第1808話 秋の旅路 ――死神二人――
クシポス山にやって来ていた『導きの天馬』。それはかつてのカイトが自身の愛馬としたエドナと言う名の『導きの天馬』だった。数百年の時を経て遂に再会を果たした主従であったが、カイトは裏ギルドの目的となっていたエドナを逃しグリムと共に裏ギルドの冒険者達との戦いに臨んでいた。
「……」
『……』
<<原初の魂>>を発動した裏ギルドの冒険者達と、カイトとグリムはひりつくような空気の中にらみ合いを続ける。誰かが行動を開始した時点で、戦闘は開始だ。故に誰も安易には動けない。それはカイトでもそうだし、グリムでもそうだ。
が、このにらみ合いのどちらに分があるかというと、それは言うまでもなくカイト達にある。カイト達は待てば増援が来るし、裏ギルドの冒険者達の目的である『導きの天馬』も遠くへと逃げていく。まだ辛うじて追いつけるだろう距離だが、何時まで次元転移で逃げないかは彼らには未知数だ。故に先に焦れたのは、裏ギルドの冒険者側だった。
「っ」
裏ギルドの冒険者の一人の姿勢が僅かに前に傾斜した瞬間。戦いは始まった。まず虚空を蹴ったのは、カイトだ。彼は裏ギルドの冒険者の一人が焦れるのを気配で読み取ると、その僅かな迷いが生じている瞬間を狙い澄まし、先手を取ったのである。
いわゆる、後の先だ。そうして裏ギルドの冒険者が行くか行くまいか悩み、行動に移る一瞬の隙を突いたカイトが<<縮地>>で消える。とはいえ、相手とてランクSにも匹敵する冒険者で、<<原初の魂>>さえ発動した冒険者だ。幾らカイトの<<縮地>>だろうと、追い切れた。
「速いがっ!」
「はっ!」
カイトが自身の真正面に移動したのを見極めた裏ギルドの一人は、手にしていた両手剣でカイトの斬撃を防ぎ切る。幾らカイトの武器が優れていようと、流石にランクS相当の冒険者が持つ武器は一息には切り裂けない。縛りを解いているカイトの攻撃であっても、一撃は余裕で耐えきれていた様子だった。そうして一瞬の鍔迫り合いを生じさせる両者の所に、別の裏ギルドの冒険者が一瞬で肉迫して槍を突き出す。
「はぁあああ!」
『おぉおおおお!』
「! ちぃ!」
突き出した槍に向けて振るわれる大鎌を見て、槍を持った冒険者が苦々しい顔で消える。転移術で距離を取ったのだ。が、そこに更にグリムもまた消え、追撃に移る。そうして転移術の応酬と攻撃の応酬に移った二人に対して、カイトは即座に刀を消失。鍔迫り合いを終わらせて距離を取りながら、魔銃を構える。
「っ」
放たれる無数の魔弾を切り裂きながら、両手剣を持つ冒険者はこの猛攻から逃れられるタイミングを図る。が、彼はカイトが左手一つで魔銃を乱射している事に気付き、これが単なる足止めに過ぎない事を理解した。
「つっ、ちぃ!」
「ほぅ……」
敢えて自身の魔弾の攻勢を受ける事にした両手剣を持つ冒険者に、カイトは僅かに目を見開く。どうやら右手の魔銃に莫大な魔力が蓄積されている事に気が付いたのだろう。
間違いなく、こんな物に直撃すればランクSの冒険者だろうと命は無い。そんな量だった。が、そんな両手剣持ちの冒険者に対して、カイトは左手の魔銃を乱射しながら一気に距離を詰める。と、そんな彼の真横に、裏ギルドの拳闘士が一瞬で詰め寄った。
「させんっ!」
「どうかな?」
「っ」
読まれていた。カイトが連射していた魔銃に取り付けられたナイフを振り抜いていたのを見て、拳闘士が思わず目を見開いた。が、やはり流石は拳闘士という所だろう。
