第1807話 秋の旅路 ――久遠の彼方より――
クシポス山で行われていた『導きの天馬』捕獲作戦。偶然により自身の領地で行われる不法行為にして危険行為を知る事になったカイトは、何かしらの理由により協力を申し出た傭兵ギルド<<死翔の翼>>三代目団長のグリムと共に裏ギルドと呼ばれる違法な行為を専門とする非合法なギルドの冒険者達との戦いに陥っていた。
「ふぅ……あー……疲れた」
地上で上空の『導きの天馬』捕縛作戦を行う冒険者達の支援を行っていた冒険者達の掃討を終えて、カイトは首を鳴らす。惜しむらくは、という所なのだが今回カイトは冒険者を誰一人として殺していない。なので時間が掛かってしまった事は、否めないだろう。
一応、努力目標だったのでそこまで手加減したつもりはなかったのだが、それでも大凡死んではいないだろう。ここで裏ギルドの冒険者を皆殺しにしてしまうと、冒険部の長のカイトとしての悪評が立ってしまうからだ。それはあまりに得策ではなかった。
「さて……」
当然であるが、空中での戦いがメインである以上こちらに居た冒険者は大半が上の冒険者より腕が劣る。なので早々に打ち倒したこちらに対して、グリムはまだ交戦中の様子だった。
如何にランクSでも上位層に位置する彼とて、相手が同格となれば話は違う。彼の特殊な力は格下の攻撃を無効化するものであって、同格の攻撃まで無効化は出来ないらしかった。
更には『導きの天馬』の攻撃も防がねばならない――おまけに攻撃も出来ない――事もあり、如何に彼でも上手く戦えていなかった。とはいえ、それでも一人でその両者に対応して圧倒出来ている時点で、彼の強さは察するにあまりあった。
「こっちは終わり、と……ユリィ。捕縛は全部おまかせして良いか?」
「はいはい。ぜーんぶお縄につけちゃいますねー」
「よろー」
このまま倒した裏ギルドの冒険者達を放置しても、目覚められて逃げられては面倒だ。裏ギルドの所属の時点で犯罪行為を行っていた事は明白だし、高ランクの冒険者の場合、ある程度の実績があれば裏ギルドと思しき場合は無許可で捕縛しても良いとユニオンから言われている。
現在のカイトであれば、実績から本来の身分でも天音カイトとしても捕縛の許可は与えられていた。ひっ捕らえてユニオンに引き渡せば報奨金も出るので、逃げられない様にしておくのが得策だった。そうして逃げられない様に拘束に入ったユリィを横目に、カイトは地面を蹴って一気に飛翔して『導きの天馬』を守る様に戦っていたグリムの横に移動する。
「っ……」
「下は……やられたか」
『終わったか』
「ああ。下は軒並みおねんね中だ」
飛来したカイトに上空で戦っていた者たちは軒並み下が壊滅した事を悟る。まぁ、彼らは下の冒険者より遥かに強い様子だ。下で暴れまわっていたカイトの気配には気付いていただろうし、それなら下が耐えきれないだろうというのも理解出来ただろう。誰もが仕方がない、と思ったり、堪え性のない奴らだ、と苦味を浮かべていたりした。
「にしても……一二三四……ランクS級が四人か。正気かよ。ラエリアの戦い並だぞ」
「金払いがよくてね」
「おい……」
カイトの言葉に裏ギルドの一人が楽しげに告げ、それにまた別の一人がため息を吐いた。裏ギルドの良い点は、と言われるとそれは幾つかあるが、非常に下世話な話をしてしまえばそれは金銭面だ。やはり誰かには言えない依頼をされる事が多いのが、裏ギルドにもたらされる依頼だ。
なのでその依頼の大半が依頼料に口止め料が含まれており、任務の危険性や秘匿性から簡易な依頼――裏ギルドの者たちにとってだが――でも莫大な金銭が動く。定期的に依頼がありかつ金払いが良ければ、この様にランクS相当の冒険者を動かす事だって容易だった。と、そんな冒険者の返答に、グリムが僅かに剣呑な雰囲気を醸し出す。
