第1814話 秋の旅路 ――迎撃開始――
クシポスでの色々を終えて、更にアーベントへと向かったカイト。そんな彼はアーベントでバルフレアと再会すると、そこでコロナに纏わる色々を解決し、再度クシポスへと戻ってきていた。そんなわけで戻ってきた彼はこれで終わり、とばかりに事後処理をしていたわけであるが、そこで忘れていた邪神の残党による襲撃を受け、裏ギルド対応に集まっていた冒険者達の統率を行う一人になっていた。
「さて……本気でどうすっかね、って所なんだが……」
冒険者達と共にクシポスの麓町近郊に設営された野営地にて外を見るカイトは、外を見ながらどうするかを考える。まぁ、この言葉だけを切り取れば、何を言っているのか、と言う所だろう。すでに敵は直近まで来ていて、陣地の設営も進んでいるという。後は戦うだけだ。が、悩んでいるのは当然、そこではなかった。
「流石に人が多いのう……しかもここで面倒なのは、という所じゃな」
「それな」
ティナの指摘に対して、カイトは少しだけ楽しげに笑う。彼女が何を言わんとしているのか、というのはカイトにもわかっている。端的に言ってしまえば、邪魔者が多すぎるのだ。
改めて言うまでもないが、カイト――というかティナもユリィもだが――はここでは本気で戦えない。が、本気で戦ってさっさと終わらしたい、というのが彼の正直な気持ちだ。どうやって本気で戦える土壌を作ろうか、というのが一番の悩みどころだった。
「何が面倒ってしかも悪い事に私達が指揮系統に組み込まれてる所だよねー」
「私達、ってかオレだな。ぶっちゃけ、切り込み隊長を指揮系統に組み込んで欲しくないんだが……」
「だーら、お主は何時まで切り込み隊長で居るつもりじゃ……」
心底面倒くさい、という顔のカイトに対して、ティナは何度目かになるため息を吐いた。敢えて言うまでもない事であるが、カイトは総大将だ。前に出るな、と言っているのにそれを聞かないのが、彼なのであった。ティナのため息も仕方なしだろう。と、そんな会話をしていた所に、コロナとアルヴェンがやって来た。
「マスター。終わりました」
「終わったぞ」
「ああ。二人共、お疲れ様」
自身の指示で動いていた二人に、カイトが一つ礼を述べる。一応まだ仮決定だが二人もギルドメンバーに加わった以上、カイト達の所に組み込まれる事になったらしい。というわけで、一旦方針を考えるべく色々と言い訳をして雑用に出てもらっていた。そうして、その雑用を終えたコロナが一応の報告を行う。
「信号弾と軍で使う通信機は貰ってきました」
「良し……設定はわかるか?」
「一応、説明書ももらいました」
「そうか……なら、それを使って冒険部のアドレスに合わせておいてくれ。ティナ、アドレス」
「あいよー」
カイトの要請を受けて、ティナがメモ帳を取り出した。今回の裏ギルドの一件まで最終的にどうなるかわからなかったので、コロナもアルヴェンも冒険部が標準装備として使用しているヘッドセット型の通信用魔道具は使用していない。
というより、流石にカイト達もあれの予備をわざわざ持ってきているわけがない。が、あれの有用性はカイト達が一番身に沁みて理解している。なのでマクダウェル公爵軍ではあのヘッドセット型を標準装備として最近採用していた為、そちらから予備を二つ貰ってきてもらったのである。開発元が一緒で規格は一緒なので、そちらを一時的に使ってしまおうという判断だった。
「コロナ。お主は一度余の設定方法を見て覚えておけ。ま、さほど難しくはないし、今回は時間が無いのでちょっぱやで行く。もしわからねば、次に言え」
「はい」
ティナの言葉を受けて、コロナが早速とばかりにヘッドセット型の魔道具のセットアップを開始する。その一方、カイトはアルヴェンと共に外を見る。
「で、俺達はどうするんだ?」
「どうするもこうするも無い。山頂に待機している奴らから報告が来次第、即座に戦闘開始だ。すでに麓町の住人達の避難も始まっているからな」
