第1763話 幕間 ――皇城の戦い――
ミニエーラ公国での一件を受けて調書を取る事になったソラ。そんな彼は外交を取り仕切るハイゼンベルグ家の調書を取り終えると、空いた時間を利用して皇城の中にある展示エリアへと足を伸ばしていた。そんな彼であったが、一時間ほど展示エリアを見て周りそろそろ帰るか、という段階でアラートが鳴り響くのを聞く。
「貴方が、協力してくれるという冒険者ですか?」
「はい」
「装備まで……これは。なるほど」
ソラの提示した各種の証明書の一つを見て、軍の女兵士が納得を示す。どうやら冒険部の事を聞き及んでいたらしい。ソラの早着替えに納得できた様だ。そんな彼女はソラの身分に納得すると、足早に踵を返す。
「こちらへ。案内します」
「はい……敵の数は?」
「敵は二人に、魔物が外に。襲撃者はどちらも女です」
「は?」
たったの二人でこの大陸最大の大国の首都の、最も警備が厳重な所に襲撃を仕掛ける。それはあまりにふざけた行動だ。が、それが出来るだろう相手に、ソラは覚えがあった。
「っ……奴らか」
「何かご存じですか?」
「……ええ。敵はおそらく……」
ソラが言うが早いか、少し遠くで戦闘の音が聞こえてきた。そうして駆け足でたどり着けば、既に戦いは始まっていた。
「やっぱ、あんたっすか」
「あら……これはあの時の……随分と成長なさいましたね」
「そっちは、変わりないみたいっすね」
一人には確かにソラは見覚えがあった。それは言うまでもなく吉乃だ。が、もう一人の白髪の美女には、見覚えがなかった。
「今度はこっちっすか」
「ええ。これが、あの道化師様よりのご依頼ですので……」
「っ……」
かつて刻み込まれた恐怖を思い出し、ソラがわずかに顔を顰める。だが、彼はそれに負けずに、しっかりと剣の柄を握る。
「さて……今回はお一人のご様子ですが」
「他は全無視っすか」
「あら、あら……有象無象なぞ数にも入りません。私にも、千代にも」
「……」
わかり切っていた事であるが、そもそも兵士たちはランクS級の冒険者に匹敵するどころかそれ以上の敵が攻めてくるなぞ想定していない。
いや、出来るわけもない。想定出来た所で答えは一つだ。対応なぞ出来ない。それに尽きる。故にこの場で戦力になり得るのは、正真正銘ソラ一人だった。
「ふぅ……」
どうやら、物凄いやばい戦いになりそうだ。ソラはただでさえ格上の相手が二人居る状況に、苦味を浮かべる。が、覚悟を決めるしかなかった。
「千代……殺さぬ程度に少し遊んで差し上げなさい。有象無象は私が」
「かしこまりました」
覚悟を決めたソラを見た吉乃の指示に、千代女が一歩前に出て虚空を右手で薙ぐ。すると、彼女の手に身の丈ほどもある大鎌が現れた。腰にも刀があったが、どうやらこちらは使わないのだろう。
「さぁ……はじめましょうか」
「っ」
やばい。千代女から感じる圧力は圧倒的に吉乃以上で、ソラは兵士達に相対する吉乃の妨害は叶わぬ願いと理解する。それどこりか、油断すれば死にかねない相手だった。
「すんません……そっち、一人行きます」
「いえ……一人なんとかしてくださるだけで、十分です」
ソラの言葉に、女兵士もまた覚悟と共に首を振る。そしてその会話の終わりが、戦闘の合図だった。
「ふっ」
先に地面を蹴ったのは、千代女だ。そんな彼女は一息にソラへと肉迫すると、まるで軽く首を刎ねる様に、大鎌を振るった。
「っ!」
一瞬で肉迫してきた千代女の大鎌に対して、ソラは僅かに屈んでそれを回避。そのままボディブローを叩き込む様にして、左手の盾の先端を向けた。
「あらあら。殺さぬ様に、と言ったのですが……」
「この程度で死ぬ様なら、御方には不要です」
ソラのボディブローをバク宙で回避しながら、千代女がクノイチさながらの冷酷さで告げる。そうして地面に舞い降りた彼女は、追撃せんと地面を蹴ったのはソラの上を飛び越えた。
「っ」
