第1785話 秋の旅路 ――奥地へ――
クシポス山にあるユスティーツィアの遺産を求めて出立したカイト達。そんな彼らはクシポスの麓にある街に昼過ぎにたどり着くと、そこで情報収集を行って一夜を明かす事になる。そうして、翌日の朝。カイト達は比較的早い時間に目を覚ますと、出立の支度を行っていた。
「良し。流石に今の時期の山だから、少し厚手の服を着とかないとな」
「そろそろ雪が降っても可怪しくない頃だから、降雪にも気を付けないとね」
「ああ……まぁ、オレ達なんで何時でもどこでも大丈夫は大丈夫だが……寒いのは嫌だしな」
寝間着から何時もの冒険者の服装に着替えたカイトは、更にその上に何時ものルゥのロングコートを羽織る。ただし、彼も言う通りそろそろ冬かつこれから挑むのが山という事で、裏起毛のロングコートにしていた。
「良し……ティナ。お前の方は?」
「出来とるぞー。こちらは何時も何時でも万能の魔女の服じゃ」
「それ、便利だよなー……」
何時もの戦闘服といえば戦闘服な魔女の黒いローブに身を包んだティナを見て、カイトが思わずそう呟いた。彼女の、というか魔女族が使う黒いローブは実はかなりのスグレモノらしい。
耐火性・耐水性に加えて薬品の調合に備えて薬剤に対する耐性もある上、汚れても黒だから目立ちにくいとのことだ。さらには匂いが付着しにくい特殊な魔物の素材を編み込んでいる、とのことで防臭効果もあるとのことである。まぁ、ここまで便利になったのはある魔女――ティナではない――がいちいち用途に合わせて着替えるのが面倒なので、と作ったとのことであった。
「お主のそれには負けるわ。これには色替えの魔術なども効かぬし、ロングコートから普通のコート、果てはジャケットまで行けるじゃと? 便利過ぎるわ」
「更には私も潜めるスグレモノである」
「そっちはオレが単にフードを作ってるから入ってくるだけだろ。いっそ無くしても良いんだぞ」
「やめてー。私の安住の地を奪わないでー」
カイトのフードの中に何時も通り潜んでいたユリィが、カイトの指摘に再度顔を引っ込める。基本的に彼女はここでのんびりとしている。なので今回もそういうわけだ。
「はぁ……ま、お前らしいけどな。さて……じゃあ、行くか」
「本来なら、飛空術でひとっ飛びと行きたい所なんじゃがなぁ……」
「しゃーない。想定外だ」
まさかここまで人が多くなるとは。想定外の事態に、三人は地道に徒歩での移動を余儀なくされていた。幸いといえばこの三人なので人の目さえ無くなれば、身体能力を上げて一気に移動できる事だろう。というわけで、三人は一度宿屋の外に出る。
「うーん……今日も今日とても爽やかな朝」
「昨日今日と天気予告によれば晴れとの事。山の天候も同じく」
「……一番便利なのはお主のそれやもしれん」
何時も通りのんきなユリィの言葉に応じたカイトの言葉は、大精霊達の言葉にも等しい。人工衛星なぞ無いこの世界だ。そこで天候を事前に知れるありがたみは、とてつもなかった。
「さぁな……さ、行くぞ。人の目が多くなる前に、ここを出ないとな」
「うむ」
まだ今は朝も早い段階だ。麓町の住人達や朝が早い冒険者達は起きて動き出しているが、それでも全員では無い。誰かに後を着けられる事はないだろうが、下手に遺跡を見つけられたくはなかった。そうして、三人は足早にクシポスの奥地へ向けて進みだすのだった。
さて、三人がクシポスの奥地へ向けて出発しておよそ三時間。午前10時を少し回った頃合いだ。その頃になり、三人はクシポスの奥地にある崖の側に立っていた。
「この下だ」
「また崖か」
「秘密の研究施設だから、だろ。この下に行こうとすると、最初からこの崖の下が目的でないとダメな所だ」
崖の淵の上に立ったカイトは、記憶を頼りにして崖下を覗き込む。そうして、彼はそのまま目を閉じた。
「……うん、ここだ。微妙にだが何かの気配を感じる」
「ふむ……」
カイトの言葉に、ティナは自身の力を解放する。すると、彼女にも何かが感じられた。
「これは……今じゃから分かるが、何か妙な力を感じるのう」
「という事は、ここで良いわけ?」
「じゃろうな。余の血が反応しておる」
