第1796話 秋の旅路 ――再開――
『導きの天馬』探索の最中。コロナ狙いと思われる裏ギルドの冒険者達の襲撃を受けたカイト達であったが、カイト一人により難なく撃退される事となる。そうして戦いの後。カイトは魔物化した裏ギルドの長の前に立って、口を開いた。
「ちょーっとお聞かせ願いたいんですが。そのお薬、どこで手に入れた?」
『くっ……欲しいのか?』
「まさか。死んでも要らん。その姿じゃ女も抱けないしな」
結論から言ってしまえば、カイトの圧勝で戦いは終わった。魔物化が解けるかどうかもわからないのだ。カイトとしても暴走の危険性があるかどうかさえ定かではない以上、生かして捕らえる道理は無かった。
故に魔物化した冒険者達に関しては本当に容赦なく刃を振るい、一分と掛からずに始末していた。が、その中でも裏ギルドの長は一応、生かしておいた。
『……答えると思うか?』
「別に答えないでも良い。裏で出回っている品ではあるだろう……が、楽になりたいだろう? そして、楽にしてやりたいだろう?」
『……くっ……くははははは、ごほっ……』
カイトの問いかけに、裏ギルドの長が楽しげに笑う。カイトの言葉の意味を理解出来ぬほど、彼とて暗愚ではない。そして分かればこそ、血の塊を吐いた彼は答えを決めた。
『良いねぇ……こりゃ、喧嘩を売る相手を間違えた……気に入ったぜ……はははは。普通のお上品な奴らなら、そんな外道な選択肢は出さねぇ……俺達だってしたことはねぇ……お前、相当な修羅場を潜ってきたな……?』
「おいおい……質問してるのはオレだぜ?」
『ははは』
カイトの返答に、裏ギルドの長はカイトが並々ならぬ者である事を最後の最後で理解する。普通なら殺してやる、という事を対価に取引を持ち出す奴は居ない。
が、カイトはそれをしたのだ。これが悪辣ではなければなんなのか。必要ならば喩え外道だろうとやる。その姿勢を、この裏ギルドの長は気に入ったらしい。
『……詳しい事は俺も知らねぇが。砂漠から流れてきたって話だ』
「砂漠? ジャッターユの盗賊達か?」
『そこは知らねぇよ……ただ砂漠で作られたって話だ。砂漠っても色々とある。詳しくは知らんね……』
どうやらこの様子だと、本当に知らないらしい。カイトは裏ギルドの長の口ぶりから、それを察する。そしてであれば、もう興味は無かった。
「そうか……他の魔道具類もそこからか?」
『そっちは普通の裏マーケットで手に入れたモンだ。裏マーケットが普通かどうかは知らねぇがな』
「そうか……アーベントの裏マーケットか?」
『あっはははは。そこまで承知の上か。ま、お前さんなら不思議もねぇか……ごほっ……もうこれ以上は何も知らねぇよ。何もな』
これ以上カイトが知りたいだろう情報は何も持っていない。裏ギルドの長は血を吐いてそう告げる。が、カイトには一つ聞きたい事があった。
「最後に一つ聞かせろ」
『なんだよ……さっさと楽にしてくれよ……』
「狙いはコロナだけか?」
『は……? なんの事だ……?』
「そうか……悪かったな」
どうやら彼は何も知らないらしい。その程度の駒という事なのだろう、とカイトは理解する。それに聞きたければ他にも聞けるだろう相手が居るのだ。なら、取引に応じた相手にはきちんと対価を支払ってやるだけだった。そうして、カイトは自らの血を媒体に特殊な文字を編んで魔物化した裏ギルドの長と、その部下達を燃やし尽くす。
「じゃあな……迷わず逝けよ」
『く……お前……どっちなんだよ……』
「さぁな。オレにもわからんよ……ま、これぐらいの慈悲はしてやるさ」
燃えながらも最後に一つ笑った裏ギルドの長に、カイトは最後に僅かに笑ってそう告げる。彼が最後に問いたかったのは、カイトが外道なのかそれとも常人なのかどちらなのか、という所だろう。
カイトの火に熱さはなく、苦痛も無く死んだだろう。自らが焼けながらも痛みも苦しみもなかった事に、裏ギルドの長は思わず笑ってしまったのである。
「さて……」
裏ギルドの長とその部下達に最後の慈悲を与えてやったカイトは、改めて振り向いてタウリ達を拘束する魔道具を破壊する。
「っと……悪いな」
「おいおい……お前もこの程度意味無かっただろ」
「あはは……お手並み拝見、ってわけだ。ま、ウチのボスがお前の事を取引相手と認めるわけだ」
カイトの苦言にタウリが笑って頷いて、付着した土埃を払う。と、そんな所に、男性冒険者が問いかけた。
「それで、この生き残った奴らはどうするんだ?」
「ああ、片方は引き取り手が居る……んだが」
「どうした?」
「そういえば、さっき最後に妙な事を聞いてたわね」
どこか苦々しげなカイトに、女性冒険者が問いかける。それに男性冒険者もそういえば、と思い出した。
