表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第76章 ルクセリオン教国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1801/3941

第1771話 ルクセリオン教国 ――花――

 ルクセリオン教国は枢機卿アユル。彼女の依頼により、彼女の生まれ故郷であるトレーフルへとやってきていたカイト。そんな彼は自身も数十年ぶりの帰還となる教皇ユナルに案内されて、親子の生家となる教会の裏手にある花園へとたどり着く。そこで一同は一度、妻の墓へ花を手向けるという教皇ユナルに付き従って花園の中心にある碑へと手を合わせる事になっていた。


「……随分と昔の事のようだ。いや、実際、随分と昔の事なのだろう。にしても……苔一つ無いか」

「はい……私や新たに来た者たちは総じてここで生まれた者ではありませんでしたが……ここに縁のあった者たちばかりです。故にここで亡くなった者たちは私達にとっても縁者でした」


 故に手入れは決して欠かさなかった。トレーフルの村長は教皇ユナルの言葉に対して、言外にそう述べる。疫病で一度は滅んだトレーフルだが、その結果一家揃って死亡した、という所も少なくない。

 いや、実際の所生き延びたのは若き日の教皇ユナルとアユルのみだと言っても過言ではなかった。そのアユルとて半死半生という所で、ギリギリ救助が間に合ったという所だ。なので墓を建てる事もままならず、死体の大半は火葬。墓はこのような形で石碑として弔う事にしたとの事であった。


「そうか……私が最後に来たのは、この石碑を建てる時だったか」

「その後はたしか……」

「ああ。やはり村一つが滅んだのだ。軍が調査に来ていてね。私は中央預かりとなった。それ以来、なんだかんだあってね……」


 やはり妻が眠るからなのだろう。教皇ユナルの顔は僅かに悲しみが滲んでいた。そうしてそんな石碑に、教皇ユナルは花束を手向ける。


「……」


 しばらくの間、一同は揃って石碑へと手を合わせる。そうして少しの後、教皇ユナルが振り向いた。


「すまないね。手間を取らせてしまった」

「いえ……これも仕事といえば仕事なのでしょう。アユル様よりは、故郷の景色を取ってきて欲しいと言われておりましたので……これもまた、故郷の景色として良いのかと」

「そうかね……うむ。そうなのだろう」


 カイトの言葉に、教皇ユナルが同意した様に天空を見上げる。今日はまるで雲ひとつ無い快晴で、一同を出迎えてくれているかの様であった。


「そうだ。それなら、石碑を一枚撮っておくべきだろう。あの子は私とは違って何度かここに来ていたらしくてね」

「あ……そうですね。では……?」


 では一枚、と言おうとしたカイトに、教皇ユナルが微笑みと共に手を差し出す。


「貸してくれ。私が撮ろう」

「……はい」


 少し前にアユルが言っていたが、元々教皇ユナルは写真を撮る事が好きだったとのことだ。なので教会には今でも彼が撮った写真を収めたアルバムがあり、ふと昔を思い出したのだろう。そんな彼の言葉に、カイトは頷いて撮影用の魔道具(カメラ)を差し出した。そうして彼は周囲を少し見回して、教会が僅かに映り込むような角度でカメラを構える。


「この角度……だったかな? ああ、そうだ。丁度このあたりに……すまない、少しだけどいてくれ」

「は……」


 教皇ユナルはカメラを構えながら、供回りの者たちを手で指示する。そうして彼らが退いた所で、彼は改めてカメラを覗き込んでスイッチを押し込んだ。


「……あぁ、この角度だ」

「これは……そう言えば、アユル様がこの構図のお写真をお持ちでした」

「ああ、見たのか。あはは。あれを思い出してね。実はあの後、土から這い出してきたモグラに驚いて、思わず泣いた事は聞いたかね?」

「いえ……そうなのですか?」

「ああ。もしかしたらあの子は覚えていないのかもしれないがね。それとも、恥ずかしくて語っていないだけか」


 カイトの問いかけに、教皇ユナルは笑いながらアユルの幼い頃の事を語る。と、そうしてふと気が付いた。確かに構図は同じなのだが、少しだけ違う所があったのだ。


「そう言えば……アユル様がお持ちになられていた写真では確か、ここには翡翠花(ひすいばな)が植えられていたと思うのですが……」

「ああ、グリーン・コスモスか。ああ、あの当時はここにあったのだが……」


 カイトの指摘に、教皇ユナルは少しだけ苦笑する。そうして、彼は僅かに嘆かわしげに告げた。


「丁度、次の苗を植えるかという頃に疫病が蔓延してね。苗と種はいくつか無事だったのだが……ここの花畑は完全に壊滅してしまってね。あれだけのグリーン・コスモスを育てられたのはやはり妻だけみたいでね。流石にグリーン・コスモスを植える事は出来なかった」

