第1761話 幕間 ――残されし者たち――
ティナが自身の出生を遂に知る事になった一方、その頃。遠く離れた皇都では、ハイゼンベルグ公ジェイクが大慌てでいろいろな手はずを整えていた。それは表向きのハイゼンベルグ公ジェイクとしてティナの出生と関係のない所から、裏では関係のある事まで様々だ。故に彼の仕事は大忙しで、ソラが待たされる事になったのも無理はなかった。
「ふぁー……これすっげー……」
ハイゼンベルグ公ジェイクに待たされるソラは、控室を見ながらただただ呆然となる。そもそも相手は大国の最上位の貴族。普通ならソラの身分では通される筈がない。が、少しの理由から彼が皇都に来ていたハイゼンベルグ公ジェイクに呼ばれた為、結果的にここに通される事になったのだ。そうして、待つ事暫く。ハイゼンベルグ公ジェイクが現れた。
「っ」
「いや、立たずとも良い。すまんな、待たせた」
「いえ……現状、お忙しい事かと思いますので……」
仕方がない事だろう。言外にそう述べたソラに、ハイゼンベルグ公ジェイクが小さく頭を下げた。
「理解、痛み入る。それと、もう一つ。これは儂の意図した所ではなかったが……カイトよりも許可を得ている。詳しく話が聞きたい。先のミニエーラでの事から、今回の彼奴らの襲撃に関して。何か思い当たる節があれば、少しでも良いので聞かせてくれ」
「はい」
ハイゼンベルグ公ジェイクの求めに、ソラは一つ頷いた。今回、彼は体調がかなり復調したという報告を受け、ミニエーラ公国の一件の意見聴取に協力するべく皇都に呼ばれていたのだ。が、そこで今回の一件に巻き込まれたのである。そうして、そんな彼は事の発端となる数日前から思い出す事にするのだった。
事の発端は数日前。マクスウェルに残るソラは、ミニエーラでの一件で負った傷を癒しながら、冒険部の統率を担う日々を送っていた。そんな彼だが、この日は午前中に冒険部のギルドマスター代理の業務をこなすと、午後からは精密検査となっていた。
「……どう、っすかね?」
「……そうねぇ……ん、これならほぼ元通りと言って良いでしょう」
「しゃぁ!」
自身の診断結果を精査していたミースの返答に、ソラは大きくガッツポーズをする。流石は剣と魔法の世界なのか、それともソラの若さ故か。およそ一ヶ月程度でソラは完全復活を遂げる事となる。そんな彼に、ミースが笑った。
「感謝しておきなさい、貴方の奥さん達に」
「え、いや、その……奥さんはその……」
「恥ずかしがらない。貴方、気付いてないかもだけど、二人が作ってくれてた料理。あれ薬膳料理だからね? どれだけ二人が心配してくれて、尽くしてくれたかしぃっかり理解しなさい。予定より大きく復活が早かったのは、私じゃなくて二人のお陰よ」
「あ……はい」
強く念押しするミースの教えてくれた事実に、一度は恥ずかしがったソラだが一転して真剣な顔で頷いた。それだけ愛されているぞ、という事だったのだろう。
「よろしい……さて。これで後は身体を慣らしていくだけだけど……そこはもう医師の出番じゃないわね」
「うっす」
身体は元通りになっても、休んでいた間で鈍った感覚が元通りになったわけではない。そこはこれからソラが取り戻していく事だ。それは彼もわかっており、ただ頷くだけだ。そしてそれ故に、彼が問い掛ける。
「じゃあ、もういつも通り依頼に出ても良いんっすか?」
「そうね。医師としては、患者が回復している以上、止められる道理は無いわ。ただ、今の貴方がギルド本部を統括している事を忘れなければ、だけど」
「そりゃ大丈夫っす。忘れたらお師匠さんに後で何言われるかわかったもんじゃないんで」
「そう。なら大丈夫ね」
笑って明言したソラに、ミースもまた笑う。そんな彼女は内心でこの様子なら精神面も大丈夫だろう、と考えていた。というわけで、そんな彼女の許可を得てソラは執務室へと戻る。そうして戻って彼がふと思うのは、随分と様変わりしたな、という事だった。
「はー……」
「どうしたの、急に」
「いや、今改めて入ってみてさ。随分変わったなーって」
「何が?」
ソラに代わって書類仕事をしていたトリンが帰るなり唐突なソラに首を傾げる。そんな彼に対して、ソラはもう随分と昔に思える様になったからこそ、それを口にした。
「ほら、俺一応最初期からここに居るんだけどさ。ふとその時の事思い出した」
「……うん。だから?」
「いやさ。その頃って俺まだサブマスじゃなかったし、こんな風にザ・異世界って感じでもなかったんだよ」
「あー……」
トリンも言われて気付いたらしい。彼にとってはこれが常だったが、最初期には人間しか居なかった。それが今ではトリンの様な珠族までいる、ある意味では普通のギルドと大差が無くなり始めた。拠点が拠点故と指導者が指導者故に入団希望者もうなぎ登りに近く、正しく新進気鋭と言える状態だ。
それに合わせてなのかそれともカイトの運命故にか上層部にも異族は増え、更にはカイトの人徳か街の子供達も頻繁に来る。結果、かつてとは全く変わった様子を見せていたのである。
「ま、そりゃ良いか。トリン、何か変わった事あるか?」
「いや、無いよ。そう何時も何時も変わった事が起きてもね」
「確かに」