反射神経であれば他の武器種より遥かに上で、振り抜かれたナイフに対して咄嗟に突き出そうとしていた左拳の手の甲にある金属のガードで弾き飛ばす。それに、カイトは右手の魔銃の銃口を拳闘士へと向けた。
「っ」
「この距離……結構、キツいぜ?」
盛大に顔を顰めた拳闘士に、カイトが笑いながら溜めに溜めた魔弾を発射する。この距離で、なおかつ完全な直撃コース。それでも、やはり相手とてランクS相当。咄嗟に右手を犠牲にして、なんとか防御には成功する。
「ぐっ!」
ゴキゴキ、という嫌な骨の砕ける音が鋭敏化したカイトの耳にまで聞こえてくる。とはいえ、右手を一つ犠牲にしただけの事はある。この威力だ。本来なら、命はなかった。そうして魔弾の破壊力の大半を逃すも、激痛と衝撃の全てを殺す事は出来ず拳闘士は大きく吹き飛ばされていく事になる。それに対して、カイトは容赦なかった。
「……ふぅ……」
音速もかくやという速度で吹き飛ばされていく拳闘士へと一瞬で照準を合わせ、一瞬で魔力を蓄積。先程と同じ程度の威力の魔弾を放つ。
「っ」
流石にこの状況だ。拳闘士は追撃として放たれた一撃に対処出来るとは思わず、苦々しい顔を浮かべる。が、ここで彼にとっては幸運な事があった。それは人数であれば、彼ら裏ギルドの冒険者達の方が多かった、という事だ。放たれた巨大な魔弾は道半ばで、弾け飛んだ。
「ふぅ……何という馬鹿げた魔力量だ。っと」
カイトの魔弾を弾け飛ばしたのは、裏ギルドに所属する最後の一人。唯一戦闘に加わっていなかった魔術師だった。初撃は両者が近かった事。二撃目はあまりのカイトの馬鹿げた出力に介入が僅かに遅れた様子だった。そんな彼は更に放たれたカイトの速射に対して、転移術で即座に距離を取る。が、その直後。なんとか難を逃れたはずの拳闘士の胸から、漆黒の刃が生えた。
「ぐっ……な……に……?」
『……我が刃から逃れ得る者無し』
何が起きたのか。拳闘士は理解出来ぬまま、地面へと落ちていく。が、残念な事にグリムも槍使いと戦いながらの奇襲だった為か、心臓を貫くには至らなかったらしい。ギリギリ即死は免れたらしく、なんとか地面への着地に成功していた。
「へー……流石は死神。容赦ねぇな……」
完全に不可避かつ想定外のタイミングでの一撃だ。カイトも避けられたかは未知数。そんな一撃にさしもの彼も思わず呆気にとられ、感心していた様子だった。
「オレも負けちゃいられないな……やるか」
撃墜マークを一つ付けたグリムに対して、カイトもまたやる気を見せる。彼がどうやって離れた場所から拳闘士を攻撃したかは定かではないが、戦いは終わっていない。
故にカイトは今の一幕の間に体勢を立て直していた両手剣持ちの冒険者に向けて、再度虚空を蹴る。が、そこで彼は足が動かない事に気が付いた。
「っ」
『貴様に何度も攻撃させるわけにはいかん』
「おぉおおおおお!」
どうやら転移した魔術師が何かしらを仕出かしたらしい。カイトの脳裏に彼の声が響いて、同時に立て直しを完了した両手剣持ちの剣士が一気にカイトへ向けて雄叫びを上げながら突進する。
「前にオレがラエリアでやったあれをやろうってか?」
雄叫びを上げながら刻一刻と加速する剣士を見ながら、カイトは僅かに笑う。ラエリアでやったあれ。それは加速に加速を重ねて全てを一撃に込める特大の攻撃だ。
カイトと両手剣持ちの剣士の相対距離はおよそ300メートルほどと、かつてを知っていれば遠くはない様に思えるが、要塞と人一人だ。人一人を消し飛ばすなら、これで十分だ。そうして瞬く間に音の壁を突破した剣士に対して、カイトはこの攻撃には一家言存在すればこそ、その弱点を正確に見抜いていた。
