第1793話 秋の旅路 ――探索の旅――
ティナのエンテシア家――この場合は皇族としてのエンテシア家ではなくマルス帝国から続く一族――の当主相続に関する旅の最中に出会ったコロナとアルヴェンという姉弟。ふとした事から姉のコロナの状況を察したカイトは、自領地での犯罪行為であった事も相まって関わる事を決める。
そしてそれと同時にギルド同盟の相手であった『草原の旅人』のサブマスター・タウリの申し出などもあって、カイトは一時的に姉弟を冒険部に所属させる事にし、対策を打っていた。そうして、数時間。カイトは闇夜の中、古い話を思い出していた。
『そういやさ。一つ戦術ってか……戦略? それでどーしても聞きたい事があったんだ』
『ん?』
『なんじゃ。お主が勉強に興味を持つとは……良かろう。話してみよ』
それはカイトの主観時間として今から12年近く前。まだ大戦を終わらせるべく活動していた頃の事だ。彼はふとしたことで、ある事に興味を持ったのである。というわけで、この当時にしては珍しく戦略に興味を持った事を良しとしたティナの促しに、彼が疑問を述べる。
『いやさ。この世界だと、行軍で馬単体ってあんまり使われてないだろ? それ、なんでかなーって』
『ああ、それか。大方、なぜ騎馬の練習をさせられてるかわからん……だろう?』
『うぐっ……』
当たり前だが、カイトとて最初から馬に乗れたわけではない。何度も練習させられて、出来る様になっただけだ。というわけで練習の最中に疑問になった、というわけだろう。が、少なくとも疑問に思うのは良い兆候と捉えられたようだ。故にウィルは笑いながら、その理由を教えてくれた。
『別に気にする事もない。普通に馬も使って移動する……ただ俺達が使わないだけだ』
『使わないだけ?』
『ああ……俺達は自分で走った方が早い。だろう?』
『……そりゃそうだ。今なら馬の数十倍の速度で走れる自信ある』
あまりに当然としか言い得ないウィルの問いかけに、カイトは思わず納得するしかなかった。が、これは元々わかっていた事だ。なのでウィルの解説はまだ続く。
『とはいえ、使わないわけじゃないんだ。俺達だって馬は使うつもりだ……ああ、馬だぞ? 馬車じゃなくて』
『わかってるって』
『そうか……それで、今は規模が規模だからな。まだ使う目処が立たないだけだ。馬車だけでなんとかなるからな』
カイトの問いかけに、ウィルは一同を見回す。この当時の人員はカイト以下後の世に勇者カイト御一行と呼ばれる者たちのみ。馬車だけで移動はどうにでもなったし、馬単体以外を使う意味が無かった。
『そうだな……なぜ馬を使うか。それは単純に体力を温存する為だ。馬で動いた方が楽は楽だろ?』
『そりゃ……そうだわな。歩かないんだから』
『そうだ……だから、何時かは使うだろうな。長距離の移動に一々歩いてもいられん』
『なるほど。それで、か』
確かに自分で歩くより、よほど良い。そう理解したカイトはウィルの説明に納得し、再び乗馬の練習に向かう事になるのだった。
さて、そうして時代は今に戻る。椿に指示して書類を偽装して貰いコロナとアルヴェンを一時的にギルドに加える手続きをした後、カイトは朝日を見ながらクシポスを見ていた。
「何考えとるんじゃ?」
「んー。昔の事。ほら、昔オレ、お前とウィルになんで馬使うんだって聞いた事あったろ?」
「そういや、そんな事もあったのう」
カイトの言葉で、ティナも昔の事を思い出す。
「あの後、結局お主殆ど馬には縁が無かったのう」
「それなー……まぁ、今思えばそれでも良かったんだろうが」
「良くはないわ、馬鹿者。何時も何時でもバイクが使えるわけではない。更に言うと、悪路では馬の方が機動力が高い。それだけは、どこまで行っても変わらぬよ」
「それな」
ティナの苦言に、カイトもまた笑って同意を示す。基本広大な領土を移動する為にバイクを使うカイトであるが、それでも何時も何時でも使えるわけではない。
馬を使わねばならない事はあるし、そのために今でも定期的に乗馬の訓練を行っている。まぁ、乗馬の訓練とは名ばかりで単に伊勢か日向に跨って遊んでいるだけ、ではある。が、それでも訓練にはなる事もまた事実だ。
