第1805話 秋の旅路 ――黒衣の増援――
ティナのエンテシア家当主継承に伴う旅。それは紆余曲折を経て、かつてカイトが出会った『導きの天馬』という魔物を探す旅へと変貌する。
そんな旅であったが、その『導きの天馬』捕縛を狙うシンジゲートが雇った裏ギルドの行動により『導きの天馬』が暴走するという事態となっていた。
そうして、少し。カイトは暴れる『導きの天馬』からクシポスの麓町防衛を手助けしつつ、『導きの天馬』を救うべく行動する事を決める。その最中。同じく麓町防衛の指揮官の一人として動いていたタウリと話していたわけであるが、そのタウリが唐突に言葉を失う事となっていた。
「どうした?」
唐突に言葉を失ったタウリに向けて、カイトが問いかける。そんなタウリの顔は真っ青になっており、何がなんだかさっぱりだった。
「……死神……」
「あれは……まさか……」
「……」
死神。誰かが呟いた言葉で、カイトはゆっくりと後ろを振り向いた。そこに居たのは、かつて瞬を筆頭にした冒険部を危機に追い詰めたドクロの仮面を被った黒衣の死神。グリムその人だった。
「……て、敵襲!」
「急いで戦える奴は前に出ろ!」
『……』
唐突に現れた死神に、冒険者達が一斉に声を荒げて陣形と隊列を整えるべく動き出す。相手はランクSの中でも特にヤバいと言われている悪名高き冒険者の一人。タウリの様に情報を仕入れられていない者も居たのだ。完全に浮足立っている冒険者も少なくなかった。
「カイト……お前、前に出てくれるか? あいつ相手には生半可な陣形じゃあ無理だ」
「……いや、その必要はなさそうだ」
「何?」
カイトの返答に、タウリが思わず首を傾げる。カイトもグリムの危険性は知っているはずなのだ。それがどういうわけか彼は警戒を一切抱いていなかったのである。そしてそれにはきちんとした理由があった。
「……手を貸してくれる、という事で良いのか?」
『……然り。少々故あって、純白の天馬を救いたい』
「「「……へ?」」」
カイトの問いかけにはっきりと頷いたグリムに、周囲は思わず毒気を抜かれる。相手はあの死神だ。戦場に一度戦場に降り立てば決して生き延びられないと言われるほどの猛者だ。それが事もあろうに『導きの天馬』を救いたい、と述べたのである。誰もが自分の耳を疑った。
「どういう理由があるかは聞かんが……今は味方である事を心強く思う」
『……そう思ってもらって結構だ。異邦の戦士の長よ』
「頼りにさせて貰おう」
カイトの言葉に、グリムは一つ頷いて彼に背を向ける。そうして、彼が告げた。
『……裏ギルドの構成員達を倒しに行く。あのままでは天馬に傷が付く……天馬の攻撃はこちらでなんとかしよう。裏ギルドの構成員達を打倒してくれ』
「……」
グリムの要請に対して、カイトは一度タウリを見る。現状、グリムの思惑が何かはわからないものの、彼の申し出が一番被害が少なくなる可能性が高い方策ではあった。もし裏ギルドにランクS相当の冒険者が居たとて、グリムがなんとか出来る。最悪は人さえ居なければカイトだって動けるのだ。十分、勝ち目はあるだろう。
「頼めるか?」
「ああ……が、流石に一人じゃないだろう?」
「当たり前だ……おい、あんた!」
『……』
声を上げたタウリの言葉に、グリムは無言で先を促す。
「裏ギルド討伐の人員を策定する。少し待ってくれ」
『……先に行く。異邦の戦士よ……お前も行けるな?』
「ご指名かよ」
『かつての異邦の戦士の事は覚えている……少し調べさせて貰った。お前なら、十分に裏ギルドの猛者達とも渡り合える』
「はぁ……」
調べた。そう言われてはカイトとしても苦笑して同意するしかない。というわけで、カイトはティナとユリィを見た。
