第1792話 秋の旅路 ――対策――
コロナとアルヴェン。アーベント王国と呼ばれる小国の出身者である姉弟。この姉弟の姉であるコロナは、領主を斬った咎で故国でお尋ね者として手配されているとの事であった。
が、それが実は領主により陵辱されそうになった際の正当防衛である事を知ったカイトは、彼女らと共に『導きの天馬』なる魔物の探索を行っていた『草原の旅人』のサブマスター、タウリと共に彼女らをどうやって助けるか、という話し合いを行っていた。とはいえ、そのためにまずカイトは『草原の旅人』ギルドマスターと話を行っていた。
「……わかった。それで請け負おう」
『ああ、悪いな。ギルドの規模として、そっちで請け負ってくれる方が色々と話が通りやすいだろう』
「いや、どっちも見たから手を貸そう、という程度だ。それに、利益も何もあったもんじゃないからな」
『あっははは。違いねぇ……とはいえ、お前さんの所が居てくれて助かった。ウチとこだけじゃ、色々と情報が足りないからな』
「オレの所も情報屋頼みだ。そっちとさほど変わらない」
テインの言葉に、カイトは電話越しに笑いながら首を振る。あまり持ち上げられても対応に困るし、何よりこれがこちらを持ち上げているだけだと理解もしている。そしてそこらはここしばらくの付き合いで相手も理解していた。
『ははは……まぁ、悪いが頼むわ。あれも知恵者じゃああるが……お前さんには劣る』
「持ち上げ……ってわけでもないか。このタイミングであんたが出すって事は」
『残念な事にな。お前さんの知性にどれだけのギルドマスターが臍を噛んでると思ってやがる』
カイトの返答に、テインは楽しげに笑いながらそう愚痴を言う。やはり同盟相手とはいえ、冒険者だ。しかも同盟を結べるほどに知恵のある相手である。食わせ者である事は多く、幾つもの手を打って自分達の利益を確保しようとしている者は少なくない。となると、若いギルドマスターかつ規模だけは中堅に匹敵すると言われる冒険部は、ある意味ではカモに映る。
が、それで実際にカイトと会ってみれば、煮ても焼いても食えない様な化け物だ。少しばかりおだてたりして利益を掠め取ってやろう、と思っても出来ない事に何人ものギルドマスターは頼もしいと思いながら、内心で苦い思いもしていたのである。
「お生憎様だな。そこまで可愛い性格なら、こんな奴には育ってない」
『違いねぇ……まぁ、お前さんの所だから信頼は出来るし、他国まで来て何かをする、ってことは確実にこれ以外にも何か目的はあんだろ。それを叩き潰せりゃ、ウチもマクダウェル家からの覚えが良くなる。オタクが噛むなら、ウチも噛ませてもらう』
「りょーかい。じゃあ、二人もこちらで一時的に引き取ってる事にした方が良さそうか」
『そうだな。そこらの総責任はお前さんが持ってくれ。ウチはあくまでも同盟者として仲介したって立場にしておく』
「あいよ」
テインの言葉に、カイトは若干苦味を含めながら笑う。テインの意図はかなり明白だ。彼の意図としては自分達もおこぼれには与りたいが、同時に責任やら色々と付きまとう立場には立ちたくない。
なので責任の大半はカイト達に渡してしまって、もしもの場合はそちらが全て悪い、としてしまうつもりなのだろう。相手は他国とはいえ貴族。下手に揉めたくない、というのはカイトにもわかる話だった。そうして話し合いを終えた後、カイトは改めて苦笑いを浮かべながらタウリの方を向いた。
「終わった……って言っても聞いてたからわかってるだろうが」
「悪いな。ウチのギルドマスターが」
「あっははは。あの人はあんなもんだろう。それでも、善意で動く事を否としないだけ十分良心的な冒険者と言える」
