第1803話 秋の旅路 ――苛立ち――
『もう一人のカイト』の持ち物であったネックレスをきっかけとして、まどろみの中に落ちていたカイト。そんな彼を現実へと引き戻したのは、巨大な轟音だった。
「何だ!?」
「敵!?」
轟いた轟音に、五人が一斉に警戒を露わにする。明らかにあの轟音は尋常ではない様子だった。何事か、と警戒するのも無理はなかった。そんな状態に、カイトは僅かないらだちを浮かべ起き上がった。
「……」
「な、なんか妙にイライラ?」
「み、みたいじゃのう……」
何がなんだかはさっぱりであるが、ソファで横になっていたかと思えば急に不機嫌になったのだ。ユリィもティナも何事かさっぱりだった。
「人が良い気分でウトウトとしてたんだが……はっ。まさかこっちにまで攻め込むとはな」
「む?」
「完全に包囲されてる……ちっ。ここまで大規模に来るとは思ってなかったな」
規模はかなり大きいとは聞いていた。が、如何せん情報を入手するには時間が足りなすぎた。そしてこちらが気付いた事を悟り、行動を急いだというわけなのだろう。カイトが想定した行動開始より僅かに向こうの方が動きが早かった様子だった。
「……クズハ。オレだ。ゴミ掃除を開始しろ。オレはオレでやらないとダメな事が出来た」
『え? い、今からですか?』
「何か問題が?」
『い、いえ。ありません。大丈夫です』
まぁ、クズハからしてみれば唐突に作戦開始だ。何がなんだかさっぱりという所だろう。しかもカイトの声音が僅かに怒気を孕んでおり、状況としては悪い事が理解出来ても何がなんだかさっぱりだった。
とはいえ、流石はクズハ。カイトの背を長年見てきた者だろう。何かよくない事が起きたと悟った時点で、即座に行動に入れた。そうして少し予定とは違う――カイトも捕物に参加するつもりだった――ものの大捕物を開始した彼女に対して、カイトもまた行動に入る事にした。
「さて……ティナ」
「もうやっとる……が、これは……」
「どうした?」
盛大にしかめっ面のティナに、カイトが首を傾げる。それに、彼女は只々外を指差した。
「見ればわかる……どうやら、厄介な状況に輪をかけて厄介な状況になった様子じゃのう」
「うん……? は……?」
ティナの言葉に窓の外を見たカイトであるが、見たものが信じられず、思わず二度見する。それに、他の面々も興味を覚えたのか窓の外。数時間前まで立っていたクシポスの山頂を見て、同じように二度見三度見する事となった。
「……地形が……変わってる……?」
「まさか……」
「の、様子じゃのう。街からは少し離れておるが……『導きの天馬』と思しき純白の天馬が何やら大暴れしておる様子じゃ」
「なぁ……」
どうやら焦ったか何かで捕縛作戦は大失敗に陥ったらしい。遠くで何度か見える閃光を見ながら、カイトは思わず絶句した。改めて言うまでも無い事であるが、『導きの天馬』はランクSの魔物だ。一度暴れれば、天災と同じだ。そうならないように今日中に動くつもりだったのだが、間に合わなかった様だ。
「……どうするんだ?」
「……」
現状、厄介な事にカイト達は裏ギルドの冒険者達に包囲されてしまっている。突入までもう間もないだろう。可能な限り早急に排除して、『導きの天馬』に向かわねばならなかった。
「……奴らを倒して、その後に残る裏ギルドの構成員達をなんとかする」
「何とかするって……」
どうにか出来るのかよ。カイトの苦々しい言葉に、アルヴェルは僅かに困惑する。と、それとほぼ同時だ。扉を蹴破り窓を突き破って、裏ギルドの冒険者達が部屋に雪崩れ込んできた。
「……悪いが、時間は無い」
「ほぉ……それは奇遇だな。こっちもだ」
盛大にしかめっ面のカイトに対して、ほぼほぼ完璧に奇襲を成功させた形の裏ギルドの冒険者の一人が笑う。とはいえ、彼らに時間がないのも事実だ。
