第1759話 ルクセリオン教国 ――不明――
中央研究所の地下にある実験エリアで行われた、カイトと宗矩の戦い。それは半ばカイトが押した展開になるも、最後の最後で自らの心情を自覚した宗矩の飛躍により、カイトが袈裟懸けに切り裂かれるという結末となる。が、そんな壮絶な戦いを経験させてくれた礼と彼を殺さぬまま、宗矩は立ち去っていた。そうして、宗矩が立ち去った後。カイトは騎士達に肩を借りひとまず一息入れていた。
「大丈夫か、冒険者」
「あはは。大丈夫に見えます?」
「それだけ言えれば、大丈夫だろう」
カイトに肩を貸した騎士の隊長は彼の返答に一つ笑い、ゆっくりとその場に座らせる。そうして、彼は即座に後ろを振り向いた。
「おい、急いで包帯を持って来い!」
「あ、はい!」
「悪いな、手助けしてやれなくて……」
「いえ……宗矩殿は安易に手を出して良い相手じゃない……手を出した所で、死ぬだけです……すいません、そこの通信機を取ってもらえますか?」
カイトはなんとか残る力を振り絞りながら、倒れた反動で外れたヘッドセット型の通信機を指差した。それを、騎士の隊長はカイトへと手渡す。
「これか?」
「ありがとうございます……それと、後は大丈夫です。回復薬と包帯だけそのままに、行ってください」
「は?」
血まみれの手でヘッドセットを取って耳に装着するカイトの言葉に、騎士の隊長が思わず目を見開いた。どう見てもカイトの怪我は軽いものではない。下手をするとこのまま死にかねない。が、それにカイトが強い意志を滲ませる。
「……まだ、敵はあの先に居ます。前の経験から今の相手よりは弱いでしょうが……それでも、ルーファウス一人では苦戦しているかもしれない。急げば、まだ間に合う」
「っ……」
自分達よりずっと大局的に物事を見ている。騎士の隊長はカイトの目を見て、思わず気圧される。が、やはり騎士として、怪我をしている者を置いていく事は許容出来る事ではなかった。
「わかった。進もう……だが、君を一人置いていく事は出来ない。騎士としての道義に反する。おい! っ!」
「……必要ありません。通信機を取ったのは、救援を呼ぶ為です……それまで保てば良いだけです」
「……そうか」
それが真実かどうかはわからないが、騎士の隊長もカイトの言葉に一つ頷いて覚悟を決める。そうして、彼は立ち上がった。
「死ぬなよ、少年」
「死にませんよ……応急処置が間に合えば、オレも行きます。お気を付けて」
「ああ……総員、彼は置いてルーファウス卿を追う! 急ぐぞ!」
「「「はっ!」」」
カイトの覚悟を受け、騎士の隊長が声を張り上げて急いで奥へと進んでいく。その一方、彼らを見送ったカイトは僅かに前のめりになりながらも、通信機を起動。即座に本陣へと連絡を取った。
『はい、マスター』
「ああ、オレだ……ティナに至急接続してくれ」
『了解』
カイトの通信を受け取ったホタルが即座にティナへと接続する。
『なんじゃ。データ回収、開始出来そうか?』
「いや……ちょいトラブった。現在ズタボロ。回収望む」
『む……なるほど。そういう事か』
どうやらティナにはカイトの敗北が思い当たる節があったらしい。
『巴とやらが退いたのはそれ故か』
「あっははは……無刀取りはガチでチートだわ……」
なるほど。確かにこの世で最も有名な奥義の一つと言える。カイトは自らの身に受ければこそ、そのチートっぷりをはっきりと認識していた。
「で、結構きついのでさっさと救援プリーズ……今ならお前も合法的に奥に行けるぜ……」
『はぁ……しゃーないのう。ホタル、データの回収の手配をお主に任せる。カイト、お主は包帯を』
「もうやってるよ」