ユリィの問い掛けに対して、ティナは若干自信なさげに頷いた。流石にまだ血が目覚めて少しだ。わからないらしい。そんな二人に、いつの間にか閉じていた目を開いていたカイトが告げる。
「ここで合ってるよ。目印があった」
「「目印?」」
「ああ……っと」
小首を傾げた二人に対して、カイトは立っていた岩の上で屈む。そうして短刀を取り出すと、おもむろに岩に突き立てた。
「む?」
「幻影だ。薄くだが、ここを隠している」
「おぉ、本当じゃ。言われて気付いたが……なるほど。エンテシア家の家紋じゃな」
どうやらここがエンテシア家の持ち物であることを示している家紋が、カイトの立った岩には刻まれていたらしい。それを見て、ティナが岩の上に立って杖を取り出した。
「……」
こんっ、と軽くティナが岩を小突く。するとそれだけで苔むした岩が鳴動し、綺麗な岩肌を覗かせる。
「おー」
「うむ。よう出来ておるわ。これが全ての鍵か……とはいえ、今はこれ単独では意味がないが。いや、余にはもう遺跡の全貌が見えておるがのう」
「残念ながら、オレにも見えねぇよ」
「当然、私もー」
「じゃろうな。これはいわば錠前の様なものじゃが……扉が隠されてしまっておるからのう」
ここは次元を歪める力で隠されているのだ。それを何もなしに見付けられるカイトのスペックというか神陰流が常軌を逸しているのであって、普通はユリィの様に何もわからない。
よしんば錠前に気付いても、扉には気付けない。次元が歪んでいる以上、どう足掻いても発見なぞ無理だろう。が、それはティナにとっては関係のない事だ。故に、彼女は自身の本当の力を解き放った。
「……はっ!」
僅かにティナが気合一閃するだけで、まるでそれが本来正しいかの様に次元が歪み、その中にあった研究所を露わにする。そうして見えたのは、三階建のこじんまりとした研究所だった。
「へー……意外と小さかったのか」
「もっと大きいかと」
「うむ。余もそう思うたが……うん?」
カイトとユリィの言葉に同意を示そうとしたティナであったが、一転して何かに気付いたかの様に片眉を上げる。
「どうした?」
「あれじゃ」
「あれは……使い魔? だが……」
ティナが気付いたのは、小さな白猫型の使い魔だ。それがさも平然と研究所から現れて、まるで一同を待っていたとばかりにこちらを見ながら扉の前に腰掛けたのである。
『ユスティーナ様。お待ちしておりました。お久しゅうございます……と言っても、貴方様は覚えてはおられませんでしょうが』
「余が誰か分かるのか?」
『勿論で御座います。お母君によく似ていらっしゃる。勿論、お父君であらせられるイクス様にも』
白猫は驚きを露わにするティナに対して、流麗な口調で微笑みかける。どうやら相当に高度な使い魔らしい。口調は流麗で、表情にも人間味があった。
そして何より、その身に宿す魔力の膨大さだ。並の魔物、それこそここら一帯の魔物なら吐息だけで跡形もなく消し飛ばせそうな程だった。間違いなく、この白猫を作った何者かは天才の領域だろう。
「で、久しゅうとはどういう事じゃ」
『はい……私、その昔にはユスティーツィア様の使い魔もしておりました。それ故に、幼少の頃のユスティーナ様も見知っているのですよ。随分とお綺麗になられました。幼少の頃のお転婆っぷりが懐かしい』
「なんと……では余の幼少の頃を知っておると」
『はい……と、申しましても私はお母君の更に母君にも、その更に母君にも仕えておりました』
「なんと……」
白猫の語る言葉に、ティナは思わず目を見開いた。とどのつまり、この白猫は歴代のエンテシア家当主達に代々仕えてきた由緒正しき使い魔らしい。
「一体お主は誰がお作りになられたんじゃ」
『ああ、やはりそれもお忘れで御座いますか。いえ、あの年頃を考えますれば、仕方がありますまい。私を作ったのはエンテシア様……お母君様の言葉を借りれば初代様でございます』
「なんと……」
驚愕に包まれながらも、ティナはそれなら納得だと内心で納得する。この白猫は明らかに天才の作だ。一種の芸術とも言い換えられる。それを作ったのは伝説的な魔女だ、と言われた方がすんなりと得心が行ったのである。