流石にこれだけの規模の事態になった以上、もう隠して動く事は不可能だ。なら、精鋭かつ最新鋭の武器を装備したマクダウェル家の軍が動く前に逃げねばならなかった。
「そうか……なら、死んでも恨むなよ」
「それはこっちのセリフだ! やっちまえ! だが、女二人は殺すなよ!」
カイトの言葉に対して、裏ギルドの冒険者は一斉に攻撃の指示に入る。そうして、十数人からなる襲撃者達とカイト達の戦闘が始まった。
「……」
やはり自分が一番危険視されているか。カイトは大半がこちらに押し寄せて来る裏ギルドの冒険者達を見ながら、内心で苦味を浮かべる。
(想定したより数が多い……ちっ。どこかで読み違いが生じたか)
そもそもの話として、カイトの想定では街の中で大規模な襲撃は無いだろう、と考えていた。街中での襲撃は相手側の多勢に無勢に見えて、速攻で終わらせねば軍の増援が来て劣勢になるからだ。
そしてカイト相手に速攻戦が通用するとは、普通に考えれば思えない。が、そこを終わらせられると踏んだのだろう。
なお、人数についてであるがこれはコロナの発見の報が件の伯爵に届いて、内々だが彼女の懸賞金が跳ね上がったからだそうだ。これを機に是が非でも捕らえさせよう、という魂胆だったらしい。ついでにティナも、となった結果、シンジゲートの大増員が掛けられてしまったそうだ。
「……ふぅ。だが、まぁ……」
だから何なのだ。カイトは小さく呟いた。こちらに向かって来る数は八人。全員で十五人なので、半分以上だ。先の裏ギルドの冒険者達とほぼ同数だが、腕に自信があるだろう者も少なくない。ランクSの相手でないなら、奇襲状態も相まって倒せるだろう。そしてカイトのランクはEX。Sの上だ。故に、結末は決まっている。
「……」
迫り来る冒険者達を、カイトは加速した意識で観察する。もうこの時点で差は明白だ。カイトの速度に、襲撃者達は誰も追い付けていない。そうして、カイトは一番近い一人に対して、掌底を叩き込んだ。一人だけ僅かに突出しとぃたのだ。
「はっ」
「ぐえっ」
「油断するな! 相手はランクAの冒険者! 生半可な覚悟じゃこっちがやられるぞ!」
一人突出していた冒険者があまりに呆気なく打ち倒されたのを見て、杖を持った裏ギルドの冒険者が一同に注意を促した。が、その一方でカイトはもう次の一人に狙いを定めていた。
「ごっ」
「……」
「「「……」」」
圧倒的としか言えない速さでまた一人昏倒させられたのを見て、裏ギルドの冒険者達は思わず呆気に取られた。そしてその隙を見逃すカイトではない。
「「はっ!」」
二人に分身したカイトが、同時に回し蹴りを叩き込んで更に二人を昏倒させる。そうしてこのままでは一方的な戦いになるかと思われたその時だ。先の杖を持った冒険者が床を小突いた。
「ん?」
ばちん、という音とともに、部屋全体に拘束用の結界が展開される。しかもこちらはきちんと埋め込まれていたのか、十全の性能を発揮していた。
どうやら、数人程度だが別働隊がいるらしい。戻って来た時に無い事は確認しているので、襲撃開始と同時に埋め込まれたのだろう。奇襲である事を活かしている様子だった。が、それが通用するカイトではなかったし、通用していると見せかける暇も無かった。
「な……に……?」
「言っただろう……時間が無い。『導きの天馬』を何とかしないと、この麓町も危ない……遊んでいられる余裕はない」
これで勝利が近い。自身の杖に合わせて展開された結界にほくそ笑んでいた先程の杖を持った冒険者であったが、結界の展開から数瞬。瞬きを数度したかしないかのタイミングでカイトの拳打をみぞおちにうけ、ゆっくりとじめんに倒れ伏していく。
