第1811話 秋の旅路 ――悪徳の終わり――
『導きの天馬』捕縛作戦の阻止の余勢を駆ってアーベント王国はフルス伯爵に釘を刺すべく動き出したカイト。相手の顔がわかるということで連れてきたコロナ。何時も一緒のユリィと共にかつての愛馬の背に跨ってアーベント王国にやって来た彼であったが、そんな彼がフルス伯爵邸に到着して目の当たりにしたのは、<<天翔る冒険者>>の冒険者達によって荒らされまくっているフルス伯爵邸だった。そうして、その冒険者の集団を統括していたバルフレアと再会したカイトは、少しの間情報の交換を行っていた。
「なるほどね……それでお前も死なれちゃ困るわけか」
「そーそー」
カイトの確認に、バルフレアが一つ頷いた。今何が話されていたかというと、コロナの母親の事だ。元々二人共<<天翔る冒険者>>の関係者だ、とは言われていた。なのでコロナの母親の事もバルフレアは知っており、そこに今回の討ち入りに参加した理由があったらしい。
「<<天翔る冒険者>>のメンバーの子孫ねぇ……長生きするとそういうのも出て来るわね」
「なんだよな……お前も多分知ってると思うぞ」
「へー……誰?」
「マーニャ。ほら、お前が来た時に応対に当たった……」
「あーあー……あの色っぽい人か。似てないからぜんっぜん気付かんかった」
コロナを流し見るカイトは、彼女が自身が知る受付嬢の子孫と知って驚きを隠せないでいた。とはいえ、そんな彼は一転、真剣な顔をする。
「で……マジで殺してないんだろうな?」
「殺してないって。今回は売られた喧嘩を買っただけだ」
「なら、良いか。どーせオレもボコるつもりで来てるし、怖いお姉さんも殺さない程度に痛めつけてくれ、が依頼だし」
どうせカイトとしても自分が暴れてボロボロにするか、彼らが暴れてボロボロになるかの差しかない。なので彼は気にせず立ち上がった。
「そうか……ま、ウチとしても前にウチの名前出して脅してた以上、あの二人にこれ以上手出しされるのはウチの名に差し障る。手間にはなるが、ってわけでな」
「そりゃ、しゃーないさ。さて……そろそろかね」
バルフレアの愚痴を聞きながら、カイトはいつの間にか静けさを取り戻したフルス伯爵邸を見る。流石の伯爵の手勢も<<天翔る冒険者>>には敵わなかったのか、軒並み倒れ伏していた。これで死人が殆どいなさそうなのは、やはりさすがはバルフレアの采配という所なのだろう。後々の事も考えて動いていた様子だった。
「あ、そうだ。そう言えば、一応二人をこっちに所属させちまったが……そこら大丈夫か?」
「ああ、お前の所なら大丈夫だろ」
カイトの問い掛けに、バルフレアは特に気にする事もないのか普通に流す。カイトの指揮能力は彼も知る所だ。なので気にする必要がないのだろう。
「そか……っと、来た来た」
情報交換を終えて殆どどうでも良い話に入ってしばらく。カイトがまた別の話題を切り出そうとしたところで、屋敷から一人の身なりの良い中肉中背の男が女性冒険者によって連行されて来られた。
「あれが? もう少し若いと思ったんだがな」
「あれでも若いさ。三百年前が異常に若かっただけで、四十を少し超えたあたりだ」
「となると、就任は三十前半ぐらいか」
まぁ、本来なら妥当な範疇か。やはり何事も余程がなければ若くして跡を継ぐ事はない。貴族もそうで、生涯地位にあり続けた者も少なくない。三十半ばで跡目を相続した、というのは十分に若いと見做せた。
「マスター・バルフレア……客ですか?」
「ああ。ダチが偶然な……あっちもほら」
「コロナ? 貴方、どうしてここに?」
身なりの良い男を連れて来た女性冒険者であったが、コロナを見るなり目を見開いた。
「ダチが連れて来た……で、フルス伯爵」
「っ……ユニオンマスターか。貴様ら、何をしたかわかっておるのか!? 私はアーベント王国はフルス伯爵だぞ!」
「ああ、それは勿論。だがなぁ、フルス伯爵さんよぉ……」
怒声を発したフルス伯爵に対して、バルフレアは僅かに威圧的な雰囲気を醸し出す。そうして、彼が告げた。
「こっちだって名前でショーバイやってんだ。その名前出して手を出すな、つってんのに手ぇ出されちゃ、こっちも困るわけよ」
「犬風情の名になぞ、如何なる価値があろう。知ったことではないわ」
「あっははは。その犬風情に良い様にしてやられてんのが、あんただ」
自分たちを愚弄する様な言葉を吐き捨てたフルス伯爵に向けて、バルフレアがどこか嘲笑するように教えてやる。そうして、彼が更に続けた。
