第1764話 幕間 ――目覚めの始まり――
皇城へと襲撃してきた吉乃と千代女の二人。そんな二人の内吉乃の指示を受けた千代女とソラが戦っていたわけであるが、そんなところに現れたのはハイゼンベルグ公ジェイクだった。そんな彼の思わぬ強さに驚いたソラであったが、そこからは二人で戦いを繰り広げる事となる。そんな二人の戦いを、玉座に腰掛けた皇帝レオンハルトは聞いていた。
「なんと。ハイゼンベルグ公が」
「は。公の言葉により兵士達の士気は高く、負けはあり得ぬと断言できます。更にはソラ・アマシロの助力もあります。間違いなく、陛下の御前を騒がせた不届き者どもの首を取って来るでしょう」
「そうか……むぅ。これでは折角の出迎えが無駄になったか」
「陛下……お願いですから、そう残念がらないでください……」
完全武装の皇帝レオンハルトの言葉に、近衛兵の一人は盛大にため息を吐いた。彼が逃げなかったのはたった二人の敵を前に逃げるべきではない、と考えた事と、自らの兵士達を信じているというポーズを見せる為だった。決して自らの腕に自信を持っているから、というだけではない。勿論、万が一の場合には一人でも逃げ切れる、と判断している事も理由の一つにはあった。
「にしても……」
ハイゼンベルグ公自らが出るか。皇帝レオンハルトは若干だが笑みを浮かべる。素直に、見たくあった。というわけで、彼は少しの考えもあって立ち上がる。
「あ、陛下!?」
「通信機を。メルに連絡を入れる」
「あ、はっ」
この状況でマクダウェルの軍基地に出向している娘への連絡だ。用向きなぞ限られる。というわけで、近衛兵の一人が慌てて通信機を取りに行く一方、彼は謁見の間を後にする。
「陛下。どちらへ?」
「俺も大門へ向かう」
「は、え、へ、陛下!?」
皇都レオンハルトの言葉に一瞬呆気に取られた側近の一人だが、威風堂々と歩いていく皇帝レオンハルトに慌てて従う。と、そんな事をしていると、彼へとヘッドセット型の通信機が差し出された。
「陛下。こちらを。併せて、軍司令部にも繋がります」
「ああ……メル。私だ」
『はい、お父様』
「時間がない。単刀直入に状況を説明する」
自らの通信に応じたメルに、皇帝レオンハルトは現在皇城が攻め込まれている事を語っていく。
『わかりました。では、急ぎこちらより増援の要請を』
「ああ、それは念のため頼む。だがこちらは陽動だ。本命がどこかにある……こちらはハイゼンベルグ公も前線に出た。さほど心配は要らん」
『ハイゼンベルグ公が?』
やはりハイゼンベルグ公ジェイクが出た、というのは血縁者であるメルにしても驚きに値したらしい。まぁ、彼の腕は知らない方が多いのだ。無理もない。が、そんな彼女に皇帝レオンハルトは笑う。
「お前とて、少しは勘付いているだろう? ハイゼンベルグ公は、間違いなく実力を隠している」
おそらく本気で戦えば、自分に匹敵するかそれ以上。皇都レオンハルトは建国以来常に影からこの国を支えてきた忠臣の実力をはっきりと見抜いていた。
そして見抜かれているだろうことをハイゼンベルグ公ジェイクもまた、密かに見抜いていた。それ故に、彼は皇帝レオンハルトを主人と認めたのだ。隠された実力を見抜けるほどの慧眼を持つ、と。いつでも裏切れるエンテシア皇国の貴族にとって、主人とは何も理由もなく従っている訳ではないのだ。
『底は見えませんが』
「ああ……俺も見えない。そこは流石は革命家ジェイクという所だろう」
隠している事は分かる。底が自分より深いだろう、というのも分かる。だが、その底の深さがわからない。故に、彼はそこに立つ。
「おや……」
「む……」
唐突に現れた皇帝レオンハルトに吉乃は僅かに驚きに近い顔で笑い、一方の千代女はどこかしかめっ面だ。そしてそんな二人で、周囲の全員が皇帝レオンハルトに気が付いた。
「陛下……?」
「陛下だ……」
「一体、なぜここに……」
兵士達の間に僅かな動揺が広がる。なぜこのタイミングで彼が。無理もない事だ。そんな兵士達に対して、皇帝レオンハルトは襲撃者達に告げる。
「客人よ。よくぞ参られた。余こそこの城の主人にして、この国の皇。レオンハルト・エンテシアである……如何なる用にて参られた」
「貴方の首を頂戴しに」