「ああ、そういえば……さっき、狙いがコロナちゃんだけか、って聞いてたよな? あれ、どういう意味なんだ?」
「いや、コロナちゃんだけにしちゃ、妙に物々しい雰囲気だったからな」
「確かに妙に物々しい相手……だったわね」
確かに全員思う所はあったらしい。そういえば、と思い出していた。が、別に気にする必要も無かった。
「ま、そういうわけでね。何か他に目的があるんじゃないか、と思ったんだが……さーて、どうするかね」
「「「……」」」
楽しそうだなぁ。ティナの雷により倒れ伏した男を見ながら笑うカイトに、一同は内心で呆れ返る。とはいえ、さほど考える事はなかった。なぜなら、すぐにヴィクトル商会の手勢が現れたからだ。
「あぁ、来たか」
「失礼致します……頂いていっても?」
「どうぞどうぞ。それが取引だからな」
「ありがとうございます」
ぺこり。ヴィクトル商会の手勢はカイトの返答に一つ礼を述べると、倒れ伏した男を一瞥する。そうして、彼の真横に落ちていた麻の袋に気が付いた。
「……こちらも頂いても?」
「ああ、大丈夫だ。ゴミを山に放置して帰るのも気が引けるしな」
「ありがとうございます」
カイトの返答に再度礼を述べると、ヴィクトル商会の手勢は男を麻の袋に突っ込んで担ぎ上げ、そのまま消え去った。
「……転移……いや、空間置換か。何者だ?」
「情報屋の手勢だ。コロナちゃんの情報をもらうのに、取引してな。ロハで情報をくれる代わりに、襲撃してきた奴の中でも一番情報を持っていそうな奴を引き渡せってな。彼らにも色々とあるんだろう」
男性冒険者の問いかけに、カイトはある程度の所で嘯いておく。別に全てを明かす必要もない。
「さて……それで、こいつらはどうするかね」
「あ、それなら放置で良いぞー。軍に連絡したので遠からず引き取りに来てくれよう」
「そうか……」
すでに裏ギルドを率いていたギルドマスターはカイトにより殺されているし、後は拘束して結界の中にでも放置しておけば良いだろう。必要なら街まで連れ帰れば良いのだろうが、その意味も特に無い。というわけで、一同は手早く裏ギルドの冒険者達を拘束すると、一時的な結界の中に放り込んでおく。
「良し」
「そうだ……カイト。そう言えば視線の主はどうなったんだ?」
「ん? ああ、それか……戦闘開始とほぼ同時に消えたな。こっちはおそらく、こちらより格上だ」
「格上?」
カイトの返答に、タウリが思わず顔を顰める。これに、カイトは一つはっきりと明言した。
「ああ……戦闘開始と同時に、視線は消えた。これ幸いと気配を掴んでやろうと思ったんだが……それをしたのを見抜くや否や、消えやがった。もはや転移術かそれに類する何かを使ったと見て良いだろうな」
「面倒だな……」
「ああ……それでも、こっちは友好的と見て良いんだろうさ」
相変わらずこの視線の主が何者で何が目的かはさっぱりであるが、少なくともこちらに友好的な勢力である事は事実だろう。というわけで、カイトが笑いながらコロナとアルヴェンの二人へと告げた。
「もしかしたら、二人と一緒に居たギルドの人達かもな」
「それはない」
「それはありませんね」
「……あ、そう」
どうやら密かに手助け、という事はあり得ないらしい。コロナさえ断言している所を見て、カイトも思わず呆気にとられていた。
「と、とはいえ……そうなると、尚更誰なんだ……?」
「そもそもお主を見てる、という時点でお主に縁ある者ではないか?」
「オレに縁ある相手が隠れて密かにオレをじー、と見るかよ」
「落とした女の子とか?」
「お前な……」
冗談めかしたユリィに、カイトは盛大にため息を吐いた。とはいえ、こうなってくると尚更にこの視線の主が良くわからなくなってくる。
明らかに先程の視線は襲撃者達を報せる視線だった。なら考えられたのは二人を助けるべくカイトに襲撃を報せ、支援を促す事かと思ったのである。と、そんな二人に笑いながら、タウリが問いかける。
「まぁ、とりあえずはこっちを助けてくれてるんだろう?」
「ああ、それはおそらく……な」
なぜこちらを助けてくれるか、というのがわからない限りこちらを本当に助けてくれるのかはわからない。とはいえ、今助けてくれているのは事実だし、害意が無い事もまた事実だ。であれば、今は危険はないだろう。タウリはそう考え、それを口にする。
「なら、今はそれを有り難く貰っておこう。もし敵対してきたなら、その時考えれば良い事だ」
「……そうだな。どうせこの調子なら、またしばらくすれば定期的にこちらを見てくるだろうさ」
タウリの指摘にカイトは同意を示すと、それで良しとしておく。そうして、一同は再度奥地へ向けて歩いていく事にするのだった。
