第1815話 秋の旅路 ――迎撃戦――
ティナのエンテシア家当主就任に始まり、クシポスでの色々を終えて事後処理に臨んでいたカイト。そんな彼は忘れていた最後の最後の大仕事である、邪神の残党の始末を行うべく冒険者達の統率役の一人として行動を開始する。そんな彼は、予想より遥かに早く現れた邪神の残党の襲撃を前に冒険者の分隊を率いていた。
「どうするんだ?」
「どうする? そんなもん、決まってる。単に敵が居たらぶちのめす。それ以外に何か指示は必要か?」
アルヴェンの問いかけに、カイトはざっくばらんに指示を説明する。これに、アルヴェンは思わず顔を顰めた。
「良いのかよ」
「いいさ……総員、見敵必殺と思ってくれて大丈夫だ! ただし、敵と味方の区別はしてくれよ!」
「あっはははは! 小僧に言われるほど、俺達はバカじゃねぇよ!」
「おうとも! お前こそ、遅れるんじゃねぇぞ!」
カイトの言葉に、冒険者達が大笑いしながら獰猛に言葉を返す。何時もの事といえば何時もの事なのであるが、基本的に冒険者達は有事の際にはギルドやパーティはバラバラにされて、その上で一度得意分野毎に部隊を構築する。なので今回、カイトは得意分野となる近接戦闘の部隊を率いる隊長格の一人として配置されており、彼の所にも数十名単位で冒険者が居たのであった。
「ってな具合だ……お前、こんな事態に遭った事は無いのか?」
「普通ねぇよ」
「あっははは……だよね」
「だよねー……」
年に両手の指で足りないほどのこんな事態に巻き込まれている方が可怪しい。カイトとユリィはアルヴェンの言葉に、思わず遠い目をする。本来、こんな大規模な部隊を組んで戦闘に臨むうような事態は年に一度でも経験すれば波乱万丈と言えるのだ。それを両手の指ほども経験しているカイトが明らかに可怪しいのである。
更に言えば、彼が居なければそんな事態になっただろう事態も多い。非常にぶっちゃけた話をしてしまえば、相変わらず彼のトラブル遭遇率はあまりに高すぎると言っても過言ではなかった。
なお、一応言っておけば、彼の遭遇率が高すぎるのではなく彼狙い、もしくは結果として彼が狙われる事になった事態があるので決して高すぎるというわけではない。
「……俺。今まで後悔した事あんまないんだけど。あんたの下に入った事は後悔しそう」
「あっははは。言っとくがウチは強化率も高いが、同時にこういう事態への遭遇率もかなり……かーなーり、高いぞ」
「かなりどころか多分他と比べて数倍はあるよねー」
「あっははは……なぁ、久しぶりに言って良い?」
「言っても無駄だから聞きたくない」
カイトの言葉に、ユリィが笑って世界の真理を告げる。カイトが言わんとしたのは、メンドクセ、という所だろう。が、言っても無駄というユリィの言葉があまりに真理だった。
「オレ……一度で良いから何も無い一年過ごしたい」
「私カイトが居ない間は平和だったなー」
「それやめて!?」
仲良いなぁ。アルヴェンは色々と起きたんだろうな、と二人の会話に、そう思う。なお、この発言に問題が無いのか、とも思えるがユリィの言葉はカイト達日本人が来るまで平和だった、とも捉えれる。問題は無かった。
「あっはははは……でも、今の方が生きてるよ」
「……まぁな。今の方が随分……いや、オレ、マジ変わんねぇんだけど」
今の方が随分生きている気がする。そう言おうとしたらしいカイトであったが、地球での三年を思い出して思わず真顔になった。それはそうだ。地球では地球でほぼほぼ一ヶ月おきに、悪い時では一ヶ月に何件も何かのトラブルに見舞われていたのだ。これで過去がのんびりとしていた、と言えるわけがなかった。と、そんな彼に、ユリィが楽しげに告げる。
「まだまだこれからこれから。まだ私達は生まれてさえ居ないんだよ?」
「確かにな……まだまだ生きてる実感には程遠い。まーだオレは生まれちゃいない。この程度でトラブル嘆いてちゃ、後が怖い」
「そーいうこと。じゃあ、やりますか」
「ああ、やろう」