タウリの謝罪に、カイトはこれで十分と明言した。やはり冒険者だ。傭兵とも取れる者たちにとって、金が全てと言う者は居ないではない。なので金が絡まないのなら動かない、という者は決して珍しくなく、金銭も絡まず善意で少女を救おうとしなくても決して非難はされない。
それを鑑みれば、タウリが善意で動く事を否定せずそれどころかカイトに協力的な姿勢を見せている分、『草原の旅人』は十分に善意を見せていたと言って良いだろう。
まぁ、そんな事を言ってしまえば逆に冒険部は人員を供出する事も出来ないし、ギルドとしての動きでもない。ギルドとして支援をしても良い、と許可を出した分、『草原の旅人』の方が良いとも言い切れた。
「で、コロナちゃん。さっきの今で悪いが、君の身柄は一旦こちらで預かる事になったが……」
「あ、いえ! ありがとうございます。でも良かったんですか?」
「あっははは。ウチはオレの決定だけで問題はない。規模が規模だからな。書類に一人二人紛れ込ませる事も容易だ」
ギルドへの所属にどういう基準が用いられるか、というのはそれぞれのギルドによって異なる。その点、冒険部ではカイト以下ギルドマスター、もしくはサブマスターの許可を以って参加加入となる。なのでカイトが許可した時点で加入は可能だった。
そして加入に関する書類に関しても最終的な裁可はカイトとなるので、彼がオッケーと言う時点で問題はない。勿論、彼なので書類の偽装もお手の物だ。あっという間に最初から彼と同行していた事に出来るだろう。
「さて……アルヴェン。悪いが、お前もコロナを守る為に一時的にオレの指揮下に加わってもらう」
「文句はねぇよ。姉さん守れるならな」
「良し……それで、タウリ。これからどうする?」
「そうだな……」
カイトの問いかけを受けて、再度話し合いを再開させる。先程までのテインとの話は彼がきちんとサブマスターである事を証明する為のものだ。同時に、逆に『草原の旅人』がカイトを知っていればコロナを同席させる事で彼自身もまたきちんとした身分を持つ者だと証明も出来る。お互いの為と言えた。
「とりあえず、相手がどう出るかを見た上で、としたいんだが……ああ、そうだ。ウチの親父はコロナに掛けられた懸賞金は幾らだって言ってた? 調査も頼んだんだが……」
「まだわからないそうだ。コロナちゃん。最後に知ってる懸賞金は?」
「え、えーっと……あの、驚かないで……貰えますか?」
どうやら相当な額らしい。カイトの問いかけにコロナは視線を泳がせながら、半ば笑う。それに、カイトは先を促した。
「……大ミスリル30枚……です。アライブオンリー、ですけど」
「「「……」」」
おぉう。これはまたすごい額が掛けられたものだ。一同揃って思わず言葉を失った。大ミスリル30枚。日本円に換算すればおよそ300万円である。一人の少女に掛けられる懸賞額としては、間違いなく破格と言って良かった。というわけで、カイトとタウリは思わず顔を近づけてひそひそ話を行った。
「……な、なぁ……本当にあれ斬りつけただけか?」
「い、いや……実際事実だろ。これぐらいでもないと、他国まで追手は掛からんさ」
「そりゃ、そうだが……大ミスリル三十枚だぞ? 他に何かやらかしてないと、ここまで掛けられるわけないぞ」
カイトの返答に納得したタウリであったが、それに更に反論を加える。破格といえば破格だ。何か裏があるのでは、と勘ぐっている様子である。と、そんな二人にティナが忘れていた、と情報を明かす。
「あ、そういや言い忘れておったが、懸賞額なら上がっとるぞー。大ミスリル50枚に」
「「……マジ?」」
「うむ。どうやら相当恨んでおるらしいぞ? まー、当然じゃろうが」
いや、そりゃそうだろうが。カイトもタウリも同じ男として、男性器を斬られた事に対して恨みを抱いていても不思議はない、と思っていた。喩えそれが逆恨みであったとしても、だ。