裏ギルドの襲撃を受けて、更に少し。一同はクシポスの更に奥。山頂付近にたどり着いていた。やはり幾つもの道に分かれたからだろう。周囲に居るのはカイト達だけだった。
「おー……山々が一望出来るな」
「良い景色だねー」
「ここから見付からなきゃ、どっかで羽休めって所だろうさ」
雄大な景色に圧倒されるカイトとユリィに対して、タウリは観測用の魔道具を取り出しながら笑う。それに、カイトも魔眼を起動させた。
「だろうな。さて……探すか」
「ああ……全員、ここでまた適当に探そう」
カイトの言葉に応じたタウリが再度指示を出し、それに合わせて『導きの天馬』の探索を開始する。と、そうして観察を開始してしばらくしてユリィが色々と彷徨き出した頃に、カイトの横にアルヴェンが腰掛けた。
「……なぁ」
「んー?」
「少しだけ聞いて良いか?」
どこか神妙なれど真剣な声音で、アルヴェンがカイトへと問いかける。
「何だ?」
「……どうやったら、あんたみたいに強くなれるんだ?」
「……ふふ」
懐かしい質問を聞いたな。三百年前は常日頃と言って良いほどに受けていた質問を聞いて、カイトは思わず笑みを零す。そんな笑みをどう捉えたのか、アルヴェンが声を荒げた。
「笑うなよ!」
「いや、悪い悪い。悪気があったわけじゃないさ」
「……」
どうだか。笑いながら謝罪したカイトに、アルヴェンは不承不承ながらも口を閉ざす。とはいえ、今ここで何かを言えば、時間を食ってしまう。本題がそれでない以上、黙るぐらいの知恵はあったようだ。というわけで、カイトも努めて真面目に答えた。
「毎日の繰り返しだ、そんなもん」
「は?」
「毎日毎日、朝一番に鍛錬して模擬戦やって……って繰り返しやるだけだ。強くなるのに一足飛びなんて無理だ」
「でもあんた、たった半年ぐらいで俺達より強いじゃん」
どうやらカイトの言っている事が嘘ではない事は、アルヴェンにもわかったようだ。なので彼も頭ごなしに否定はせず、事実を事実として指摘する。これに、カイトが笑った。
「そうだな……心技体という三要素は知っているか?」
「……なんだよ、それ」
「武術に重要とされる三要素。精神。技術。身体……その三つの事だ」
「……おう」
なんとなーくではあるが、アルヴェンも理解が出来たらしい。若干頭がパンクしそうながらも、カイトの言葉に頷いていた。
「オレが言ったのは、技術の話だ。こちらは一足飛びに進歩なんて無理。オレはもう十年以上も今の流派の鍛錬を行っているよ。新しい技術の習得も怠ってないと自負している。訓練を休んだのは……大怪我をした時ぐらいかな」
カイトが思い出せた限り、朝一番の鍛錬を行わなかったのは地球で死ぬほどの大怪我を負った時ぐらいだ。それ以外は常に毎日欠かさず朝一番の鍛錬を行っている。それは彼が復讐者であった時代から変わっていない数少ない事であった。
「それに対して、身体は意外となんとかなる……辛いがな」
「なんだよ、それ」
カイトが胸元から取り出したネックレスに、アルヴェンが首を傾げる。そんな彼に、カイトは少しだけいたずらっぽくネックレスを差し出した。
「付けてみろ」
「あ、ああ……ぐっ! な、なんだよ、これ……」
「身体に負担を掛ける魔道具だ。それを付けて常に生活してる」
「こ、これを……?」
正気かよ。カイトの返答に、アルヴェンは心底信じられない、という顔をする。そうして、そんな彼からカイトはネックレスを回収して、再度身に着けた。なお、当然だがこれについては貸す前にアルヴェンで少しは耐えられるだろう程度に落としているので、彼の身体に問題はない。
「これで身体面は鍛えている……この訓練方法は<<無冠の部隊>>でも取り入れられている訓練だ。厳しさは折り紙付きだ」
「これを……?」
伝説の英雄達の訓練。それなら確かに納得出来る。アルヴェンはカイトが己に課している訓練を知り、納得を得たようだ。
「精神については鍛える方法はない。強いて言えば、技術の訓練をしていく最中に研ぎ澄まされる、というぐらいか……結局、強くなるには地道な訓練しかないのさ」
「……」
カイトの返答に、アルヴェンはしばらくは何も言わなかった。そうして、しばらくの後。アルヴェンが小さく口を開く。
「……それでも、足手まといは嫌なんだよ。早く強くなりたいんだ」
「じゃ、頑張るしかないだろ。毎日毎日、な」
「……」
自身の助言に、アルヴェンは何を思うのか。それはカイトにはわからない。そうして、カイトはそんな幼い少年を僅かに見守る事にして、『導きの天馬』の探索を再開するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




