第1755話 ルクセリオン教国 ――呼び出し――
世界と世界の狭間に生息する強大な魔物。通称『狭間の魔物』。ルクセリオの街に現れた二体の『狭間の魔物』であるが、カイトはユリィ、カナタの支援を借りながら一体の討伐に成功する。
が、その一体の討伐の最後にまるで最後の悪あがきの様にして放たれた攻撃により、全長一キロはあろうかという巨大な『狭間の魔物』がエネフィアへと出現するという事態に見舞われる事になってしまう。
それに対して冒険者達や飛空艇の艦隊の助力を借りながらも、カイトはなんとかルクセリオの街から数キロの地点にまで『狭間の魔物』を押し出してやる事に成功。そして丁度そのタイミングで、<<無冠の部隊>>からの増援の先遣隊となるラカムとレイナードが現れる事になっていた。
『で、カイト。現状、俺達聞いてねぇんだがよぅ。どうすりゃ良い』
「とりあえずこいつぶちのめしてくれればそれで問題はねーな。カナタ。まだ行けるか?」
もともと化け物じみた魔力保有量である自身はともかく、カナタは強いとはいえ、そして人造の神とはいえカイトよりは遥かに弱い。故に彼がカナタの事を気にかけたのは自然な事だろう。
「あら……まだまだ行けるわ。それどころかこれからこの玩具を相手に出来るのだから、嬉しいぐらいね」
「オーライ。そりゃ良かった。が、無理はしない様にな」
「わかっているわ」
今のカナタの身分は従者。そして主人はカイトだ。故に彼の指示にカナタは一応は素直に従う姿勢を見せておく。と、そんな彼女であったが、一転して少しだけ冗談っぽく告げる。
「あ……でも少し魔力は補給したいわ」
「飲むか?」
「貴方が飲ませて?」
どうやら何時もの調子は健在らしい。カイトの掲げた回復薬に対して、口をすぼめておねだりする。それに、カイトが盛大にため息を吐いた。
「はぁ……良い年なんだから、自分で飲みなさい。後流石に戦闘中に冗談はやめろ」
「あら……良いじゃない、キスぐらい。一度はしたんだもの」
まさに暖簾に腕押し。そんな様子でカナタはカイトから回復薬を受け取りながら、再度冗談を口にする。そんな二人に、ラカムが笑った。
『カイトよぅ……流石に多すぎやしねぇか?』
「キスしかしてねぇよ」
「キスはしてるだろう」
ラカムの僅かに冗談めかした一言に反論をしたカイトに、レイナードが僅かに楽しげに咲いながら突っ込んだ。どうやらここもここで結局強大な敵を前にしても問題はなかった様だ。
「されたんだ……ま、それはとも……ん?」
それはともかく。そう言おうとしたカイトであるが、唐突に背後で上がった閃光弾に振り向くしかなかった。そしてそれと時同じくして、彼が身に付けているヘッドセット型の通信機に通信が入る。
『カイトくん! 聞こえるか! 聞こえたら応答してくれ!』
「ルードヴィッヒさん? どうしました?」
『ああ、良かった。君とルーには繋がったのは幸いだ……手短に話すから聞いてくれ』
どうやら多方面に連絡を入れていて、繋がったのがカイトとルーファウスだけだったらしい。これはやはり技術力の差、という所だろう。
一般に流通している物よりも遥かに上の通信技術を用いているカイトの通信機と、瞬が近くに居た事でそれを中継局とする事でこの二つにのみ、なんとかこの戦場でも通信が届いたのである。
『研究所に敵が入った。どうやらそれは陽動だったらしい』
「……なるほど。確かに、これは陽動としてはピッタリですね。敵は?」
『……一人は<<死魔将>>の可能性もあるとの事だ。可能なら呼び戻して欲しいが……』
可能なら、全軍で研究所にあたりたい所ではある。が、それをすればその瞬間、ルクセリオの街は終わる。本末転倒だ。故にルードヴィッヒは決断を下した。
『君とルー。二人で研究所の敵を討伐出来るのなら頼む。無理なら即座に増援を頼んでくれ。もし<<死魔将>>が居たのなら、その時点で研究所を破壊してでも逃げてくれ』
「……わかりました。他は全員、こちらで?」
『ああ。なんとか研究所はこちらで時間は稼ぐ。準備だけは入念に行ってくれ』
「はい」
