第1794話 秋の旅路 ――探索の旅――
ティナのエンテシア家当主継承を終わらせたものの、偶然にも竜車で一緒になったコロナとアルヴェンという姉弟の苦境を知る事になったカイト達三人。三人は自領地での犯罪行為を未然に防ぐべく二人への助力を決めると、護衛として『導きの天馬』探索に同行する事となっていた。そんな探索の旅路であるが、特段の問題も無くひとまずの目的地へと到着する事になっていた。
「ここが、今日の一つ目の目的地だ」
麓町で配られている地図を手に、タウリが開けた場で立ち止まる。周囲には幾人もの冒険者が見受けられ、一同と同じ様に『導きの天馬』を探している様子が見て取れた。そんな中にカイト達もまた、周囲を観察することになる。が、結果なぞ言うまでもなかった。
「まー、見つかんないよねー」
「そりゃのう……集まっている所に現れてくれるのなら、何も苦労はせん。何より幻の魔物なぞ呼ばれる事はあるまい」
「だわな」
三者三様にカイト達は感想を口にする。そもそも何十日も探し回って見つからない魔物だ。それを一時間や二時間で見付かるのであれば苦労はしない。というわけで、全く現れる気配の無い『導きの天馬』を受けて、カイトは同じ様に『導きの天馬』を探すタウリへと問いかける。
「このまま一日待つのか?」
「まさか……流石に、ここには居そうに無いか」
二時間待っても現れないのだ。ここの近辺には居ないか、居ても動きは見せない状況というわけだ。このまま待つも良いが、ここではない場所だった場合には困る。そして冒険者達の目だ。動いていなければ、これだけあれば誰かが見付けていても不思議はなかった。
「移動しよう。流石にここまで待っても居ないなら、ここには居ないんだろう」
周囲を見てみれば、同じ様な結論を下した冒険者達が移動をしていたりした。やはり誰もが見つからない、と踏んだようだ。
「行こう。ここじゃ見付かる見込みはなさそうだ……そうだ、カイト。お前が感じたって視線。まだ感じるか?」
「……いや、そういえばここに来た時点で感じなくなったな。それまでは定期的に感じてたんだが……」
なんだかんだカイトも『導きの天馬』を探す事に夢中になっており、途中でいつの間にか感じなくなっていたようだ。
「ふむ……コロナちゃん」
「あ、はい。なんですか?」
「居るか」
やはり感じなくなった、となって気になったのはコロナが拐われている場合だ。が、そういう事もなく、彼女も狙われている事を忘れていたぐらいだった。
「……まぁ、何か用事があるのならまた視線を感じるだろう。感じたら教えてくれ」
「わかった」
「良し。じゃあ、行くか……次は……あっちの道だな」
カイトの言葉に頷いたタウリは、一つ頷いて更に奥へ続く道を指し示す。ここからはやはり冒険者達も色々と別れて行動する様子で、集団に応じて行く道が異なっている様子だった。その中でもタウリが選んだのは、奥地へと続く道だった。
「りょーかい。じゃあ、行こう」
「ああ」
カイトの返答を受けて、タウリが移動を開始する。そうして一同再び奥地へと進み始める事になるのだが、少しすると再び視線を感じる事になった。
「……まーたか。誰だ、人の事見てるのは……」
「またか? 尾行されてる……ってことかね」
「可能性はあり得るな」
一体誰なんだ。カイトは再び感じる視線に、ただただため息を吐いた。この視線の主が何者かはわからないものの、少なくともカイトに何かしらの用事がある事だけは事実の様子だった。と、そうして立ち止まって、そこで彼はふと気が付いた。
『全員、そのままで聞いてくれ。どうやら、他にもこちらを見てる奴らが居るらしい』
『敵か?』
『らしいな。明らかに害意を持つ相手だ。気配で何時でも喧嘩を売れますよ、って言ってやがる』
アルヴェンの問いかけを、カイトははっきりと認める。それに、アルヴェンが僅かに剣呑な雰囲気を醸し出した。