「軍が来ると思ってるなら、お生憎様だ。そっちもさしたる問題にゃ、ならねぇよ」
「っ……何が目的だ」
彼らならアーベント王国の正規軍が来ても平然と追い返してしまうだろう。フルス伯爵はバルフレアが来ていた事から、<<天翔る冒険者>>もかなりの腕利きを連れて来ている事を悟っていた。そうなるとここでいたずらに抗戦の意思を見せるのは不利と読み取ったのだ。
「何がって……ぶっ潰し? ウチのギルドメンバーのガキに手ェ出されちゃ、黙っちゃいられねぇんだよ」
「っ……」
はっきりとした交戦の意思を滲ませるバルフレアに、フルス伯爵が僅かに飲まれる。そんな彼に、今度はカイトが口を開いた。
「しかもお前、自領地の幼気な少女らにまで手を出してたって話じゃねぇか。外道も行く所まで行ってんな」
「ふんっ……」
どうやらフルス伯爵当人にも外道の所業という自覚はあったらしい。カイトの言葉に対しては鼻を鳴らして目を逸らす程度だった。なお、彼はどうやらカイトを<<天翔る冒険者>>の幹部だと思っていた様子だった。
「ま、そりゃオレが関与できる事でもないし」
「そもそもお前が言える事でもねー」
「おら!」
「うぉっとぉ!」
「ちっ……避けやがったか。まぁ、それは兎も角……偶然にも目的が一緒なんで、ついでに。今後あの子に手出しはしないでもらおうか」
茶化す様にまるであいの手の様に口を挟んだバルフレアに裏拳をたたき込んだカイトであったが、一転して気を取り直して本題を告げる。それにフルス伯爵はようやく、コロナに気が付いた。
「お前は……ぶべっ!」
「おいおい……曲がりなりにも自領地で領民守って死んだ英雄の遺児だぜ? 自業自得でちょん切られておきながら、何怒ってやがる……テメェが悪いんだろうがよ」
コロナを見るなり柳眉を逆立てたフルス伯爵を蹴っ飛ばし頭を踏みつけ、カイトは威圧的に告げる。
「あ、言い忘れてた。一応、オレは<<天翔る冒険者>>とは無関係でな。マクダウェル領に拠点を置く冒険者……報告は入ってるかな? カイト・天音。日本人だ」
「!?」
カイトの名乗りを聞いて、フルス伯爵が大きく目を見開いた。どうやら報告を受けていたらしい。
「な、なぜ貴様がここに! ここからクシポスまで、どれだけの距離があると思っている!」
「何故って……向こう壊滅させたついでにあんた叩きのめそうかなー、と思って」
「か、かいめつ……?」
まぁ、当然といえば当然だったのかもしれない。エドナの襲撃にはランクS相当の冒険者が最低でも5人は居た。それが軒並み壊滅である。フルス伯爵が思わず信じられないものを見るような目でカイトを見ても不思議はなかった。
「ああ、偶然にもラエリアから死神が来ててね。どうやら奴さんお前さんが裏でやってるシンジゲートの『導きの天馬』捕縛作戦を聞き付けてやって来たらしい」
「し、死神……? そ、それはもしや……そ、それだけで大陸を渡ったと……?」
「そーらしいぜ? 何か特別な所以がある、とかであいつの羽を受け取ってちょっとうれしそうではあったからな。で、ついでに言うとお前が捕まえようとした『導きの天馬』に乗せて貰った」
「……」
これについては流石にフルス伯爵が悪いというわけではないだろうし、カイトでさえ想定し得なかった事だ。彼でさえよもやシンジゲートが雇ったのでは、と警戒したほどだ。
故にあまりの不運な事態――カイトにとっては幸運な事だが――にフルス伯爵も言葉を失っていた。彼とて裏でシンジゲートを操るのだ。裏社会でも有名だろうグリムの事は知っていた様だ。というわけで、カイトが言葉を失って項垂れるフルス伯爵に声を掛けた。
「まー、流石にこれはお前に同情してやるよ。さっすがにこのパターンは想定してなかった」
「……」
まさに天に見放されたとしか言い得ない状況に愕然となるフルス伯爵は、カイトの言葉は一切慰めにはならなかったようだ。
「ま、諦めとけ。それか……そうだな。敢えて言えば天罰って所だ。英雄と賢者は厚く遇せ。それを怠ったお前はやはり、天運から見放される運命だったのさ。因果応報。それは世界が変われど変わらない真実の一つだ」
かつて何時か、貴族として成り立ての自身に誰かが言った言葉を、カイトはここで述べる。村一つを守って死んだというコロナとアルヴェンの両親は間違いなく英雄と言って良いだろう。その恩を忘れてコロナに手を出そうとした時点で、彼の命運は尽きていた様なものだった。と、そんな彼へとコロナが問い掛ける。
「あ、あのー……その人、どうするんですか?」
