第1774話 秋の旅路 ――白き皇女――
道化師の策略かそれとも道楽か。どちらかもわからぬ置き土産により、自身がエンテシア皇国建国の王イクスフォスの子である事を知る事になったティナ。カイトはそんな彼女を皇都にあるフロイライン家が管理する一角にある秘密の区画に案内する。そうして、そこで遂にティナはイクスフォスと再会する事となっていた。
「……あぁ……」
誰かの声が、こぼれ落ちる。白い光に撃たれて光の中に消えたティナであったが、その光が収まった時。彼女の姿は一変していた。といっても、容姿そのものは変化していない。
変わったのは、髪と目。彼女の、そしてイクスフォスの一族に特有の白銀の髪と真紅の目だった。白銀のユスティーツィア。そう言っても過言ではない容姿だった。それはまさしく、かつて失われた遺児の成長した姿。本来のティナの姿だった。
「これは……」
自分の力の本質が変容した。ティナは優れた魔術師だからこそ、自身が完全な魔女では無くなった事を理解する。が、自覚出来たのはそこまで。流石の彼女も自身の容姿の方の変質は理解出来ていなかった。というわけで、何か妙な感覚を抱く彼女に、カイトが鏡を差し出した。
「見てみろ。力だけじゃなくて、それ以外も変わってる」
「これは……むぅ……」
「「「……なんで不機嫌?」」」
白銀の髪に真紅の目に変貌した自身の姿を見るなり妙に不機嫌そうになったティナに、一同が小首を傾げる。それに、ティナがつぶやいた。
「……ルルとおそろいなのが気に食わん」
「……ほぅ。私と一緒は嫌か」
「うむ」
即答かよ。カイトとイクスフォスはティナの返答に思わず内心でツッコミを入れる。ティナは本当に即答していた。
「「……」」
一触即発。まさにそんな空気が、流れる事になる。が、流石にここらはカイトが慣れたものだった。
「はいはい。ティナもルイスも一旦抑えて抑えて。ルイスもティナがこんな性格だってのはわかってるだろ」
「はぁ……まぁ、良い。今はそんな場ではないぐらい、私もわかる」
「むぅ……これでは余の属性が……同じカラーは属性が被る良く無いんじゃがのう……」
どうやら力が封印されていた云々よりも何よりも、ティナは地毛が白銀になってしまった事を嘆いていた様子だった。なお、属性とは所謂オタクの言葉での属性だ。金髪金眼が恋敵と同じ属性になってしまったのを嘆いていたのである。そんな彼女の言葉に気にするのはそこか、と内心でツッコミを入れた者がどれだけ居たかは、不明である。
「はぁ……まぁ、本気モードとでも思えば良いかのう。どーせ余、金髪金眼でとーっとるし」
どうやらティナ自身で納得の出来る結論が得られたらしい。一人勝手に頷いていた。
「で……」
「?」
で、とばかりにイクスフォスを見たティナに、彼が首を傾げる。唐突に自分を見られればこうもなろう。
「何か言う事あるじゃろ」
「え……? あ……ごめん……」
ティナの指摘に、イクスフォスは半泣きの顔で頭を下げる。が、これに対してティナは首を振った。
「いらぬわ、別に。そも余はカイトを為政者として育てた。その余が、政治的な話での謝罪なぞ求めるわけがない。同じ立場なら、余もカイトに同じ事を言うたじゃろう。そも、孤児ではあるが家族はおったので、そう気にはならぬよ」
「え……? あ、えっと……」
あたふたとイクスフォスが慌てふためく。言うべきなのは誰がどう考えても謝罪だったはずだ。なのにそれを違うと言われては、反応に困った。と、そんな光景がしばらく続いた頃合いで、ルイスが堪え切れないという様子で吹き出した。
「くっ……おい、ティナ。お前は知らんだろうから、教えておいてやる。貴様の父は貴様の想像を超える馬鹿だ……正解が出せると期待はするな」
「あぅ……あぅ……」
どうすれば良いかただでさえ混乱状態の所に、娘からの謎かけである。元々少ないキャパシティは一杯になって溢れ返っている様子で、イクスフォスは頭を抱えて必死で無い頭をフル稼働させている様子だった。後の彼曰く、ティナを幽閉する時ぐらいには思い切り悩んだ、との事であった。
「はぁ……おい、イクス」
「な、なに……」
呆れた様に、しかし微笑ましげに笑うカイトに声を掛けられて、イクスフォスが顔を上げる。その顔は助けを求めている様子だった。そんな彼に、カイトが当たりまえの事を告げた。