「あ……はぁ」
「馬鹿ヴェン……」
「な、何だよ!」
カイト達が慌てて止めようとしたものの、どうやら間に合わなかったらしい。こちらが気が付いた事に気付いた相手が動きを見せたのを受けて、アルヴェンを除く全員が盛大にため息を吐いた。
どうやら、彼はまだまだ未熟らしい。とはいえ、やってしまったものは仕方がない。なのでカイト達も即座に武装を整えた。そうして、それとほぼ同時に冒険者達の集団が姿を現す。
「ん?」
「よぉ、おせっかいさん。昨日ぶりだなぁ」
現れたのは、昨日タウリ達に喧嘩を売った冒険者達だ。彼らが完全武装で現れたのである。その武装は完全に戦闘を、それも対人戦闘を主眼とした兵装で整えられており、襲撃を主眼として行動していた事は明白だった。
そんな中、中心に立った男は昨日カイトに手も足も出なかった事を恨んでいるのか、思いっきりカイトを睨み付けていた。そんな視線を受け、カイトが盛大に肩を竦める。
「おいおい……また随分と物騒な装備を持ち出したもんだ……えーっと。非合法の対人捕獲用ランチャーに、同じくこれまた非合法の対人捕縛結界……他にも……おぉおぉ、よくもまぁ、そこまでのものを集めたもんだ」
「「「っ!」」」
まるで問題にもならんが、と言わんばかりに自分達の兵装を言い当てられ、昨日喧嘩を売った者たちが大いに目を見開いた。が、そんな彼らに対して、カイトは盛大に呆れながらはっきりと指摘した。
「まー、そうだろうとは思っちゃいたんだが。お前ら、裏ギルドか」
「裏ギルド?」
カイトの言葉に、アルヴェンが小首を傾げる。まぁ、裏ギルドを知る者は多くはない。何より真っ当に生きていれば決して関わりが無い存在だ。逆に来て少しでその存在を知っているカイトの博識さを、タウリら知る者達――知らないのは姉弟だけの様子だったが――は大いに舌を巻くぐらいだった。というわけで、タウリがカイトの言葉を引き継いでアルヴェン達に軽く概要を教えてくれた。
「非合法な依頼を専門で請け負うギルドの事だ。お前だってユニオンの監査員や調査員の話は聞いた事あるだろ?」
「ああ」
「そいつらが調べるのが、裏ギルドだ。こいつらみたいな人さらいや殺しなんかを専門で請け負うギルドだ」
「非合法な依頼……」
なるほど。確かにそれなら自分を狙いに来ても不思議はない。コロナは相手を見て盛大に顔を顰める。そしてこの兵装だ。明らかにコロナを捕らえる本当の理由も知っていると見て良いのだろう。
「伯爵様のご依頼でな……手段は問わないから、コロナというガキを連れてこいってご命令だ。相当お怒りだそうだぜ? 孕むまで犯して、その後は裏の娼館に売り払って怪我の治療代を稼がせるってなぁ」
「うわぁ……」
「ゲスね……」
いやらしい顔を見せた男に、何も知らなかった冒険者二人も盛大に顔を顰める。この時点で大凡何があったか、というのは自明の理だ。が、それ故にこそ流石に幼い少女を狙うこの裏ギルドの者たちに、嫌悪感を抱かずにはいられなかったらしい。
特に同じ女だからか、女性冒険者の方はもはやゴミを見る様な目でさえあった。そんな視線を全く気にせず、どうやら裏ギルドの長らしい男はいやらしい目でティナを見る。
「にしても……本当はコロナってガキを連れてくるだけで良いんだが……まさかおまけまで居るたぁな。伯爵様のおメガネに叶うかどうかは微妙な年齢っちゃ微妙な年齢だが……」
「おーい、カイト。件の伯爵様とやら。どうやらお主よりストライク・ゾーン狭そうじゃぞ」
「別に競っちゃいねぇよ……さて……で?」
「あ?」
「やんのか、って聞いてんだろ」
自身の言葉に一瞬呆気に取られた裏ギルドの長に対して、カイトは呆れ半分に問いかける。現状、明らかに劣勢はこちらだ。その筈なのに、カイトには余裕が見て取れた。そんなカイトの余裕を虚勢と取ったのか、裏ギルドの長は大いに笑い出した。
