第1766話 幕間 ――帰還と生還――
前世の力の目覚めに呼応するかの様に、尋常ならざる怒りと殺意を露わにした千代女。そんな彼女の猛攻に晒される事になったソラであったが、間一髪の所で吉乃が割り込み、なんとかボロボロになりながらも生還する。そんな彼は事件から二日。カイトが丁度教皇ユナルと共に教皇ユナルとアユル親子の生まれ故郷へと旅立った頃に、ハイゼンベルグ公ジェイクと共に先の事件について会談を行う事になっていた。
「……という感じでしょうか」
「ふむ……ありがとう。これでひとまず情報は集められたかのう」
ソラから直々に調書を行ったハイゼンベルグ公ジェイクは一つ頷いて、ペンを止める。そんな彼は一通りの調書を書き終えると、改めてソラを見た。
「ソラくん。怪我の調子はどうかね?」
「あ、はい。大丈夫です……内蔵にダメージ入ってたっぽいんですけど……マクダウェル家から回復薬が届いたのと、アウラさんが来てくれたんで……」
ソラは僅かに苦笑混じりながら、自らの胸をとんとん、と叩く。と言っても勿論軽く、という程度で決して強くはない。
「お主も同じか。あれの治癒術には幾度も助けられたが……まさか戦の世が終わった後にも助けられるとはのう」
「前もあったんですか?」
「うむ。前も皇都に攻め込まれた時はのう。儂もあれも時の皇子殿下も揃いも揃ってボロボロになったもんじゃ」
懐かしげに、ハイゼンベルグ公ジェイクが目を細める。と、そんなわけでしばし懐かしい昔話を語った彼であったが、一転して僅かに真剣味を滲ませる。
「にしても……ふむ。お主の前世の何某。それが何らかの鍵とはなろう」
「はい……なんなんでしょうね、自分の前世って……」
ソラの前世の何某。それが目覚めるなり、千代女はまさしく阿修羅の如き怒りを見せたのだ。しかもどうやら、もう一人の襲撃者――吉乃――も自身の前世を知っている様子だ。どちらも戦国時代の存在とは知らないが故に、ソラには自身の前世が一体何時の何処の何者かさっぱりだった。
「わからぬ。が、たしかに言うたのじゃな、奥方と」
「はい。確かに、あの白い女の人はもう一人の墨染の女の人を奥方様と」
「ふむ……」
もう一人を奥方様と呼び、もう一人が命令を出すやあれだけの怒りと殺意を滲ませながらもその言葉に従って退いたのだ。であれば、二人の関係性は限られる。
「あの女……相当高貴な身分であったと察せられる。ソラくん。確か久秀……であったか。そのような名の男はかつては一国の主であった、という事だな?」
「はい……と言っても、ここらへん日本は特殊だと思うんですけど……」
日本という国全体で見れば、戦国時代の一国一城の主とは大名で間違いない。が、他方日本という国で見た場合、誰が国主になるか、というとそれは足利幕府の将軍か皇室の主たる帝のどちらかとなるだろう。どちらも戦国大名達は揃って敬っていたからだ。それを知るソラは、やはり説明に困っている様子だった。
「あれの奥方という可能性は、あり得ぬか」
「うーん……どうなんでしょう。というより、少し疑問なんですけど……」
「む?」
何かを思い出して唐突に顔を顰めたソラに、ハイゼンベルグ公ジェイクが首をかしげる。そしてしばらくして、少し記憶を手繰っていたソラが口を開いた。
「あの白い女の人がこう言ったんです。果心様のご命令、と」
「果心……それが女の名か」
「あ、いえ、果心ってのは略称で、多分果心居士っていう人物だと思うんですけど……」
ハイゼンベルグ公ジェイクの言葉にソラは慌てて首を振って、正確な名を告げる。やはり果心居士は日本のサブカルチャーで戦国時代を扱えば比較的登場する名だ。故にソラも果心と言われた時点で果心居士なのかもしれない、と勘付いていた。
「むぅ……果心居士。変わった名じゃな」
「あ、はい。えっと……エネフィアで言う所の幻術使いだかなんだかで、相当凄腕って話です。と言っても、地球の事なんで眉唾ものだとは思ったんですけど……」
「どうやら、本当らしい、と」
「はい」