自らの頭上を通り超える千代女に、ソラが僅かに顔を顰める。わかろうものだが、そもそもソラと千代女では戦い方が違う。翻弄されるのは仕方がない事だ。が、それはソラとてわかっている。なので狙ったのは、分断だ。
「二対一なんてやってらんねぇから!」
ここまで読んでいたぞ。そう言わんばかりにソラが急制動を掛けて、その場で半回転。裏拳を千代女へと叩き込む。
「おらぁ!」
「っ」
流石に千代女も着地と同時の裏拳は些か対処しかねた様子だ。彼女は着地するなりその勢いを駆って倒れ込む様に屈んで攻撃を回避。さらにはその倒れそうになる姿勢を利用して地面を蹴り、強引に距離を取った。
「まぁ、及第点には達してますか」
「そりゃどう……もっ!」
後ろへ飛んで距離を取った千代女へと、ソラが再度肉迫して剣戟を叩き込まんと神剣を振りかぶる。が、その直前。彼が振り下ろすより早く、千代女が大鎌を振り抜いた。
「っ!」
振り抜かれた大鎌を見て、ソラは思わずその場で停止。そのおかげでなんとか大鎌で切り裂かれる事を避けられる。どうやらソラがほぼほぼ本気なのに対して、千代女はまだまだ余裕らしい。かなり手加減をしている様子が見えた。そんな彼女に向けて、ソラは尖った氷柱を発射した。
「ほぅ……」
放たれた氷柱を見て、千代女が僅かに片眉を上げる。その様子は僅かな感心という所だった。あのミニエーラでの一年で、ソラは様々な事を学んだ。結果、戦闘に若干だが魔術を織り交ぜられる様になったのだ。が、それ故にこそ、千代女は僅かにだが加速した。
「は!?」
「……さぁ、来なさい。果心様のご命令。遊んで差し上げましょう」
「……」
マジっすか。今の斬撃、全く見えなかったんですけど。ソラは頬を引きつらせながら、優雅に笑う千代女に対して内心でそうツッコんだ。間違いなく、自身なぞ比較対象にならないぐらい強い。ソラはそうはっきりと理解する。と、そうして攻めあぐねる事になるソラであったが、そこに思わぬ増援が現れる事となる。
「まさか、この皇城にまで攻め込める者が居るとは……三百年ぶりか」
「ハイゼンベルグ公?」
兵士の誰かの声が、ソラの耳に聞こえてきた。確かにソラも調書を取る際に彼が居る事は聞いていた。色々と手配するのに来ていたそうだ。そんな公爵が避難もせずに何故ここに。ソラにはそれしかなかった。
「ハイゼンベルグ公! 危険です! お下がりください!」
「ならぬ! 国の中枢たる皇城にまで攻め込まれ、我先に避難する貴族がどこにおろう! こここそ、我らエンテシアの貴族が最後の砦! ここに攻め込まれた時点でもはや貴族も兵士も無い! エンテシアの貴族たれば、ここに敵が来た時点で剣を持ち戦わねばならぬ! 逃げて良いのは陛下ただお一人! 一兵たりとも、ただ一人の貴族たりとも逃げる事は許されぬと心得よ!」
「「「っ!」」」
兵士の言葉を喝破したハイゼンベルグ公ジェイクの言葉に、兵士達が思わず目を見開いた。そして喝破した彼の腰には、使い古されてなお色褪せない一振りの両手剣があった。それを、彼が抜き放ち号令を掛けた。
「総員、奮起せよ! ここは我ら最後の砦! 陛下の御前! 敗北はあり得ぬものと心得よ!」
「「「おぉおおおおおお!」
ハイゼンベルグ公ジェイクの演説に、兵士たちが一斉に鬨の声を上げて気勢を漲らせる。そんな圧には、流石に吉乃も千代女も僅かに目を見開いた。
「流石は、という所でしょうか。この国では御方と同格の英雄と言われるだけの事はある……」
「ふふ……殿のかつてを思い出します。千代。あの方とあの少年は貴方に任せます。遊んで差し上げなさい」
「かしこまりました。遊んで、差し上げましょう」
どうやら二人はまだ本気にはならないらしい。が、それでも先程までとは風格が違った。
「さぁ……隠り世はここに。ここはげに恐ろしくも美しい幽玄の園」
吉乃の声に合わせて、皇城の入口区画に墨染の森が現れる。そしてそれに合わせて周囲はどこかノスタルジックさを感じさせる色褪せた様相に様変わりした。