「いや、逆に納得じゃ。なんともまぁ、見事な作じゃ。初代様ともなれば云千年前じゃろうに。それが今までこうも綻び一つなく存在し得るとは」
『歴代の当主様に大切にして頂きました故』
それだけで何とかなるわけがない。ティナはこのにこやかに笑う白猫の素晴らしさに、そして何より初代の腕の素晴らしさに舌を巻く。間違いなく何かがあるはずだ。が、その何かを速攻で見抜くには、まだティナの技術力では足りなかった。
「いったい、どうなっておる」
『ふふ……やはり血でございますね。皆さま私を見るなり、誰もがそう申されたものです。勿論、私を継承なされたお母君も継承して早々、私がどうなっているのかと調べに掛かりました』
「む……仕方があるまい。魔女の血じゃ。逃れられぬ性じゃ」
自分も、その母も、そのまた母も変わらない反応を示していた事に、ティナは僅かに恥ずかしげにそっぽを向く。が、この行動もまた彼女らに似た行動だった事に、彼女は気付かなかった。
『はてさて……さて。ユスティーナ様』
「……なんじゃ?」
『そこの方々の事を私は存じ上げませんが……客人とお見受け致します。お連れしてもよろしいですか?』
白猫はティナに同行していたと思しきカイトとユリィを見ながら問いかける。それに、ティナが小首をかしげた。
「なぜ余に問う」
『これは異なる事を。今、私の主人は当代とならせられる貴方様。故にこの研究所もまた、貴方様の物となります』
「母上の物ではないのか? 代理権限と聞いておるんじゃが」
『はい。私の主人の権限を含め正式に、貴方様の物となっております』
ティナの問いかけに、白猫がはっきりと頷いた。そうして、白猫はかつての事を語った。
『今より七百年前……お母君が身罷られる前でしょうか。ご自身の異変に気付かれましたお母君は、何時か自分が貴方様のお父君……イクス様に目覚めさせられる前に貴方様が自身の出自に目覚められた場合、自分達の力が必要な事態となっているだろう、と考えられておいででした』
「ふむ……この展開も想定内だった、と」
『御身の状況を詳しくは存じ上げませんが……おそらくは。イクス様は不満げでございましたが。そうならない様に俺達が頑張るんだ、と』
「くっ……」
なるほど。確かに<<無才>>と言われた男らしい先見の明の無さだ。ティナは父の言葉に思わず笑う。実際、ユスティーツィアの推測が正しく、彼らの復活よりも前にティナが目覚める事態となっていた。
『はい。あの方はどうしてか人望はあれど、それ以外はからっきしでございました。まぁ、あの底抜けの明るさこそ彼の最大の持ち味と言っても良かったでしょう。それ故の人望と』
「知っとるよ。あれは余の父とは思えぬほど、暗愚であろうからのう」
『ははは……とはいえ、なればこそ数多の綺羅星達が集ったのです』
「それもまた、知っとるわ」
知恵に優れていようと。武勇に優れていようと。王になれるわけではない。王になるには人望が必要なのだ。その人望だけで言えば、イクスフォスは間違いなく王だった。それはティナも掛け値なしに流石は自身の父と認めていた。故にか、彼女もまた笑っていた。
『左様でしたか……話を戻しますと、それ故にお母君はもし万が一、あの場にユスティーナ様が立たれた場合は貴方様に当主の座を譲る様に私に言伝を残しておりました』
「そうなのか?」
「流石にオレもそこまでは知らねぇよ。オレは単なる道案内役。案内人だ。そもそも、その白猫と会った事もない」
ティナの問いかけに、カイトは首を振る。これについては実際カイトも知らされていない事で、ハイゼンベルグ公ジェイクは知っていたが行けばわかる事、と明かさなかったのだ。
「ふむ……相わかった。であれば、こやつらは問題ない。紛うこと無く余の家族じゃ」
『左様でしたか。でしたら、私も異論はありません……ではどうぞ、こちらへ』
ティナのはっきりとした言葉に微笑むと、白猫は一同に背を向けて研究所へと向かっていく。そうして、カイト達はそれに続いて研究所へと通される事になるのだった。
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