第1800話 秋の旅路 ――遭遇――
カイトとティナ達がそれぞれアルヴェンとコロナの悩みを聞いたりして時間を費やす事、およそ一時間。朝九時頃になり、一同は揃って再度クシポスの山へと進む事になっていた。
「ふぅ……」
出発から三時間程度でクシポスの山頂に今日も今日とて登頂したカイトは、そこで一息吐く。常に戦闘に備えて魔力による身体強化を行っていたので登頂しても別に疲れたという事はないが、それでも気分として一息吐きたかった。
「うーん……今日も今日とても良い景色でございますなぁ」
「実際、そんなところだな」
あいも変わらずカイトのフードの中で呑気にしているユリィに、カイトもまた笑う。今日もすでに半日が経過しているわけであるが、何かが見付かるわけもなく。視線の主も相変わらずだ。『導きの天馬』を探している間は感じず、移動の最中には感じる。何も変わらなかった。が、それはそう見えただけなのかも、しれなかった。
「だが……視線は増えてるな」
「いっそ潰しちゃう?」
「あっははは。そりゃ、良い考えだ」
楽しげなユリィに、カイトもまた楽しげに笑う。増えた視線は改めて言うまでもなく、以前の裏ギルドに依頼した筋と同じシンジゲートの監視だ。これについて、カイトは一旦の放置を決定していた。
もちろん、それだけだと怪しまれるので然るべき筋には通してきちんと握りつぶさせている。どこで情報が途絶えたかを知る為と、相手に怪しまれない為だ。
「さーて……せいぜい踊って貰いましょうか」
「状況、どうだって?」
「まだ時間は欲しいそうだが……ま、さほど苦労はしないだろう」
ユリィの問い掛けに、カイトは少しだけ牙を剥いて答えた。こういう悪徳政治家は必然として裏には情報が流れているものだ。そして情報屋と繋がるカイト達だ。なら、そこからどうする事もできた。
「後の問題は、どこから本隊が来るか、だな」
「街から来ないと思うよ?」
「だーろうな。流石にそんな規模じゃないだろう」
相手は『導きの天馬』。ランクSの魔物だ。捕らえられるだけの装備を整えているとの事だったが、それでも大規模な準備は必要になるだろう。麓町にそんな集団が入れば流石に揉み消しは不可能だ。なら、どうするのか。そこが悩みどころだった。
「ふむ……」
取れる手は何か。カイトは自身も『導きの天馬』を探しながら、それを考える。と、そんな考え事をしていたからだろう。ふとタウリから声が掛けられた。
「おーう、どうだ?」
「んー……微妙だな。白い影の一つも無い」
「そうかぁ……ああ、そうだ。一応、教えておいたとは思うんだが……明日でこのパーティは解散だ。流石にな」
「そうか……明日はどうするんだ?」
「明日はあの中央の山に登ろうと思う」
カイトの問い掛けに、タウリは一番高い山を指さした。このクシポス一帯で一番高い山で、丁度クシポスの中心に位置していた。が、ここには一度もカイトは足を踏み入れていなかった。
「初日にあそこから探したんだが……やっぱり人が多くてな。が、やっぱり一番探しやすいのはあそこだし、情報を集めた限り目撃した、ってのもあそこの山からが一番多かった」
「最後の望み、って所か」
「そうだな……ま、見付かればめっけもん。元々一生に一度お目に掛かれるか否か、ってレベルだ。一週間近く張り付いて見付からないでも、しょうがないさ」
カイトの言葉に応じたタウリは僅かに肩を落としながら、そう言って苦笑する。彼としては仲間達の付き添いという所だが、それでも期待がなかったわけではないのだろう。だがここらは本当に運次第としか言い得ないのだから、仕方がない事だった。と、そんな彼は一転して気を取り直すと、改めてカイトに問い掛ける。
「んで、それで一個相談なんだけどよ。二人はどうする?」
「それか。確かに、そろそろ何か考えないとなぁ……」