「申し訳ございません……我々の力が至らぬばかりに」

「いや、仕方がない。アユルも育てられる様になるまで、何年も掛かったのだからね。何度も母さんみたいにはいかない、とぼやいていたのを覚えているよ。君たちにはこの街の管理とこの花畑の管理をしてもらっている以上、そこまで無理は言えない」


 自身の言葉を受けて謝罪を述べたトレーフルの村長に、教皇ユナルが笑いながら首を振る。アユルもユリィも言っていたが、グリーン・コスモスは専門家でさえ生育が非常に難しい花の一つだ。

 これを専門ではないこの村の者たちに頼むのは確かに、些か酷というものだろう。とはいえ、その代わりに緑色の花は植えられており、一応は当時に近い形で管理されている様子だった。と、そんな教皇ユナルは少しだけいたずらっぽく笑った。


「それに……実はね。アユルが育てていたグリーン・コスモスを数輪失敬してね。これで妻には勘弁してもらうさ。というわけで、カイトくん。すまないがアユルには数輪貰った、と伝えておいてくれ。何か文句を言われても、全て私に言う様に、ともね」

「はい、かしこまりました」


 少し笑いながらの教皇ユナルの言葉に、カイトが笑いながら頷いた。どうせ依頼の達成と共にアユルには話をしなければならないのだ。その際に父の言葉を一緒に伝えても問題は無いだろう。と、そんなカイトに一つ頷いて、教皇ユナルは一同へと問いかけた。


「さて……では少し好きにして良いかな? 久方ぶりにカメラを握ると、昔の血が騒ぐ」

「……はぁ。猊下。少しだけになさってください。後、我々も同行しますからね」

「ああ、わかっているとも……カイトくん。写真は私が撮っておくから、君は自由にすると良い」


 供回りの一人の返答に、教皇ユナルが楽しげに頷いた。そうして、彼は供回りを引き連れて写真の撮影を行っていく。それを遠目に見ながら、カイトは教皇ユナルの言葉に従ってユリィと共に花壇を見て回る事にした。


「……にしても、本当にすごいな。これを全て個人で作り上げたのか」

「ねー……これ、お世辞抜きで個人で作ったレベルなら最大じゃないかな。エルフ達や私達(妖精族)だってここまでは作らないよ」


 やはり思うのは、この花園の凄さだ。確かにこれが一時的とはいえ野生化していたのなら、周囲の気候や魔物が弱いという環境も相まって、数十年を経て広大な敷地がある種の花園になってしまったのも無理がない様に思えた。


「あ……カイト。あっちにはハーブ園まであるみたいだよ」

「へー……そんなのまであるのか」


 本当に多種多様な草花を育てていたらしい。他にも温室もある様子で、それこそ無いのは果樹園だけというような感じでさえあった。と、いうわけでそんな広大な花園にカイトは一つ興味を抱いたのか、一体の小鳥型の使い魔を生み出した。


「ふむ……」

「何するの?」

「いや、視界を間借りして上から見ようかとな」

「なるほど。じゃあ、私上から見てこよっかな」


 カイトの生み出した使い魔の上に、ユリィが腰掛ける。そうしてそれを受け、カイトは使い魔を天高くまで飛翔させた。


「へー……やっぱ本当に広いな……」


 流石に上から見れば見渡す限りの花園とは行かないまでも、相当に広い敷地に花壇がある事が見て取れた。とはいえ、やはり花にも旬があるので植え替えを行われている所があったり、桜や梅などの木々が植えられている一角もあるようだ。全てが全て花壇というわけでもなかった。


『これ……本当にすごいね。多分、管理人かだれかは樹木医の資格も持ってるかも』

「ああ……梅、桃、椿、桜……どれも十本以上はあるな。桃園や梅園には程遠いが……ガーデニングというより、育てるのが趣味なのかもな」

『うん』


 ユリィから届く念話を聞きながら、カイトは彼女が乗る使い魔の視界を見てそんな感想を抱く。確かにガーデニングとして見せる工夫がされていないわけではないが、何より元々この花壇は育てる事を目的としていたような印象を受けた。