兎にも角にもカイトが大怪我したまま放置、というのはありとあらゆる面でティナも避けたい事だ。なので早々に飛空艇を飛び立った。そうして、十数秒。ティナがカイトの横に現れた。
「まーた、こりゃ……久方ぶりにズタボロじゃのう。勇者カイトであれば、大騒動に発展しかねん負けっぷりじゃ」
「うるへー……こっちに帰ってから初の敗北ですよーだ……」
どうやら血が流れた事で相当頭が朦朧となっているらしい。ろれつが中々に回っていなかった。
「はぁ……ガチチートはイクナイと思うのですよ……いってぇ!」
「喋っといて良いから、ひとまず縛るぞー」
「縛りながら言うな……ぐぇ……」
ぎゅっぎゅっ、と慣れた手付きで自身へと包帯を巻き付けるティナに、カイトは盛大にしかめっ面だ。まぁ、包帯には回復薬を浸していたので、応急処置にはなるだろう。が、鎮痛剤なぞ無いので非常に痛い様子だった。というわけで、数分後。あっという間に包帯で応急処置を施されたカイトが出来上がる。
「……あー……何年ぶりかね、戦場でボロボロになったのは……」
「さてのう。地球じゃ戦闘じゃボロボロになっても戦場でボロボロは無かったかのう」
「ふぅ……やるしかないか」
ティナの雑談をよすがに意識を保ち、カイトはなんとか立ち上がる。
「まだお主、行くつもりか」
「行かにゃなるまいよ。まだ、戦える。気付け薬はなんとかなってる」
「ま、しゃーない。お主の場合、そのボロボロ状態でも大抵の敵は倒せるからのう」
「嫌な話だ」
強すぎるというのも考えもの。この状態のカイトだろうと、おそらく本気になれば一国を片手間に滅ぼしてしまえるだろう。というより、彼の本領は単なる出力だ。ぶっ放せば良いだけの話なので、怪我をしていようとコアさえ無事ならさほど問題にはならないのである。
「さて……行くか」
「うむ。ま、お主は今回は前線で敵を抑えれば良い。余が狙撃しよう」
「あいよ、昔に戻ったわけね」
昔は強敵を前にすればカイト達が時間を稼ぎ、ティナが魔術でぶっ放すという事が常だった。その頃に戻ったかの様で、彼は少し楽しげだった。そうして新たに出来ていた通路をしばらく進むと、戦闘音が聞こえてきた。
「おぉおぉ、ド派手にやっておるのう」
「そりゃ、久秀の奴は派手好きだからな……さて」
「うむ」
ティナとカイトは一つ頷き合うと、一つ手を鳴らして一気に駆け出す。そうして少し走ると、あっという間に少し開けた場にたどり着いた。
「誰だ!?」
「カイト殿!? 無事だったのか!?」
騎士の誰かが誰何する声を聞いたルーファウスがカイトに気付いて、思わず声を上げる。騎士の隊長よりカイトが瀕死の重傷を負って回収待ちと聞かされたらしいが、それが平然と立っていたのだ。驚くのも無理はない。そして同じく、その声で更に奥に続く扉を守る久秀もまたカイトに気が付いた。
「おぉ、御大将。負けたって聞いたけど無事じゃないの」
「あっははは。なんとかな。見ての通り無事じゃないが……で、久秀……お前、まーた派手にやってるじゃねぇか」
「あっははは。いやぁ、これがお仕事ですし? やり方はご自由に、と言われている以上は好きにさせて貰わねぇと損じゃねぇのよ」
「それはそれは……で、まーた随分と面白いおもちゃを貰ったみたいだな」
楽しげな久秀に応じ笑ったカイトであるが、そんな彼が見たのは教国有数の騎士達を食い止める魔物の群れだ。が、どれもこれもがきちんとした武装を装備しており、一見すると魔物に近い見た目の魔族にも見えた。と、そんな魔物たちに対して、久秀が一つ指をスナップさせる。
「ほい、ひとまず整列」
久秀の号令に合わせて、魔物達が戦闘を中断し彼の前に整列する。その姿は非常に整っており、軍隊を想起させた。