「自己紹介。してない」
「え……? あーーー!」
どうやらようやくイクスフォスも気付いたらしい。まぁ、ティナもしていないが、娘が父親に対して自己紹介も妙な話だ。しかも彼の側は時折見守っていたし、密かに助力もした。改めてされるまでも無い。が、ティナにしてみれば物心付いてからは本当に初めてだ。必要な事だった。
「えっと……イクスフォス・エンテシア……です。一応……その、ティナの父親……だ。父親面なんて出来ないけど……」
しどろもどろになりながら、そして口調も定まらないながら、そして盛大に恥ずかしげながらも、イクスフォスは自身の名を告げる。それに、ティナも微笑んで頷いた。
「うむ……はじめまして……ではないのじゃろうが。はじめまして、父上」
「っ」
告げられた一言に、イクスフォスが顔を顰める。が、我慢できなかったらしい。彼は声を上げて、泣き出した。
「えっぐ……父上っれ……」
「泣くほどかのう……いや、泣くほどなのじゃろうが」
あぁ、自分は愛されていたのだろう。ティナは自身の内面のわずかな邪念を消失させる。彼女は魔女。常人より感情には流されにくい。その理性の一部が今の言葉を吐かせた。が、その理性の一部が、認めていた。間違いなく自分は愛されていたのだ、と。そうでなければ人前でみっともなく泣き喚く筈がない。
「はぁ……」
これでなんとかなるか。カイトはひとまずはなにごともなく終わった再会に、安堵のため息を溢す。後は、自身の出る幕ではない。そうして、かつての英雄達の見守る前で、親子の再会は行われる事になるのだった。
さて、それからだが。これについてはしめやかなパーティとなった。久方ぶりに全員が勢揃いしたのだ。そうもなる。しかもある意味では彼ら全員が待ち望んだ日だ。まさに痛飲と言って良い者も居るほどだった。そんな中で、ティナはイクスフォス達の活動を聞いていた。
「……なんと……母上……で良いのじゃな。も生きておるとは」
「うん……えっとあの最終決戦の話ってカイトから聞いた?」
「いや、詳しくは……」
「流石にこっちもそこまで話している時間は無かった」
ティナの視線を受けて、カイトが頭を振るう。彼の聞いてはいたが、そこまで話せる時間は無かった。さらに言えば彼らにさせるべきだろう、と思った事も大きかった。
「あの最後の戦い……ユスティは自爆めいた攻撃をして、コアが全損する事になったんだ」
「それは聞いておる。そしてそこで奇跡が起きて助かった、とも。が、その後遺症で人間族と同じ寿命となり、果てたとも聞いた」
これが、一般に伝わるイクスフォス達の物語とその語られざる結末だ。そして歴史として見れば、これに間違いはない。確かにユスティーツィアはあの戦いから数十年後に、夫と同じく寿命で死去している事になっていた。
「あの時、レヴァ……友達が助けてくれたんだ。俺のコアを一つ移植する形で」
「なんと!? コアを移植じゃと!?」
そんな事が出来るのか。到底可能とは思えない事象に、ティナが思わず声を荒げた。が、可能だったからこそ、今がある。そして可能だったからこそ、彼女も居るのだ。
「ああ……可能だって」
「はぁ……その代わり、寿命は半減。肉体に老化まで起きたというお粗末さだがな。貴様は栄えある狭間に生きる者の立場をなんだと思っているんだ」
「い、一応親父達には言ったよ!? 怒られたけど」
「当たりまえだ……」
一族の掟を何個破ったと思っている。ルイスは呆れを隠す事はなかった。が、彼女とてわかっている。それが彼なのだ、と。故にその呆れは親しい相手だからこそ見せる、素の姿だ。なお、そんな彼女自身いくつかの掟を破っているので、決して自分の事を棚に上げた発言と言ってはならない。
「ま、そりゃ良いさ。で……話を続けよう」
「ああ……それで、コアを移植された際、俺達の特性の一部がユスティにも引き継がれたんだ」
「特性?」
「ああ……一度死して蘇るっていう性質」
小首を傾げたティナに、イクスフォスが告げる。なお、ではティナはどうなのだ、となるが彼女はすでに一度死んでいる。なので既にこの段階を終えた状態で、死なないで良いそうだ。
