだ。喩えそれがかつての自身が抱き、今はそれを受け継いだだけだとしても、そこに一片の嘘偽りは無かった。
『そうですか……私も、見てみたいです。あの世界にも滅多に白き天馬は居ませんし、幸運を呼ぶ存在ですから』
「そっちでもそうなのか?」
『ええ。かつて伝説の勇者が乗ったのが、その天馬なのです』
知っているとも。なにせ自身の事なのだ。それを知らない道理なぞどこにもない。故にカイトはセレスティアの語りに対して、平然と嘯いた。
「そうか……ま、物語的ではあるんだろうな。白い天馬は」
『はい……っと』
「動き出したか」
カイトは飛空挺が僅かに揺れ動いたのを見て、飛空挺が発進した事を理解する。そして同様にセレスティアもまた動き出した事を理解したらしい。
「ふぅ……」
「姫様」
「ありがとう」
大鎧の兜を受け取るべく手を差し出したイミナに、セレスティアが兜を差し出す。そうして一息で、彼女の姿がどこかの貴族のご令嬢に早変わりした。
「……便利だな」
「中身が便利じゃないですが」
「そうか……良いのか?」
「はい」
カイトの言外の問い掛けに、セレスティアは一つ頷いた。
「我が祖国とかの国は対等。そのレジディアの姫が、シンフォニアの騎士に、それもウィンディアの騎士に身分を隠すなぞあってはならぬ事です」
「そうか……ま、そう言っても二人は生まれ変わりだ。あんまりかしこまってやるなよ?」
「はい」
カイトの言葉に、セレスティアが笑う。そんな彼女にカイトもまた笑った。
「うん。君みたいな王女が居る国なら、良い国なのだろうな」
「貴殿はセレスティア様が姫君と分かっても変わらないのだな」
「今更対応を変えるのも、変じゃないか?」
「む……確かにそれはそうかも知れんが……」
どうなのだろうか。カイトの応対に呆れたイミナであったが、そう言われてみてそんな気がしないでも無かった。というわけで一瞬気勢が削がれたその瞬間を狙い定め、セレスティアが口を開く。
「一つ、良いですか?」
「オレにか?」
「はい」
「まぁ、別に良いけど」
カイトからしてみれば、彼女は永い時を自分達に使ってくれた親友の遠い子孫だ。疎ましく思うわけがなかった。が、そうして出た問いかけは、彼にその親友の事を思い出させるに十分過ぎる問い掛けだった。
「貴殿は、かの勇者の生まれ変わり……ですか?」
「いや? 違うよ。流石にそこまで幸運は無いだろ。この二人の様に同じ世界の出身でも無いしな」
「……」
「……」
まるで見透かす様なセレスティアの目を、カイトは真正面から受け止める。これに一切の嘘はない。カイトは厳密には彼女らが知るもう一人の勇者カイトの生まれ変わりなぞではなく、もう一人の勇者カイトその人だ。故に一切の嘘のない彼の目を、セレスティアも誤解する。
「そうですか……ごめんなさい、変な事を聞いて」
「いいさ。そう思うのも無理はない。にしても……その世界でもカイトか。流行ってるのかね」
「さ、さぁ……」
カイトの軽口に、セレスティアは困惑気味だ。そんな彼女が、カイトへと告げる。
「あ、で、でも私たちの世界では悪い意味じゃないので、好まれる名前ですよ」
「ん?」
「カイト……古い神話で、悪い時代の終わりと良き時代の始まりを告げる者の名前とされているんです。そこから転じて、転生を意味する事もあります」
「……」
おそらく。これはカイトにとって何より想定外の一撃だった。自分の名前に込められていた意味を彼が気にした事はない。それ故に思わず彼は言葉を失ってしまった。
「……そうか。エネフィアじゃ、かつての勇者に準えただけだが……地球じゃあまりにありふれてるし、何より日本じゃ漢字だからなぁ……字を見てみんと、何もわからんな」
「世界によって意味は様々ですね」
「当たり前だろ……」
当然と言えば当然の指摘に、カイトが肩を落とす。そもそも二人ともエネフィアの出身者でさえ無いのだ。三つの世界が別物である以上、同じ名前の響きでも込められた言葉の意味は違って当然だった。
「ま、それはどうでも良いだろう。この二人はどうせ今も昔も騎士。なら、そっちが使ってくれ。それが二人の望みでもあるしな」
「え?」
「イミナさんはマクダウェル家の騎士と聞きました。なら、喩え前世だろうと僕らには団長の家です。マクダウェル家の騎士に従うのが、一番やりやすいんです」
大いに驚いたセレスティアに、アルが告げる。どうしてもこの二人の前では前世の自分たちが出てきやすい。なのでそれを無理に抑え込まず、マクダウェル家の騎士に従うのは一番やりやすい事だった。そんな事を語るアルの言葉をルーファウスが引き継いだ。
「それに……クロードの子孫を見たい、という感情もあるのです。自分たちの感情ではありませんが……確かに、これは得難い経験。どうかご理解頂ければ」
「……いえ、こちらこそ光栄です。かの伝説の双騎士と共に肩を並べられるとは。故郷に帰った際、家の騎士達に良い土産話になります」
アルとルーファウスの申し出に、イミナが敬礼を以って応ずる。彼女としても相手が伝説の騎士団の英雄である以上、拒む道理がなかった。
「そうか……ま、そちらは任せる……ん?」
「……カイト様。シャーナ様がお待ちです」
「……悪い。長話しちまった」
「お分かりなら構いませんが」
「お前……段々ハンナさんに似てきてないか……?」
「光栄です」
わーい、皮肉を完全に称賛と捉えられたぜ。カイトは綺麗な笑顔を浮かべるシェリアに対して、内心で楽しげに小躍りする。が、口に出さない以上は伝わらないわけで、そしてカイトとて言うつもりはなかった。
「はぁ……とりあえず、こっちのお姫様方にもおめかしは必要だろう」
「そのご案内の邪魔になっていたのは、貴方様ですが」
「わーっとりますよ。じゃあ、お邪魔虫はさっさと退散すっかね」
シェリアの刺のある視線から逃れるように、カイトはアルとルーファウスの二人を連れてその場を後にする。そうして少し歩いたところで、ルーファウスが問い掛けた。
「良かったのか?」
「何が?」
「いや、自分がかつての伝説の勇者だと言わなくて」
カイトの敢えての問い掛けに、ルーファウスが問いかける。これに、カイトが笑った。
「ああ、構わんさ……どうせ過去の人物達。振り回される必要はないし……何より敬われるのは性に合わん」
「カイト殿らしいといえばらしいし、団長殿らしくもあるか」
カイトの返答に、ルーファウスが困った様に、しかしそれでこそ、という顔で納得を示す。そうして、カイトは自身がかつての勇者だとは知られぬままに、異世界の旅人達との旅を開始するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