「ま、大将の知ってる俺の兵士達よりかは、練度は落ちるが。戦闘力としちゃ抜群だ」
「そうかい……にしても、お前が更に奥に居ると思ったんだがね」
「この奥かい?」
カイトの言葉に久秀が笑って後ろ手に自分が守る扉を指し示す。今の所、侵入者は二人と聞いている。なので当然彼がサーバールームに入っていると思っていたのだが、この様子だと三人目が居る様子だった。
「ま、今回の案件はどうしても道化師さんが自分で行くって言って聞かなくてね。貴方も見ないでくださいね、って俺も外さ」
どうやら道化師も来ていたらしい。久秀が笑いながらはっきりとそう明言する。と、そんな会話を繰り広げる一方、密かに怪我をした者たちの治療に務める騎士達の中から、ルーファウスがカイトの横に進み出る。
「カイト殿。怪我は大丈夫か?」
「大丈夫に見えるのなら、ヤバいぞ」
「……行けるのか?」
「数体なら、な。ま、それにこうなる可能性は見切った上で、ティナも連れてきた」
「ユスティーナ殿を?」
「うむ。ま、余も久方ぶりの前線じゃ」
ティナの実力をルーファウスが見た事は殆どない。一応カイトが切り札と頼むぐらいだ、という認識はあるが、その実力を目の当たりにした事はほとんど無いのだ。故に強いとは思っても、どれほどのものかは定かではない、というのが彼の正直な所だった。
「ルーファウス。お前はさっきからと引き続き久秀を頼む。今のオレじゃ奴は相手にできん……が、周囲のあの魔物共はこっちで全部引き受ける」
「……大丈夫、なのだな?」
カイトは見るからにボロボロだ。その状態で騎士達でさえ苦戦する魔物達を全て相手にするというのだ。ルーファウスが心配するのも無理はない。が、それにカイトが笑う。
「あっははは……お前の団長だった男は、どうだった?」
「……そうだったな。確かに貴殿が団長殿であったのなら、ボロボロの状態が常だったか」
思い出せば何時もボロボロになっても戦い続けたのが、『もう一人のカイト』だった。ルーファウスはカイトの指摘でそれを思い出し、僅かに肩の力を抜いた。
「……そちらに雑魚は任せる」
「ああ……久秀は任せる。ま、最後ぐらい看取ってやれるだろ。気にせずやっちまえ」
「ああ」
カイトの返答に、ルーファウスは一つ気合を漲らせる。そうしてこちらの支度が整ったのを見て、久秀が再度指をスナップさせた。
「全員、御大将を狙え。あの怪我でも他の全員を合わせたよりも強い」
「総員、敵大将首を狙え! 魔物はカイト殿に任せろ!」
「「「はっ!」」」
『『『GUOOOOOO!』』』
久秀とルーファウスの号令に合わせて、一斉に騎士達と武装した魔物の群れが行動に入る。どちらも狙いは大将首。しかも、その大将を守らず大将が数を相手にするつもりだった。そうして、カイトと久秀は同時に魔銃を抜いた。
「ティナ! 支援よろ!」
「もうやっとるよー」
双銃を構えて蹴りで敵を吹き飛ばしては魔弾を叩き込むカイトに対して、ティナはもう仕掛けを始めていた。そうして、彼が魔弾で更に吹き飛ばした魔物の背後に何かの魔法陣が現れる。
「……はい?」
魔法陣に飲み込まれるなり消し飛んだ魔物を見て、カイトが思わず困惑を露わにする。さほど魔力を使った様子はなかったが、この教国選りすぐりの騎士達でさえ苦戦する魔物があっという間に消し飛んだのである。何が起きたかさっぱりだった。そんな彼に、ティナが軽く告げた。
「いやのう。ほれ、掃除してると色々とゴミが出るじゃろ。それを片付けるのに作った解体用の魔術を些か弄って、魔物を倒せる攻撃用に改良してのう。あの程度の雑魚ならば高効率で片付けれるぞ」