「いっそ、『導きの天馬』でも捕まえてみるか。伊勢と日向を何時でも使えるわけじゃないしな」
「あっははは。そりゃ、面白いのう……やれるもんならやってみせい。何千何万という冒険者達がやって無理で、数多の英雄達でさえ出会えぬままに終わった事もある天馬。お主なら案外出来るかもしれんぞ」
「やってみるかー」
ティナの冗談に、カイトもまた冗談を告げる。あくまでもこんなものは冗談だ。そもそも出会えるかどうかさえ定かではないし、幾ら幻獣種という穏やかな魔物だろうと、背に乗せてくれるかどうかは話が違う。練度の高い魔物使いならまだしも、流石に単なる剣士に過ぎないカイトが出来るわけがなかった。と、そんな事をしていると、コロナ達も起きてきたらしい。
「……良し。じゃあ、行くか」
「うむ……嬉しそうじゃのう。まったく……変わらんな、あやつは」
出会えるかどうかは運次第。が、それこそが冒険の醍醐味といえば醍醐味とも言える。なのでカイトの背がどこか楽しげだったのは、気の所為ではなかっただろう。そうしてそんなカイトの背を笑いながら、ティナもまた出立の支度を整えて出発するのだった。
さて、それからおよそ二時間。カイト達はタウリと再度合流する事になっていた。そこはクシポスに入る為の謂わば入り口の様な所で、そこにはタウリを筆頭に他四人の冒険者が待っていた。
これが、この『導きの天馬』探索のパーティというわけなのだろう。周囲には他にも同じ様に『導きの天馬』を探していたり、薬草摘みに向かう冒険者達でごった返していた。
「ああ、そっちも来たな……良し。全員、聞いてくれ。今日から新しく、この三人が探索に加わってくれる事になった」
「全員、昨日ぶりという所か。少し事情があって、加わる事になった……まぁ、わかりやすく言えば昨日の馬鹿がもし来た場合にこちらに助力する為、と思ってくれ」
「というわけだ。どうやらコロナちゃんとアルヴェンの二人が揉めてる所らしくてな。で、昨日語った通り、抜けるのなら抜けてくれて結構」
確かにコロナに肩入れする、と言うのはタウリのワガママと言える。なのでそれに付き合わせる道理は誰にも無く、彼のこの言葉は一切の虚勢の無いものだった。
「俺は抜けるぜ。また喧嘩売られちゃたまらない」
「俺も」
「私は……残る。やられっぱなしは性に合わないし。逆に言えば、外で喧嘩売られたらぶちのめして良いって事でしょ」
「なーる。そりゃ、ありだな。なら、俺も残る」
どうやら残りの半数は去って、残りの半数は残るという所らしい。帳尻としてはカイト達が加わって一人増えた、という所だろう。そうして去る者は去って、残る者が残った後。タウリが改めて今後の方針を立てた。
「良し……じゃあ、とりあえず。この場の面子は今後喧嘩を売られても問題無いって事で良いと考えさせてもらう……でだ。まぁ、これは俺も昨日の時点で知らなかったんだが、今回加わってもらったカイト。こいつなんだが、ウチのギルドマスターと同盟を結んでるギルドのギルドマスターだ」
「ギルド・冒険部のギルドマスターもやってる。一応、お見知りおきを」
タウリの紹介を受けて、カイトが改めて自己紹介を行う。が、これに残っていた冒険者二人は大いに驚きを露わにした。
「こいつが、あの……?」
「最近勢いに乗りまくってるっていう……」
「……そんな有名なのか?」
やはりここら、他国に居たからという所だろう。アルヴェンはカイトが有名だという事にイマイチ実感が持てなかったらしい。いや、彼も日本人だから有名、と言われれば納得は出来るのだろうが、実力面では疑いを持っている様子だった。
「有名なのかって……ああ、そっか。あんた確かアーベントから来たんだっけ。こいつ、かなり有名よ。かなり強い、って」
「ふーん……」
やはり実際に見ていないと実感はわかないものだ。なのでアルヴェンからしてみれば、カイトが強いと言われても半信半疑という所なのだろう。とはいえ、あまり長々とカイトとしても自分の話しで時間を使われたくはない。なのでこれ幸いと話に割り込む事にした。