今回、面倒を見ているのはあくまでも同じパーティ故の一時的だ。この探索が終われば、その名目も無くなってしまう。
「とりあえずウチとしちゃ、お宅の所に投げちまった手前、何かはし難いんだが……話を持ち込んだのは俺だ。そこら、何か口利きが必要なら手間は惜しまん。何もしないのも無責任だしな」
「ふむ……わかった。ありがとう。とりあえず今日の内にでも帰ってから聞いてみておく」
「そうか。悪いな」
兎にも角にも、今はまだ二人の意見も聞いていない段階だ。なのでそちらを聞いてから、今後の動きを話し合わねばならないだろう。そうしてカイトの返答に満足したのか、タウリがその場を後にする。
「とはいえ……」
「ここでひとまず安全にはできそう?」
「ついでだ。痛い目には遭ってもらう」
どうせ相手は知らずに自分にも喧嘩を売っているのだ。ならば、ついでなので二人の安全を確保しておいても良いだろう。カイトはそう考えていた。
「幸か不幸かはさっぱりわからんな」
「さぁ? 面倒ごとと考えれば、って所でしょ」
「まぁな。だがお陰で、ゴミ掃除まで出来ちまう。ありがたい話だ」
くくくっ、とカイトはどこか悪辣に笑う。この時期に来たのは完全なる偶然だが、そのお陰での出会いが思わぬ収穫をもたらしてくれた。悪くない旅路だった、と見て良いだろう。というわけで、カイトは一つ立ち上がる。
「……状況は?」
『はい、お兄様。いつでも、踏み込めます』
「オーライ。ゴミ掃除までカウントダウン、としておいてくれ。ぐっすりお休みのところを叩き起こす」
『かしこまりました』
カイトの言葉に、別働隊を指揮するクズハが了承を示し頷いた。流石に敵もこちらが直接指揮できる領主が相手とは思っていない。
なので気付いた所で間に合わないだろうと考えており、今回の捕獲作戦に合わせて高飛びするつもりらしかった。
「さーて……今夜は楽しい楽しいパーティ。久方ぶりに、踊るとしようか」
「にっししし」
楽しげなカイトに、ユリィもまた楽しげだ。残念ながらまだ作戦の詳細は掴めていない――流石に小物程度が握っている情報は限られた為――が、それでも近々来るぐらいはわかっている。
なら、そこを叩き潰すだけだった。と、そんな風に夜を心待ちにするわけであるが、その一方できちんと探索も忘れていない。
「明日で終わり、か」
「結局、影も形も無いねー」
「そんなもんだ、レアな魔物なんてな」
そもそも一生に複数回遭遇出来ている時点で、カイト達は豪運なのだ。そして案外探していると見付からないものだ。何より、カイト達からしてみれば自分にあやかる意味もない。絶対に見付けてやる、という気概が無かった事は事実だろう。
「……ま、それに何より。レアな魔物に遭遇し過ぎている……のかもな、オレ達は」
「そぉ?」
「ああ……ダイヤ・ロックの幼生。双頭のスライム竜、厄災種……一年にこんな大量に見付かる事はまずない。なのに今更、これ以上レア度の高い魔物を見付けてもな」
「全部私達の運、と言い難い様な気もするけどねー」
カイトの指摘に対して、ユリィが笑いながらそう嘯いた。カイトの言うダイヤ・ロックはそもそもイングヴェイ達が一年掛かりで見付けたもので、カイト達はその情報を手に入れただけ。
アルテミシア王国の双頭のスライム竜は確かに始めてみた魔物であるが、これがレアな魔物かどうかはまだわからない。今はまだユニオンが情報を集めている最中で、レア度が判定されるのはまだ先の事だ。
で、厄災種は言うまでもなくソーラの件。確かにカイトでなければ出会えなかったと言っても良いが、これをレアな魔物との遭遇と言って良いかは微妙だろう。結局、そういう意味で言えばレアな魔物と純粋に遭遇した回数というのは殆ど皆無と言って良かった。
「だな……ん?」
「どうしたの?」
「何かが……呼んでる……?」
唐突に何かに呼ばれた様な様子を見せたカイトは、ユリィの問いかけに答えながら明後日の方向を見る。そちらには相変わらず何も無い。