ハイゼンベルグ公ジェイクの問いかけに、ソラははっきりと頷いた。確かにソラとしても吉乃が果心居士であったとて不思議はないと思えた。あれだけの幻術の腕前だ。しかもカイトにも縁がある。当時を生きていない彼だからこそ、否定する事は難しかった。
唯一の疑問といえば女性である事であるが、久秀らの復活などもはや何でもありの状況だ。果心居士が女性であっても不思議はないと思えた。
「ふむ……まぁ、そこらはカイトにも聞くか。あれが確か織田信長なる者の生まれ変わりという事じゃからのう」
「多分、それが一番と思います。果心居士と織田信長は確実に会ってるんで……」
「そうか。わかった。貴重な話をしてくれて助かる」
「いえ、お役に立てれば幸いです」
ハイゼンベルグ公ジェイクの感謝に、ソラが首を振る。そうしておおよその話を終えた所で、ソラが問いかけた。
「あの……そういえばカイトはなんて? あいつから連絡が途絶えたまんまで。いや、忙しい、とは思うんですけど……」
「む……」
一瞬、ハイゼンベルグ公ジェイクは自身とカイトが抱えるティナの案件についてを思い出し、しかめっ面を浮かべる。が、彼は慌ててそれを追い出して、一転して何時もの風を見せた。
「?」
「っと、すまぬ。些か、あれと儂が共同で行う作業でトラブルが出ておってのう。あれが悪いというわけではないが……些か良くない状況でのう。ま、それは良い。お主らには関係は無いのでのう」
完全に関係が無いか、と言われればそうでもないが。ハイゼンベルグ公ジェイクはそう思いながらも、下手に情報を露呈させるわけにもいかないのでそう口にしておく。そうして、彼はこれ以上何か下手を打つ前に、とカイトの現状を少しだけ語る事にした。
「で、カイトじゃったな。こっぴどくやられたようじゃ。連絡が取れぬのはそれ故であろうな」
「あいつが?」
「うむ。あいつよりの報告によると、柳生宗矩なる男に一太刀に切り捨てられたようじゃ。と言っても、その宗矩なる男が礼と言うて致命傷にはならなんだそうじゃ。まぁ、あちらにはリーシャもおる。あれの多才さ故に応急処置は困らんし、大怪我は大怪我じゃが、という所であろうな」
「は、はぁ……」
つまるところ大怪我ではあるが心配するほどではない、という事なのだろう。ソラはカイトの現状についてそう理解する。さらには彼は今、教皇ユナルと共に一人別行動をしている所だ。尚更に連絡が取りにくかったのだろう。
「っと、そうじゃ。本題よりは少し外れるが、宗矩、という男に聞き覚えは?」
「あ、それは勿論。カイトが時々、兄弟子と言ってましたんで……」
「うむ。それはあれよりも聞いておるよ。そして宗矩という男は師の武蔵が全て責任を持つ、とも」
「そうなんですか?」
ソラははじめて知らされた事実に、思わず目を見開いた。それに逆に驚いたのは、ハイゼンベルグ公ジェイクだった。
「なんじゃ、聞いておらぬのか」
「あ、はい……」
「これはあれが動いた、というより武蔵殿が動かれたという所でのう。色々と根回しをしておる様子じゃ。どうにもなんとしてでも倒した上で生かして捕らえるとの事で、各国に全ての責を自分が負うから、あれの処断も全て自分に任されよ、と」
「はぁ……」
何があるのかはソラにはわからないものの、武蔵は是が非でも宗矩を生かした上で捕らえてみせるとの事だ。そして各国としても敵の情報が欲しいのは事実。更には武蔵は勇者の師だ。故にこの申し出について表向き勇者の師の申し出に配慮を示した形として、承諾したとの事であった。無論、武蔵が勝てれば各国共に戦意高揚に使える。そういった多角的な面から、受け入れたそうだ。それは勿論、皇国もである。
「その様子じゃと、他に何か知っておる様子はなさそうか」
「す、すいません……その、柳生宗矩って人より親の石舟斎と子の十兵衛ってのが有名過ぎて……」
「あぁ、良い良い。おおよそカイトからは聞いておるし、それ以外になにかがあれば知っておきたい、という程度じゃ。一応、あれも情報共有で色々と語りはするが、それでもあれの語る事。さらには他の者が見えた事があろう。そういった事から敵の思惑を探るのが、儂ら知恵者達の役目故な」
