第1806話 秋の旅路 ――勇者・強襲――
遠い遠い過去。そこから自身を求めやって来た『導きの天馬』を救うべく動き出したカイト。そんな彼の増援となったのは、どういうわけか単独で大陸を渡っていたグリムと呼ばれる冒険者だった。
それはかつて瞬を一方的に打ち倒し、彼の体を借りた豊久と互角に戦った戦士だった。そんな黒衣の死神を味方に、カイトはユリィと共にクシポス山最奥で行われていた『導きの天馬』捕獲作戦への強襲を行なっていた。
「……」
クシポスの山の上から、カイトは一度だけ戦場と化してズタボロになった山の奥地を見る。
「……あぁ」
やっぱりお前なのだな。カイトの中に眠るかつての彼が、カイトに声を零させる。
「どうしたの?」
「……あれ、見ろよ。薬草の群生地……ぜんっぜん傷付いてない。『導きの天馬』があそこだけ次元を隔離したんだ」
「あ……」
カイトの指摘で、ユリィも僅かに位相がズレた所に移動させられている薬草の群生地に気が付いた。自身が強大な力を使っても大丈夫な様に、『導きの天馬』が配慮してくれたのだ。
これこそ、幻獣と呼ばれる存在。そして同時に生物学的に見て『導きの天馬』を魔物として分類する、となった時に大紛糾した理由の最たるものだった。
「……助けないと、ね」
「ああ……幸い、ドクロの死神が今回ばかりは味方だ。勝てるさ」
ユリィの言葉に、カイトは一度だけ上を見上げる。そちらではすでにグリムが戦闘を開始しており、流石の裏ギルドの冒険者達も彼の介入となって大いに浮き足立っている様子だった。攻めるなら今。そんな状況だった。
「さぁて……ウチの領土でどえらい事してくれたじゃねぇか……覚悟は出来てるんだろうなぁ……」
どうやらグリムには自分が姿を偽っている事はバレている様子なのだ。なら、今更手加減なぞ必要がない。であれば、思い知らせてやるだけだ。死神と呼ばれる男以外にも、死神と呼ばれた男が居た事を。死神以上の死の遣いがいた事を。そうしてカイトは山の上から飛び降りて、偽装を解いた。
『お前だから、頼むんだ』
かつての時。自分が死地に留まると決めた時の言葉が、自らの耳に聞こえてきた。なら、示さねばならなかった。自分が自分である、と。
主人を久遠の時の果て、遥かな彼方から見守り続けてくれた者に、主人の帰還を知らせねばならなかった。そうして、カイトは一気に『導きの天馬』と裏ギルドの冒険者達の真下。空中で戦う裏ギルドの腕利き達を支援する場へと舞い降りる。
「なんだ!?」
「誰だ!」
「誰とか何だとか……別にどーでもいいだろ。取り敢えず潰しに来た死神って所だ」
砕けた地面を更に砕き飛来したカイトは、騒然となる裏ギルドの冒険者達に獰猛に笑いながら告げる。そうして、彼は手を広げ左右に無数の武器を生み出した。
「さぁ……逃げろ。逃げられるのならな」
「「「……」」」
カイトが何者かは、この場の裏ギルドの冒険者達にはわからない。が、幾つかわかった事がある。この男は間違いなく、並の冒険者ではない、という事だ。そして同時に、この男は自分達を逃しはしない、という事だ。そうして、無数の武具による一斉射が開始される。
「ふぅ……」
一斉射を横目に、カイトは一度だけ息を吐く。変わった物。変わらない物。様々だ。変わった物は明白だ。今の自分の立場。戦い方。変わらない物もまた、明白だ。己の生き様。生き方。心。
変わった物は元には戻せない。特に戦い方は無理だ。あの頃より遥かに高度な技術を身に着けた今、あの頃の様な未熟で力任せな戦い方はもう出来ない。だが、そこに宿る心だけは変わらない。
(あのマクダウェル流はもう使わないし、今はもう使えないが……)
それでも。培われた技は失われず、あの剣技に宿っていた誇りは今も胸にある。だからこそ、カイトは敢えてそれになぞらえる様に、かつての自身が行った様に騎士の様に大剣を前に構えた。
「いきなりどしたの?」
「……あいつ、オレの愛馬だったわ。まさか『導きの天馬』に乗ってたとはな」
「そなの? でも、道理で……」
唐突な暴露にユリィが思わず驚き、しかしなるほど、と納得を得る。そうでなければ何度となく『導きの天馬』が救ってくれる様な奇跡なぞないのだ。そして、カイトである。それぐらいの事を仕出かしたとて、不思議なぞ一切あろうはずがなかった。