「何も無いよ?」
「そう……だよな。何も無いはず……なんだが……」
誰かが自分を呼んでいる。カイトはそんな妙な気配を感じていた。
「呼んでる……? いや、違う……っ!」
何かが今、自分の真横を通り抜けた。一陣の風と共にカイトは一瞬だけ感じた気配に、後ろを振り向いた。そして気配こそ感じずとも、誰もが一瞬だけ通り抜けた一陣の風には気が付いていた。
「何だ?」
「妙な……風……?」
「何かが……」
何かが通り過ぎた。全員が気付いた一陣の風は、何も残さない。そのはずだった。が、舞い降りた白い羽を見て、コロナが僅かに目を見開いた。
「これ……」
「羽? 随分綺麗だけど……」
「いや、綺麗ではあるが……相当な力が込められておるぞ……」
自身の前にも舞い降りた白い羽を手に、ティナが思わず目を見開いた。一見すると綺麗なだけの白い羽であるが、その綺麗さに比例するように込められた力はとてつもなかった。
「……『導きの天馬』の羽……か。じゃあ、今通り過ぎた風に……」
同じように自らの前に舞い降りた白い羽を手に、タウリは僅かな感動を得ている様子だった。が、そうして各人の前に舞い降りたかのように見えた白い羽であったが、一人だけ舞い降りていなかった人物が居る。カイトだ。
「……あれ。オレ無し?」
「……あらら」
「え、えーっと……良かったら……私、アルヴェンの所にも来てますし……」
ユリィが苦笑し、コロナがおずおずと自身の前に舞い降りた白い羽を差し出そうとする。が、そんな彼女が、カイトの違和感に気が付いた。
「……あれ?」
「どうした?」
「あの……カイトさん。そんなのしてました?」
首を傾げたカイトに、コロナが訝しげに彼の胸元を指差した。それに、一同揃って彼の胸元を見た。
「ペンダント……? 半分だけ、っぽいが……」
「そんなのしてなかった……わよね?」
「あ、ああ……」
タウリ以下、三人の冒険者達がカイトの胸元にあった半分だけのペンダントに小首を傾げる。ペンダントの大きさは大凡親指の先ほどで、白地に赤と青の剣を模しただろう意匠が刻まれていた。
とはいえ、それはほぼ毎日カイトを見ていたティナもユリィも見覚えがなかった。勿論、マクダウェル家のどんな意匠とも異なる。
「ふむ……意味はある様子じゃが……まぁ、余が知る限りでもお主がそんなものをしておったとは覚えておらんな」
「ああ……オレもこんな物は持ってなかった……と思う。見覚えもないな」
「私が断言するよ。カイトはこんなの持ってない。というか、そこにあったら私が気付かないはず無いし……何より、カイトの趣味でも無いかな」
「そりゃそうじゃ」
ユリィの指摘に、ティナがあまりに道理過ぎて頷いた。彼女は基本カイトの肩かフードの中だ。が、時に暇になったからかカイトの服の装飾を弄ぶ事もある。その彼女が、カイトの胸元の飾りに気付かない道理はなかった。
そしてカイトの趣味でもない、というのもわかる。何か意味があるのなら二人が知らない道理がないし、一方でカイトの趣味であればそれは無いと二人は断言出来る。彼はあまりこういった装飾品は好まないからだ。
「まさか……お前を見てたのが『導きの天馬』って事か……?」
「わからん……あり得るとすればオレと勇者カイトを見間違えてる可能性……かねぇ……」
「日本人だからか?」
「まぁ……あり得るっちゃあり得るか……?」
所詮相手は魔物だ。賢いとはいえ、人とは感じている物が違う可能性は大いにあり得る。同じ日本人の少年、という事で勘違いされても仕方がないのかもしれない。一同はなぜかカイトに渡されたネックレスの欠片をそう考えた。そうして、一同は僅かな感動と興奮を得ながら、この日の探索を終わらせて白い羽根を大切に持ち帰るのだった。
お読み頂きありがとうございました。