『「さぁ、はじめましょう」』
吉乃の姿がまるでフィルムの映像がぼやける様にぼやけ、声がどこからともなく響く。それを受け、近衛兵の一人が声を張り上げる。
「気を付けろ! 幻術だ!」
『「そう、これは幻……ですが影ある幻。ゆめ、単なる幻なぞと思いませぬよう」』
少し楽しげに、吉乃は兵士達に向けてそう告げる。そうしてそんな彼女の一方、千代女は墨染の森の中のひらけた場にて、ソラとハイゼンベルグ公ジェイクと相対していた。
「ほぅ……儂もこちらとは」
「ご命令です故……この千代めが遊んで差し上げましょう」
楽しげに笑う千代女に、ハイゼンベルグ公ジェイクがどうやら中々に強い相手らしいと悟る。そうして彼は剣を抜いて、ソラへと問い掛けた。
「ソラくん。行けるな?」
「あ、は、はい……いや、その……自分は良いんですけど……」
「む?」
魔力量であれば、ソラは数ヶ月前の彼を基準にすればまだまだ全快状態を上回った所だ。もちろん、体力・精神力共にまだ余力たっぷりだ。なので彼の言葉に嘘はない。が、彼が言いたいのはそこではなかった。
「だ、大丈夫……なんですか? いえ、強いとは聞いた事があるんですけど……」
「ああ、儂か。むぅ……聞いておらんのか」
「はぁ……」
一応聞いてはいたものの、ハイゼンベルク公ジェイクはどう見ても老齢――ソラは彼が若返れる事を知らない――だ。幾ら強いと言われても、年による衰えはある。それを心配するソラは、不満げに口を尖らせたハイゼンベルグ公ジェイクの言葉に生返事だ。
が、そんな彼は、まるでこれが答えとばかりに千代女へと斬りかかった。それも、おおよそソラの出せない様な速度で、だ。
「……へ?」
「ほぅ……」
「些か鈍ったかな?」
その行動への反応だが、これは三者三様に分かれた。ソラは明らかに自分より上の腕に驚き目を瞬かせ、一方ハイゼンベルグ公ジェイクの刃を止めた千代女は感心し、一方のハイゼンベルグ公ジェイクは楽しげだった。そうして、瞬く間に数十の剣撃が迸った。
「「っ」」
二つ分の吐息が漏れ、両者が距離を取る。そうして大きく距離を取ったハイゼンベルグ公ジェイクは、ソラの真横に着地して告げた。
「どうかな? これでもまだ儂の腕を疑うか?」
「い、いえいえいえいえ! む、無茶苦茶強いじゃないですか!? ランクS級ぐらいありましたよ!?」
あっれー。この人、龍族としても結構な年じゃなかったっけ。どこか得意げなハイゼンベルグ公ジェイクに対して、内心で仰天するソラが慌て気味に称賛を口にする。これは本当に素直な称賛だった。
「まぁ、ここしばらくは目立った戦には立っておらんかったが、これでも二つの大戦を生き延びておる。烈武帝陛下が孫を頼む、と仰られねば、本来は儂が主力を率いるはずじゃった」
「……」
どうやら、英雄は老いてなお健在らしい。ハイゼンベルグ公ジェイクの言葉に、ソラは素直にそう思う。事実、本来は彼も三百年前の戦いでは主力の一人になれた。
が、彼が出るタイミングで烈武帝が反撃に出て皇都の守りを任され、その敗北の立て直しが軌道に乗りはじめた頃に親友であったアウラの父母が、そのあと少しで歳の離れた親友と言えるヘルメス翁が死に忘れ形見となったアウラの面倒を見なければならなくなり、と表舞台には立てなかっただけだ。
更にはカイトによる皇都救援以降はカイトやウィルの後方支援で、と彼の功績が語られる事は少ない。が、皇都をウィルと共に最後まで守り抜いた彼が弱いわけがなかった。
「さて……ここは我ら最後の砦。が……」
切り札は最後の手段。ハイゼンベルグ公ジェイクはまだまだ手札を隠し持つ事にする。そうして、勇者一行の知恵袋の師が加わり、戦いはさらに激化していくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1764話『幕間』




