第1779話 秋の旅路 ――ゆっくりと――
ティナの母にしてエンテシア皇国の建国の王イクスフォスの妻、ユスティーツィア。天才的な魔術師にして科学者でもあった彼女は、自身の身に訪れた異変を察知すると遺される我が子へと遺産を遺していた。
そんな遺産の存在を皇都からの帰還の途上で知らされたティナは、カイトを道案内としてクシポスと呼ばれる山脈の奥にあるというエンテシア家の隠された遺跡へと足を伸ばす事になっていた。
「ふぁー……正味三時間も掛からんか。随分とこのタイプも普及してきたもんだ」
「量産機ゆえにさほど性能は高く無いが……それでもこれぐらいで十分じゃろ。後は幾度か試作を重ね改良を重ね、とするしかあるまい」
今回、カイト達は表向き冒険部の人員としてクシポスに向かっている。なので使ったのは普通の飛空艇だ。が、最近マクダウェル領ではティナが開発した量産型の飛空艇が順次就航していて、彼らが来た当時とは比べ物にならないぐらい量産機でも速度が出る様になっていたのである。
「ま、そりゃ良いか。どうせこんなの十年先の計画だし」
「ま、そうじゃな」
今ようやく新型が就航したばかりだ。魔物との戦闘が頻繁に起こり得るエネフィアなので戦闘の影響で寿命は地球の飛行機より若干短いが、同時に何も無ければ飛行機と比べれば耐用年数は長い。それでも、一般向けとなると十年単位が寿命と言ってよかった。
「まー、そこらは置いといて。取り敢えずどうする?」
「とりあえずは乗合の馬車見付けないとなるまい。調べでは夜には宿場町に到着するじゃろ」
「じゃ、行こっかー」
どうせ今回は目的も決まっていて、危険もさほどない単なる旅だ。というわけで、三人は気楽な様子で馬車の停車駅まで歩いて行く。するとどういうわけか馬車の駅に竜車が止まっていた。
「竜車……? なぜここに竜車が……?」
「ん? 兄さん方、乗るのか?」
「いや……ここは馬車の停泊所じゃないのか?」
「ああ。馬車も止まるが、今は竜車も止まるよ。今月から丁度運行を開始してね」
どうやらカイト達が持っていた情報は古かったらしい。一応自領地なので最新の情報を手に入れられる様にはしていたが、それもやはり限度がある。
例えばこんな竜車の新規運行などはここら一帯を統括する統治者が許可を出せる様にしていて、許可が出た後にカイトに最終承認が下される事になる。が、その時間が勿体ないので、そこまでの間に一時的な許可で運行が可能だ。表向きは試験運用、という所で通している。
今月から、という事なので丁度その最終承認が丁度カイト達の所に来るか来ないかの段階なのだろう。が、そんなことがわかるのは為政者側だけ。指摘出来るわけもないし、確認出来るわけもない。なのでカイトは敢えて普通の冒険者を装い、問いかけた。
「ということは、クシポスにも行くか?」
「ああ。丁度これがそこ行きだよ」
「お……助かった。三人だが……行けるか?」
「あいよ。冒険者さんだね」
カイトの問いかけに、御者が料金表を取り出した。それはきちんとマクダウェル領での様式に則っており、きちんと申請もされていると考えて良いのだろう。そんな事を確認するカイトへと、御者が横に置いていたかばんを漁る。そうして、彼は一枚の料金表を取り出した。
「クシポスまでなら……ああ、あったあった。この料金表にある通り、今なら就航記念で複数人利用のセット割引が出来るな。出発は三十分後。中にも同じ様にクシポス行きの冒険者さんが何人か居てね。今クシポス行きが盛況さ」
「そうなのか?」
幾らカイトと言えども、今の竜車の様に自領の隅から隅まで知っているわけではない。なので初めて知らされた事実に、大いに驚いていた。が、そんな彼に御者の男が僅かに目を見開いた。
「ああ……兄さんら、知らないのかい? 冒険者だからてっきりそれかと思ったんだがね」
「ああ……ちょっと山の方に依頼でな。さる貴族からの依頼なんだが……」