「おぉおおおお!」
「っ!」
魔力を総身に漲らせて<<戦吼>>を上げたカイトを見て、魔術師が思わず顔を顰める。そしてその一瞬の隙を逃すカイトではなかった。一瞬だけ拘束が緩んだ瞬間を狙い、一気に前へと飛び出した。
「っ!?」
「はぁああああ!」
刀を構え雄叫びを上げて突進してくるカイトを見て、両手剣の剣士は思わず目を見開いた。が、その途中。なんとか気を取り直した魔術師がカイトの行動を阻害する。
「これで十分!」
「ちぃ!」
カイトの目的は前に出る事だ。故にその場で押し留められようと、問題はない。あの一撃の最大の弱点は、相手が動いてはならないことだ。それだけ威力は減衰してしまうし、入念に準備を重ねても攻撃が失敗してしまう可能性が格段に高くなる。よしんば成功しても、威力は移動やら準備の煩雑さに見合わないほどに格段に落ちてしまう。そしてそれ故、カイトが動いた時点で彼の勝ちは見えた様なものだった。
「ぐっ!」
「おぉおおおおお!」
一瞬の鍔迫り合いの後、カイトが雄叫びを上げて剣士を押し戻す。そうして、僅かに押し戻された直後。一気に剣士は吹き飛ばされた。その速度たるや、音の壁を軽々と超越するほどだった。
「行け!」
剣士を大きく吹き飛ばしたカイトは、そのまま無数の武器を編み上げて一気に投射。更に合わせて隠形の魔術で隠れる魔術師を気配だけで見つけ出す。
「見えてるんだよ!」
『!?』
「おらぁ!」
『な、何!?』
まさに力技。そうとしか言い得ないカイトの強大な一撃を見て、魔術師が思わず瞠目する。それは圧倒的なまでの魔力の光。単なる魔力放出だ。が、それ故に回避か力技での防御しか通用しない。
故に自身目掛けて一直線に放たれた魔力放出に対して、魔術師は慌てて隠形を解いてその場を離れる。そうして、直後。周囲の空気ごと巻き込んで、カイトの魔力の光条が飛んでいった。
「「「……」」」
遥か彼方へと飛んでいく魔力の光に、裏ギルドの冒険者達は思わず唖然となる。あんなものに直撃すれば、間違いなく命は無い。それを思わせる一撃だった。
「うーん……やっぱりちょっと威力落ちてるなー……ま、けが人だからしゃーないんだが」
一応言うが、これでもカイトは大怪我を負ったままだ。それでランクSの冒険者達に勝てるのだから、相変わらず彼の強さは留まる所をしらなかった。
「さ、続けようぜ」
「「……」」
楽しげに双剣を構えるカイトに、裏ギルドの冒険者達は一斉に頷きあう。と、それと時同じくして、唐突に遥か彼方から巨大な光条がカイト目掛けて飛来する。
「っ!」
「今だ!」
「ちっ……飛空挺か。忘れてたな」
やはりどうしても広大なマクダウェル領で、この世界には高性能なセンサーがまだ未実装という仕方がない側面がある。カイト達もラエリアの折りにはそれを利用させてもらったわけであるが、それを利用されて戦艦に近い類の飛空艇が入り込んでしまっていた様だ。
まぁ、どうせ政府機関内部にも内通者が居た様子だし、巡視艇の類の巡回ルートはバレていた事だろう。抜けられていても仕方がないと諦めるしかない。そうして放たれた主砲の一撃に対して、カイトは双剣を構えながら、しかし裏ギルドの冒険者達の予想に反して盾を前面に展開して防御する。
「ちっ! そう上手くはいかないか!」
「当たり前だ!」