「あー……どうすっかね。とりあえずオレはボコって終わりだったんだが……今更物理的にボコるのもなぁ……」
「ウチか?」
カイトの視線を受けて、バルフレアが首を傾げる。彼なので政治的な判断は出来るだろう。なのでいっそ彼に全ておまかせとしてしまえば、コロナの身の安全も保証されながら良い様に采配してくれるだろう。
「まぁ、流石に今回は懲りただろ」
「……」
只々愕然とするフルス伯爵に、バルフレアも少しだけ楽しげに笑う。ここまで見事に天に見放された事態というのも珍しい。なにせ少女一人を狙ったが故にカイトが介入するわグリムは現れるわ、終いにはバルフレアである。
よほど運が悪くなければこんな事態になぞならない。おそらくフルス伯爵にとって今日はここ十年で最悪の一日と言って良いだろう。というわけで、流石にこれ以上追撃はするつもりが無くなったのか、バルフレアが告げた。
「おい、伯爵さん……次は、その首が無いと思えよ」
「その前に次があるかな?」
「それもあり得る……ぶっちゃけ、お前らが来るとは思わなかったからな」
ユリィの問いかけに、バルフレアも笑う。今回の事態は一応のこと隠蔽されるが、それでもここまでの事態だ。完璧な隠蔽は無理だろう。そしてサリアがきっちり型にはめると言っている。彼らの背後にヴィクトル商会が居る事はバルフレアからしてみれば自明の理だ。
そこらを鑑みれば、現フルス伯爵の去就は見えていた。貴族という地位を失うのなら、貴族としての彼は死んだも同然だ。なら別に命まで取る意味はなかった。一応脅しだけしておけば十分だろう。というわけで後はヴィクトル商会とプラータ公爵に対応を任せる事にしたバルフレアは、コロナの方を向いた。
「そうだ……コロナ」
「はい」
「一応、俺とこいつはダチだ。安全は保証する……色々と学ばせて貰って来い」
「お知り合い……だったんですか?」
一応薄々勘付いてはいたが、はっきりと明言されてコロナが問い掛ける。それに、カイトは肩を竦めバルフレアははっきりと頷いた。
「まぁな。根回ししてたり色々とやってりゃ、酒も飲む。前の大陸間会議の時も話してるからな」
「他にも、海を渡ってきた所で出会ったりな」
「あれは俺が悪いんじゃねーよ」
呆れ返るカイトの言葉に、バルフレアが拗ねた様に口を尖らせる。と、そうして少し待っているとおそらくこの事態の間にサリアが手配したのだろうヴィクトル商会の職員が現れ、彼らにフルス伯爵を引き渡す。
「では、確かに」
「ああ」
「はい……天音様。少しご連絡が」
「……あいよ」
カイトは職員が指差した耳のヘッドセット型通信機を見て、自身の通信機をヴィクトル商会の通信機に同期させる。
『はい、ダーリン。まいどあり、ですわ』
「はいはい……それで?」
『はい。ご想像通りとは思いますが……プラータ公にご迷惑が掛からない様に差配させて頂いております。後は、こちらにおまかせを』
先にサリアも言っていたが、プラータ公に迷惑が掛かるのは彼女も望まない。が、フルス伯爵がプラータ夫人に関係がある以上、どうしても彼の差配と意向は聞かねばならないだろう。なので一時的にフルス伯爵の身柄はヴィクトル商会が預かり、となるのであった。
「頼む。こっちはすぐに戻る」
『お待ちしておりますわね』
「あいよー……さーて、なーんか適当に他所様の喧嘩見に来ただけの気がすんだが」
カイトは撤収の用意を行う<<天翔る冒険者>>の冒険者達を見ながら、ため息を吐いた。何をしに来たのだ、と言われても何もすることがなかったのだから仕方がない、と返すしかなかった。と、そんな彼にバルフレアが手を挙げる。
「カイト。根回し忘れないでくれよ」
「あいよ。こっちもこっちで色々根回しはやっとくよ」
「サンキュ」
やはり直近でユニオンの全体会合があるのだ。これに参加するのはカイトは確定だし、バルフレアとしてもユニオンの事を考えた場合暗黒大陸の調査は必須だ。というわけでそこらの念押しはしておこう、というわけなのだろう。というわけで、根回しを請け負った後。カイトはエドナに跨った。
「さて……帰るか」
「結局、何しに来たんだかー、って感じだねー」
「言うな。骨折り損のくたびれ儲け……ま、しゃーないさ」
「ご、ご迷惑をおかけしました……」
もう何がなんだかさっぱりなコロナが二人へと謝罪する。というわけで、そんな三人は再びエドナに乗って、マクダウェル領へと帰還するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




