第1760話 ルクセリオン教国 ――時限爆弾――
宗矩との戦いの敗北の後。ルーファウスと久秀の戦いに増援としてやってきたカイトとティナであるが、その戦いもまだまだ序盤という所でサーバールームへと入っていた道化師が現れる。
そんな彼の威圧によりルーファウス以下教国の騎士達は揃って動けなくなり、カイトも怪我の状態を鑑みて手出しをしないまま、道化師は何らかの報告を受けて久秀と共に去っていった。そして、その後。一度は戦う意志を見せながらも去っていった道化師に、騎士達は揃って膝を屈した。
「……あれが……<<死魔将>>……」
何百人ものランクSの冒険者を相手にして、怪我一つ負う事のなかった最強にして最悪の四人。その一人。しかも、道化師は四人の中で最弱という触れ込みだ。なのに、誰もが足が竦んで動けなかった。
「誇張では……無かった……あれが……あれこそが……」
<<死魔将>>。本来は<<四魔将>>と言いながら、あまりの強さに<<死魔将>>と呼ばれる様になった四人の魔将。最凶最悪の魔王ティステニアの配下の中でも桁違いの者たち。それが一切の誇張ではなかった事を、騎士達は心底理解した。
「……立てるか?」
「……ああ。すまない」
全員が膝を屈した中、カイトの手を借りてルーファウスが何とか立ち上がる。そうして彼は立ち上がったわけであるが、膝は笑っていた。
「っ……」
「無理そうか。ルーファウス、悪いが、こちらの守りを任せたい」
「カイト殿は大丈夫なのか?」
「二度目だ。耐性はある」
ルーファウスの問い掛けに、カイトは道化師との遭遇が一度目ではない事を思い出させる。あの最初の一手に天桜が選ばれたのは、誰もが知る所だ。ソラと共にカイトもまた遭遇した事になっており、二度目と言っても通じたのである。
「そうか……それで、どうすれば良い?」
「ここの守りを頼む。先に何が仕掛けられているか。もしくは何も仕掛けられていないのか。破壊されたのか、なんかを調べないといけない」
「……申し訳ない。本来はさほど怪我をしていない俺たちがするべき事なのだが……ははは。足がまともに動かない」
カイトの返答に、ルーファウスが非常に珍しい様子で笑う。どうやら、彼も平然とはならなかった様子だ。
「それで良いさ。あれはヤバイからな……ティナ。行こう」
「うむ」
ルーファウスの苦し紛れの冗談に一つ笑ったカイトは、ティナと共にサーバールームへと向かう。そうして背後で扉が閉じたと同時に、二人は仕掛けられていた時限爆弾の存在を知る事となった。
「……なん……じゃと……?」
「何を……考えてやがる!?」
サーバールームにあったのは、おそらく道化師が情報を消すために使ったと思しき小型のモニターだ。だが、それが時限爆弾ではない。モニターに映っていた映像こそが、時限爆弾だった。
「……これが……ユスティーツィア殿じゃと……? そして……余の母……じゃと……?」
「……」
自身に瓜二つの女の映像に絶句し困惑するティナに対して、カイトは苛立ちと共に苦味を隠せない。そもそも彼らとて隠したい筈だ。なのに何故か、ここで暴露したのだ。何故か理解が出来なかった。
(何が目的だ? これは何の意味がある。しかもご丁寧にティナの母と明記だと? ふざけるなよ……)
カイトが睨むのは、道化師の残したもう一枚の写真。そこに映っていたのは、ティナとその両親。これがモニターには映されていた。
「カイト。これは一体……」
「……分からん」
嘘は言っていない。何がなんだかさっぱりなのは彼も一緒だ。が、その返答で、ティナはカイトのわからない、が別の意味である事を理解する。
「……何をお主は知っておる?」
「……」
どうするべきか。カイトは長い時間、考えたかった。だが無理だ。その時間はない。後ろにはルーファウス達まで居て、いつ来てもおかしくない。故につい彼は思わず声を荒げた。
「あー、くそっ! ちょっと待て! ホタル! 皇国の爺に繋げ!」
『爺、と申しますと?』
「ハイゼンベルグ公だ……何があっても最優先で繋げ。戦闘中だろうと、葬式だろうと会議中だろうと繋げ」
『了解』
何がなんだかはわからないが、それが主命なのだ。であれば、ホタルに否やはなかった。そうして、数十秒。通信機にハイゼンベルグ公ジェイクが出た。