ここら、エネフィア特有の事情がある。基本的にエネフィアでは万が一、という可能性が起きやすい土壌がある。なのでその万が一に備えて避難訓練は定期的に行われており、参加率も悪くない。
避難は秩序だった動きが出来る、と言って良かった。なので今の時間帯でも一時間もあれば、町一つの大多数を避難させる事が出来ると言えた。言えたのだが、今はその時間が無かった。
「ひとまず、町の避難が優先。その後、戦闘だ」
「少し前もやった気がするね」
「言うな。はぁ……前はあのバカ。今度はこっち……どっちも被害が大きいだけ、嫌になる」
これでまだ良いのは、前者はそもそもの思惑からそこまで住人達の被害を出そうとしていない、という所なのだろう。基本的に<<死魔将>>達は支配した後の事も考えている為、戦う力の無い者を殺す事はあまりないのだ。殺せば殺した分だけ、支配した後で面倒になるとわかっていたのである。が、邪神達はこちらを滅ぼす事が目的の為、町の住人達の被害も馬鹿にならなかった。
「アルヴェン。わかっていると思うが、前には出過ぎるなよ。今回の敵はおそらくお前が戦ってきた何者とも違う領域だ。前に出過ぎて操られれば終わりだぞ」
「わかってるって。何回も聞いたよ」
「何回言ってもわかんないのがあんたでしょ」
もうわかってる。そんな呆れ顔を浮かべたアルヴェンに対して、話を小耳に挟んでいたコロナが釘を刺す。そうして、そんな事をしていながらひとまず戦闘に向けた支度をしていると、カイトのヘッドセットにタウリから連絡が入った。
『カイト。聞こえているか?』
「ああ、何だ?」
『飛空艇の第一便が出発する支度が整った。これから少し陣を離れる』
「ああ、わかった。第二便の用意はすぐに進めさせる」
『頼む』
もう邪神の残党が何時復活しても可怪しくない状況なのだ。なので避難民達を乗せた飛空艇にも護衛が必要で、その護衛にタウリ率いる別働隊が出る事になっていたらしい。
カイトとしては別行動がしやすくなるので――表向き避難民達の重要性から――自分が行くと志願したのであるが、指揮を担う他の冒険者達から止められてしまっていた。彼ほどの戦力を欠くと今度は防衛網の被害が馬鹿にならない、との事だった。これもまた道理で、カイトも結局としては押し切られた形だった。
「良し……ティナ。ヘッドセットの調整は?」
「終わった。アルヴェン」
「おう……えっと……これをこうやって……」
どうやらアルヴェンもコロナもヘッドセット型の通信機を身に着けるのは初めてらしい。まぁ、確かに普及し始めてはいるが、出始めてまだ半年足らずの新製品だ。費用は中々と言っても良いだろう。なのでまだまだ完璧に普及しているとは言い難い段階で、そこまで高位の冒険者ではない彼女らが手にした事がなくても不思議はなかった。
「おし。出来た」
「良し……行くぞ」
アルヴェンの返答を受けて、カイトは一同を連れて陣地の中央へと向かう事にする。やはり指揮官達は他者の指揮がある分自分達の準備に取れる時間が無い為、専用のスペースが与えられて準備の時間がしっかりと取れる様にされていた。
なので準備が終わったらカイト達も他の指揮官達に合流する事になっていたのである。というわけで入った司令室とでも言うべきテントでは、先にカイトが会ったユニオン支部の支部長を中心としてすでに会議が進められている様子だった。
「来たか」
「状況は?」
「クシポスの南西。比較的麓町の近くに黒いモヤが吹き出ているのを目視したそうだ……思い当たる節は?」
「あります……邪神の影響を受けた奴らが放つ現象に瓜二つです。その地点に何か思い当たる事は?」
「ということは、か……ああ、その場所はたしか地脈が通っていた筈だ」
カイトの情報を受けて全体の統率を行う冒険者達は揃って顔を見合わせ、一つ頷いた。この現象は間違いなく邪神の影響を受けた者に起きる現象に間違いない。全員がそう理解したのである。