「どうやらその何某。大きさに自信を持っておったとのことじゃ。それが傷付けられて、相当トサカにに来とるとの事じゃのう……まー、お主のよりは小さかろうが。お主のはやばいからのう」
「おい」
最後の最後に冗談を挟むあたり、ティナらしいといえばティナらしいのだろう。とはいえ、冗談を言えるということは、逆説的に言えばあまり深刻にならなくても良い相手という事なのだろう。と、そこまで考えて、ふとカイトは気が付いた。
「……おい。普通、一介の小物からそこまで手に入れられるか?」
「あ、今リアルタイムで楽しげに笑いながら情報くれとるのがおるぞ」
「リアルタイムでねぇ……」
ティナが自身の耳に取り付けたヘッドセット型の魔道具を指差したのを見て、カイトもまたヘッドセット型の魔道具を起動する。すると、通信の先は案の定な人物だった。
『はい、ダーリン。貴方のサリアですわ』
「はいはい。何時も通りどーも。そんな所だろうと思ったよ」
『ですわね……ダーリン居る所に金儲けあり。何やらダーリンが面白い事をしそうなので、今回も今回とて監視させて頂いておりますわ』
「おい……オレにプライバシーは無いのかよ……」
あそこか。カイトは気配を読んで、自身を見張る何某かを見つけ出す。あいも変わらずどこに手勢が潜んでいるかわからないヴィクトル商会だった。というわけで、カイトはその監視に手を振ってとりあえず挨拶だけはしておいて、話を進める事にする。
「で?」
『あら……可愛らしいお方ですこと』
「そっちも盗聴済みですか……もう良いよ。で?」
『はい。ちょーっと、我が社の社員に手を出されまして。証拠を集めていた所なのですわ』
「……」
あ、これ逆鱗に触れてるな。カイトは意外と身内贔屓なサリアが青筋を立てている事を察知する。サリアは従業員の事を大切にしている。そして数百年掛かりの私怨を晴らす様な女だ。その彼女の社員に手を出したという。彼女が黙っているわけがなかった。これ幸い、と取り立てに向かうつもりなのだろう。
「ということは、つまり?」
『はい。もしよろしければ、お一人頂けないかな、と』
「クワバラクワバラ。怖いお姉さんを怒らせちゃマズイね。恨まれない様にオレも注意しようっと」
どうやら、怒らせてはマズイ相手を怒らせてしまったらしい。カイトはこれから辿るであろう何某かの末路に、手を合わせてお祈りを捧げておく。
『あらあら。ダーリンには何時もベッドの上で泣かされておりますわ。もう遅いですわね』
「あっははは……わかった。じゃあ、お詫びにお一人プレゼントしよう」
『ありがとうございます。では、楽しみに待っていますわね。ああ、受取人は彼でお願いします』
「あいさー」
どうやら先程から自身を監視している奴に渡せ、という事なのだろう。まぁ、渡せと言っても放置しておけば勝手に回収してくれる。なので手っ取り早く言ってしまえば逃げられない様にしてくれればそれで良い、というわけであった。
「よーし。怖いお姉さんからの支援確定した。これで心置きなく好き放題出来るな」
「誰だったんだ?」
「ウチのスポンサーの一人。こわーいお姉さんが控えててね。どうやら、その貴族。結構手広く手を出してるらしいな」
タウリの問いかけに、カイトは楽しげに嘯いた。彼の言っている事は何から何まで間違いではない。なら、これで十分だろう。
「とりあえずもし誰か攻めてきたら、そいつ一人確保すれば良いってさ。後はあっちがやってくれる」
「……お前のスポンサーは何者なんだ……」
「こわーいお姉さん」
絶句したタウリに、カイトは再度楽しげに嘯いた。これで何か難しい事を考えなくて良いのだ。楽で良かった。そうして、カイトは後は待つだけにすることにして、明日からの探索の旅に備える事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