盾と魔導砲のぶつかりで生まれる閃光の裏で、カイトと両手剣持ちの冒険者が鍔迫り合いを行う。そこに、魔術師が更に戦艦の主砲を上回る魔術を展開した。
「其れは偉大なる螺旋! <<ヘリクス・マグナ>>!」
杖の先から放たれたのは、螺旋を描く光条だ。とはいえ、ティナの<<螺旋呪文>>の系統ではないだろう。あれはまだ発表されてすぐの技術で、実戦に持ち込めているのは限られている。この魔術師にそこまでの腕は無いだろう。
とはいえ、ランクSの冒険者が一小節とはいえ口決を唱えただけの威力はあり、並のランクSの冒険者なら直撃すれば跡形もない威力ではあった。砲台型魔術師の面目躍如と言えるだろう。と、そんな螺旋の光条の飛来を横目に、両手剣の剣士が気合を漲らせる。
「おぉ!」
「っ」
今まで鍔迫り合いをしていた所にさらなる力を加えられ、僅かにカイトが押し込まれる。そして押し込んだ直後。両手剣を持つ冒険者がその場から飛び退いた。が、その直後。どういうわけか彼の背後に、カイトが回り込んでいた。
「何!?」
「おらよ!」
「ぐっ!」
何がなんだかさっぱり。そんな様子の両手剣を持つ冒険者であったが、流石に驚いた上に回避の途上に攻撃を食らってしまっては身動きが取れなかった様だ。
カイトの踵落としを完璧に受けてしまい、地面へと直撃する。そしてその一方で、魔術師もまた困惑の状況に追い込まれていた。というのも、こちらの背後にもカイトが回り込んでいたからだ。
「はーい、そこまでにしといてもらいましょーか」
「……どうやった? 転移術で背後に回り込まれたのは、理解した。が、明らかにお前は一人ではなかった」
目の前にもカイト。背後にもカイト。しかもどの様な魔眼を使っても、どちらも本物にしか見えないのだ。どちらにどの様な対処をすれば良いか、ランクSの冒険者を以ってしても判断出来なかった。
「さぁ? 飯の種を明かすほど、お人好しでもないさ」
実際には単に契約者としての力を使って精巧な分身を編み出しただけだがね。両手剣持ちの剣士を叩き落とした分身を見ながら、カイトは内心で笑う。やはり契約者は殆ど居ないのだ。どんな力を使えるのか、とエネフィアでさえ不明な部分が多かった。と、その一方でグリムの方も戦いを終えていた。
「……お見事、かね。殺さなかったのか?」
『殺すまい、とは思わなかった。ただ死ななかっただけだ』
「なるほど……ま、そこまでボロボロだ。もう反抗出来る余力も残されていないだろうな」
カイトは戦闘開始時点では槍を持っていた冒険者――今はその槍も見当たらないが――が半死半生状態にあるのを見て、悪くはない腕だったのだろうと理解する。
まぁ、それでもグリムには到底匹敵しなかったらしい。こちらもこちらで圧倒的だったと言えるだろう。と、丁度その時だ。遠方から無数の光がこちらを照らし出す。
「……軍の援軍か」
『……下には冒険者達の援軍も来た様だ』
「どうやら、タイミングを合わせたという所か。これなら流石に飛空艇も動くまいさ」
カイトはこちらの戦闘の敗北を見て逃げ出そうとしていたらしい飛空艇の背後を見ながら、僅かに笑う。流石にランクS相当の冒険者達と戦いながら飛空艇まで捕縛は厳しいかな、と思っていたが、間一髪の所でこちらの増援も間に合ってくれた様だ。
そうして、カイトはクズハ達が手配した軍へと下で捕縛されていた裏ギルドの冒険者達の引き渡しを行う事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




