第1756話 ルクセリオン教国 ――兄弟弟子――
ルクセリオン教国に起きた<<死魔将>>達配下の七人衆による襲撃。それによりエネフィアに呼び出される事になった『狭間の魔物』との戦いの最中に、カイトはルードヴィッヒからの通信により研究所に七人衆の誰かが入り込んだ事を知る。
それを受け『狭間の魔物』との戦いを増援としてやって来ていたラカムらに任せると、彼は同じくルードヴィッヒに増援の要請を受けたルーファウスと共に研究所へとやって来ていた。
「……静かなもんだな」
研究所の中に入るなり、カイトはここが戦場とは思えないほどの静けさに満たされている事を理解する。まぁ、当然なのかもしれない。騎士達にとって相手は<<死魔将>>かもしれないのだ。迂闊に戦いを挑めるわけがない。それが相手が攻撃してこないのであれば、尚更だ。遠巻きに射掛けるか、様子見しか手はないだろう。
「ルーファウス。先にも言ったが、久秀の追撃は任せる」
「……カイト殿。少し思うのだが、一人で戦うのは危険ではないのか?」
「逆だ。もし敵が<<死魔将>>でなければ、追撃して敵の思惑を阻止した方が良い。オレ一人でなんとか抑えきれる可能性はある。だが、逆に敵が<<死魔将>>ならその時点で二人同時に撤退しかない。お前が横を突破する事も難しいだろうからな」
「……」
なるほど。確かにそうだ。現状、ルーファウスは大将軍らの復活を知らない。知っていた所でまだ復活には漕ぎ着けられていない。なのでこの時点で、刀を使う敵で気をつけるべきは<<剣の死魔将>>のみとなる。というわけで、彼はカイトの指摘に道理を見て納得する。そうして、カイトの意見に納得したルーファウスは通信機を起動させる。
「……ルーファウス・ヴァイスリッターだ。敵は?」
『オペレーター……敵は以前ルーファウス卿が掃討された実験エリアにて交戦中。どうやらあそこの先に隠し部屋があった模様です』
「……」
隠し部屋か。おそらくサーバールームという所なのだろうな。カイトはオペレーターとルーファウスの会話を聞きながら、そう判断する。地図上、もともとあの実験室の先には何も無いはずだ。なのにあるのであれば必然隠し部屋となるわけで、状況等を鑑みてサーバーが置いてある可能性が考えられた。というわけで、カイトは念話を起動させてホタルへと一つ問いかける。
『ホタル。少し聞きたい』
『はい』
『あの実験エリアの先に隠し部屋は?』
『ありません』
『無い?』
隠し部屋まで大半の部屋が書かれた見取り図を持つホタルが無い、というのだ。つまりそれは確定で無いと言って良いのだろう。
『だが久秀はその先に進んだ、と言っているんだが……サーバールームじゃないのか?』
『サーバールームはたしかに同階層にありますが……見取り図には通路はありません』
『……』
どうやら、厄介な話になっているらしい。とはいえ、カイトには一つ思い当たる節があった。
(そう言えば道化師の奴、ここに潜伏してた、って言ってたな……その際にマルス帝国にさえ隠れて隠し通路を作っていても不思議はない。奴らの腕だ。バレずにやるぐらいはなんてこともないだろう)
見取り図にはない。だが通路が存在するのであれば、と考えて出た結論が勝手に作られた物だという事だった。これについての真実はわからないが、ありえる話ではあった。
「カイト殿。どうした?」
「いや、ホタルに何があるか、と問いかけていた。が、それを知る必要もないと思ってな」
「……そうだな。ああ、それで今は騎士達がなんとか足止めをしているらしい。急ごう」
「ああ」
ルーファウスの言葉を受けて、気を取り直したカイトが少し駆け足で研究所の中を駆けていく。そうして、数分。前に罠から抜け出した際に使った通路から、二人は地下へと進んでいく。
「ルーファウス卿! お待ちしておりました!」
「ああ……状況は?」
「ご覧の通りです。敵に動きは無し」
数分進んだ先。階段の一番下にて騎士達の統率を取っていた騎士の一人がルーファウスを見るなり敬礼と共に報告を行う。どうやら教国としての騎士の位階としてはルーファウスの方が上らしい。
「……あれは」
「……宗矩殿、だな」
騎士達に完全に包囲されてなお静かに佇む宗矩に、カイトもルーファウスも思わず息を呑んだ。確かにもともと静謐さが見え隠れしている彼であったが、今の静謐さはそんなものの比ではなかった。そんな彼であるが、カイトが来たのを気配で感じたらしい。
「……」
「……」