『……』
「どうした?」
『俺にとって、『導きの天馬』とは重要な存在だ……それを言うに事欠いて金で捕まえるなぞ……今、こいつらは俺に喧嘩を売ったも同然だ』
「……お前、本気で傭兵やめろよ」
どうやら金を積まれただけで『導きの天馬』を捕らえようとしたこの裏ギルドの冒険者達に、グリムは非常にお冠らしい。それにカイトは盛大に呆れ返っていた。
グリムが率いる<<死翔の翼>>は傭兵ギルド。戦闘を専門としたギルドだ。裏ギルドに最も近いギルドの一つと言って良いだろう。にもかかわらず、これである。カイトのツッコミは正しいものだった。
『……金は稼がねばならんし、こちらにも色々とある。戦いの腕を落とすわけにもいかんしな。傭兵をするのが一番良いのだ』
「そうか……まぁ、そういうことなら仕方がないか」
どうやらグリムが傭兵をしているのには、色々な事情があるのだろう。カイトは彼の返答に乗っていた苦笑というか苦味に気づき、彼には彼の事情があるのだと理解する。とはいえ、それは今はどうでも良い事だ。と、そんな会話を繰り広げていたわけだが、グリムがふと気が付いた。
『……にしても。お前を敵とは思わない様だ』
「動物には好かれる性質でね」
カイトは自身を一切敵とは思わない『導きの天馬』を見ながら、グリムの言葉に笑う。とはいえ、そんな彼は一転してグリムへと問いかけた。
「……それにしても。お前も警戒されていないな? こいつは相当なじゃじゃ馬だと思うんだが……」
『俺にも理由がある……賭けではあったが、流石は伝説の天馬だ。わかってくれた』
「ふーん……」
何があるかはさっぱりわからないが、どうやらグリムにも何かしらの理由と事情があったらしい。自身かその仲間達でなければ決して懐かないこの『導きの天馬』が攻撃の意図を見せなかった所を見ると、彼にも何かしらの所以があるのだろう。と、そんな言葉でカイトはふと、気になる言葉がある事に気が付いた。
「……ん? お前……こいつが勇者カイトを救った個体と同一だと思うのか?」
『っ』
どうやら、グリムからすると今の発言は失敗だったらしい。一瞬だが彼の気配が揺れ動いた様子があった。とはいえ、そんな彼は一転して気を取り直して、逆にカイトへと問いかけた。
『……俺は何も言っていないが? お前こそ、同一の個体だと思うのか?』
「オレは、そう思うだけだ」
『俺もこの聡明さから、そう思っただけだ』
「……そうか」
どうやらお互いにこれ以上突っ込んでも益はなさそうだ。カイトはグリムの言葉に僅かな警戒を内心でいだきながらも、今ここで揉めるのは得策ではないと判断。これ以上の追求はしない事にする。
何より、敵の前で仲間割れなぞ馬鹿でしかない。というわけで、カイトはこれ以上この話題を繰り広げるつもりはない、とばかりに別の事を問い掛ける。
「……何人、抑えられる」
『全員抑えていたのは俺だ。問題にはならない』
「そうか……なら、オレが加わった時点で勝ちだな」
『ああ』
どうやら素のグリムはどこか血気盛んさの滲む若い男らしい。カイトの言葉に大鎌を一度振るい、見得を切る。
『<<死翔の翼>>三代目頭目グリム……今は単なる一人の戦士として、推して参る』
「良いね。やる気に満ちあふれている」
轟々と闘気を漲らせるグリムに、カイトが楽しげに笑う。そんな彼もまた轟々と闘気を漲らせ、しかし一瞬だけ『導きの天馬』に、かつての自らの愛馬の顔に口を寄せた。
「……よぉ、ダチ公。久しぶりだな……色々と言いたい事はある。が……とりあえずはありがとな。後は、オレとこいつに任せてくれ。オレ以上に強い奴なんて、この世には居ないんだからな」