「ティナ、そっちは任せる」
「うむー。ま、適当にこっちから砲撃しておくので気にせんで良いぞ……この試運転もしたいしのう」
「それは……なるほど。確かに試運転はしておきたいか」
ティナの持ち出した二つの杖に、カイトは思わず笑みを零す。片方は何時も彼女が愛用する杖。もう一つは、彼女がエンテシア家の当主の座を継承した際に継承した初代の杖だった。
こちらも同じ様に世界樹を使って作られている杖だが、それ故にこそ技術の差が効いてくる。どこがどう違うか確かめておきたい所だった。
「うむ……この杖がどれだけの性能を有するか。試運転には悪くあるまい」
『私も補佐させて頂きますので、ご安心ください。また、お二人もしっかりこちらで』
「悪いな」
ティナの明言に加えシェロウの言葉に、カイトは一つ頭を下げる。と、そんな彼へとアルヴェンが一つ申し出た。
「カイト」
「ん?」
「俺も連れて行ってくれ。『導きの天馬』を助けるんだろ?」
「ああ……だが、ダメだ」
「なんでだよ!」
カイトの即断での否定に、アルヴェンが声を荒げる。まぁ、彼は勇者カイトの伝説を好んでおり、『導きの天馬』が勇者カイトを助けた個体かもしれない、となった時になんとかして自分も力になりたい、と思ったのだろう。だがだからこそ、カイトはダメと言うしかなかった。
「まずそもそも、お前も狙われてる事忘れてるだろ」
「……へ?」
「……ヴェン……」
カイトの指摘に目を丸くしたアルヴェンに、コロナが盛大にため息を吐いた。彼女の方はどうやら気付いていたらしい。
「あのね……ここから裏ギルドと戦おうとしてるのに、私達が行っちゃ足手まといどころか面倒にしかならないの。今あんたが捕まったらカイトさんはそっちに掛かりきりになるしかない。わかる? あっちで捕まったら敵が有利なの」
「そ、そうならないように頑張る」
「頑張るじゃダメなの。捕まっちゃダメなの」
やはりここら姉と弟なのだろう。どこか言い聞かせる様にコロナはアルヴェンへと強い口調で告げる。そうして、彼女は更に告げた。
「後は、あんた弱いんだから行って足手まといになるの。こっちは努力云々じゃないでしょ」
「うぐぅ……」
弱い。そうはっきりと言われては、流石にアルヴェンも返す言葉がない。何よりカイトを待つのは明らかに自分とは格の違う冒険者だ。それについて行けるか、と言われればどんな生意気な小僧だろうと無理だった。というわけで、そんな彼にカイトは告げる。
「ま、幸いな事にあっちの死神の力はオレも知ってる。こちらへの殺意も殺気も一切感じない。安心して良いだろう……さっきも言ったが、あいつほどここで心強い味方は居ない。殺さなくてもなんとかなるだろうし……何より」
「何より?」
「あいつを敵に回してまで『導きの天馬』を倒したいわけじゃない。あいつと戦うぐらいなら、『導きの天馬』を救うさ」
アルヴェンの問いかけにカイトは快活に笑いながら、『導きの天馬』の救命を宣言する。あのグリムが何故『導きの天馬』を助けたいか、というのは定かではないが、あの言葉に嘘が無い事だけはわかっている。であれば、素直にそれを信じて戦うだけだった。
「……ホントだな?」
「ああ……何より……」
オレにも救わねばならない理由がある。カイトはアルヴェンの言葉にはっきりと頷きながら、内心でそう思う。あの『導きの天馬』は間違いなく、自分ともう一人の自分を救ってきたかけがえのない家族だ。
それを失わせるわけにはいかないし、何よりそれを捕らえようというのだ。黙って見過ごせるわけがなかった。とはいえ、それを口にしていない以上、アルヴェンには何がなんだかさっぱりわからない。故に彼は首を傾げた。
「?」
「なんでもない……じゃあ、ま。こっちで待ってろ。後はオレと増援でなんとかする」