カイトと宗矩の視線が交錯する。もう何かを言う必要はない。ただ、視線が雄弁に要件を語っていた。いや、それ以前に。宗矩はすでにカイトへと果たし状を渡しているのだ。ただその時が来たというだけであった。
「……ルーファウス。全員を引かせてくれ。邪魔にしかならん。まぁ、全員わかっているだろうがな」
「……彼が誰かわかるのか?」
「遠い遠い昔のオレの兄弟子だ。同門とも言える。彼というか彼の父が興された剣技を学んだのが藤堂先輩なら、彼が学んだ剣技を学んだのがオレだ」
「そんな縁が……」
カイトから聞かされた宗矩と彼の因縁に、ルーファウスが僅かに目を見開いた。以前の遭遇の折りに何か因縁はあるのだろう、とは思っていたがこんな因縁があるとは思わなかった様だ。
とはいえ、どちらにせよカイトの指示を聞かないでも一緒だ。なにせ誰も宗矩に戦いを挑もうなぞ思えないからだ。彼はただ自然体で居るにも関わらず、隙なぞ無いと子供でもわかるだろうほどの風格があったからだ。
「……」
どうやらカイトの行動を待つ間、宗矩は一切こちらから向かうつもりは無いらしい。ただ静かに、僅かに横にずれて道を空ける。これは彼にとって当然の事なのだろう。彼にとって何より重要なのは、強者との戦いだ。その彼にとって、ルーファウスはまだしもそれ以外の騎士なぞ雑魚に過ぎない。
そのルーファウスとてカイトが居る今、彼にとって眼中に無かった。カイトこそ自分達の弟弟子にして父が最大の興味を示す相手だ。武蔵が主敵である彼とて食指を動かさざるを得なかった。
「……ルーファウス……宗矩殿の横を通してもらえ」
「……行ける、と?」
「ああ……もし斬りつけた瞬間、オレに斬られる事を彼は理解している。もう戦いは始まっているんだから、な」
抑えきれずに僅かに溢れた闘士の笑みを浮かべ、カイトははっきりと明言する。そんな彼に、ルーファウスが問いかけた。
「他は?」
「……ダメだろう。通れるのは一人だけ。そこまで彼も甘くはない」
「……」
相変わらず無言な宗矩であるが、カイトの言葉に同意する様な気配はあった。つまり久秀を追う事が出来るのは一人だけ、という所なのだろう。それに、どちらにせよ根本的な問題もあった。それをカイトが指摘する。
「それに、今のお前にはオレ以外誰もついて行けん……連れて行くだけ、いたずらに犠牲を増やすだけだ」
「……そうだな。奥のがこの御仁と同程度だというのなら、邪魔にしかならんか」
出来れば数を連れて行きたい所であるが、どう考えても武闘派の宗矩より知恵者である久秀の方が与し易い。が、同時に策士故に何をするかわからない。なら、大抵の状況なら切り抜けられる可能性のあるルーファウスが一人で行くのが、最も被害の少ない方法だろう。というわけで、意を決したルーファウスが一人、歩き出す。
「……剣士殿。失礼してよろしいか?」
「……早く通れ。戦いの邪魔だ」
「……失礼する」
静かに応じた宗矩に、ルーファウスは一つ礼をしてその横を通る。何故こんな事を問いかけたのか、と後に聞かれた彼は、明らかに自分より格上の剣士故に思わず礼を尽くしてしまったと答えていた。
それほどまでに、宗矩という男は人として極まっていたのである。まさに、無念無想の境地に立った剣士。最優の剣士の一人に間違いなかった。そうしてルーファウスが通り抜けた後。カイトが一歩進み出た。
「柳生宗矩殿」
「……」
名を呼び一歩を踏み出したカイトを、宗矩はしっかりと見据える。皆まで言うな、という所なのであろうが、カイトとしても兄弟子は兄弟子だ。故にきちんと礼を尽くすつもりだった。
「どうかはるか彼方の弟弟子に、一つご指南頂きたい」
「……良いだろう。来い」
頭を下げて申し出たカイトの申し出に、宗矩は一つ頷く。そうして、カイトは騎士達の見守る前で更に一歩踏み出した。
「宗矩殿。指南を頂く前に、我が師武蔵よりこれを渡す様に言われております。どうか、お納めを」
「……しかと、受け取った。使い、ご苦労であった」
カイトから差し出された武蔵の手紙を受け取って、宗矩は一つ頷いてそれを懐にしまい込む。それに、カイトは一つ頭を下げて、再度距離を取った。そうして彼は一度礼をして、口を開いた。
「天音 カイト。推して参ります」
「柳生 宗矩……参る」
カイトの名乗りに応じ、宗矩もまた言葉を紡ぐ。そうして、兄弟弟子による神陰流同士の戦いの火蓋が切って落とされる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1757話『ルクセリオン教国』