「「「っ」」」
あまりに流れる様に。そして自然と出された吉乃の答えに、兵士たちが僅かに剣呑な雰囲気を醸し出す。が、まだ手は出せない。主人の問答を邪魔してしまうからだ。が、そんな兵士達に対して皇帝レオンハルトも笑った。
「余の首か……冗談を吐かせ。取ろうとすれば寝首を掻くなぞ造作もない様に思える」
「あら、あら……」
楽しげに、吉乃が笑う。彼女はその根本から戦士ではない為、腕利きとは言い難い。が、それでも今では幾百幾万の兵士なぞ造作もなく蹴散らせる。そこに、彼女以上の千代女が居る。やろうとすれば、簡単に攻め落とせたのだ。それをここまでチマチマと戦っている時点で、目的が皇帝レオンハルトの首にない事は明白だった。
「はい、陛下の首ではございません。私共は陽動。本命は別にございます」
「して、その本命は」
「これは異なことを。私共は陛下の敵。その目的を吐かせたければ、捕らえねばなりますまい」
「はははは。貴殿はまるでこの場から易々逃げられると言うか」
皇帝レオンハルトは吉乃の返答に一つ笑う。それに、吉乃も優雅に笑った。
「はい。逃げおおせますとも」
「ははは……総員、この女二人をひっ捕らえい! 聞き出せるだけ、彼奴らの情報が欲しい! 我が皇国を甘く見た代償が安からぬ事を、かつての敗残者共に知らしめよ! 余はここに控え、一歩足りとも動かぬ! 余が望むは勝利一つ! かような女二人では我が皇国がびくともせん事を見せつけてやれ!」
「「「おぉおおおお!」」」
皇帝レオンハルトの言葉に、兵士達が鬨の声を上げて応ずる。前線に出る事を躊躇わぬ王を背にした兵士達の士気は高く、これなら実力差はあるが時間稼ぎぐらいは出来るだろう。皇帝レオンハルトは援軍の到着までこれで耐えられると判断する。
「ふむ……」
これでひとまずはなんとかなるだろう。近衛兵の中でも腕利きの兵士達に守られる中、皇帝レオンハルトは愛用する大剣を手にしながら僅かに苦笑するハイゼンベルグ公ジェイクを見る。
「公よ。その腕の底、見させて貰おう」
「陛下。かような場でお戯れはおやめ下さい」
「許せ。武人の性だ」
ハイゼンベルグ公ジェイクの苦言に皇帝レオンハルトは僅かに恥ずかしげに笑う。が、これで終わりでは無い。それどころかこれからが始まりだった。故に、ハイゼンベルグ公ジェイクは自らが王の御前に進ませなければ良い、と自らにそう言い聞かせる。そうして一つ気合を入れ直した彼に、千代女はどこか同情を浮かべていた。
「……貴方も大変ですね。ええ。心の底から、同情します」
「……ははは。まさか敵に心配されるとは」
「……」
本当に同情する。そんな目で千代女はハイゼンベルグ公ジェイクを見る。どうやら彼女にも色々とあるらしい。そんなある意味他愛無い雑談を繰り広げ、ハイゼンベルグ公ジェイクは一転気を取り直す。
「ふぅ……では、続けようか。ソラくん。君も行けるな」
「はい」
元々ソラは気勢が削がれていない。なので何時でも行ける。ただ怖いのは、相手が格上という事だけだ。
「……ふぅ」
一つ応じたソラであるが、一度戦闘状態となるや冷静に一息吐いた。何かが、内部で掴めかかっている。千代女と相対する彼はそれを自覚する。これは彼にとってランクAクラスの戦闘力を得て初となる実戦らしい実戦だ。今まで得られなかった感覚が彼にも掴めかけていた様だ。そしてそれ故、先に攻め込んだのは彼だった。
「っ」
中々に速い。ソラの切り込みを見て、千代女が僅かに目を見開いた。が、これは彼の有り余る力を応用した単なるタックルにも近い。なので、彼の速度が本当に上昇するのはここからだった。
「『オーバードライブ・ワンセカンド』」
「っ!?」
ぐんっ。唐突に圧を増したソラの力に、千代女は今度こそ大きく目を見開いた。ランクSには届かないまでもランクAでも上位層に位置するだろう戦闘力が、今のソラには宿っていた。それ故、ソラの速度を読みきれず千代女は大きく吹き飛ばされる事となる。そうして吹き飛ばされた千代女の進路上に、ハイゼンベルグ公ジェイクが立つ。
「さぁ、どうじゃ」
「いえ、特には」
「ほぅ……」