「はぁ……」
あれだけの力を持ちながらも、ハイゼンベルグ公ジェイクは軍師だ。それ故にそう言って笑う彼に、ソラは生返事しか出来なかった。そうして更に追加でいくつかのメモを取った後、ハイゼンベルグ公ジェイクは一つ頷いた。
「さて……これで良かろう。もし何か他に思い出した、思い当たる節があるというのであれば、皇城におる間はそこらを歩いている者に告げよ。儂か、先ごろ話をした調査官を使いに遣ろう」
「ありがとうございます」
ハイゼンベルグ公ジェイクの言葉に、ソラが頭を下げる。そうして、ソラはこの日から再度調書を受ける為と治療の為に皇城に残り、マクスウェルへの帰還を少し伸ばす事になるのだった。
少しだけ、時は戻る。ソラが手当を受けていたその頃だ。ほぼ無傷で帰還を果たした果心居士こと吉乃と千代女はというと、同じく教国から帰還した久秀達と合流していた。
「へぇ。そっちも無事に帰ったか」
「久秀殿。そちらもご無事で」
「ああ」
今更言う事でもないが、久秀は久秀で完全に無事だ。しかもこちらは戦闘のほとんどを魔物の兵士に任せていた為、傷一つ負っていなかった。
「こっちは預かった兵隊が優秀でなぁ……あれ一個大隊でもいりゃ、俺達の時代の日本ぐらい軽く制圧出来ただろうぜ」
「あんなものを持ち帰ろうとなさらないでくださいな。あれはおおよそ人が手にして良い物とは思えませぬ」
「あっははは。まぁねぇ……ありゃ、ねぇわ。コントロール出来てるから良いものの、出来なけりゃ一巻の終わり。御大将らが居なきゃ、国が滅びるね」
あれは使うべきではない。吉乃の苦言に久秀もまた笑いながらも苦い顔を浮かべていた。彼もまた統治者。それ故に、あれは無い、と断じていた
「あれはあくまでも、暴走しても他所様に押し付けられる今だから使えるもんだ。国の統治者なら、使っちゃなんねぇな。自分の所にどんな被害が出るかわかったもんじゃねぇわ」
「かと……」
「ま、そりゃ良い。で、どうしたんだい?」
僅かに探る様に、久秀が千代女を見ながら問いかける。敢えて言わずともわかろうものであるが、彼女の手はソラの血で血みどろだ。何があったか気になっても不思議はない。
「特には何も。戦いが起きた以上、返り血を浴びる事に不思議は?」
「……いや、無いねぇ……だが不思議っちゃあ不思議だ。あっちにそんな猛者が居たのかい? 千代ちゃんに武器を捨てて戦わせるような輩が」
「少々、遊ばせたという程度です。お気になさらず」
ただ黙して語らず、という具合の千代女に対して、吉乃が代わって答えていく。そうして少しの問答の後、久秀が頷いた。
「そうかい。ま、無事ならそれで良いさ。じゃ、次の作戦はまた指示が出るって事だそうで、今は休んどきな」
久秀は言うだけ言うと、去っていく。そうして彼が去った後、千代女が吉乃に問いかけた。
「奥方様」
「構いません……これは、あの方の罪でもあるのです」
「っ……」
僅かに苦笑気味に微笑んだ吉乃に、千代女が泣きそうな顔をする。そんな彼女へと吉乃は振り向いて、一つ告げる。
「……今は、一度休みなさい。今回は予想外の事がありましたし……貴方も久方ぶりの戦いとあって疲れたでしょう」
「申し訳……ありません」
吉乃の気遣いを、千代女は素直に受け入れる。そうして去っていった彼女の背を見て、吉乃が一つ息を吐いた。
「……ふぅ。ふふ……私もほとほと、バカな女ですね……ねぇ、帰蝶。今の私を見たら、貴方は笑いますか? それとも……彼らを笑いますか? ふふ……どちらにせよ、一度ぐらい話したいですね」
吉乃は唯一の恋敵にして、今もまた一人の男に同じく恋が出来ると教えてくれた女へと語りかける。が、そんな彼女のつぶやきは誰にも捉えられる事のないまま風に乗って、消えていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1767話『ルクセリオン教国』