「第二便は間に合いそうだが……第三便、四便は流石に間に合いそうにないか……」
「となると……タウリも戻れそうにないな。支部長。そこら、どうする?」
「ふむ……」
冒険者の一人の問いかけを受け、支部長は少しだけ目を閉じて次の一手を考える。そんな彼は、ここで一番情報を持ち、なおかつ公爵軍とのコネも強いカイトへと問いかけた。
「カイト。お前さんの想定として、現状の戦力でどれぐらいの苦戦が考えられる。タウリ達は間に合いそうにない、というのを前提としてだ」
「……あまり苦戦はしないでしょう」
「ん?」
少し考えた後のカイトの返答に、支部長は思わず片眉を上げる。相手は言うまでもなく、かつての神話の大戦において文明一つを滅ぼした相手の幹部格。その戦闘力は間違いなくランクSの冒険者が苦戦する領域だろう。にも関わらず、苦戦はさほど考えられない、と述べたカイトの言葉を訝しむのは無理もなかった。とはいえ、これは当然カイトが安心させようとして述べただけの言葉ではない。
「まず、<<導きの天馬>>の一件で山の魔物の一部は麓町に来て討伐。それ以外にもある程度は山から逃げ出したものと考えて間違いありません。道中、私とグリムが討伐もしていますし……奴らを相手にする上で一番面倒なのが何か、わかりますか?」
「……洗脳か」
「ええ。奴らは魔物も人もお構いなしに、自陣営に加えてしまう。その上で強化してしまうんです。奴らは生き物が居る限り、どこまででも戦力を増やせる。こちらへの精神的ダメージ。身体的ダメージ。共に予断ならないというのは間違いなりません」
即座に理解して真剣な顔を浮かべた支部長に、カイトははっきりと認め何が問題かを説いた。そしてだからこそ、苦戦はさほどではないだろう、と言うのがカイトの予想だった。
「が、今こちらには洗脳対策の飛空艇があり、魔物もある程度は減っている。耐え凌ぐだけなら、まだなんとかなります」
「そうか……わかった。全員、聞いたな。まず優先するべきは相手に戦力を与えない事。そのためには、町の住人達の避難を最優先に行動しろ」
カイトの助言を受け、支部長は改めて町の住人達の避難を最優先に指示する。これについて、異論は一切無い。先にカイトも言っていたが、恐ろしいのは洗脳されて操られて敵に回られる事だ。
幾ら仕方がないとはいえ、そうなってしまえば殺さねばならなくなってしまう。精神的にもかなりの苦痛となる事は否めない。かつての大戦の時も、それが原因で滅びた町は多かったという。同じ轍を踏むわけには、いかなかった。と、そんな風に作戦会議を行っていた所に、大慌てで冒険者の一人が駆け込んできた。
「支部長!」
「どうした!」
「山頂の奴らから連絡! 岩盤が吹き飛んで、モヤが一気に吹き出した、とのこと!」
「何!? 想定より遥かに早い! 第二便は!?」
駆け込んできた冒険者の報告を受け、支部長が大慌てで避難民を乗せた第二便の状況を問い掛ける。
「八割の搭乗が完了! ですがまだ少し時間が必要です!」
「ちぃ! 仕方がない! 今出せる奴は全部乗せて出せ! 後のは第三便に回せ! 少しぐらいならぎゅうぎゅう詰めでもなんとかなるだろ!」
「了解!」
支部長の下した苦渋の決断に、連絡に来た冒険者が即座に伝令に走る。なお、何故支部長が避難者達の統率も行っているかというと、やはり彼らの方が住民達に密着していたからだ。説得などについても彼らの方がやりやすいだろう、とユニオンが避難民達の説得などを行ってくれていたのである。
「全員、今すぐ外に出るぞ! 外に出てる奴には支度を急がせろ! 想定より早い! 油断するなよ!」
「「「おう!」」」
支部長の号令に、カイト達指揮官に相当する冒険者達が声を上げる。そうして、カイトはそんな指揮官達に混じって指揮官の一人として、邪神の残党との戦いに臨む事になるのだった。
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