第1801話 秋の旅路 ――祝杯――
誰もが気付かぬままに通り過ぎた『導きの天馬』。結局最後まで姿を見る事は叶わなかったものの、一同は神々しい輝きを放つ白い羽根を『導きの天馬』が自分達の近くまで来てくれた証として、持ち帰る事になる。そうして、探索の旅が終わった夜。一同はこの日は集まって酒場で祝杯を上げていた。
「あー……とりあえず。姿こそ見えなかったが、目的だった『導きの天馬』は見付かった……って事で良いだろう。というわけで、まぁ、お疲れ様」
「「「おつかれー」」」
若干本来の予定とも思惑とも違う結果になってしまいはしたが、それでも当初の目的だった『導きの天馬』とは会えたのだ。なのでこれ以上の高望みはするべきではないだろう、と『導きの天馬』探索は今日で終わりになる様子だった。というわけで、一同は今まで一週間の労をねぎらい合い、同時に偶然にも出会えた幸運を噛み締め合う。
「にしても……お主相変わらず変な事にばかりなりおるのう」
「言ってくれるなよ……はぁ……」
これは確実に同一の個体なんだろうなぁ。カイトは自身に渡された見知らぬネックレスに、ため息を吐いた。最初に言われていた事であるが、そもそも『導きの天馬』が『導きの天馬』と呼ばれるようになったのはカイトとユリィが何度も救われたが故だ。それ故冒険者達は『導きの天馬』を幸運を呼ぶ魔物として崇めている。
そこに来て、カイトにのみ白い羽ではなくネックレスの欠片を手渡したのだ。明らかに何らかの意図があっての事だと思われる。であれば、この個体はカイト達が出会った個体と同一と考えて良いのだろう。
「なんだ、これ……」
「そういや、カイト。お前それ、どうするんだ?」
「とりあえずクズハ様に渡してみる。何がなんだかはさっぱりだが……逆に勇者の妹である彼女なら、何かわかるかもしれん」
タウリの問いかけに、カイトはありきたりといえばありきたりな返答を行う。無論、これでバカ正直に渡した所でクズハ当人からお兄様がわからない物を自分がわかるわけがない、と返されるだけだろう。が、ひとまず現状では勇者の持ち物、として考えられている。ならこれが筋といえば筋だろう。
「そうかぁ……まぁ、残念っちゃ残念だな」
「あっははは。しょーがない。それか光栄と思うだけだな」
「……」
「ん? どうした?」
若干苦笑気味なタウリと笑い合うカイトであったが、自身のネックレスに向けられるアルヴェンの視線に気付いて問いかける。それに、彼がおずおずと問いかけた。
「……触って良いか?」
「ん? まぁ、触るぐらいなら良いだろう」
「……わっ……すげぇ……」
カイトから渡されたネックレスの欠片に、アルヴェンが大きく目を見開いた。その顔は年相応の少年のそれで、僅かに感動した様子もあった。
「これ……貰っちゃダメだよな?」
「流石にダメだろ。一応、これでもクズハ様に報告の義務はあるからな」
「だよなぁ……」
勇者カイトのネックレスと目されるネックレスの欠片を手に、アルヴェンは心底残念そうにため息を吐いた。まぁ、勇者カイトの伝説にあやかって『導きの天馬』を探していたのだ。勇者カイト当人のネックレス――勿論真実はそうではないが――が手に入ったのなら、そちらの方が興味津々になってしまうのは仕方がない事だったのだろう。
「ま、その代わりオレには白い羽根は無しだ。単なるメッセンジャーになっちまった事を考えりゃ、どっちが良いんだか、って感じだがな」
「あ……まぁ、そうなんだろうけどさ……」
カイトの指摘に、アルヴェンはどこか後ろ髪を引かれる様子――カイトがネックレスを回収した為――で同意する。カイトはたしかに勇者カイトの持ち物を一時的に手に入れられたが、結局これはマクダウェル家に渡さねばならないのだ。
『導きの天馬』が当人と思って返したとて、カイトの物ではない、というのがこのパーティでの見解だった。というわけで、表向きカイトには何も残らないのであった。と、そんなアルヴェンとコロナに対して、タウリが問いかけた。
「で、そうだ。丁度良い機会だから聞いとくんだけど、二人はこれからどうするんだ? 一応、一日予定は早いがこのパーティは今日で解散だ」
「あ……それなんですけど……」
タウリの質問を受けて、コロナがティナへと視線を向ける。それを受け、ティナが一つ頷いた。