『なんじゃ! 今こちらは大忙しじゃ! わからぬではなかろう! 大した用事でもなけれ』
「うるせぇ! 黙って聞け! そっちよりこっちはマジでやべぇんだよ!」
『……よほどか?』
「……最悪中の最悪だ。教皇が死ぬより最悪だ」
カイトのあまりの剣幕に、剣呑な雰囲気を出していたハイゼンベルグ公ジェイクがよほどがあったと理解したらしい。そうして、そんなカイトの言葉で、ハイゼンベルグ公ジェイクは全てを理解し、顔を青ざめた。
『……まさか』
「……道化の野郎が時限爆弾を残して行きやがった。それも特大の、な……完膚なきまでに言い逃れが出来んほどにはっきりと、ユスティーツィア殿とイクス……そしてそれに手を引かれた幼少期のティナが映っている。それもティナの目の前に、だ」
『なぁ……』
まさかそこまで最悪の事態とは。ハイゼンベルグ公ジェイクは到底想定していなかった事態に、言葉を失った。が、それはカイトも一緒だ。そんな二の句が継げない二人であるが、そこにティナが割り込んだ。それも相当な剣幕で、である。
「……カイト。いい加減、余に語らぬか。流石に、如何にお主とはいえこれに関しては謀る事は許さんぞ」
「……わかってる。言い逃れはせん……だが、少しだけ時間をくれ」
「ならぬ!」
どんっ、とティナの身体から猛烈な圧力が放出される。何がなんだかわからないのは彼女も一緒だが、何よりカイトが自身の両親を知りながら隠していた事が我慢ならなかった様子だ。そんな彼女の言葉はあまりに尤もで、それ故にカイトは一切その圧を防ぐこと無く、その身を晒す。
「……落ち着け、と言っても無駄だろうが……全てを語るには、人が足りない。オレもお前を守ると決めてから、又聞きでしか知らないんだ」
「……本当、じゃな?」
「ああ……誓うよ。そして、オレが言えるのは一つ。お前に隠してくれ、と頼んだ相手だ」
「……」
聞かせてくれ。無言でティナはその相手とやらを促した。それに、カイトが口を開く。
「……イクスフォス・エンテシア……お前の父親だ。彼が、今はまだ自分が生きている事を隠してくれ、と頼んだ」
「余の父……が?」
「ああ……詳しい話は、とりあえず後にしよう。今は目的を果たすべきだ……だろ?」
「……うむ」
色々と疑問は尽きない。が、公私は分けるべきだ、というのをカイトに説いたのは他ならぬティナ自身だ。故に彼女はカイトと共にサーバールームに通信用の魔道具を仕掛け、施すべき全てを施してルーファウス達と合流するのだった。
さて、それから一時間。カイトはリーシャの下に連れて行かれると、治療を受ける傍らでティナと話をしていた。
「……なぁ、ティナ。昔の事だが……覚えてるか?」
「……何をじゃ?」
「どうして自分の封印の場所がわかったのか、って」
「聞いたのう」
昔々、大昔の事だ。ティナが復活してしばらくの頃、彼女はカイト達に問いかけた事がある。どうしてクラウディアが百年掛けてようやく見つけ出せた自分の封印の地を、たった数ヶ月で見つけ出して封印を解除出来たのか、と。
それにカイトはこう答えた。大精霊の力があれば余裕だ、と。これをティナはしきりに疑問に思っていた。自分の義弟はその程度の事も想定していなかったのか、と。だが、口にする事は大精霊達への不遜にもなってしまう。故に思うだけで、その当時は口にはしなかった。
「……イクスに。お前の親父さんに頼まれたんだ。ティナを助けてくれって」
「……何故、自らで助けにこなんだ?」
「……一つは、出来なかったというしかない。そうだな……お前は知らないもんな……」
どこか悲しげに、カイトは自分にとっては当たり前の事で、ティナにとってはあまりに知らない彼女の父の事を思う。そうして、彼はゆっくりと語り始める。
「彼に特殊な才能はあっても、ルイスみたいに万能じゃない。お前の封印なんて彼には解けないんだ……だから、オレの所に来た」
「何故お主の所なんじゃ?」
「……少しの理由がある。まず第一。わかろうものだが……お前の封印を解けるのが、あの時点ではオレぐらいなものだったから、と言えば良いだろう」
「ふむ……確かに、それは正しいじゃろうな」