やることは昔も今も変わらない。ただ敵をぶちのめすだけだ。幸い今回は前線兵という事で、気兼ねなく戦える。他と少し違うと言うと、同じ様にほぼほぼ何も考えずに戦う猛者達の中で少しだけ考えて戦わねばならない、という事ぐらいだろう。
そしてそんな彼らが気合を入れたという事は即ち、敵がもう見えたという事だった。そんな彼の所に、支部長から通信が入った。
『確かアマネだったな。流石に敵は見えてるな?』
「勿論です。これで見えなけりゃ、一度眼科に行く事をおすすめしますね」
『あっははは。違いねぇ』
カイトは支部長の笑い声を聞きながら、迫りくる黒い波を見る。
(もうここまで復活したか。なるほど、さすがは先生を苦しめただけはある、か。いや、ぶっちゃければ逆にこれを相手に単騎で立ち向かったあの人がどれだけ馬鹿なんだ、としか言えないんだけどな)
黒い波を見ながら、カイトは内心僅かに楽しげに目を細める。この黒い波は見た所、何時もの黒い霧が集まって出来た物で間違いないだろう。とはいえ、これが何か、というのはすでにカイトは掴んでいた。
(一部の神々にのみ許される、神様の裏技……<<神軍>>。それをどう使えば洗脳なぞという事が出来たのやら……とはいえ、もう本当に何時蘇っても可怪しくない状況だな)
<<神軍>>。この黒い霧についてカイトはそう判断していたらしい。どうやらこれを使えるという事は、復活が近いと判断出来る様子だった。
(<<神軍>>……前に本格的なこれとやったのは、インドでのラーマ殿の要請を受けた時か。さぁて……神様の力が続く限り現れる無限の軍勢。おそらく媒体が封じられている、という所かね)
それでシャルロットはこの場に立たなかったわけか。カイトはシャルロットの思惑を理解して、内心で僅かに笑う。この黒い霧は邪神の力に間違いない。それ故、今回はその発生源を潰さねばならないらしかった。と、そんな事を考えるカイトへと、支部長が告げる。
『号令はお前に預ける……お前らが一番最初に敵とぶつかるんだ。そのタイミングぐらい、お前らに任せてやる』
「イエッサー……さて、皆さん! 許可降りました! 暴れる準備はオーケー!? 経験者曰く、奴らはマジヤバいんで、思いっきり頑張ってください!」
「「「うぉおおおおお!」」」
戦闘前の一時。カイトのおちゃらけた様に見えて、獰猛な牙の見え隠れした言葉に戦士達が雄叫びを上げる。カイトの居る場所は、おそらくこの戦闘最大の激戦区となるだろう場所だ。選ばれていたのは死にたがりと言う名の戦闘馬鹿か、よほどの腕利きだけだった。
「おい、小僧! 号令はまだか!」
「早くしろよ!」
「遅いのは女に嫌われるぜ!」
「早いのも嫌われるけどな!」
冒険者達の下品な言葉に対して、カイトは荒々しく笑いながら手を振り上げる。それに、前線の冒険者達が同じ様に獰猛な笑みを浮かべる。誰だって彼が手を振り上げた意味は理解している。彼の号令に従って、戦闘開始なのだ。と、そんなわけで荒々しく笑うカイトであったが、その内面の一部は熟練の戦士として、冷静だった。
『ティナ。準備は?』
『もう少しじゃな……一斉射で風穴を開ける。その後、突っ込め』
『アイマム』
獰猛な声が上がっていた冒険者達が静まり返り、一瞬先の戦闘に備える。そうして、正しく嵐の前の静けさが舞い降りて、数秒。
『よーし、合わせられるぞー』
『あいよ……じゃあ、やりますかね』
『怪我せんようになー』
『戦闘前の会話じゃねぇな』
ティナの返答に、カイトが楽しげに笑う。そうしてそんな彼女の返答を戦闘準備が全て――と言っても自分とユリィ、ティナだけだが――整ったと判断。彼は久方ぶりに空気を思いっきり吸い込んだ。
「うぅぉおおおおおおおお!」
「「「!?」」」
放たれた壮絶な雄叫びに、思わず冒険者達が息を呑む。が、それは敵も一緒だった。そうしてまるで大気どころか次元さえ吹き飛ばされる様な<<戦吼>>の後、カイトは振り上げた刀を一気に振り下ろす。そして、直後。彼の刀から巨大な斬撃が放たれて、迫りくる魔物の軍勢を吹き飛ばした。