吹き飛ばされる空中でひらりと身を翻しハイゼンベルグ公ジェイクの斬撃を避けた千代女を見て、僅かにだが感心を浮かべる。やはり彼女はかなりの猛者だった様子だ。明らかに、戦い慣れた風格があった。そうして軽やかな動きで斬撃を回避した千代女は虚空に大鎌を突き立て減速。そうして止まった彼女へと、ソラが一気にタックルを叩き込んだ。
「おら!」
「ぐっ……小賢しいっ」
再度空中を吹き飛ばされた千代女だが、流石に止まった直後を狙い打たれた為か大鎌を手放してしまっていた。そうして武器を手放した彼女へ向けて、ハイゼンベルグ公ジェイクが一直線に追撃を仕掛けた。
「はぁああああ!」
「はぁ……」
雄叫びと共に突っ込んでくるハイゼンベルグ公ジェイクに対して、千代女は僅かにため息を吐いた。ソラはさほどではないが、間髪入れずに突っ込んでくる上にかなりの猛者であったハイゼンベルグ公ジェイクは明らかに面倒な相手だった。無論、ソラとて厄介は厄介だ。そこそこの力を彼も保有しているので、楽に勝てるわけではない。と、いうわけで千代女は少しだけ遊びのレベルを上げる事にした。
「っ!」
一瞬、ハイゼンベルグ公ジェイクは何か得体のしれない殺気を感じて思わず立ち止まり、その場で勢いよく前に転げる。そして、直後。彼の胴体があった所を何かが通り過ぎた。
「今のは……魔銃か!」
「今のを避けますか」
「……」
逆だ。今のタイミングで完璧に狙撃してみせるか。ハイゼンベルグ公ジェイクはあまりの射撃精度に思わず瞠目する。が、彼が本当に瞠目する事になるのは、この次の瞬間だった。
「ぐっ!? な……に……?」
何かが背中に激突した。ハイゼンベルグ公ジェイクは思いっきり地面に叩きつけられ、思わず肺腑の空気を吐き出す事となる。何が起きたかはわからない。が、何かが起きて思いっきり背中を打たれたのだ。
と、そんな彼に対して、千代女は容赦なく手持ち式のライフル型魔銃の照準をあわせた。その照準の速度たるや、早撃ちかと思えるほどだった。
「ハイゼンベルグ公!」
「す、すまん」
ハイゼンベルグ公ジェイクが地面に叩きつけられたのを受け、ソラが射線上に割り込む。そして、直後。彼の盾へと魔弾が激突し、閃光を上げた。鎧の性能さえフルに使ってなんとか割り込めた。千代女の早撃ちはそれほどの速度だった。
「ふむ……見えましたか?」
「……ああ」
千代女の言葉に、ソラははっきりと頷いた。何が起きたのか。それを彼ははっきりと見ていた。それは簡単だ。
(跳弾……だよな、今の)
ハイゼンベルグ公ジェイクの身に起きた事を、ソラははっきりと認識していた。ハイゼンベルグ公ジェイクは自身を狙う一撃を確かに避けた。が、千代女の魔弾はそれを読んでいたかの様に、遠くの壁に激突。反射して更に幾度かの跳弾の後、ハイゼンベルグ公ジェイクの背を直撃したのである。
決して、偶然などではなかった。明らかに狙い撃った様子があった。そんな千代女の魔弾を見ていた彼は油断なく彼女の一挙手一投足を確認しながら、ハイゼンベルグ公ジェイクへと問いかける。
「立てますか?」
「うむ……が、すまぬ。何かを仕込まれた。しばし全力は出せん」
あの魔弾に何か仕込まれていたか。立ち上がったハイゼンベルグ公ジェイクは僅かにしびれの残る手を握る。が、感覚は鈍く、全力は出せそうになかった。そんな彼に、千代女が呆れ返った。
「常人なら、立てぬのですが……立ちますか」
「毒か?」
「ええ……しびれ毒です」
「なら、些か耐性がある」
あの叛乱軍の時代。ハイゼンベルグ公ジェイクは拷問に掛けられ何度と無く毒を呷られ、死にかけた。それ故にこそ毒には耐性があったのだ。だが、それでもやはり毒は毒。完全に治癒するには時間が必要だった。
「ソラくん。しばらく、耐え忍ぶ方向にするぞ」
「うっす」
ハイゼンベルグ公ジェイクの言葉に、ソラが頷いた。時間はこちらに有利に働く。今皇都には近隣の基地から大急ぎで増援が向かっている。この中には<<無冠の部隊>>も含まれており、これが来れば如何に二人と言えどもどうにもならないはずだった。というわけで、大鎌から魔銃へと武器を切り替えた千代女とハイゼンベルグ公ジェイクとソラの戦いは更に続く事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1765話『幕間』