「成る程な……それで、貴様が見付からないわけか。どれだけの旅をした事やら」
「あー、うん……それは悪いと思ってるよ」
「どう言うわけじゃ?」
同じ種族であるが故に状況を理解できたルイスに対して、今にしてようやく同じ一族と知ったティナは何が何だかわからない。そんな彼女に、イクスフォスが教えた。
「俺達の一族は一度死んで、肉体を再構築するんだ」
「それは知っとるよ。ルルがそう語ったからのう」
「そか……その際には、肉体が必要なんだ。でもユスティは魔女族だから、その肉体の再構築が出来ない。けどコアを俺と共有してるから、死なない」
「つまり半端に復活した状態になってしまう、と」
「うん。具体的には霊体に近い形で。俺や一族の奴、レヴァ、アクアとスカーレットにはなんとか見えるけど、って所」
イクスフォスは正直にユスティーツィアの事を語る。そしてそれを聞いて、ティナもようやく自分の所に彼が来なかった理由を理解できた。
「では、お主らの目的とは……」
「うん……ユスティを助けたかった」
はっきりと、イクスフォスが自身の行動の理由を語る。そんな彼の言葉を、カイトが補足した。
「で、他の世界を巡る危険な旅にお前は連れてけない、ってこっちに置いてかれたってわけだ。時折、様子を見に来てはいたらしいけどな」
「そ……びっくりしたよ。久しぶりに見に来たら、ティナは封じられてるしレヴァは居なくなってるし……」
「その時に、オレの所に来たってわけだ」
本当にびっくりした様子のイクスフォスの言葉を再度、カイトが引き継いだ。そんな所に、ティナが疑問を持った。
「何故カイトじゃったんじゃ? あの時の余には他にもミレーユやクラウディアら腹心にして家族と呼べる者たちもおったのに。クラウディアなぞ、時勢に応じてはカイトより強かったじゃろ」
「ああ、それ? ミスティ達に聞いたんだ。カイトを頼れって」
「何故お主?」
やはりどうしても腑に落ちないらしい。ティナは重ねて首を傾げる。が、これへの返答は分かりやすかった。
「逆に聞くが、何故こいつじゃない」
「そも、あの時点でこれはすでに大精霊達と盟約を交わしておったというに」
「と、言うわけだ。お前を是が非でも救いたいのなら、こいつが一番だろう。今のお前なら、それも分かるはずだ」
「むぅ……」
改めてミスティアとグライアに言われ、ティナも微妙にだが納得しかける。が、やはり腑に落ちないらしい。無論、結果論として言ってしまえばティナの調練が加わったカイトは世界最強の身体性能を持つに至り、今ではそこに地球の武芸が加わった事で武芸者としても一角の人物になっている。旅路もあって精神面も養われていると言って良いだろう。十分、心技体整った男になったと言って良い。
が、改めてになるがこれは結果論だ。わかろうものだが、契約者であっても勝ち目はなかった。それが<<死魔将>>達だ。それを考えれば、カイトを推薦した理由に説明が付かなかった。と、そんな彼女に、イクスフォスが首を傾げた。
「? 聞いてないのか?」
「何を?」
「カイトの正体とか色々」
「知っておるのか!?」
まるで聞いていない事の方を驚いているかのようなイクスフォスに、ティナが思わず声を上げる。高位の大精霊達の存在を知らされた今とて、カイトの正体は謎のままだ。相変わらず彼の肉体には謎が多すぎた。
「え……うん。だって」
「……何を勝手にバラそうとしてるんだ……?」
「う……ご、ごめん」
じー、とカイトに睨まれて、イクスフォスが思わず言葉を詰まらせる。とはいえ、何も教えないつもりはカイトにもなかった。だから、彼は少しだけ語る。
「……教えないわけじゃないさ。ただ……これは今じゃない。お前も分かればわかるさ。今じゃなかった、ってな」
何時か、ティナもまた過去の記憶を取り戻す。その時までは、語ってはならなかった。語らない事。それが、彼の愛の証明のようなものだった。
「ようわからん言い方じゃのう」
「それで良い……今じゃ、無いからな」
今ではない。それが、全ての答えだ。そうして、カイトは微笑みと共に今ではない事については語らないまま、再会の日は過ぎ去っていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。




