第1780話 秋の旅路 ――姉弟――
ティナの母ユスティーツィアの遺産を求めてクシポスと呼ばれるマクダウェル領中西部にある山脈へと出掛ける事になったカイトとティナ、ユリィの三名。
そんな三人であったが、クシポスに最も近い街であるゲーヌという街まで飛空艇でたどり着くと、そこで今月から運行を開始したという竜車に揺られ、クシポスの麓町へと向かう事になる。そんな竜車の中で出会ったのは、コロナとアルヴェンという姉弟の若い冒険者だった。
「そう言えば……二人はすごい若いけど、何歳ぐらいなの?」
「え? あ、うん。私は十……六歳。アルヴェンは十三歳」
自身の問いかけに僅かに間を空けたコロナに、ユリィはしっかり彼女の言葉が嘘である事を見抜いていた。十六歳だと暦と同年齢になるわけであるが、同年代でさえ小柄かつ成長が遅い――と思われる――彼女と比べてもコロナはまだ若い。
随分と若い、とまでは言わないでも確実に同年齢ではないだろう。アルヴェンが十三歳であるのは間違いないだろう。とはいえ、これは明らかに自衛のためだ。なので三人は指摘しないでおいた。なお、ユリィへの返答が素なのは、彼女が若い妖精だと思えばこそだろう。
「そっかー……あ、私は永遠の十三歳でーす」
「流石にサバ読み過ぎだろ……ああ、オレとこいつは君より一つ上か」
「あー……そうなんですね」
確かにカイトは明らかに自分ともアルヴェンとも年齢が離れて見えた。コロナはカイトの返答に驚くこともなく、受け入れていた。そんな彼女が、僅かに真剣な顔で問い掛ける。
「で、その……皆さんは何故クシポスに?」
「ああ、依頼だよ。さる貴族から依頼を受けてね。クシポス山からある物を取ってきて欲しい、と頼まれたんだ」
「ある物?」
カイトの返答にコロナは僅かに訝しみを得る。先の様子からカイトが今のクシポスの事を知っていたとは思えない。であれば、『導きの翼』が目的でも昨今有名になりつつあるという薬草系とも思えなかった。
「それは明かせない。依頼だからな」
「はぁ……」
カイトの言っていることは筋が通っている。任務中に依頼内容が伏せられるのは珍しい事ではない。これは口止め料が含まれていなかろうと、だ。下手に話して邪魔が入られても困るからだ。というわけで、こちらの目的を語った後、ユリィが問いかけた。
「で、二人は?」
「あ、私達は『導きの翼』です。冒険者なら一度は見ておきたいから……」
「冒険者なら、当然だろ?」
どうやらアルヴェンも会話を聞いていなかったわけではないらしい。コロナの返答に何かおかしい事があるか、とばかりに問い掛けた。
「あっはははは。さぁなぁ。あまり験担ぎはしない性分でね。しないわけじゃないが……流石に魔物相手にはな」
「魔物だからって勇者カイトのご利益は変わらないだろ」
カイトの返答に、珍しくアルヴェンが僅かにムッとした様子で口を尖らせる。どうやら彼は平均的な冒険者によくある勇者カイト一行のファンというわけなのだろう。
「それは否定はせんさ。だが、こっちは冒険者。傭兵紛いのお仕事だ。魔物相手に容赦は出来ん」
「相手は『導きの翼』だぞ?」
「わかってるさ。『導きの翼』は温厚な魔物だ。怒らせない限り、一切の危険は無い」
そもそもアルヴェンが勇者カイトのご利益と言っている以上、カイトは彼以上に『導きの翼』の事を知っている。その由来も勿論、だ。それ故に、彼は語った。
「『導きの翼』……ランクS級の魔物。別名は幸運を運ぶ天馬。馬獣種最強にして最高位とも名高い天然の幻想種。エネフィア広しと言えども、両手の指しか生息が確認されていない最高位のレアリティを誇る」
「知ってんじゃんか」
「最初にそう言っただろ?」
ここに来ていた事は知らないでも、『導きの翼』の事を知らないとは言っていない。アルヴェンの言葉にカイトは笑う。
