第1784話 秋の旅路 ――情報収集――
ティナの母ユスティーツィアの遺産を求めてクシポスと呼ばれる山へとやってきていたカイト。そんな彼はティナが自身が受け継いだ遺跡の隠蔽工作をどうするか考える間、ユリィと共にクシポスの麓の町に出て情報収集に勤しんでいた。そうして情報収集に勤しんでいた彼であったが、そんな二人はコロナと再会し、彼女との間で情報交換を行っていた。
「そうか……やはり腕利きの冒険者もそれなりには来ているのか」
「はい。やっぱり皆、勇者カイトの伝説には心惹かれますから」
「アルヴェンみたいに?」
「はい」
常には暴走しがちで嗜める立場のコロナであるが、アルヴェンの事を決してお荷物と思っているわけではないらしい。男の子だな、と微笑ましげに思っている様子だった。というわけで、カイトはふと思った事もあり彼女に一つ問いかける。
「そう言えばアルヴェンから少し聞いたんだが……二人はどこ出身なんだ? ここらじゃない、とは聞いたんだが……」
「え? あ、私達はその……元々アーベント王国の出身です」
「アーベントか。宵闇の美しい国だな」
懐かしい。カイトは三百年前の旅路で訪れたコロナの故国を思い出して、わずかに笑う。そんな彼に、コロナは逆に驚きを露わにした。
「知ってるんですか?」
「ああ。皇国の南東部から繋がる小国だが……随分と遠い所から来たもんだ」
「あ、あははは……い、色々と……」
どうやらここはアルヴェンは何も語っていないとコロナは思っていたらしい。自身の過去にあった事を笑ってはぐらかしていた。これについては冒険者のマナーという事もある。彼女が語らないのなら、カイトもユリィも触れるつもりはなかった。というわけで、その代わりに問いかけたのは別のことだった。
「アーベントの何処らへんなんだ?」
「あ、西部の森の中の街です。名前は……言ってもわかりませんよね?」
「あははは。流石に名前まではな」
何度か行った事があるカイトであるが、流石に首都や有名な街や村でないと把握はしていない。となると、ここで名前を出されてもそうなのか、ぐらいしか返せない。それはコロナもわかっている様子で、名前を出す事はなかった。とはいえ、そう言われて今度はユリィがどうしてか得心が行った様に頷いた。
「あー。それで二人から若干だけどエルフの匂いを感じるわけね」
「わか……るか」
「これでも妖精ですから」
そもそもユリィは妖精族。種族としてエルフとは親しくしている種族だ。しかも彼女の場合は純粋な妖精族である為、殊更にエルフの血筋はわかりやすかった、という事なのだろう。というわけで、えへん、と胸を張った彼女にコロナも別に隠す必要もないか、と普通に明かす。
「うん。私とアルヴェンはお母さんがエルフで、お父さんは……魔族だったかな? 氷魔族だって」
「氷魔族?」
「あ……えっと……」
しまった。ついうっかり言ってしまった。驚いた様子のユリィの顔を見て、そんな様子でコロナが若干苦味を浮かべる。が、これにユリィは慌てて手を振った。
「あ、ううん。違うの……私の知り合いにも氷魔族を家族にしてた子が居るから、氷魔族だからって偏見は無いよ。ただ氷魔族が付けた名前とは思えなかったから」
「あ、あははは……そ、そうだよね……はぁ……」
ユリィの指摘に、コロナが納得した様に笑う。コロナ、と言われてまず思うのは太陽のコロナだろう。由来がそれで正しいかどうかは定かではないが、コロナ当人も若干だが気になってはいる様子だった。
「知らないのか?」
「はい……聞く前に二人共死んだので……」
「そうか……それは悪かったな」
「いえ。お父さんとお母さんの仲間の人達が親代わりになってくれたので、寂しくはなかったです」
謝罪したカイトに、コロナが笑って首を振る。アルヴェンは一人に育てられた様な風に語っていたが、どうやら一人ではなかったらしい。そんな言葉を聞いて、カイトが問いかける。
「ギルドに育てられたのか?」