考え得る限り、あの時代に自身の封印を真正面から解けたのはカイトだけだろう。ティナは大精霊達を全て従えるカイトを思い、そう断言する。自身に施されていた封印はまず間違いなく、普通にしていれば決して解除なぞ出来ない領域だった。可能性があるとすれば、彼女が内側から解除するぐらいだろう。
が、それが望めないのであれば、後は大精霊達全て――高位の四人を含む――の力を借り受けた上での強引な力技ぐらいしか考えられない。そして現にカイトはそうした。まぁ、それをクラウディアに勘違いされて戦いに発展したのだ。これはやむを得まい。
「それに後は……多分ハイゼンベルグの爺だな。彼は常にお前の親父さんと繋がって、お前の動向を報告していた」
「……なるほど。それで……」
どうやら、時折ハイゼンベルグ公ジェイクが自身を見るどこか含みのある視線には気付いていた様だ。それが敬愛する主の子であるのなら、と考えれば納得も出来たようである。
「……教えてくれ。何故、余は捨てら」
「違う。間違えないでくれ……お前は捨てられたんじゃない」
捨てられた。そう言おうとしたティナの言葉を遮って、カイトが口を挟む。そうして、カイトは一度周囲を見回してリーシャが居ない――治療用の薬を取りに行った――のを確認し、口を開いた。
「……これは。これはハイゼンベルグ公ジェイクやその他多くの初代達さえ知らない事だ」
「それを何故お主が知っておる」
「イクスにそれを教えた人物から聞いた……お前が<<例外存在>>となった理由の事だ」
「っ! お主は余が<<例外存在>>となった事情を知っておるのか!?」
さしものティナも、カイトが<<例外存在>>となった理由を知っていると言われては困惑するしか無かったようだ。そも、<<例外存在>>とはどうやって生まれるかさえ不明だった存在だ。
が、ティナにもわからないではない。なにせカイトはこの世で最も世界の真実に近い男だ。<<例外存在>>について自分以上に詳しく知っていても不思議はなかった。
「ああ……<<例外存在>>ってのは、な。本来は生きてちゃいけない奴が生まれる事で出来る存在だ。世界にとっての例外。存在し得ない存在。それ故の、例外……<<例外存在>>」
「<<例外存在>>が……」
カイトから語られた真実に、ティナが目を見開いた。そしてそれはつまり、彼女は本来は生まれてくる事の無かった生命という事だった。
「……七百年前。お前も知っていると思うが、お前の母ユスティーツィア殿は最後の戦いでコアを全損し、生死の境をさまよった。いや、実際後一歩で死ぬ所に至っていた」
「それは知っておるよ……いや、そうか……その時、ユスティーツィア殿……母は余を孕んでおったのか」
「ああ……だが、彼女は……レヴァ……レヴァイアサン。最後にして伝説の古龍により、救われた」
「そして、余もまた助かったか」
「ああ」
ティナの言葉に、カイトははっきりと頷いた。レヴァイアサン。その彼の力は、生死の理を正すこと。それ故、逆に彼はそれを乱す事も出来た。それを、彼はしたのだ。その結果、彼は気付かぬ間にティナも助けたのである。
「そうして、世界の法則の乱れによりお前は<<例外存在>>となった」
「……」
もうおおよそがティナには理解出来たらしい。そもそも、イクスフォス自身が半ば世界の法則から外れた存在だ。それは彼女の叔母を知っていれば、簡単に理解できた。彼女もまた生まれながらの<<例外存在>>だ。
が、彼女の場合は一族の特異性故に、という所だ。こちらは生まれてはならない、とは少し違うが性質が一緒故に、<<例外存在>>と言われていた。
「……そして、あまりの強さを秘めた余は幽閉された、か」
「……ああ。信頼出来る伝手……つまりは」
「もう良いよ。おおよそ、余も理解出来た」
やはり知能であればカイトを大きく上回るティナと言える。ここまでの所でほぼ全てを理解した様だ。そうして、後は帰還してから詳しく話す――そもそもハイゼンベルグ公ジェイクは皇都の復旧で忙しい――事となり、今はひとまず怪我の治療に専念する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1761話『幕間』