ルードヴィッヒの指示に、カイトは一度頷いた。そうして彼は友人達へと声を掛ける。
「どうやら、道化師さんが何時もの通り策を打ってくださったご様子で」
「『あー』」
まぁ、そんな所だろうとは思ったが。こんな大それた事が出来るのはそもそも<<死魔将>>ぐらいな物だ。であれば、どこかに彼らの一人ぐらい潜んでいても不思議はない。
三百年前には何十度と戦ったのだ。それぐらい言われなくても理解できた。というわけで、レイナードがカイトへと一応問いかける。
「行くのか?」
「お呼びが掛かっちゃいましたので。こっちは任せる。適当に始末しておいてくれ」
『あいよぅ』
やはりさすがはカイトの仲間達という所だろう。普通の冒険者達なら絶望しか感じない様な状況にも関わらず、なんともまぁ軽い感じだった。というわけで、それを尻目にカイトは一度戻る事にする。その道中、彼は一度通信機を起動させた。
「こちら凧。こちら凧」
『こちら枝ー。なんじゃ』
「研究所にお呼び掛かっちゃいましたー」
『そか。作戦通りというか、読み通りじゃのう』
どうせそんな所に落ち着くだろうとは二人も最初から思っていたのだ。なのでこのままデータをぶっこ抜くだけだった。一応はその最後の確認、という所だろう。
なお、枝というのは言うまでもないがミストルティンの事だ。ティナの暗号名、とでも言う所だが現状で傍聴出来る者が居ないので単なる気分という所だろう。
「さて……」
大方、オレが行く事は分かった上での行動だろう。カイトはそう考え、一つ気合を入れ直す。間違いなく次の相手は間違いなく『狭間の魔物』なぞ目でもないぐらいの猛者だ。油断すれば、それが敗北に繋がるだろう。
いや、それどころか容赦が敗北に繋がる。デッド・オア・アライブ。殺そうとして運良く生きていれば、上出来。その程度に考えておくべきだった。
「……」
ぐっとカイトが拳を握る。これは彼の人生初の兄弟弟子との戦いだ。喩えそれが修羅に堕ちた兄弟子だろうと、心が躍った。と、そうして拳を握りしめた彼は、一度だけ深呼吸をして冒険部の陣地へと着地する。
「よっと」
「天音か? どうした?」
「研究所に敵襲だそうだ……増援としてあちらに向かう。こちらは?」
一度冒険部の陣地に帰還したカイトは、その場に居た生徒に現状を問い掛ける。どうやらこの陣地を中心として教国兵も戦闘を行なっている様子で、周囲には教国の艦隊も見受けられた。
「見ての通りだ。休まる時間もねぇよ」
「だろうな……オレだって実際、休む時間なんて皆無だ」
「だろうな……見てたよ」
カイトの僅かに余裕を滲ませたボヤキに、生徒も僅かに笑う。どうやら少しの気分転換にはなってくれた様だ。そんな彼が、カイトへと問い掛けた。
「で、お前も補給か?」
「以外に戦闘中に戻って来るとでも?」
「だよな……まぁ、こっちは俺たちに任せとけよ。一条先輩も帰ってるしな」
「ああ、戻ったのか」
最後に状況を聞いた時には源次との戦いの最中だという話だったが、どうやら<<無冠の部隊>>の到着で彼もまた引いたらしい。放置すればこちらが邪魔をしてくる、と読んだのだろう。実際、そうとしか言えない。正しい判断だった。というわけで、一度カイトは本陣中心の司令部に入る。
「カイトくん?」
「ああ……桜も無事か」
「あ、はい。それでどうしました?」
「研究所に増援要請を受けた。こっちには連絡は入ってないのか」
「あ、いえ。ルーファウスさんが同じ事を言われて、一度戻られてると報告が」
どうやら次元の歪みが近くにあった事でここら一帯の通信が不安定らしい。ルードヴィッヒから近いはずのこちらには逆にルードヴィッヒの通信が届いていない様子だった。
「そうか……ルーファウスは?」
「あ、今は一条会頭と一緒に医務室で休息を」
「ん? カイトか?」
どうやら噂をすれば影という所らしい。瞬の声が司令部の中に響いた。それにカイトが振り向けば、瞬とルーファウスの二人が入り口のところに立っていた。そのルーファウスが僅かに安堵の様子を見せていたのは、カイトの気の所為ではなかっただろう。
「カイト殿……という事は、父さんの通信が何とか届いたのか」