 ここらはアユルにも受け継がれている所なのだろう。彼女も見せるというより、自分が好きなものを好きな様に育てるのを好んでいた。


『うーん……にしても、かなり珍しい花もあったかも……』

「どうした?」

『あ、うん……えっと、ちょっとコントロール借りるよ』

「ああ」


 唐突に何かを訝しんだユリィの言葉に、カイトは一つ頷いて使い魔のコントロールを彼女に預ける。使い魔と彼女は接触しているし、カイトと彼女の間に魔力の融通が可能なレイラインもある。普通に出来た。と、そんな彼女が操る使い魔は少しだけ旋回して、ある方向のある一点をカイトへと見せた。


『あっち。見える?』

「ああ……紫色の花か?」

『うん……これ、何かわかる?』

「わかると思うか?」


 ユリィの問いかけに、カイトが笑って問いかける。一応ユリィがガーデニングを趣味としているので並以上には花を知っていると思うカイトではあるが、それでも専門家みたく何だ、と即座に言い当てられるわけではない。遠目に見える紫色の花、というだけでわかるわけがなかった。


『あれ、モカラっていう花の一種なんだけど……これもまたグリーン・コスモスなんかと一緒で生育が難しい品種でね? あんまり出回らないの。といっても、グリーン・コスモスよりは楽だけど』

「へー……ここらで自生してるのか?」

『ううん。聞いたことはないよ。それに種類の多さから見て、流石にこれが全部ここで育つとは思えない。多分、教皇の奥さんが育ててたのが、野生化したんだと思う。といっても、育てるのが難しいから自生もほとんどしてない様子だけど……』


 どうやらグリーン・コスモスやこのモカラの一種の何らかの様に、難しい花も育てられていたらしい。後にユリィ曰く、少し目を凝らせば他にも色々と珍しい花と思しきものや、その珍しい花が野生化して生まれただろう交雑種も見受けられたとの事だ。


「ふむ……なんとかするべき、なのかね」

『それはそうだね。一応、ここらで自生しない筈だから……』


 と言っても、流石にもう二十年近くが経過しているのだ。それを鑑みれば今更なんの意味があるのか、とは思わないでもない。何よりあまりに広がりすぎている。魔物が出たりする事を鑑みれば、それをやるべきなのかは判断に悩む所だった。


「……まぁ、そこらはオレ達が考えるべき事でもないか」

『……ん、そうだね。とりあえずそれは教国任せで良いか……何より、彼らも気付いていないとは思えないしな』


 カイトの言葉に、ユリィも同意する。ここらは悩んだ所で、結局はカイト達が出来る事は何も無い。というわけで、これでこの話題については終わりとなった様子だった。と、そんな風に見て回りながら時間を潰していると、教皇ユナル達が戻ってきた。


「カイトくん。またせたね」

「あ、いえ。私の方も色々と見て回らせて頂きましたので……」

「そうか……ああ、それでこのカメラ。ありがとう」


 教皇ユナルはカイトへとカメラを返却する。それを受けて、カイトは一応中の映像を精査しておく事にした。


「一応、拝見して良いですか?」

「ああ、良いとも。ただ、腕には文句を付けないでくれ。所詮、素人が好きに撮っているだけなのだからね」

「はい……ああ、私が撮るよりずっとお上手ですよ。私なぞ写真の撮影はほとんどしませんので……ぶれたりする事もありますからね」

「ははは。流石にそこらは年季が違うさ」


 カイトの称賛に、教皇ユナルが一つ笑う。と、そんなカイトであったが、ふと一つ思い立った様に問いかけた。


「あ、そうだ……猊下。一つよろしいですか?」

「何かね?」

「今拝見させて頂いたのですが、一枚猊下のお写真もよろしいですか? アユル様ももう何ヶ月も猊下にお会いになられておりません。一枚ぐらいは猊下のお写真があっても良いかと」

「なるほど……個人としてはあまり私は撮られた事はないし、撮られるより撮る事が趣味だから私の写真は無いか」


 カイトの提案に、教皇ユナルも一つ頷いて同意を示す。そうして、そんな彼が石碑の横に並んだ。


「……ここで良いかね?」

「はい」


 教皇ユナルの言葉に、カイトが一つ頷いた。そうして、彼は教皇ユナルとその妻にしてアユルの母が眠る石碑のツーショット写真を撮影し、それを依頼の最後の一枚として保存して、トレーフルでの任務を全て終えるのだった。


 

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1772話『ルクセリオン教国』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