「……わかった」
未だに不承不承という感じはあったものの、それでもコロナとカイトの言葉でアルヴェンもなんとか受け入れた様だ。そうして決まった所でカイトはユリィを連れて、グリムの所へと歩いていく。
『……良いな?』
「ああ……そうでなければこっちに来ないさ」
グリムの問いかけに、カイトは一つ頷いて足に力を込める。それに並んで、グリムもまた足に力を込めた。そうして、二人は同時に地面を蹴ってクシポスの奥地を目指す事になる。幸いこの二人だ。クシポスの魔物なら正しく鎧袖一触でしかなく、只々一直線に突き進むだけとなる。と、そんな道中の事だ。グリムがカイトへと問いかけた。
『……蒼き髪の戦士よ』
「黒髪なんだが」
『……流石に魔術はあまり得意でない俺にも、その姿が偽りである事ぐらいはわかる』
「……」
当然か。グリムは間違いなく単体としてならラエリアで戦ったあのディガンマという冒険者を上回る。であれば、カイトの隠蔽を上回っていたとて不思議はなかった。これで魔術は得意ではない、という時点で彼の本来の戦闘力がどれだけ高いのか、と示されようものだった。
『……お前が俺の事情を問わなかった様に、俺もお前の事情は問わん。だが、頼りにはさせて貰おう』
「りょーかい。後、あの寡黙な姿は演技か? 随分と口調などが違う様に思えるが」
『……ギルドの長として、先代達の名に恥じぬ様にはしなければならないのでな』
そもそもの話としてラエリアでも言われていたが、グリムの名は襲名制だという事だ。なので彼は先代からグリムの名を受け継いだだけの何者かであり、死神の二つ名と合わせて死神を思わせる姿を見せていただけに過ぎないのだろう。カイトとユリィの三人だけとなったことで、彼本来の姿が若干だが見え隠れしていた。
「なるほど。それには同意だ」
『……一つ、一応問うておくが。こちらの住人だった、という事は無いのだな?』
「それは無い。蒼髪が地毛だというのは事実だが」
『……そうか』
カイトの返答に、グリムは僅かに言葉を区切る。が、カイトの返答に何を思うのか、それをただ受け入れるだけだった。
『……そちらの妖精もこの話を聞いて驚かんか』
「知ってるからね」
『そうか』
ユリィの返答に、グリムは一つ頷いた。カイトと一緒に居る以上は可能性として考慮していたが、それ故に驚きは少なかったのだろう。
と、そうして少し駆け足で、しかし『導きの天馬』を刺激しない程度の速度で三人――といってもユリィは相変わらずカイトの肩に腰掛けているが――は駆け抜けて、奥地へと到着する。
「……おぉおぉ。やってくれるじゃねぇか」
カイトは空中で暴れまわる『導きの天馬』とそれを取り押さえんと無数の魔道具や魔術を射掛ける裏ギルドの冒険者達に、言葉では笑いながら口調は非常に荒々しいものだった。それを睨む様に見ながら、カイトはグリムへと問いかけた。
「どうする?」
『こちらで天馬は抑える……以前のラエリアと同じく、雑魚は一気に掃討してくれ。高ランクの冒険者は後に一度に相手する』
「……つまり、あそこで浮かんで大捕物をしている連中も引き受ける、と?」
『そのぐらいは問題はない』
カイトの問いかけに、グリムははっきりと頷いた。まぁ、彼には防具の力かそれとも彼個人の特殊能力うかは定かではないが、格下の相手の攻撃はさほど通用しない、という力がある。それを使えば興奮状態の『導きの天馬』以外は抑え込めるだろう。そうして、『導きの天馬』の抑制をグリムに任せ、カイトはユリィと共に裏ギルドの構成員達との戦闘を開始するのだった。
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