ここは室内。剣を使うより拳の方が取り回しが良い事を、カイト以外の誰一人理解していなかった。
「っ、うぉおおおおお!」
「……ふぅ」
おそらく、誰もがカイトが遊びを無くした事を理解したのだろう。剣を持つ一人が、遮二無二気勢を上げてカイトへと襲いかかる。これに、カイトは一つ息を吐いた。使うのは、一つだ。兄弟子が見せてくれた技。日本で最も有名な『剣術』だ。
「……は?」
「……」
あまりに呆気なく袈裟懸けに打たれた自分に、冒険者は思わず痛みを忘れて呆然となる。動作は全て追えていた。そのはずなのに、まるで手品の様に彼の剣がカイトの手にあった。そうして、まるで悪い冗談の様に冒険者が倒れ伏す。
「柳生新陰流……無刀取りだ」
カイトは奪った武器を投げ捨てると、次の敵に狙い定める。が、そんな彼に対して、裏ギルドの冒険者達は攻め込むのに二の足を踏んでいた。当たり前だ。これで、結界が展開しているのである。それなのに圧倒されては、誰もが二の足を踏みたくもなる。
「……どうした? もう終わりか?」
「「っ……」」
カイトの問いかけに、残る裏ギルドの冒険者達は後ずさる。確かにカイトの総身には稲妻が巻き付き、彼の動きを拘束しているはずなのだ。なのに感じるのは、圧倒的な格上の威圧感。正真正銘自分たちとは格が違うと思い知らされるだけの圧倒的な力だった。
そうして、残る二人の冒険者達はまるで覚悟を決めるかのように、無言で頷きあう。と、その次の瞬間だ。唐突に結界の稲妻が輝きを増した。どうやら外に居た別働隊が中の苦戦を聞きつけ、結界の強度を増したのだろう。
「今だ!」
「うぉおおおおお!」
どうやらもうコロナの事なぞ考えていられる余裕は無くなっていたらしい。斧を持った冒険者が、まるで建物ごと吹き飛ばさんとばかりに強大な力を斧に宿らせ大上段に構える。
確かに、今の結界の強度ならランクAの冒険者だろうと仕留めきれるだけの時間を稼げたかもしれない。が、それでもカイトからしてみれば、あまりに決断が遅すぎた。そして同時に、大上段の構えはあまりに無防備だった。故に、次の瞬間。彼は平然と消えて、大上段となった事でがら空きの土手っ腹に、拳をめり込ませていた。
「ごふっ!」
「遅い……それに何より、こちらの手札を見切れもしない程度でオレに向かってくるなよ」
「な、なん……で……?」
土手っ腹にカイトの強大な一撃を受けて、斧を構えていた冒険者は前のめりになりながら困惑した様子で疑問を口にする。それに、カイトはトドメとばかりに後頭部へと踵落としを叩き込んだ。
「……静と動……力を溜めて一瞬だけ強大にして放出する。結界とて何から何まで対応出来ると思っていたのか?」
倒れ伏した冒険者の頭を踏みつけながら、カイトは冥土の土産とばかりに教えてやる。彼はティナより多くの魔術の知識を教えられている。その彼にとって、拘束の魔術の弱点を見抜いて対処する事なぞ造作もなかったのだ。そして最大強度の力で拘束されているにも関わらず圧倒的な速度を見せたカイトに、残る一人は遂に戦意を失ったようだ。
「……ば、化け物……化け物だ……」
「はっ……知識も足りない。技術も足りない。力も足りない……そして何をオレがしているか理解もしていない。力技と思い込んでいる」
まるでカイトは侮蔑するように、尻餅をついて自身から遠ざかろうとする最後の一人を一瞥する。彼の言った通り、別に力技で突破しているわけではない。いや、力技といえば力技だが、技術の伴った力技だった。そうして、再びカイトが消えた。
「ひっ!」
「……何をしているかわからんか。哀れだな。その程度でオレに挑んだか」