「あの、カイトさん。このままギルドに所属させてもらう事は出来ませんか? ティナさんは許可をくださったんですけど……」
「ん? まぁ、ティナが許可を出してるんなら別に構わんが……良いのか? オレとしちゃ、別に他国の貴族に追われていようが、非が無い以上拒む道理も無いしな。こっち背後にはマクダウェル家あるし」
カイトとしてはすでに自身の理由でシンジゲートと一戦交える事が確定している以上、コロナが追われる身であろうとどうでも良かった。
どうせこの数日中にコロナの件も含めて、シンジゲートには痛い目を見てもらうつもりだ。彼女らが自身の庇護を離れても大丈夫なぐらいの時間は稼げると考えていたので、拒む道理もなかった。というわけで、カイトの問いかけに対して、コロナが頭を下げる。
「お願いします」
「え、いや、ちょっと待った! 勝手に決めんな!」
勝手に頷いたコロナに対して、アルヴェンは大慌てで待ったを掛ける。どうやらやはり彼に相談はなかったらしい。そんな彼に対して、コロナは若干姉として威圧的に告げる。
「ヴェン……あんたもわかってるでしょ。二人だけだと限度がある、って。今回だってもし皆さんが居なかったら、今頃私もあんたもこの世には居なかったわよ」
「うっ……」
「ま、そういうわけじゃ。小僧は一度現実を見ておかねばなるまい……寄らば大樹の陰とも言う。今はどこかの庇護下に入るのが良いじゃろう」
コロナの指摘に口を閉ざすしかなかったアルヴェンを横目に、ティナがカイトへと告げる。このまま二人だけでやっていける、というのはあまりに現実を見れていない発言だ。
「なるほどな……ま、元々ウチは来る者拒まず、というに近い。お前が良いと言ったんなら、オレは問題ないさ」
「うむ……というわけで、コロナ。お主はしばし余が教えよう」
「はい」
ティナとコロナは共に純粋な魔術師だ。どうやら今朝方の話し合いの時点でコロナにティナが指南する事で合意が得られていた、というわけなのだろう。
「そうか……ってことは、また縁があれば会えるのかもな」
「そう……ですね。そうなるかと」
「ま、俺が言うのもなんだが……こいつの腕は悪ないだろう。一応、ウチとこいつの所は同盟を結んでる。何かがあったら、俺達も頼ってくれ」
乗りかかった船だ。タウリはコロナに対して、もし万が一何かがあった場合の支援を申し出る。そもそも冒険部に彼女らを仲介したのも彼だ。なので先に彼自身が言っていた通り、最後まで可能な限りは支援してくれる、というわけなのだろう。そうして、その後は真面目な会話もなく、ただこの一週間の労をねぎらい合う事になるのだった。
さて、最後の宴会から一時間。比較的早い段階から祝杯を上げた事もあり、カイトは夜の8時の段階には宿屋に戻ってこれていた。そうして僅かな間酔い醒ましとソファに横になっていた彼は、改めて渡されたネックレスを見ていた。
「……」
実のところ、カイトは一同に少しだけ嘘を吐いていた。これは一切見覚えのないネックレス。そう述べた彼であったが、実は一切知らないわけではなかった。半分だけでも全貌がわかるぐらいには、彼に縁のある意匠だった。
「……」
無言で半分だけのネックレスを見るカイトは、僅かに懐かしげだった。このネックレスが何かわからない事は事実だ。が、何かはわからないが、見覚えがある気はしていた。そして、事実。これは彼は見た事があった。
「……四大騎士団の紋章……だな」
四大騎士団。それはかつてルーファウスが記憶で見た四つの騎士団。このネックレスに刻まれた剣はそれぞれ、その四つの騎士団の意匠だったのである。つまり、これはあの世界に縁がある品だという事だった。
「あの世界の物を持つ、か……何かオレに因縁がある、というわけなんだろうな……」
まだ詳しい事は思い出せないものの、このネックレスは間違いなく自身に関係のある品なのだろう。カイトはネックレスを見ながら、そう思う。
「……一度、記憶を手繰り寄せるか」
これを自分に手渡したということは、あの『導きの天馬』もまた自身に関係があるのかもしれない。カイトはネックレスを見ながら、そう思う。そうして、彼は僅かに目を閉じて、このネックレスの欠片を依り代にして過去の記憶を呼び起こす事にするのだった。
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