「馬小屋とか必要かな?」
「いらねぇな」
ユリィの問いかけに、カイトは一瞬だけ目を閉じる。そうして、彼は投擲する武具と共に一気に駆け出した。
「こいつ……速い!?」
「そりゃどーも! おらっ!」
投射する武器は全て囮。敵を逃げられなくする為だけの牽制。牽制で倒れる者はそれはそれで構わない。カイトはそんな具合で無数に武器を投げつけていた。故に彼が直接打ち倒すのは、自身の武器の投射に対応出来る者だ。
「っ! こいつ! なんて馬鹿力してやがる! っ!?」
「力だけじゃ、無いぜ?」
自身の一撃を防げた者に対して、カイトは即座に背後に回り込んでその背を打つ。そんな彼に対して、なんとか武器の投射に対応しながらも彼へと攻撃を仕掛けられる者も居た。
「はぁああああ!」
「はい、いらっしゃい!」
「っ」
カイトの背後に向けて上段から斬りかかろうとした裏ギルドの冒険者であるが、そんな彼はカイトの肩に腰掛けたユリィが振り向いたのを受けて咄嗟に立ち止まる。が、その直後。彼は雷撃に飲まれ、吹き飛ばされた。
「はい、おまけ」
吹き飛ばされた冒険者に向けて、カイトが更に武器を投射する。が、どうやらこの冒険者はランクで言えばランクS相当に居たらしい。吹き飛ばされる勢いを初速として利用して加速し、カイトの武器との相対速度を減速。片手剣を使いある時は切り払い、ある時は左手の盾で見事にその全てを叩き落としていた。
「ほぉ……」
中々にやるものだ。背後の気配で自身の攻撃を避けた事を理解し、カイトは僅かに片眉を上げる。それに対して、彼の攻撃を避けた冒険者が消えた。転移術だ。どうやら、真っ当に生きていてもおそらく超級の腕利きとして名を馳せただろう冒険者だったようだ。
「はっ! っ!?」
「ほぉ、やるもんだ」
「貴様もやる! まさか表にそこまでの腕を持つ奴が居るとはな!」
転移術の応酬を繰り広げ、カイトの賞賛に対して裏ギルドの冒険者が楽しげに告げる。転移術はかなりの技術だ。それを近接戦闘を行う者が使えるのだから、中々と言って良いだろう。
とはいえ、それはカイトにとってどうでも良い事だし、何より今こいつに時間を掛けるわけにもいかない。故に彼は一切の迷い無く、転移術で距離を取った。
「っ、そこか!」
距離を取ったカイトの転移先を読み、裏ギルドの冒険者が消える。カイトの背後に更に転移術で回り込んだのだ。が、転移する直前。障壁が消えるその瞬間――転移の先にカイトが居た事で障壁を先に転移させてカイトの先手を防ぐ為――を狙い撃ち、雷撃が迸った。
「な……に……?」
「あちゃー。やっぱりランクSにこの威力じゃダメかー」
「……ちっ……まさか、この隙を狙い撃てるほどかよ……」
地面に倒れ伏しながら、裏ギルドの冒険者が楽しげにユリィの腕に言外の賞賛を述べる。彼は近接の冒険者。その転移における障壁の途切れる瞬間は、まさに刹那だ。コンマゼロ秒を更に下回る。
そうでないとランクS同士の戦いで転移術なぞ使えない。それを狙い撃った挙げ句、成功させたのだ。生半可な腕で出来る事ではなかった。
「悪くない腕だ。これを機会に、更生しておけ」
「それが良いねー」
「……はっ」
自身の転移を囮にしたカイトが倒れ伏した冒険者の真横に降り立ち、その肩に座りながらユリィがその言葉に同意する。余談であるが後に軍に捕まった彼が調書で述べた事には、強敵と戦う為に裏ギルドの入ったそうだ。彼曰く、カイト達やグリム――意外かもしれないが彼は裏ギルドではない――を筆頭に表も案外悪くない腕の者が多い、ということでカイト達の言葉を契機に表社会へと復帰したとの事であった。
「さて……これで終わりか? 違うだろう? まだまだ来いよ」
腕利きと思われた冒険者を打ち倒し、カイトは残る冒険者達へと楽しげに挑発する。それは後にユリィが少し楽しげにどっちが裏ギルドの冒険者かわからない、というほどに荒々しい顔だった。そうして、二人は残る冒険者達を軒並み倒していくことになるのだった。
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