怯える冒険者に対して、カイトは只々冷酷に告げるだけだ。カイトがしていたこと、というのは言ってしまえば簡単だ。拘束の結界とて常に最大の力で拘束しているわけではない。対象の力に合わせて拘束の形式を変えている。最大の力での拘束は長時間は保たないのだ。
故に対象が力を込めた時にはそれに対応して強固な拘束を。逆に力を抜いて技で抜け出ようとしているのなら、その技に対応出来るように柔軟な拘束を展開している。剛柔使い分けているのである。カイトはその切り替えの瞬間に力を込める事で、一時的に拘束から抜け出していたのだ。
勿論、こんな事が出来るのはランクAの冒険者ではなく、ランクSの冒険者でも一握りの猛者だけだ。それだけの技術ではあるが、技術であればこそわからない相手ならば力技より隠蔽には有益だった。
「ひぃいいいいい!」
「……もう黙ってろ。今のオレは、機嫌が悪い」
あと一歩まで迫った所で脱兎のごとく逃げ出そうとした冒険者に対して、カイトはその前に回り込んでその顔面に拳を叩き込む。そうして、気付けば彼に襲いかかっていた冒険者達は軒並み床に倒れ伏す事になっていた。
「……ティナ。そちらは?」
「む? 別に問題があろうはずもあるまい」
カイトの問いかけに対して、ティナは事も無げに一箇所に集めた残る半数を指し示す。当然過ぎる話ではあるが、カイトと同程度にはティナも危険な相手だ。それを相手にカイトの半分以下の人数では、足止めにもならなかった様子だった。
そもそもの話として残る半分で純粋な遠距離のコロナとティナ、未熟なアルヴェン、単なる妖精のユリィはなんとかなる、と思った敵が悪いとしか言えないだろう。まぁ、この十倍で攻めて来ても無駄だ、という指摘は言わぬが花だろうが。
「ティナ。外は……」
「ああ、外ならもう終わったぞ。シェロウの性能をチェックしたくてのう」
『ふふ……少々、予定していた状況とは違いますが……魔力を多めに使わせて頂きました』
「それは結構」
どうやらティナはシェロウの性能チェックと彼女の過多に陥っていた魔力の消費の為に、彼女に戦わせたようだ。そして結果としては、やはり流石は伝説の魔女の使い魔という所だったのだろう。終わったと告げたティナは、少し満足げだった。
「そか……なら、行くか」
「そうじゃのう……流石に見過ごせは出来まい」
終わったのはまだどさくさに紛れてコロナを拐おうとした者たちの掃討だけだ。今度は『導きの天馬』を捕縛せんとした愚か者達をなんとかしなければならなかった。そんな二人に、ユリィが問いかける。
「私も行った方が良さげ?」
「良さげ」
「え、あの……行くってどこへ?」
「む……そこ、考えとらんかったのう」
戦いを終わらせるなりどこかへ向かおうとした三人に、コロナが慌てて問いかける。それにティナが僅かに頭を悩ませる事となる。現状、確かに彼女を一人にするのはダメだろう。かといって、『導きの天馬』捕縛に向かった者たちも見過ごせない。
「……はぁ。ティナ。どうやら、考えんでも良いみたいだ」
「む?」
「あれ」
首を傾げたティナに、カイトは窓の外を指し示す。そこにはユニオンが上げる信号弾が打ち上げられており、緊急での招集が掛けられていた様子だった。
「緊急招集だ。オレ達も集まった方が良いだろう」
「なるほどのう……確かに、他の冒険者達もおるのなら、そちらの方が良いか」
「だな……二人も行くぞ。緊急招集だ」
「あ、おう」
「あ、はい」
カイトの指示に、コロナとアルヴェンの二人もまた頷いた。緊急招集ぐらい二人も知っている。何度か見てもいた。そして現状であれば他の多くの冒険者よりわかっているだろう。なら、協力する事に迷いはなかった。そうして、五人は一度信号弾が打ち上がった場所へと向かう事にするのだった。
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