「ああ。話は聞いた……行くしか無いだろう」
「ああ……カイト殿。万が一には、即座に撤退する。そちらも、逃げてくれ」
「ああ、分かっているさ」
いつに無く真剣な顔を覗かせるルーファウスに対して、カイトは僅かに気軽さを滲ませる。この教国で道化師と戦えるのは彼ぐらいだ。なので万が一には、本気で押さえ込むつもりだった。そんな彼は敢えて気軽さを滲ませながら、一つ頷いて踵を返す。
「……行くか」
「ああ……」
やはりルーファウスの声には固さがあった。間違いなく激戦。下手をすると一瞬で死ぬかもしれない薄氷の上を渡らねばならないのだ。覚悟の度合いは何時もの何倍も異なっていた。
「桜、先輩。ひとまずもうこれ以上のヤバい敵は無いだろうが……基本は陣地防衛を主として行動してくれ。後はこちらでなんとかする」
「わかりました」
「ああ……そちらも気を付けてな」
カイトの指示に、瞬と桜が一つ頷いた。兎にも角にもこれで良いだろう。と、そうしてカイトは外に出て、声を上げた。
「八咫烏殿」
『ほぅ……常には敬称なぞ略するお主が何時になく真剣とは』
「そうもなる……弥生さんの状況は?」
『まぁ、そこはなんとか、という所か』
良くも悪くも、カイトと弥生の間には魔力的な繋がりがある。故に今回の長期戦に当たってカイトの魔力を彼女へと融通しているわけであるが、それ故にこそ大丈夫か気になった様だ。
「そうか……後はそちらに任せる」
『そうで良い。幸い、以前の女性の姿も無い。何事も無く終わろう』
「そっちのなら、皇都に襲撃しているらしい。こっちには来んだろうさ」
『そうか……ならば、お前はお前の為すべき事を為せ』
僅かな安堵を滲ませて何時もの様子を取り戻したカイトに、八咫烏が一つ頷いて行動を促す。そうして、カイトは帰還という事で一度切った<<原初の魂>>を再始動するべく支度をしている様子を見せる。
「……さて。ルーファウス。そちらは?」
「問題無い。それよりカイト殿の方が大丈夫か?」
「今は、休むより進む方が精神的に楽だ」
「そうか……じゃあ、行こう」
ここから先、どうなるかは読みきれない。道化師が何を考えているか、というのは一切わからない。ご褒美的にユスティーツィアのIDタグを渡したからと、こちらに有利になってくれるとは限らないのだ。というわけできちんと気合を入れ直した二人は、最後の確認と共に一つ地面を蹴って飛び上がる。そうして、一息で研究所の近辺まで到達する。
「「「っ!」」」
「ヴァイスリッター卿!」
「ああ……敵は?」
「中に。一人は飄々とした男。もう一人は……その」
「何があった?」
研究所の入り口を守っていた騎士の一人に、ルーファウスが改めて問いかける。そんな騎士であるが、意を決したかの様に口を開いた。
「凄腕の剣士です。飄々とした男の追撃をしようとした騎士の大半が、彼により足止めされています。ものすごい力量です……到底我々の手に負えるものでは……」
「武器は?」
「……刀です。それもかなりの業物と思われます」
なるほど。どうやら<<死魔将>>というのは道化師の事ではなく、この剣士の事の事だったのかもしれない。かなりの固さのある騎士の声に、カイトは僅かな安堵を滲ませる。とはいえ、それもまだ確定ではない。故にカイトはルーファウスに告げる。
「ルーファウス。おそらくこの飄々とした男は久秀だ。そちらの追撃を任せる」
「……良いのか?」
「前世からの因縁とはいえ、今生も合わせて三度も裏切る様な男だ。殺されても文句は言えんさ。それでももし許してほしければ、かつてあいつがオレに献上した国一つに匹敵する茶器に匹敵する何かを詫びとして差し出せば、考えんでもないがな」
「……そうか」
僅かに感情の乗った言葉に、ルーファウスはカイトにはカイトの考えがあるのだろう、と理解する。其れ故、彼はこれ以上何も言わずにカイトと共に研究所の内部へと進む事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1756話『ルクセリオン教国』