「あっはははは! こりゃ、お笑いだ! お前、まさか勝てると思ってるのか!?」
「ああ。勝てるが?」
「あ?」
「ま、やってみろよ」
昨日もそうであったが、こちらの実力を見抜けていない時点で道具頼みの雑魚としかカイトには考えられなかった。そして同様にタウリも同じ判断を下していたらしく、カイトの好きにさせていた。もしくは自分のボスが認める同盟相手のお手並み拝見、という所なのだろう。
「てめぇ……後悔すんじゃねぇぞ」
「どうぞどうぞ……道具に頼らねぇと勝てねぇ様な雑魚に負けるほど、こっちはヤワな戦場を渡り歩いちゃいねぇんだよ」
盛大に睨み付けた裏ギルドの長に、カイトもまた盛大に睨み返す。そうしてそのにらみ合いが戦闘開始の合図と捉えたのか、裏ギルドのギルドメンバーの一人が持っていた球体の魔道具を地面へと投げつけた。すると、魔道具がぶつかった場所からバチバチバチ、と稲妻が上げてカイト達へと襲いかかった。
「あっはははは! これで動けねぇだろ! ランクAの冒険者だろうと拘束される、お前が言った通り非合法な拘束結界!」
「……」
馬鹿だ、こいつ。カイトはただ投げただけの裏ギルドの者たちに、盛大にため息を吐いた。が、これは仕方がないのかもしれない。確かに、この拘束結界は正しく使えばランクAの冒険者も拘束出来るだろう。だが使い方を正しく学んでいなければ、効果も半減するというものだった。
「……あー、タウリ。わーるい。こんな雑魚とは思わなかった」
「いーや。俺もだ……まさかここまで雑魚とはなぁ……」
「あ?」
捕らえられた筈なのに、盛大にため息を吐く二人の冒険者に裏ギルドの長が思わず目を瞬かせる。そんな彼に、カイトは拘束されながら教えてやった。
「次があるのなら、という前提で教えてやるが……それ、埋込式だ。それを投げるとか……馬鹿か?」
「何? う、嘘言いやがれ! これで毎回毎回使えてるんだぞ!」
「ランクA相手に使ったか?」
「うっ……」
どうやらランクA相手にも使える、という触れ込みで入手したものの、ランクAの冒険者相手に使った事はなかったようだ。まぁ、彼らの実力だとランクAの冒険者を真正面から相手にできるだけの実力は無いだろう。そして正しい使い方を知っている様子もない。これで使える、と思っていたようだ。
「はぁ……埋め込んで地面の魔力に慣らして使うんだ。仕込んどけよ。馬鹿かよ。何誘き寄せられてるんだよ」
「なんでお前の方が非合法の魔道具の扱いに詳しいんだよ」
「ちょっと道具使いに知り合いが居てな。裏ギルドの御用達の魔道具とか教えてくれたんだよ」
呆れた様に笑うタウリに対して、カイトが笑いながら正直に白状する。これは以前収穫祭の前に出会ったイングヴェイという冒険者の事だ。
やはりカイトは貴族という所で、コネクションの大切さを知っていた。そしてイングヴェイの側もカイトと繋がりを持つ事の重要性は理解しており、今でもちょくちょく連絡を交わしていたのである。そこで裏ギルドの情報も伝わってきており、この魔道具についても聞いていたのである。
「あ、よいしょっと」
「な、なんで動けるんだよ……」
「だから使い方間違ってるんだってば」
「ねー……あ、ついでに言うとどうやら私には来てないっぽいよ」
稲妻に拘束されながらも平然と歩くカイトに思わず絶句した裏ギルドの者たちに、カイトもその肩に座るユリィもただただため息を吐いた。と、そんな彼女の言葉にカイトが笑う。
「なんだ。粗悪品か……こりゃ、程度が知れるね」
「っ……だが拘束されているのは事実だ! おい、持ってきたもの全部使え!」
獰猛な笑みを見せたカイトに、裏ギルドの長は一斉攻撃を指示する。どうやらカイトが一番危険と昨日の事も相まって判断したようだ。そうして、裏ギルドの冒険者達とカイトの戦いが開始されたのだった。
お読み頂きありがとうございました。