「あ、はい。あ、それとギルド以外の人も何人か、ですけど……」
「へー……」
どうやら下手をすると、同じく幼少期から冒険者をしていたカナン以上にコネは広いかもしれない。カイトは幼い冒険者の少女にそう思う。と、そんな時だ。まるで澄んだ鐘の様な、それでいて嘶きの様な声が、空を切り裂いた。
「これは……」
「『導きの翼』の声……?」
「これが?」
「あ、ううん。流石にわからないよ?」
自身の言葉に驚きを浮かべたコロナに、ユリィが慌てて首を振る。唐突に響いたので思わず呟いたが、流石に一生に一度お目にかかれるか、と言われる『導きの翼』の嘶きを聞いた事があるというのは可怪しいだろう。というわけで、彼女は改めて取り繕った。
「でも、さっきの声……そんな気がしない? どこか高貴で、どこか清浄な感じで……」
「確かに……」
ユリィの指摘に、コロナも思う所があったらしい。納得した様に天空を見上げる。そして三人が聞こえていた以上当然だが、麓町の者たちも揃って聞いていた。
「おぉ、守り神様の嘶きじゃ」
「珍しい……いや、街を守ってくれて以来初めてか……?」
「また何かよくない事が起きないと良いが……」
どうやら今の嘶きは麓町の住人達でさえ一度か二度しか聞いた事がないほどに珍しいものだったらしい。が、どうやらだからこそ冒険者達もここに『導きの翼』が居て、それは事実なのだと知る事となった。
「やっぱり居るのか……」
「おい、今の。聞いたか」
「ああ。今のが……」
明らかに魔物とは格が違う清らかな嘶きに、冒険者達は思わず目を輝かせる。ここに来る様な冒険者達だ。揃って幼少期にはカイトの伝説に胸を躍らせ、彼の加護にあやかりたいと思っている者ばかりだろう。どこか誰しもの顔に感極まった様子があった。
「そんな憧れる様なものでもないと思うんだがねぇ……」
「あっははは。怒られてばっかりだもんねぇ。主に私に」
「あっははは。違いない」
「?」
そんな冒険者達を前に、カイトとユリィは思わず微笑ましげに笑い合う。今でこそ英雄譚や冒険譚の代名詞となった彼らであるが、実際の道中は地獄もかくやという困難ばかりだ。それに憧れられても反応に困るし、何より当人である以上こっ恥ずかしい。
「……っと、どうやら居るみたいだな」
「あ、はい」
「まぁ、オレ達は見に行くつもりはないが……何か見掛けたら情報をやるよ。宿は?」
「えーっと……地図ありますか?」
「ああ。オレ達が泊まっているのはここだ」
コロナの求めを受けて、カイトが持ってきていた街の地図を提示する。と、そんな地図を見て、コロナが目を丸くした。
「……なんですか、これ」
「ん? ああ、悪い悪い。魔道具に地図を落とし込んでてな」
「は、はぁ……」
一体全体彼らは何者なのだろうか。コロナはウェアラブルデバイスを使うカイトにそう思う。なお、ウェアラブルデバイスは地球でも一般的ではないのであるが、カイトとティナはこれを好んで使っていた。
どれぐらい好んでいるか、と言うとわざわざ自作するほど――カイトの物はティナ作――である。スマホが発達したおかげで地球ではいまいち発達していないが、両手が塞がらない上に二人は戦士でもある為、落とさない様にウェアラブル、身に着ける方が良いと判断したのである。
「とはいえ、地図は正確だ」
「はぁ……えっと、ここ……です」
「これな。良し」
カイトはウェアラブルデバイス型の魔道具の地図にマーカーをセットしておく。地図は当然だが彼が領主である以上、正確だ。プチバブルについては掴めなくても、地図は流石にそんな安々と変わる事はない。
「じゃ、まぁ何かがあったらまた会おう」
「はい……えっと、じゃあ勇者カイトのご加護がありますように」
「ああ。そっちには、天馬の導きがありますように」
「あ、はい」
冒険者のお決まりの挨拶を述べたコロナに対して、カイトは少しだけ気障ったらしさを出す。天馬の導きが、という文句は存在していない。なのでこちらはカイトが即興で創り出したというわけだろう。そうして、情報収集を終えたカイトとユリィは一瞬呆気に取られたコロナと分かれて、宿に帰還するのだった。
