第1795話 秋の旅路 ――対裏ギルド――
『導きの天馬』の探索の最中。コロナを狙うアーベント王国の伯爵の手勢による襲撃を受けたカイト達であったが、その手勢達は裏ギルドと呼ばれる非合法の依頼を専門で受ける冒険者達だった。そんな裏ギルドの襲撃を受け非合法の魔道具による拘束を受けた筈のカイトであったが、彼はまるでそれを意に介さず裏ギルドとの戦闘を開始する。
「さーてと」
稲妻により拘束されるカイトは、それをまるで感じさせない様子で刀の柄に手を乗せる。とはいえ、まだ抜かない。今はまだ遊んで良いだろう。それに何より、もう一つ彼には思惑があった。
(さて……お前は何を考えているんだ?)
襲いかかってくる裏ギルドの冒険者達を見ながら、カイトはずっと感じる何者かの視線についてを思う。この襲撃を気付かせたのは、この視線の主だ。この何者かは明らかに相手がカイト達の尾行を開始した時点でカイトに視線を気付かせた。明らかにカイトに対して手助けをするつもりだろう。
「うぉおおおお!」
「ほいよっと」
「発射!」
「ぐぎゃ!」
カイトがバックステップで回避すると同時に、両手剣で襲いかかった裏ギルドの冒険者へとユリィが雷撃を叩き込む。と、そんな彼の後ろに、<<縮地>>で短剣を持った裏ギルドの冒険者が回り込んだ。
「死ね、ぐっ!」
「はーい、背中しつれー」
振り抜かれた瞬間、カイトは軽く地面を蹴って短剣持ちの冒険者の背を蹴っ飛ばす。その際についでなので思いっきり蹴っ飛ばして地面にめり込ませておいた。そうして再度空中に躍り出て、カイトは軽い感じで敵の数を確認する。
「さーて。敵数はーと」
「はい、ひのふのみのよの……十五人ー」
「二人マイナスしたか?」
「勿論」
どうやら今回の襲撃は総勢15人と中規模の裏ギルドによるものらしい。が、それにカイトは僅かな違和感を得る。
(少女一人にこれだけの規模……? 何かが裏にあるな……)
少女一人を捕らえるだけなら、こんな大人数も他国から連れてくる必要はないだろう。であれば、何か別の目的がある筈だった。と、そんな事を考えていた時だ。唐突に雷鳴が轟いた。
「んぁ?」
「あー。気にせんで良いぞー。単に小虫が動いたので撃ち落としただけじゃ」
「おーう」
カイトが少し視線を動かしてみると、そこには一人の男が倒れ伏していた。その横には人が一人入れるだろう大きめの麻の袋が落ちており、と何も考えないでもこの男が何者かを如実に示していた。
「さて……」
「今だ! 撃て!」
カイトが男に気を取られた一瞬の隙を狙い、裏ギルドの長がランチャー型の魔道具を持つ部下達に一斉に指示を出す。それを受け、ランチャー型の魔道具の先端に光が宿って輝く輪が幾つも発射された。それはカイトの両手足に加え首に嵌ると、彼の動きを完全に封じ込める。
「はっ! こっちは、使い方を間違えちゃいないぜ?」
「……まぁ、正しいが」
正しいんだが、そもそもの問題としてそれが通用するか否かという問題がある。というわけで、一切の焦りもないカイトに対して笑う裏ギルドの長は部下達に命じた。
「おい、五体八つ裂きにしてやれ!」
「「「了解!」」」
「……いや、流石に力比べでランクAの冒険者に敵うと思うなよ……」
やれやれ。カイトはどうやら自分が相当低く見積もられているらしい、と判断してため息を吐いた。曲がりなりにもカイトは表向きランクAの冒険者だ。高々ランクCの冒険者が複数人で掛かった所で抑え込めるわけがない。
「はぁ!」
「「「うぉ!」」」
「おいおい……壁超えもしてない奴が、壁超えを果たした奴に勝てる道理はないだろう。おぉおおおお!」
「うぁあああああ!」
「つ、強すぎ……る!」
カイトは自身が拘束されている事を利用して、自身が回転する事で五人まとめて一気に投げ飛ばす。そこにユリィが雷撃を叩き込んで、空中で気絶させる。
別に殺さない事に意味はなかったのだが、裏ギルドとはいえデッド・オア・アライブではない。一応捕まえて警察か軍に引き渡して取り調べをさせておこう、という判断だった。
「ふぅ……これで一気に七人撃破、と」
半分を一気に討伐し、持ち手が離れた事でゆるんだ拘束を握りつぶしながらカイトは僅かに身だしなみを整える。と、そんな彼の背後に、裏ギルドの中でも有数の腕利きらしい剣士が回り込んだ。