トリンの返答に笑って頷いたソラは、自身の席に座る。なお、そんな彼がサブマスターに就任したのは、瞬の推挙によるものだ。
やはり戦士として前線を進む瞬だ。更には当時の事も相まって、指揮能力は低下していた。そこに最初の遠征隊を十分に指揮した事があって、ソラをサブマスターに推挙したのであった。そんなソラに、トリンが問いかける。
「あ、そうだ。一応聞いておくけど、医師からの完全復活認定で良い?」
「あ、おう。何かあったっけ?」
「ほら、先週ハイゼンベルグ家から、体調が戻り次第一度皇都に来て欲しい、って言われてたでしょ?」
「あ、そういやあったなぁ」
やはりミニエーラ公国の一件は世界的な事件となった。それ故に事件の対応は皇帝レオンハルト直々の命令で五人の公爵達が担う事となり、外交関連であればやはりハイゼンベルグ家が取り仕切る事になったのだ。後はリデル家がその補佐で、何かがあれば他の三家も協力する、という所だった。
「で、復調したならそっちの手配も整えないと。まぁ、日帰りは無理でも一泊か二泊でなんとかなると思うよ」
「そのかわり、みっちりになりそうだけどな」
「あはは。多分ね」
適時呼び出される代わりに何度も続くのと、一度で終わる代わりに長時間拘束されるの。どちらが良いか、と言われると反応に困る所ではあった。が、今回ソラ達はこの後者を選んでいた。
「予定の調整とか任せて良いか?」
「あ、そっちはもうマクダウェル家と進めてるよ。一応今日で医師から完治の判断が下るはずだからって」
「お、おう……」
やはり兄弟子は兄弟子という所らしい。すでにソラの数手先を読んで行動している様子だった。
「え、えーっと……それならいつの出発になりそうなんだ?」
「三日後、かな。その頃には楓さんも戻るから」
「オッケ。了解」
やはりソラはサブマスター。責任ある立場だ。抜けるのなら抜けるで色々としないといけなかった。なお、楓は現在少し遠方まで色々な仕入れの為、遠征している所だった。それが帰り次第引き継いで、というわけだろう。
「さて……おっし。やるか」
可能なら思いっきり暴れまわりたい所であるが、それは後回しだ。やる事をやってから、である。そうして彼は一度書類仕事を終えて、改めて訓練場へと向かう事にするのだった。
さて、ソラの完全復活から数日。数度軽い依頼をこなして鈍った感覚を整えていたソラであるが、この日は朝から忙しかった。
「えっと……身分証良し。皇城への入城許可もある。着替え一式も問題無し……と」
「書類はこっちで整えたよ。一応、これを向こうに渡せば話は早く進むはずだから、渡しておいて」
「オッケ。サンキュ……良し。書類も入れた、と」
トリンより渡された種類を専用の書類入れに入れ、ソラは一つ頷いた。後はこれをアタッシュケースに入れれば、完了だ。
「おし……最後。時間……一時間前。問題無し」
ここから空港まで、最悪は冒険者の足で急げば五分も掛からない。今回は国内の移動、マクダウェルと皇都という大都市間での移動となり、しかも身分がきっちりと担保されているソラだ。なので手続きなどもすぐに終わる予定で、十分に余裕を持って動けているだろう。というわけで支度を確認したソラは、一つトリンに告げた。
「んじゃ、行ってくる」
「うん。こっちはとりあえず任せておいて」
「おう……じゃあ、由利もナナミも、行ってくるなー」
「はーい」
「はい、いってらっしゃい」
ソラは最後に相棒と恋人達に出立を告げると、空港へと向かうことにする。今回は一泊二日だし、戦闘はない見込みだ。なので一応は修繕が終わった武器防具一式をブロンザイトとの旅路の時同様に忍ばせているだけで、荷物は必要最低限だった。
「えーっと……とりあえずカウンターで申請済ませて、と」
今回は皇国側が呼び出した形だ。なのでソラは皇国側が用意してくれたチケットを使って、飛空挺に乗り込むだけでよかった。
「ふぅ……」
というわけで、一時間後。彼は手配された飛空挺の中で一息ついていた。一応観光客や移動の冒険者に混じっての移動だ。カイトなら専用機が用意される所であるが、そこらは扱いの差が出ていた。
「どうすっかな」
自席に腰掛けるソラが思うのは、これからしばらくの事だ。一応雑誌は用意してきたし、少し割高にはなるが飛空挺の中にある売店で暇つぶし用品は揃う。ミニエーラ公国から見舞金と賠償金で少なくない額をもらった彼にとって、それも手だった。と、そうしてとりあえずは自分で持ってきた雑誌を読んでいたソラであったが、そこに唐突にアラートが鳴り響く。
「ん? あ……そうだったーっと」
アラート音に僅かに響めきが生まれる飛空挺の中であるが、一方のソラは楽しげだった。というのも、わざわざ暴れられる相手が来てくれたからだ。そうしてそこに、艦内放送が鳴り響く。
『魔物の襲撃を受けています。戦闘が可能な方はご助力をお願いします』
「しゃあ!」
これで合法的に暴れられる。ソラは顔に喜色を浮かべ、久方ぶりの大規模な戦闘に参加し、そのあとも何度か続いた戦闘に欠かさず参加して、まるでここ一年の鬱憤を晴らすかの様な暴れっぷりを見せ付けるのだった。
本年も一年、お読み頂きありがとうございました。
明日からの2020年もよろしくお願い致します。では、良いお年を。
次回予告:第1762話『幕間』