「ま、後は実際に戦ってみりゃわかる話だろ」
「ああ……じゃあ、行くか」
「今日はどっちへ行くつもり?」
「とりあえず、昨日とは逆の方向に行こうと思う」
女性冒険者の問いかけに、タウリは右の登山道を指し示す。どうやら昨日は左の登山道から進んだ、というわけなのだろう。クシポスには幾つかの山があり、途中で幾つか分岐しているとの事であった。
「確か、昨日の情報によると右側から声がした、って事だったな?」
「ああ。俺も実際ここで聞いてたが、たしかにあっちの方角から声が聞こえた」
タウリの問いかけに、男性冒険者が一つ頷いた。昨日の『導きの天馬』の声の時、彼は偶然にもこの近辺に立っていたらしい。なので山の方角としてどちらの方から聞こえていたかわかっており、それを頼りにして進む事にしたようだ。
そして同様に似たような情報を得ていた冒険者の集団の多くは右側の登山道へと入っており、手がかりとして間違いはなさそうだった。というわけで、一同もそれに倣って右側の登山道へと分け入る事にする。そうしてしばらく。登山道を歩きながら、カイトがふと立ち止まる。
「ふむ……」
「どうした? 気配でも感じるか?」
「いや……気配なら多すぎて流石にわからん。オレも色々と喧嘩は売ってる。敵意も好意もどちらもわかる。これでどれが奴らなのかわかるのなら、オレは剣士じゃなくて弓兵やってるよ」
タウリの問いかけに、カイトは笑いながら首を振る。確かにカイトとしてもわかるのなら有り難いが、残念ながら神陰流とてそこまで万能ではない。人が多ければ多いほど、どうしても気配は読み難くなる。これを読み切るにはまだカイトの腕では足りなかった。
「確かにな……なら、どうした?」
「さっきの今で悪いんだが……誰かがオレを見てる……な、これは」
「誰か? 敵か?」
「それなら流石にわかる。敵意が明白になるからな……」
立ち止まったカイトであるが、彼は一度だけ視線の感じた方向へと視線を向ける。だが、そこには何も居ない。が、たしかに感じはしたのだ。つまりすでに移動している、ということなのだろう。とはいえ、それなら敵の可能性が高いわけであるが、どうしてかこの視線に敵意は無かった。
「ユリィ。お前は視線、感じなかったか?」
「ううん。全然……それどころか言われるまで何かが居る、とは思わなかったよ」
「うーん……」
一体何者なのだろうか。カイトはここに来て新たに現れた何者かに、首を傾げる。視線に害意が一切無かった事から、敵ではない事だけは確実だ。と、そんなカイトにタウリが笑いかける。
「お前まで誰かに狙われてるってのは止めてくれよ。お前だって人気者は人気者なんだからな」
「そう言われてもねぇ……実際、人気者になりたくて人気者になったわけじゃないしな」
「違いない」
実際、カイトが有名になった最大の要因はまず日本人だから、という所と現状皇国として錦の御旗を欲しているという二点がある。が、それでも望む望まざるにせよ、有名になったのだ。有名税だけはどうしても付き纏う。というわけで、これをタウリは有名税の一つと捉えたようだ。
「ま、敵意が無い、って事は大方お前のファンか何かだろ。気にするだけ無駄だ」
「そうかねぇ……現状、これ以上厄介事の種は増やしたくないんだが……」
現在気にするべきはコロナとアルヴェンを狙うアーベント貴族の追手だ。この視線の主がその追手に雇われているのなら、面倒な事この上ない。敵意が無いから気にするべきか気にしないべきか判断出来ないからだ。と、そんなカイトに、ティナが告げた。
「……考えても仕方があるまい。用事があれば向こうから来ようし、無ければ見ているだけで終わろう。今気にするべきはそちらではあるまい?」
「……そうだな。悪い、行こう」
少なくともこちらを見ている事だけは確実なのだ。であれば、ティナの言う通りだろう。そうして、一つ謝罪したカイトは、そのまま再び奥地へと進んでいく事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