その速度はアルやソラら壁超えの冒険者とまではいかないでも十分に壁の上に居るだろう戦士の速度で、平均的な冒険者なら一息で殺されただろう速度だった。
「油断、だぜ」
「ああ、別に問題はない……気配がダダ漏れなんでな」
「な……」
カイトの背後から襲いかかった剣士の男は、思わず絶句した。明らかに背後を取って、振り向く間も無く斬り掛かった筈なのだ。なのにカイトは最初から知っていたかの様に大剣を持ち出していたのである。
言うまでもなく、神陰流を使って相手の先を読んだのだ。そしてその絶句のタイミングを見逃すほど、彼らは甘くない。故に目を見開いた剣士の男に対して、大剣の柄に腰掛けたユリィがすでに指を銃の形にして待機していた。
「はい、追加で一人」
「ぐふっ!」
どんっ、という音と共に衝撃波が放たれて、剣士の男はモロに脳を揺らされて昏倒する。そうして昏倒してふらふら揺れる男へと、先にカイトを拘束した輝く輪が飛来する。
「ん?」
「ま、これぐらいはやらせてくれよ。暇なんでな」
「悪い悪い……なんだったら今から変わろうか?」
「いや、流石に俺達じゃ拘束からされた状態でこれだけの相手を相手には出来ねぇよ」
カイトに援護をしたのは、彼らと共に『導きの天馬』を行っている男性冒険者だ。どうやらカイトが五人のランチャー型魔道具を持つ冒険者達を投げ飛ばした際に手から離れたランチャー型魔道具が偶然にも彼の傍に落下し、物は試しと使ってみたそうだ。
「さて……これで折り返し地点だな」
「くっ……お前、本当に拘束されてるのか!?」
化け物め。まるでそう言わんばかりの顔で、裏ギルドの長がカイトへと投げかける。まぁ、当然だろう。一応言うが、カイトは拘束されたまま戦っている。つまり彼は本来の力を発揮出来ない筈なのだ。それで十数人の冒険者と互角以上にやり合うのだから、そう言いたくもなる。
「ああ。オレは、拘束されてるぜ? オレは、だが」
「む?」
カイトの視線に、ティナが不思議そうに首を傾げる。そんな彼女だけはどういうわけか稲妻による拘束を受けておらず、平然と何時もの通り杖に腰掛けていた。
「お前、相変わらずだな……」
「……おぉ。余、そもそも食らっとらんのか。この程度、自動でディスペルされるのでうっかり解呪しておるの気付かんかった」
「気付いてさえなかったのね……」
「「「なっ……」」」
カイトとティナの会話で、裏ギルドの冒険者達も彼女が拘束から抜け出ていた事に気が付いたらしい。なお、念の為に言っておけば彼女は最初から拘束されていない。彼女にとってこの程度の魔術も魔道具も児戯に等しい。自身に触れる直前に自動ディスペルが発動して、無効化していたのであった。
不意打ちであっても食らわなかっただろう。もし彼らが結界の魔道具を正しい手順で使用していたとて、勝ち目は万が一にも無いのであった。
「まー、こういうわけなんで。ウチは伊達にマクダウェル家とつるんでるわけじゃ、ないんだぜ?」
「余もやるかー?」
「あっははは……さ、どうする?」
「「「っ……」」」
獰猛に、しかし楽しげなカイトの問いかけに、裏ギルドの冒険者達は揃って顔を顰める。明らかに自分達とは格の違う存在。真正面からは勝てない様な相手だと理解したらしい。
余計な戦いは『導きの天馬』を探すという観点から避けたい所だ。カイトとしてもここで降参してくれるのであれば、無用な戦いをこれ以上続けるつもりはなかった。そんな彼に対して、顔に盛大に苛立ちを露わにした裏ギルドの長は僅かに悩み、しかし意を決した。それも悪い方向で、だ。
「……おい! 全員であの小僧だけでも殺すぞ!」
「「「おぉおおおお!」」」
「あー……そのパターンね」
ここで裏ギルドの冒険者達に取れる手は三つ。カイトに軒並み倒されて捕まるか、降参して捕まるか、一目散に逃げるかのどれかだ。すでに勝利が無い事は彼らもわかっている。
この内、一目散に逃げる方法はまず成功しないだろう。その時点で結界は破壊され、一気に追いつかれるのが関の山だ。何より今ここで逃げれば、今度は自分達が追われる側だ。最低でもカイト一人は殺しておいて逃げないと、格好が付かない。裏ギルドには裏ギルドの矜持があるのだ。
「しょうがない……来い」
一斉に襲いかかってくる裏ギルドの冒険者達に対して、カイトはここで僅かに本気になる。あまり長引かせても、今度は『導きの天馬』の探索に邪魔になるだけだ。なら、手早く終わらせるだけだった。そうして、ここで初めて彼から距離を詰めた。