「そうか……なら、教えといてやるよ。今クシポスじゃ良質な水源と珍しい薬草が見付かって、回復薬作りが盛んになってきててね。プチゴールドラッシュならぬプチハーブラッシュになってるんだ。さらには何か滅多に出ない魔物が出たって噂だ」
「へー……レアな魔物か」
やはり性根が冒険者だからだろう。久方ぶりに漂った冒険の気配に、カイトが僅かに目を見開いて子供の様な顔をする。
「どんなのだ?」
「さぁ……そこまでは知らないよ。だが、そのおかげで俺たちも満員御礼でね」
「そうか……ああ、ありがとう。情報料も含めている」
「まいど。これ、切符だ。無くすなよ」
「ああ」
カイトは上機嫌な御者から切符を受け取ると、それを異空間の中にしまっておく。と、そうして乗り込んで早々、ティナが苦言を呈した。
「お主……本題忘れとらんか?」
「忘れてねぇよ。だが、一応は知っとかないとダメだろ? 一応は、なんだし」
流石に公共の場で自身が領主なぞと言えるわけもない。なので言外に述べておくだけにしていた様子である。が、その顔は楽しげで、微妙にわくわくしていたのは、気のせいではないだろう。
「ま、そうじゃがのう……本題は、忘れるでないぞ」
「わーってるよ。流石にそこまで馬鹿じゃない」
「どーだかなぁ。それ酔って祭り一個ぶち上げた男のセリフかなぁ……」
「うるせぇやい」
忘れられがちではないかもしれないが、そもそも竜騎士レースはカイトが酔っ払って祭りを一つぶち上げたのが発端だ。酔ったり調子に乗って本題を忘れるのは彼の常と言い切れた。まぁ、当人もそれはわかっているのか、恥ずかしげだったが。
「とはいえ、気にはなるだろ? 冒険者がこぞって行く様な魔物ってのは」
「ふむ……」
「うーん。まぁ、確かにね」
言われてみれば尤もな意見ではあった。これが危険な魔物ならすぐにカイトに報告が上がり、軍の出動にするか、冒険者たちに依頼を出すか、と審議される。それがないということは危険性はさほどでは無い、ということだ。
「レア度の高い魔物だとするのなら、ちょっと見てみたくはある。暇つぶしとかとはまた別にな」
「そこら、道中で見掛けられれば、で良いんじゃない?」
「ま、そうだな」
先にも言われていたが、今回のクシポス行きの目的はティナの母ユスティーツィアの遺産を手に入れる事だ。なので危険性が無いのであれば、魔物を無理に追う必要はなかった。
というわけで、カイトはユリィの言葉に同意して、空いている席に腰掛ける。基本竜車も馬車も乗り合いの場合は日本のバスと同じ様に二人席が基本だ。ただし、地球とは違って向かい合わせの二人席となる。これは乗り合いの竜車や馬車だと乗客には冒険者が多く、複数人でパーティを組む事が多いから、となる。なのでユリィは小型のまま、ティナがカイトの横に座る形となる。
「で……どうしよっか」
「さぁなぁ……ひとまず待ってりゃ良いんだが……」
先の御者の言い方であれば、おそらく予想に反して竜車は混み合うと予想される。そしてその多くが冒険者なのだろう。となると、道中手出しする必要はあまり考えられなかった。
「ま、今回はのんびりしておこう。小遣い稼ぎする意味もないしな」
「それになにより、お主はけが人じゃからのう」
「そーいうこと……というわけで、気ままに寝とこう」
道中戦わない時点で、のんきに座っていれば良いだけだ。勿論もし万が一何かがあれば出るつもりだが、強いて出る意味もない。というわけで三人並んでのんびりと暇をつぶして出発を待つ事になる。そうして三十分ほど。出発まで後少しという所で、ドタバタと乗客が駆け込んできた。
「ギリギリセーフ! あっぶねー!」
「はぁ……はぁ……だから……何時も……急ぎなさいって……言ってるでしょ……」
駆け込んできたのは、少年少女二人だ。服装からして冒険者だろう。関係性はわからないが、少女の口調からして親しい関係だとは察せられた。と、そんな二人は少しだけ車内を見回して、空席となっていたカイト達の向かいの席を見付けた。
「ふぅ……」
「こら……すいません。前、良いですか?」
「ああ、大丈夫だ」