「……さっすが最強を恣にした魔王様……」
もう笑うしか無いとはこのことだ。ティナにとっては雑魚も強敵もほとんど大差無い様子だった。伊達にカイト以外が泥を付けた事の無い天才魔王ではない、という事なのだろう。
そして同じ様に、久秀もまた頬を引き攣らせていた。当然だろう。道化師が率いる研究者達が肝入りで作り上げた魔物の軍勢だ。それがまるで子供の遊びの様に片付けられたのだ。圧倒的な実力差としか言いようがなかった。
「お、おぉう……こりゃすげぇ……やっぱ御大将達が来たら、こっちが圧倒的に不利か」
久秀は魔銃の乱射と剣戟を組み合わせ騎士達を軽くいなしながら、改めて自分達の圧倒的な不利を理解する。
(ま……良いんだがね。後もうちょいはこっちに居なきゃなんねぇし……御大将はそこらわかってるだろうしね)
久秀はおそらく自分の思惑なぞ完全にお見通しなのだろうカイトについて内心で笑う。彼の思惑は最初から決まっている。カイトへと、かつての主へと情報を持ち帰る事だ。
それを道化師もわかっているはずなのに泳がせている所を見ると、それは彼にとっても有益なのだろう。それは久秀もわかっている。が、それを上回る為にはどちらにせよ情報が必要なのだ。そのためにも、まだもうしばらく彼は世界の敵で居るつもりだった。と、そんな事をしている彼の後ろの扉が開き、道化師が姿を現した。
「おや、皆様ご一緒で」
「「「っ」」」
まさかここに<<死魔将>>の一人が居るとは。全員が想定されながらも想定外の事態に思わず手を止める。そして同様に、道化師の用事が終わった事を受けて久秀も止まった。
「よぅ、道化師さん。ご用事は終わりかい?」
「ええ。お陰様で消したい情報は消せました」
「「っ」」
どうやら足止めを食らっている間に道化師は目的を達成させてしまっていたらしい。カイトとティナの顔が僅かに歪む。こうなっては、彼が何を消したかったのかはわからない。
「さて、久秀さん。そろそろ帰りましょう」
「っ! ま……」
「おや……その程度で私を止めると?」
「……」
待て。そう言おうとしたルーファウスであるが、道化師が圧倒的な力を見せて悠然と歩いてくるのを見て、思わず何も言えなくなる。確かに、彼は過去世を使い強くなっている。
が、そもそも。道化師はそんな冒険者達が束になっても勝てなかったのだ。たかだか目覚めさせた程度で勝てる相手ではなかった。そうして、止まった騎士達を見て何かを言おうとした所に、何か電子音が鳴り響いた。
「あ、すいません。マナーモードにするのを忘れておりました……はい、こちらクラウン……っ」
どうやら何か良くない報告が入ってきたらしい。スマホに似た通信用の魔道具を耳に当てて報告を聞いていた道化師の顔が歪み剣呑な雰囲気が放たれる。が、そうして少しすると、一転して楽しげに笑い出した。
「そうですか。それは災い転じて福となす、という所。それなら良いでしょう。それに、気付かれてはいないんでしょう? なら、問題ありません。ええ、これから私も帰りますので、報告はその時にでも」
どうやら結局としては道化師を上機嫌にさせる報告という所で終わったらしい。彼がスマホ型の魔道具を上機嫌に懐に仕舞う。
「ああ、すいません……私、用事が出来たので失礼させて頂きます……よろしいですね?」
「「「……」」」
道化師の問いかけを受けた騎士達であるが、今の圧倒的な力の差を見せられては何も言えなかった。そうして、誰もが何も言えぬままに道化師達が消えるのを見送るしか、出来ないのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1760話『ルクセリオン教国』