「!?」
「はい、一人」
双銃を手にしたカイトは、障壁を強引に砕いて目の前に居た一人の土手っ腹に銃口を密着。そのまま容赦なく引き金を引いた。そうして魔弾の直撃を受けた冒険者は大きく吹き飛ばされて、そのまま倒れ伏した。
「うーん……手加減はしてやったが……魔法銀の肌着を身に着けてやがったか」
「カイトー。他に敵来てるよー」
「わかってるわかってる」
ユリィの指摘に、カイトは双銃を使って左右から襲いかかってきた二人の冒険者達の剣を受け止める。この双銃はティナ作だ。素材は緋緋色金ではないが、それでも十分な強度はある魔金属だった。故に敵の攻撃を折れる事も曲がる事もなく普通に受け止められた。
「「!?」」
「はい、ご苦労さま」
「これで三人、と」
双銃で敵を受け止めた所に、ユリィが右側の冒険者へと雷撃を叩き込み、一方のカイトは彼女に背を任せて武器を双銃から棒に切り替え、それで敵のみぞおちを打つ。
「ぎゃあ!」
「ごっ」
「っ! こうなりゃ……」
為すすべもなく倒されていく自分の部下達に、裏ギルドの長はどうやら自棄になったらしい。懐から何らかの魔道具を取り出した。この様子なら、これもまた非合法な魔道具なのだろう。とはいえ、それは形状から注射器の様にも見え、彼はそれを自らの首筋に突き刺した。
「ボス! ちぃ! 俺達も使うぞ!」
「「「おう!」」」
そんな裏ギルドの長の行動を見て、残る四人の冒険者達も一斉に首筋に同じ様な注射器を突き刺した。
「うっ! ぐぁああああ!」
「ぐっ……がぁあああああ!」
「おいおい……なんだってんだ……?」
流石のカイトも非合法の魔道具を何かなら何まで知っているわけではない。なのでこの注射器については未知の魔道具で、何が起きているかさっぱりだった。そうして呆気に取られている彼の前で、五人の冒険者達が異形の姿へと変貌する。
『へっへへ……時限制だが……強大な力を与えてくれるって代物だ』
「へー……擬似的な魔物化か。それで自我も保てるとは……」
中々にすごいな。どこか掠れながらもはっきりと裏ギルドの長の声が聞こえ、カイトは僅かな感心を抱く。とはいえ、やはり非合法は非合法。全員が耐えられるわけではない様子だった。
『ぐっ! がぁあああああ……ぁあああああ!』
「あー……」
まぁ、そうもなるか。悶え苦しんだ後に血の塊を吐いて倒れた一人に、カイトは内心で納得を抱く。明らかにこんなものが真っ当な形とは思えない。であれば、これは仕方がない事なのだろう。と、そんな彼に対して、裏ギルドの長が襲いかかる。
『UOOOOOOOOOOOO!』
「おっと……随分と理性が失われてるな」
「元々あった?」
「無いかなー」
ユリィの問いかけに、カイトは笑いながら首を振る。擬似的な魔物化した裏ギルドの長の速度はランクBの冒険者にも匹敵しており、確かにこの不十分とはいえ結界内でならランクAの冒険者にも勝てそうではあった。というわけで、カイトは一手間加える事にした。
『ぶち壊れやがれ!』
「っと」
四人掛かりで仕掛けられる攻撃に対して、カイトは敢えてその一発を受け止めて吹き飛ばされる。その威力は大きめの岩でさえ簡単に打ち砕ける様な威力で、それ故にこそカイトはあっという間に飛んでいった。が、そんな彼はある程度吹き飛ばされると空中で停止。軽く首を鳴らした。
「ふぅ……結界から出られたな」
『なっ……お前、そのためにわざと!』
「ああ。出してくれてありがとう……お前らが結界の影響を受けてない事から、何かしらの魔道具はあると思ったが……これか」
『っ……』
カイトの取り出した球形の魔道具を見て、裏ギルドの長の顔が歪む。先に自滅した裏ギルドの冒険者の遺体から、魔糸を使ってこれを抜き取っておいたのである。
「さて……ここからはワンサイドゲームだ。魔物化した犯罪者である以上、覚悟は出来てるだろうな」
この世界では犯罪者はある程度になると殺しても罪には問われない。非合法な依頼を専門に請け負う裏ギルドなら尚更だ。すでに証拠も確保出来ている上に魔物化もしている以上、殺した所で罪にはならない。そうして、本気になったカイトは哀れな裏ギルドの四人の冒険者達をあっという間に片付けてしまうのだった。
お読み頂きありがとうございました。