「かつて勇者カイトの旅の中で、彼は数度この『導きの翼』……当時は『天翔る天馬』と呼ばれていたが、それに救われている」
ここらはカイトの伝説を彩る所で、同時に彼の悪運を示す所でもある。滅多に出会えない魔物に出会った挙句、それに何度も救われているのだ。相変わらず天運とやらを持っていた。
「……俺より詳しいじゃん」
「あはは。これでも仕事柄、勇者の伝説には触れる事が多くてね。詳しくもなるさ」
「どんな仕事だよ……」
勇者カイトの伝説に触れる事が多い仕事。そんなものがあるのなら自分がしたい。アルヴェンはそう言いたげだった。
「遺跡巡りが専門だ」
「尚更関係無いじゃん」
「そうでもないぞ? 彼は割と多くの遺跡に足を踏み入れている。その手記には多くの情報が記されてるんだ」
「手記……見た事あるのか?」
「ああ。マクダウェル家に頼んでコピーをな」
実際には自分の物だから原本なんだけど。カイトはそう思いながら、コピーの事を語る。そうして、暫くの間はこの姉弟と話しながら、宿場町を目指す事になるのだった。
明けて、翌日。宿場町を後にした三人はというと、昨日と同じくコロナとアルヴェンの姉弟と相席していた。そうして女三人寄れば姦しいと話を行う女子勢に対して、カイトはアルヴェンと共に外を眺めていた。
「そういやさ」
「ん?」
「あんた、日本人なんだろ?」
「ああ」
昨日の内にカイトは語っていなかったが、カイトは中々に有名人だ。である以上、この竜車の誰かが見知っていても不思議はない。なのでアルヴェンが知っていても不思議はなかった。
「……えらくあっさり認めたな」
「別に隠してるわけじゃないし、何度か新聞には載った。隠せるもんでもない」
「そっか……って事は、親もあっちに居るのか?」
「ああ」
一応、カイトの家族の安全は完全に担保されている事になっている。頼んだのも信頼出来る相手だ。問題は無いだろう。
「どんなの、なんだ? 親って」
「うん?」
「俺と姉ちゃんさ。ある村の出身なんだけど……親も冒険者でさ」
「それでお前とコロナも冒険者に、か?」
「うん」
カイトの問い掛けに、アルヴェンははっきりと頷いた。かつてマリーシア王国での一件で出会ったロザミアという少女然り、親が冒険者だから子供もそれに影響されれ冒険者に、というのは珍しく無い。なので何も不思議のない事だ。とはいえ、それで親がどうなのか、と聞くのは話に脈絡がなかった。
「で……さ。父ちゃんも母ちゃんも、俺達が暮らしてた村を守って死んじまった。姉ちゃんが言うには、かなり大きな戦いだった、って」
亡父と亡母の事を語るアルヴェンの顔は何処か誇らしげであり、同時にどこか寂しげだった。それに、カイトは問い掛ける。
「知らないのか?」
「うん……俺が3歳の頃で、なーんにも覚えてない」
どうやら相当に昔かつ、このマクダウェル領の事ではないらしい。近年村が壊滅的とまではいかなくても、甚大な被害が出た話をカイトは報告されていない。であれば必然として、他領地の可能性が高かった。
「で、その後は2、3年村に居たんだけど……そっから村を出たんだ」
「お、おいおい……」
「しょーがねーだろ。新しく赴任してきた領主が変態でさ。姉ちゃんを狙い出したんだから」
「おいおい……」
六、七歳で村を出たという話にも呆れ返ったが、その原因にはもっと呆れ返る。カイトの顔はそんなのだった。彼がその年齢という事は、裏返せばコロナもまだ一桁だろう。その新しく来た領主とやらは相当な変態と言うしかなかった。
「にしても、それなら良く今まで無事でいられたもんだ」
「あ、それは、まぁ……父ちゃんの昔の仲間の人が変態領主の話聞いて、駆け付けてくれたんだ。で、間一髪ってところで……」
「ああ、そうなのか。それは……なら、お前の父さんはすごい人だったんだろうな」
「そうかな?」
カイトの問い掛けに対して、アルヴェンは僅かに嬉しそうに問い掛ける。彼が何を話したかったか。それは聞かずともカイトにもわかった。