『……ええ、そうね』
「ふぁ?」
自身の言葉に言葉を返した『導きの天馬』に、カイトが一瞬呆気にとられる。まさか言葉を話すとは思いも寄らなかったのだ。それに、彼女がどこかいたずらっぽく告げた。
『数百年も貴方を追い続ければ、言葉の一つも覚えるわ……貴方が過ごした日々に比べれば微々たるものでしょうけど』
「なんだよ……やっぱりお前か」
『ふふ……』
どこか子供っぽさの滲むカイトの言葉に『導きの天馬』、もといかつての彼の愛馬であったエドナは楽しげに笑う。どうやらあの視線はやはり彼女で、かつての主人を遠くから見ていただけなのだろう。ならばこそ、とカイトは告げる。
「……さ、行けよ。オレがオレで、そしてあいつである以上。この程度の相手にお前の手が必要か?」
『……』
あり得ない。カイトの、もう一人の彼の活躍を最も傍で見続けたのは、他ならぬ自身なのだ。であれば、たかだか強いだけでこの程度の人数を前に苦戦なぞあろうはずがない。
カイトの問いかけに、エドナは一切の言葉は述べなかった。ここで引かないのは、彼が彼でないと言う様なものだからだ。そうして、彼女は虚空を強く蹴ってその場を離れる。
「あ、逃がすな!」
「ちぃ! ぐっ!」
「おいおい……行かせると思うか?」
虚空を駆け抜けるエドナを追う様に虚空を足場に<<縮地>>を使った冒険者の一人に対して、カイトがその途中を狙い蹴りを叩き込む。自らの愛馬だ。行かせるわけがなかった。
「っ……こいつ……」
まさかここまでの猛者とは。裏ギルドの冒険者達は、ランクSの冒険者に匹敵する腕利きの<<縮地>>の途中を狙い打つという絶技を見せたカイトに、一気に警戒感を滲ませる。
カイトが見張られていた時点で、彼については調査が行われていた。そこでランクAにふさわしいだけの腕は持つと判断していた彼であったが、それでもそれ以上とは到底思わなかった様だ。
まぁ、無理はない。カイトは今、ランクAの状態という縛りを解いたからだ。一切の容赦なく、この四人は潰す。幸いグリムの口止めは出来るし、今はそんな事を考えたい気分でもない。それに増援が来る前に捕まえてしまえば、後はこちらのものだ。公爵たる彼にとって、情報の隠蔽なぞお手の物だ。
「……やるぞ」
「ああ」
一人が警戒を抱けば、後は全員が連鎖的に警戒を抱いていく。そして警戒を抱いた時点で、裏ギルドの冒険者達は油断なかった。喩え相手がランクAの冒険者とされていようと、あのタイミングをねらい打てるのだ。ランクを当てにするのは間違いだ。今までの彼らの経験がそう告げていた。
「「「っ」」」
全員が一斉に、<<原初の魂>>を開放する。どうやらカイトとグリムの二人を打ち倒さねば、『導きの天馬』の捕縛も何もあったものではない、と気付いたのだろう。とはいえ、それは判断が遅すぎた。今のカイトは、かつての彼と半ば一体化していたからだ。
「来い」
カイトは<<原初の魂>>を開放した裏ギルドの冒険者達に対して、彼の本来の武器たる双剣を取り出す。この武器はかつての世界において、かつての彼の武器を模した物。そして同時に、彼にとって最も手に馴染む物だ。とはいえ、そんな様子を見て、グリムが僅かに気配を揺らがせた。
『……それは』
「オレの情報を漁ったんだろ? 何を驚く必要がある」
『……そうだな』
何を驚いているんだろう。カイトは気配が揺れたグリムに訝しみながら、前を向く。そうして、<<原初の魂>>を開放した裏ギルドの冒険者達対、カイトとグリムという異色の二人による『導きの天馬』を守る戦いが始まるのだった。
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