さて、宿に帰還した二人であるが、帰還した頃にはティナもまた隠蔽工作についての手配を終えていた。
「というわけで、じゃ。すでにクズハとアウラには隠蔽工作に動ける様に手配もさせた」
「りょーかい。それについてはそのまま進めてくれて構わん」
「うむ。あ、それと一応遺跡の状態如何では、大婆様……いや、叔母上? に手を借りる事にした」
「ああ、それが良いだろう」
どこか言いにくそうなティナに対して、カイトは笑って一つ頷いた。今回、ティナが自身の出生を知った事でユスティーツィアの妹となるユスティエルはもはや正体を隠す意味を失った、と自身の真の姿を明かした。
なので彼女が実は自分を密かに守り、そして母の教えを間接的に授けてくれていたとティナも知る所となっていたのである。なお、その結果今まで大婆様と言っていたのでそれで通そうとしたティナが笑顔ながらも額に青筋を立てたユスティエルを見る事になったのだが、それは横に置いておく。
「で、保存はどうする?」
「うむ。先にクズハらに連絡を入れると共に、守銭奴に頼んで周囲の情報の最新の物を取り寄せさせた」
「サリアさんがねぇ……」
「今回は、ご祝儀という事でロハじゃそうじゃ」
幾ら取られたんだろうなー、と思っていたカイトに対して、ティナが盛大にため息を吐いてそう告げる。流石のサリアもまだ皇国に支社が無い頃の情報については仕入れられていなかった様子で、当時の初代達が揃って口を閉ざした事もあって本当に掴めていなかったらしい。それほどまでに、当時の叛乱軍主力部隊の絆は強かった、というわけなのだろう。
「さいですか……で、明日からで良いのか?」
「うむ。まぁ、余よりお主らの方が夜の山の恐ろしさはわかっとろう。行くべきではない」
「だわな」
とりあえずは今日はのんびりとして良いか。カイトは今度はソファに寝そべった。そんな彼はふと、窓の外を見る。夕暮れがすでに垂れ込めており、冒険者達も宿に戻り始めていた。
「……」
「どした?」
「いや、何度もオレ、『導きの翼』に救われたわけじゃん。ちょっと久しぶりに会いたいなーとな」
「あ、カイトも?」
「あはは」
興味は無い、とは言ったもののやはり救われたのだ。会いたいと思う心はあった。と、そんな事を思っていたカイトの影から、ぬるりと影が伸びた。
「うん?」
『ああ、下僕。少し良いかしら』
「シャルか。何かあったか?」
どうやらシャルロットの通信らしい。が、本体はまだマクスウェルの公爵邸に置いている様子で、影だけを飛ばしたという事なのだろう。
『いいえ、変わりそのものは無いわ。ただふと思い出した事があって、連絡を入れたの』
「思い出した事ねぇ……」
『大昔。神話の戦いの後に、そこらで一匹デカブツが封じられたの思い出したのよ。ついでだから潰しておきなさいな』
「なーる……イエス・マイ・ゴッデス。オレの領地のゴミはオレが片付けておこう」
どうせクシポスも自領地。放置した所で片付けねばならないわけだし、後で群れられてから片付けなければならなくなった方が面倒だ。なら、今片付けておくだけであった。
「で、場所は?」
『行きなさい』
「っと」
シャルロットの命を受け、彼女の神器である大鎌がカイトの下へと影を通して転移する。
『それが指し示すわ。後は貴方達の好きに』
「オーライ」
『じゃ……私はもう寝るから。終わったら教えなさい』
「ああ。軽く一捻りしておこう」
指示を下すだけ下して何時も通り眠そうな様子を見せたシャルロットに、カイトは軽く一つ請け負っておく。これは領主の仕事だし、同時に神使の仕事でもある。なら、一切の容赦なく仕留めるだけだった。そうして、カイトもまた横になって明日に備える事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1785話『秋の旅路』