彼ら日本から来た来訪者達は普通に考えれば、もう地球には帰れない。アルヴェンと同じく親には会えないのだ。
それを聞いて若干の同族意識の様なものがあったのだろう。が、こんな親の有無なぞ普通には聞けない。居たら居たで自分が傷付く。なので、特殊な状況のカイトにというわけだ。勿論、彼がそんな事まで考えてはいない。無意識的な心理として、だ。
「ああ。お前だって冒険者なら、わかってるだろ? 冒険者なら仲間が死んでも気にしないって奴は少ない。それが、自分の仲間の子供だからって助けに来てくれるんだ。強い信頼があってこそだ」
おそらく姉弟の両親は非常に若かった。二人の年齢などを鑑みて、カイトはそう判断していた。であれば尚のこと、その傾向は強いはずだ。カイトはそう思う。
「そう……かな」
「ああ」
ここらはやはりカイトの話術という所だろう自身の知らない親であるが、それでも潜在意識としては尊敬があるのだろう。カイトとの会話でそれが満たされ、親についての会話を避けられたらしい。
カイトとしては、今のティナからなるべく両親の話題を避けておきたかったのである。どう反応するか分からないからだ。というわけで、彼は更に話題を横に逸らす。
「それで、その人はどうしてるんだ?」
「さぁ……今もどっかでほっつき歩いてるんじゃね?」
「さぁ、って……一緒じゃないのか? それか向こうで合流とか」
先程の両親の話とは打って変わって心底どうでも良さげなアルヴェンに、カイトが思わず問い掛ける。この様子だと生きてはいるのだろう。
「違う違う。あのおっさん、五年ぐらい面倒見たんだからもう良いだろ、って朝一番に書き置き残して消えやがった」
「おいおい……」
オレは一体一日に何度呆れ返れば良いんだ。そんな様子でカイトは肩を落とす。
「そんな奴なんだよ、あのおっさん。あのおっさんの話でタメになったのって、剣技と勇者カイトの話ぐらいだ。口を開けば女女女だし」
「そ、そうか」
親心を理解していないだけなのか、それとも正真正銘のダメンズなのか。カイトは判断に困るしかなかった。と、そんな彼にアルヴェンがふと思い出した様に口を開いた。
「あ、後は一応今回だけは、あのおっさんのおかげかも」
「ん?」
「『導きの翼』の情報を教えてくれたの、そのおっさんなんだ。ユニオン本部にそんな情報が届いてるから教えてやるって」
「へー……」
という事は、中々に腕利きだな。カイトはアルヴェンの言葉から、その冒険者は大陸を渡れるだけの実力者と理解する。
彼らがここに居て、ユニオン本部の情報だ。そして姉弟に大陸を渡れるだけの実力は無い。その冒険者が金を渡さねばその金も無いだろう。という事は、だ。
「でもなんでわざわざ『導きの翼』の情報を?」
「さぁ? 知らね。どーでも良いし」
大方、アルヴェンが勇者の伝説が好きだから教えてやるか、程度か。カイトは本気で興味が無さそうなアルヴェンにそう思う。『導きの翼』はかなりレアな魔物だ。その羽は験担ぎとして冒険者に好まれる。勇者カイトの伝説を好む者達には特に、だ。幸い危険性の低い場所に現れた事を聞きつけ、教えてやったと考えて良いのだろう。
「どーでもねぇ……まぁ、気にするまででもないか」
「気にした所で」
どうしようもない。カイトもアルヴェンもそう結論付けて、この話題を終わらせる。と、そんな話が終わった頃合いだ。窓の外に山々が見え始めた。
「お……着いたか。おい、ティナ、ユリィ。降りる用意だ。もう着くぞ」
「っと、うむ」
「はーい」
カイトの指示に、二人がそそくさと荷物を異空間の中に放り込んでいく。そうして、それから暫くで竜車はクシポスの麓町に到着するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1781話『秋の旅路』