『これ。これでは余の出番が無いではないか』
「行きがけの駄賃だ……総員、戦闘開始!」
「「「おぉおおおおお!」」」
自分達の頭上を飛び越えていく無数の閃光を尻目に、冒険者達がカイトに負けじと一斉に雄叫びを上げる。そうして自身を追い抜いて黒い波に突っ込んでいく冒険者達を見ながら、カイトも一つ深呼吸をした。
「ふぅ……」
「行かないのか!?」
「行くさ。行くとも……が、本気で行く」
「っ」
ずんっ。アルヴェンはカイトの風格が明らかに一変したのを、肌身に感じ息を呑む。今まで見せていた荒々しい姿はあくまでも演技。そう思わせるほどの圧力だった。
「アルヴェン。わかっていると思うが、お前はオレの傍を離れるなよ。乱戦だ。基本はツーマンセルと思え。背後を取られれば終わり。即、死だ」
「おう」
一変した雰囲気のカイトに言われ、アルヴェンは素直に応ずる。そうして彼の頷きを見て、カイトはゆっくりと地面を蹴る。が、その速度は数歩で軽々音速を超越し、アルヴェンが追いつけるものではなくなった。
「ちょっ、はやっ!?」
『待ってやる。追い付け』
あまりの速度に思わず仰天したアルヴェンに、カイトは通信機を通して指示を送る。この速度にアルヴェンが追い付けないぐらい、彼とてわかっている。が、それでもやらねばならない理由があった。
「ユリィ」
「あいさ」
自身を追い抜いた冒険者達を追い抜く瞬間。カイトの要請に合わせて、ユリィがその肩を離れる。そうして彼女はその場に留まり何かを行い、一方のカイトはそのまま一直線に黒い波へと立ちふさがる。
「っ」
一瞬、カイトの風格が書き換わる。それは何時もの彼には似つかわしくない、獰猛で荒々しい気配だ。
「試し打ちだ……おぉおおおおおお!」
雄叫びを上げて、カイトが鞘に収めていた刀を抜き放つ。そうして極大の閃光が迸り、黒い波を大きく押し戻した。
「ちっ……まだ、こんなものか」
「やるなぁ、小僧!」
「良し、一気に突っ込め!」
「何かが出て来るぞ!」
「気にするかよ! ただ敵をぶっ潰すだけだ!」
一息に黒い波を押し戻したカイトの横を、数多の冒険者達が追い抜いていく。そんな彼らの前では黒い波がゆっくりと起き上がり、無数の人の形を取っていた。これこそ、カイトが神様が使えると言っていた<<神軍>>の一端――半端なのはまだ復活していない為――だった。そうして、一瞬の後。数多の冒険者達と黒い霧で出来た無数の人影による戦いが始まった。
「良し」
始まった戦闘を目の前に、カイトは一度地面を蹴ってバックステップで距離を取る。そうして、次の瞬間。彼が消えてユリィの真横に降り立った。空間置換により、彼女の所に戻ったのである。
「……どんだけ器用なんだよ」
「パーティプレイ、ってのはこういうのも出来る様にならないとダメだぜ?」
「特にコンビだとねー。引き離されたら終わりだし」
「いや、普通剣士がそんなの出来ねぇよ」
改めて言うまでもない事かもしれないが、空間置換とてかなり高位の魔術である。空気を入れ替えたりするならまだしも、自身が転移術まがいの事をするとなると、難易度は高いと言わざるを得ない。それを平然と使いこなすのだから、アルヴェンが呆れるのも無理はなかった。そんな彼に、カイトが笑う。
「出来るようになれ、って話だろ」
「いや、普通無理だって」
「あっははは……ま、兎にも角にも。今は目の前だ」
「おう!」
カイトの言葉に、アルヴェンは気を取り直して声を上げる。カイトが戻ってきたのは言うまでもなく、アルヴェンを守る為だ。そして彼が先陣を切ったのは、他の冒険者達が戦いやすくする為に敵陣を崩したのである。何をしてくるかわからない以上、対応出来る自身が担うべき、と判断したのであった。そうして、ユリィ、アルヴェンと合流したカイトは再び、邪神の尖兵達との戦いに戻る事になるのだった。
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