断りもなく腰掛けた少年に対して、少女が一つ彼の頭を小突いてカイト――カイトなのは通路側が彼の為――へと問いかける。それに、カイトは息を切らせる少年少女に笑いながら、一つ頷いた。そんな彼に、少女が頭を下げる。
「ありがとうございます……退いて」
「へーい」
どうやら上下関係は明白らしい。少女の言葉に少年はいい加減ながらも素直に従っていたし、逆に少女の方も少年の扱いはぞんざいだった。そうして座ってから、少女が口を開いた。
「えっと……あの。どちらまで?」
「ん? ああ、オレ達か。オレ達はクシポスだ」
「クシポス?」
カイトの返答に、少年の方が顔を上げる。その顔に僅かなしかめっ面が浮かんでいる所を見ると、答えはもう明白という所なのだろう。と、そんな少年の脇に少女が肘鉄を叩き込みつつ、彼女が笑った。
「あ、私達もクシポスなんです。あなた達も『導きの天馬』が目的ですか?」
「『導きの天馬』?」
「知らないんですか?」
「あ、いや、『導きの天馬』は知ってるよ。だが、それが居ると言う話は初めて聞いた」
驚きを露わにしたカイトを訝しんだ少女に対して、カイトは首を振って『導きの天馬』は知っている事を明言する。
この『導きの天馬』はカイトはまず知っている魔物だ。というより、この『導きの天馬』という名は二つ名、もしくは異名となり、その異名が付けられた理由にはカイトが大きく関わっていたからだ。
「おいおい……冒険者としてそれで良いのかよ」
「こーら……はぁ、ごめんなさい。こいつ、ろくに勉強とかしないから……」
「あはは。冒険者なら、別に珍しくもない。君みたいに丁寧な言葉遣いを出来る方が少数派だ」
これについては知らないカイト達が可怪しいといえば可怪しいし、情報収集不足を指摘されても仕方がない事だ。今回は急ぎで出たので調整不足だった、という所だろう。というわけでそれを笑って許したカイトと相棒の口に謝罪した少女に対して、少年が口を尖らせる。
「勉強しないでも戦えれば暮らしてけるって」
「それでも口を尖らせておる所を見れば、気にしておる事は気にしておるんじゃろ」
「ぐっ……」
ティナの指摘に、少年が尚更苦々しげな顔をしてそっぽを向く。どうやら、事実だったらしい。それに、再度少女が頭を下げた。
「はぁ……ごめんなさい。あ、私はコロナって言います。こいつはアルヴェンです」
「随分と親しげだけど、姉弟?」
「あ、はい。私が姉で、こいつが弟です」
ユリィの問いかけに、コロナと名乗った少女が一つ頷いた。そんな彼女は一応の身分証明という所なのか、それとも冒険者が冒険者に出会ったので挨拶という所なのか、登録証を提示する。
「っと……オレはカイト。こっちはティナで、こっちがユリィ」
「うむ」
「おはろー」
「え、あ、はぁ……」
ユリィという名の妖精を連れた、カイトという冒険者。流石にそう言われてはコロナも困惑するしかなかったし、そっぽを向いていたアルヴェンに至っては思わず振り向いて盛大にしかめっ面だった。
「あっははは。そんな顔をされてもな。実際、オレもこいつもきちんと登録証に登録されてる本名だ」
「あ、ごめんなさい……うそ……」
カイトが返礼として提示した冒険者の登録証を見て、コロナが思わず目を見開いた。まぁ、乗り合いで偶然に出会った冒険者のランクがAなら驚きもするだろう。クシポスの基本的な魔物のランクはC程度。一般的な冒険者なら無理なく狩れる程度だ。そこにランクAの冒険者が行く、というのはまずなかった。
「え、えっと……どうしてその、カイトさん……はクシポスへ?」
「依頼だ。だから『導きの天馬』が出るというのも初耳でな」
「「……」」
確かに、ランクAともなればあそこに情報無しでも行けるのだろう。コロナもアルヴェンもどちらもそう思うしかなかった。そうしてカイト達はクシポスまでの道中、偶然にも出会った冒険者の姉弟と共に竜車に揺られる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第2780話『秋の旅路』




